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第70話 亜細亜、スマホを買う

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「亜細亜さん、遅いなぁ? 8時頃の納品だって聞いていたのに、もう9時になっちゃう......」
 開店が迫る中で、秋子は焦っていた。観光シーズンはバーベキューが盛んで、炭の売れ行きも上々。
 亜細亜のマイペースぶりを見越して多めに発注を掛けているが、需要の高さからそれも限界を迎えつつある。
「すまん! 遅くなった。道端で怪我していた猫の手当てをしていてなぁ......」
 筋骨隆々で屈強な見かけによらず、心優しき亜細亜。自事があるならば、秋子へ一言連絡を入れてもいいものだが??
「全く、亜細亜さんったら......。せめて、スマホくらい買ってくださいよ......」
 信じられない事実だが、亜細亜はスマートフォンはおろか携帯電話すら持ち合わせていない。それ故に、緊急時でさえ亜細亜へ連絡を取ることが困難である。
「そんな、メリケンに魂を売るようなことが出来るか!! 覇道があれば、いかなる意思疎通を図ることも可能! まぁ、矢文なら考えてやらんこともないがなぁ!!」
 亜細亜はそう言うが、あくまで覇道は対人において有用な能力である。時代の流れに逆行する人物は極まってこのような言い訳をする。目新しいものに対する偏見はいつの時代も繰り返されている。
「亜細亜さん、あなたが万が一事故に遭ったらどうするんですか!?」
 あまりに時代遅れな反論に、秋子は頭を抱えてしまう。古き良き伝統という言葉もあるが、現代は情報網の発達により流行り廃りが激しい。
 十年一昔という言葉もあるが、現代においては三年一昔くらいに言い換えてもいいかもしれない。
「事故? 儂に限ってそんなことはないさ! まぁ、死んでしまえばそれまでの運命よ!!」
 武道で言う『武士道とは死ぬことと見つけたり』とでも言いたいつもりか。人間、年齢を重ねると自信過剰になることも少なくない。
 そういう者に対する戒めも込めて『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という言葉が存在することを忘れてはならない。
「そんなこと言って......亜細亜さん、万が一のことがあっても私は知りませんからね!」
 秋子は既に父を亡くしている。彼女の父もまた、亜細亜に似た自意識の高さで周囲を振り回していた。秋子にとって、亜細亜はある意味で父のように心配な立場の人物なのかもしれない。
「心配には及ばん、儂は不死身さ! 炭は倉庫へ納品しておくぞ!」
 無問題と言わんばかりに、亜細亜は話を聞き流す。馬耳東風とは正にこのことである。
――
 その日の晩のこと、亜細亜の視聴していた番組であるニュースが報道されていた。
『連日、東京都沼袋で通り魔事件が発生しています。犯人は歩行者を車道へ突き飛ばし、故意に車両と接触させるという犯行に及んでいます。なお、現場周辺ではOLと思われる女性の姿が目撃されており、警察は彼女に何らかの関与があるとみて行方を追っています。現場からは以上です。』
 通り魔事件という不穏な報道。番組を観ていた亜細亜は呟く。
「......ふん、通り魔ごときに隙を突かれるとは、情けない。体たらくの極みよ」
 侮蔑の念を呟く亜細亜。事件など他人事のようだ。
――
 翌日、亜細亜は秋子の元へ訪れていた。
「どうしました? 炭の発注はまだですよ??」
 秋子は、不思議そうな顔で亜細亜を見つめる。心なしか、亜細亜は苦い顔をしている。
「秋子殿に、少しばかり尋ねたいことがあってだな?」
 自信に満ち溢れた態度から一転、気弱な表情の亜細亜。おそらく、昨晩のニュースに何か思うことがあったのだろう。
「え? ケータイを買いたい? ウチだとビッグバン製の機種になりますけど......?」
 亜細亜、まさかのケータイデビューを果たす流れになった。みなもとはビッグバンの広告代理店であり、携帯電話の購入も可能だ。
「亜細亜さん、ケータイ持ったことないんですよねぇ? だとしたら、スマホは厳しいかぁ......」
 秋子は顔をしかめる。このご時世、スマートフォンはおろか携帯電話さえ持っていない人物は稀有だろう。
「すまほ? 何だそのメリケンじみた名前は? 儂はメリケンに魂を売ったりせぬぞ!」
 亜細亜にとって、スマートフォンは未知の物体らしい。そんなアナログ男の亜細亜に、果たして秋子はどのような提案するのだろうか?
「ちょっと特殊かも知れませんが……亜細亜さんにはぴったりかも!」
 秋子は、おもむろにポケットへ手を遣る。彼女が取り出したのは、耳栓のような物体だ。
「何だそれは……?」
 亜細亜は、不思議そうな顔でそれを見つめる。秋子はそれを耳に嵌め、何やら呟き始めた。
「ビッグバン! お母さんに電話して?」
 秋子が、何やら耳栓に指示をしている。するとまもなく、母の文恵と通話が開始された。
「これがメリケンの兵器、侮れんな......」
 耳栓はメリケンの兵器などではなく、ビッグバン製の音声認識専用スマートフォン『bEar(ビーイヤー)』 と呼ばれる代物だ。音声だけで一切の操作が出来るので、アナログ世代の亜細亜にはぴったりかもしれない。
 亜細亜は興味津々。秋子からbEarを手渡されると、さっそくそれを試用する。
「出来るようになったな、メリケン......!!」
 思わず感嘆する亜細亜。繰り返しになるが、bEarはメリケン製ではなくビッグバンという国内メーカー製である。
 bEarの性能に戦慄した亜細亜。勿論、即決購入した。


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「亜細亜さん、遅いなぁ? 8時頃の納品だって聞いていたのに、もう9時になっちゃう......」
 開店が迫る中で、秋子は焦っていた。観光シーズンはバーベキューが盛んで、炭の売れ行きも上々。
 亜細亜のマイペースぶりを見越して多めに発注を掛けているが、需要の高さからそれも限界を迎えつつある。
「すまん! 遅くなった。道端で怪我していた猫の手当てをしていてなぁ......」
 筋骨隆々で屈強な見かけによらず、心優しき亜細亜。自事があるならば、秋子へ一言連絡を入れてもいいものだが??
