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第65話 野鳥観察

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『ホー......ホケキョ!』
 陽光が優しく庭を照らす朝、良行は鳥のさえずりに耳を澄ませてコーヒーブレイクを嗜んでいた。彼の手元には浅煎りのモカマタリ。
 その甘い香りに心は安らぎ、まったりとした朝を演出するにふさわしい。
「あぁ、休日の朝にはぴったりだよなぁ......」
 良行は違いの分かる男を演じているようだが、残念ながら勘違いしている。人間、無自覚のうちに知ったかぶりをしてしまうことは往々にしてあるのだ。
「良行さん、それはモカマタリよ?」
 間の抜けた顔の良行に、リビングからやってきた京子が淡々と指摘する。彼の表情は真顔に戻り眉をひそめた。
「モカマタリもモカシダモも、モカには変わりないだろう??」
 違いの分かる男を演じていたはずの良行は、一転して大雑把な物言い。違いの分かる男はどこへ行ったのか?
「モカシダモはエチオピア、モカマタリはイエメンで収穫された豆なのよ?」
 京子の指摘通り、同じモカでもそれぞれに生産国が違う。しかしながら、いずれのコーヒー豆もイエメンのモカ港から輸出される。そのため、これらは一括りにモカと称されるのだ。
「それなら、カフェモカもその一種なのかい?」
 違いの分かる男は話を掘り下げてくるが、京子はそれに動じない。彼女の瞳はまっすぐだ。
「カフェモカは、それと無関係。あれはコーヒーとココアのブレンドなの」
 違いの分かる女は的確に答える。カフェモカは、エスプレッソとココアもしくはチョコを折衷させたコーヒーで、アメリカ生まれのため先般のモカとは関連性がない。
 紛らわしい話だが、カフェモカのように甘いという意味でモカを冠するコーヒーはこの他にも存在する。それは、コーヒー界隈でモカは甘いという印象が強いことを裏付けしている。
「違いって、よく分からないなぁ......」
 違いの分からない男は、未だに眉をひそめたまま。顎を片手に乗せていることに加えて、その様子はまさに考える人だ。
「おぉ、あんなところにウグイスが来ている。あの白ブチの瞳が、また何とも可愛らしいよなぁ......」
 庭の植木の上でピョンピョン跳ね回っている小鳥に、良行はご満悦。だが、京子の指摘はさらに続く。
「あれはメジロ。ウグイスは人目を嫌って表に出てくることが少ないの」
 どうやら、京子の見識は一般人のそれを優に超えている。ウグイスとメジロは見た目も似ていて、生息域もほぼ同一。
 両者の混同は古来より存在しているもので、平安時代の伝記にもその混同が確認できるほどだ。
「やっぱり、違いってよく分からない......」
 良行は、その違いが理解できず困惑。この際、違いの分かる男の肩書は返上した方がいいかもしれない。
『キミ、かわうぃーね!!』
 謎の電子音とともに、りょうたがベランダへ現れた。何やら、ウグイスのさえずりに対してスマートフォンを傾けているようだが......??
「へぇ、ウグイスはこんなことを言ってるのかぁ??」
 おさらいとなるが、F・Bとは動物の鳴き声を翻訳できるアプリケーションのことである。ケンの鳴き声の翻訳を最後にフリーズし、サービスを停止していた。
 長期のバグ修正を経て、ようやくF・Bはサービスを再開したのである。
「へぇ、ウグイスの鳴き声を翻訳したのかぁ? 今時のスマートフォンは何でも出来るなぁ!」
 それを見た良行は、文明の利器にえらく感心している。余談だが、ウグイスが『ホーホケキョ』と鳴くのは繁殖期のオスの求愛行動の一つであり、普段はスズメのように『チュンチュン』と鳴いているらしい。
 そういう意味で、F・Bの翻訳はバグ修正により精度が増したといえる。
「そのアプリ、何だか面白そうだなぁ? せっかくだから、野鳥観察ついでに出かけようか!」
 目新しいものに興味を惹かれるのは、ある意味で男の習性といえよう。どれだけ年齢を重ねようとも、男の心にはいつでも少年がいる。
「全く、男の人は変わったものが好きよねぇ?」
 その心境を、妻の立場からは理解出来ない。女性は生まれながらにして達観しており、子供心は早くに失くしてしまうものだ。
「野鳥観察!? 何だか面白そう!!」
 しかしながら、少なからず大人には程遠い女子もいる。たとえば、のりこのように。
「よぉし! そうと決まれば、野鳥観察行きまっしょっい!!」
 子供達が乗り気であるのをいいことに、良行は勢いづく。おだてられるとその気になってしまうのもまた、男の性というもの。
『おーーーっ!!!』
 良行の勢いに乗せられ、のりことりょうたも拳を天に突き上げて叫ぶ。少年のような純真さを持った良行は、子供達と同じ目線という意味で考えると実に理想的な父親なのかもしれない。その心、我々も忘れないようにしたいものだ。
 かくして、島長親子は野鳥観察へ出発することになった。


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『ホー......ホケキョ!』
 陽光が優しく庭を照らす朝、良行は鳥のさえずりに耳を澄ませてコーヒーブレイクを嗜んでいた。彼の手元には浅煎りのモカマタリ。
 その甘い香りに心は安らぎ、まったりとした朝を演出するにふさわしい。
「あぁ、休日の朝に《《モカシダモ》》はぴったりだよなぁ......」
 良行は違いの分かる男を演じているようだが、残念ながら勘違いしている。人間、無自覚のうちに知ったかぶりをしてしまうことは往々にしてあるのだ。
「良行さん、それはモカマタリよ?」
 間の抜けた顔の良行に、リビングからやってきた京子が淡々と指摘する。彼の表情は真顔に戻り眉をひそめた。
「モカマタリもモカシダモも、モカには変わりないだろう??」
 違いの分かる男を演じていたはずの良行は、一転して大雑把な物言い。違いの分かる男はどこへ行ったのか?