「全く、亜細亜さんったら......。せめて、スマホくらい買ってくださいよ......」
 信じられない事実だが、亜細亜はスマートフォンはおろか携帯電話すら持ち合わせていない。それ故に、緊急時でさえ亜細亜へ連絡を取ることが困難である。
「そんな、メリケンに魂を売るようなことが出来るか!! 覇道があれば、いかなる意思疎通を図ることも可能! まぁ、矢文なら考えてやらんこともないがなぁ!!」
 亜細亜はそう言うが、あくまで覇道は対人において有用な能力である。時代の流れに逆行する人物は極まってこのような言い訳をする。目新しいものに対する偏見はいつの時代も繰り返されている。
「亜細亜さん、あなたが万が一事故に遭ったらどうするんですか!?」
 あまりに時代遅れな反論に、秋子は頭を抱えてしまう。古き良き伝統という言葉もあるが、現代は情報網の発達により流行り廃りが激しい。
 十年一昔という言葉もあるが、現代においては三年一昔くらいに言い換えてもいいかもしれない。
「事故? 儂に限ってそんなことはないさ! まぁ、死んでしまえばそれまでの運命よ!!」
 武道で言う『武士道とは死ぬことと見つけたり』とでも言いたいつもりか。人間、年齢を重ねると自信過剰になることも少なくない。
 そういう者に対する戒めも込めて『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という言葉が存在することを忘れてはならない。
「そんなこと言って......亜細亜さん、万が一のことがあっても私は知りませんからね!」
 秋子は既に父を亡くしている。彼女の父もまた、亜細亜に似た自意識の高さで周囲を振り回していた。秋子にとって、亜細亜はある意味で父のように心配な立場の人物なのかもしれない。
「心配には及ばん、儂は不死身さ! 炭は倉庫へ納品しておくぞ!」
 無問題と言わんばかりに、亜細亜は話を聞き流す。馬耳東風とは正にこのことである。
――
 その日の晩のこと、亜細亜の視聴していた番組であるニュースが報道されていた。
『連日、東京都沼袋で通り魔事件が発生しています。犯人は歩行者を車道へ突き飛ばし、故意に車両と接触させるという犯行に及んでいます。なお、現場周辺ではOLと思われる女性の姿が目撃されており、警察は彼女に何らかの関与があるとみて行方を追っています。現場からは以上です。』
 通り魔事件という不穏な報道。番組を観ていた亜細亜は呟く。
「......ふん、通り魔ごときに隙を突かれるとは、情けない。体たらくの極みよ」
 侮蔑の念を呟く亜細亜。事件など他人事のようだ。
――
 翌日、亜細亜は秋子の元へ訪れていた。
「どうしました? 炭の発注はまだですよ??」
 秋子は、不思議そうな顔で亜細亜を見つめる。心なしか、亜細亜は苦い顔をしている。
「秋子殿に、少しばかり尋ねたいことがあってだな?」
 自信に満ち溢れた態度から一転、気弱な表情の亜細亜。おそらく、昨晩のニュースに何か思うことがあったのだろう。
「え? ケータイを買いたい? ウチだとビッグバン製の機種になりますけど......?」
 亜細亜、まさかのケータイデビューを果たす流れになった。みなもとはビッグバンの広告代理店であり、携帯電話の購入も可能だ。
「亜細亜さん、ケータイ持ったことないんですよねぇ? だとしたら、スマホは厳しいかぁ......」
 秋子は顔をしかめる。このご時世、スマートフォンはおろか携帯電話さえ持っていない人物は稀有だろう。
「すまほ? 何だそのメリケンじみた名前は? 儂はメリケンに魂を売ったりせぬぞ!」
 亜細亜にとって、スマートフォンは未知の物体らしい。そんなアナログ男の亜細亜に、果たして秋子はどのような提案するのだろうか?
「ちょっと特殊かも知れませんが……亜細亜さんにはぴったりかも!」
 秋子は、おもむろにポケットへ手を遣る。彼女が取り出したのは、耳栓のような物体だ。
「何だそれは……?」
 亜細亜は、不思議そうな顔でそれを見つめる。秋子はそれを耳に嵌め、何やら呟き始めた。
「ビッグバン! お母さんに電話して?」
 秋子が、何やら耳栓に指示をしている。するとまもなく、母の文恵と通話が開始された。
「これがメリケンの兵器、侮れんな......」
 耳栓はメリケンの兵器などではなく、ビッグバン製の音声認識専用スマートフォン『|bEar《ビーイヤー》』 と呼ばれる代物だ。音声だけで一切の操作が出来るので、アナログ世代の亜細亜にはぴったりかもしれない。
 亜細亜は興味津々。秋子からbEarを手渡されると、さっそくそれを試用する。
「出来るようになったな、メリケン......!!」
 思わず感嘆する亜細亜。繰り返しになるが、bEarはメリケン製ではなくビッグバンという国内メーカー製である。
 bEarの性能に戦慄した亜細亜。勿論、即決購入した。