「モカシダモはエチオピア、モカマタリはイエメンで収穫された豆なのよ?」
 京子の指摘通り、同じモカでもそれぞれに生産国が違う。しかしながら、いずれのコーヒー豆もイエメンのモカ港から輸出される。そのため、これらは一括りにモカと称されるのだ。
「それなら、カフェモカもその一種なのかい?」
 違いの分かる男は話を掘り下げてくるが、京子はそれに動じない。彼女の瞳はまっすぐだ。
「カフェモカは、それと無関係。あれはコーヒーとココアのブレンドなの」
 違いの分かる女は的確に答える。カフェモカは、エスプレッソとココアもしくはチョコを折衷させたコーヒーで、アメリカ生まれのため先般のモカとは関連性がない。
 紛らわしい話だが、カフェモカのように甘いという意味でモカを冠するコーヒーはこの他にも存在する。それは、コーヒー界隈でモカは甘いという印象が強いことを裏付けしている。
「違いって、よく分からないなぁ......」
 違いの分からない男は、未だに眉をひそめたまま。顎を片手に乗せていることに加えて、その様子はまさに考える人だ。
「おぉ、あんなところにウグイスが来ている。あの白ブチの瞳が、また何とも可愛らしいよなぁ......」
 庭の植木の上でピョンピョン跳ね回っている小鳥に、良行はご満悦。だが、京子の指摘はさらに続く。
「あれはメジロ。ウグイスは人目を嫌って表に出てくることが少ないの」
 どうやら、京子の見識は一般人のそれを優に超えている。ウグイスとメジロは見た目も似ていて、生息域もほぼ同一。
 両者の混同は古来より存在しているもので、平安時代の伝記にもその混同が確認できるほどだ。
「やっぱり、違いってよく分からない......」
 良行は、その違いが理解できず困惑。この際、違いの分かる男の肩書は返上した方がいいかもしれない。
『キミ、かわうぃーね!!』
 謎の電子音とともに、りょうたがベランダへ現れた。何やら、ウグイスのさえずりに対してスマートフォンを傾けているようだが......??
「へぇ、ウグイスはこんなことを言ってるのかぁ??」
 おさらいとなるが、F・Bとは動物の鳴き声を翻訳できるアプリケーションのことである。ケンの鳴き声の翻訳を最後にフリーズし、サービスを停止していた。
 長期のバグ修正を経て、ようやくF・Bはサービスを再開したのである。
「へぇ、ウグイスの鳴き声を翻訳したのかぁ? 今時のスマートフォンは何でも出来るなぁ!」
 それを見た良行は、文明の利器にえらく感心している。余談だが、ウグイスが『ホーホケキョ』と鳴くのは繁殖期のオスの求愛行動の一つであり、普段はスズメのように『チュンチュン』と鳴いているらしい。
 そういう意味で、F・Bの翻訳はバグ修正により精度が増したといえる。
「そのアプリ、何だか面白そうだなぁ? せっかくだから、野鳥観察ついでに出かけようか!」
 目新しいものに興味を惹かれるのは、ある意味で男の習性といえよう。どれだけ年齢を重ねようとも、男の心にはいつでも少年がいる。
「全く、男の人は変わったものが好きよねぇ?」
 その心境を、妻の立場からは理解出来ない。女性は生まれながらにして達観しており、子供心は早くに失くしてしまうものだ。
「野鳥観察!? 何だか面白そう!!」
 しかしながら、少なからず大人には程遠い女子もいる。たとえば、のりこのように。
「よぉし! そうと決まれば、野鳥観察行きまっしょっい!!」
 子供達が乗り気であるのをいいことに、良行は勢いづく。おだてられるとその気になってしまうのもまた、男の性というもの。
『おーーーっ!!!』
 良行の勢いに乗せられ、のりことりょうたも拳を天に突き上げて叫ぶ。少年のような純真さを持った良行は、子供達と同じ目線という意味で考えると実に理想的な父親なのかもしれない。その心、我々も忘れないようにしたいものだ。
 かくして、島長親子は野鳥観察へ出発することになった。