「はるな! きょうじろう! 早く来いよ!!」
時は夕暮れ、少年達は下校の最中だった。その中でも、特に活発な彼は道中を駆け回っている。
「よしゆき、待って......!!」
彼の後に、少女ともう一人の少年も続く。もう一人の少年は彼のペースにどうにか食らいついているが、少女は明らかに後れを取っている。
だが、少年はそんなことなどお構いなしだ。
「二人とも早いよぉ......」
少年達の駆け足の速さに、少女は少し泣きじゃくっている。ランドセルを背負う彼らにレディファーストなど知ったことではない。
「二人とも遅いぞ!」
鬱蒼とした草むらの前で、よしゆきは両手を組んで待っていた。それほど時間を要したわけではないだろうが、彼はえらく待たされたような表情をしている。
「よしゆきくん、ほんとに駆け足だけは早いよね」
おいてきぼりだったはるなは、皮肉交じりに口を尖らせる。普段から勉強は苦手なのか、よしゆきの顔があからさまに曇る。
「もしかして、今日の冒険場所はここか?」
きょうじろうの問いかけを受け、よしゆきは打って変わってにこやかな表情になる。それは少年らしい屈託のない笑顔だった。
「この森、源羽成の財宝が眠っている気がするんだ!!」
源羽成とは、羽馴島を拠点に活動していた海賊のことである。この島のどこかに羽成の財宝が隠されているという言い伝えが、口承文化として脈々と引き継がれている。
しかし、その財宝を見つけたものは誰一人としていない。
「よしゆきくん、海賊は海にいるんだよ? 海賊が森に宝物を隠すわけないじゃん!!」
よしゆきの言葉を聞いて、はるなは腹を抱えて笑っている。確かに、海賊が草むらに財宝を隠すというのは無理がありそうだ。
「そんなもの、この目で確かめなきゃ分からないじゃないか!」
はるなの言葉によしゆきは激昂。彼は怒りに任せて草むらの中へ足を踏み入れる。
「おい、よしゆき!!」
きょうじろうは彼を引き留めようとするが、よしゆきは怒りから聞く耳を持たない。そして、その矢先......!!
「あぁぁぁぁぁっっっーーー......!!」
よしゆきは滑落し、その叫びは断末魔の如く消えていった。
『よしゆき!!』
それはあまりにも突然の出来事。当然、二人は言葉を失ってしまう。
「あぁ、どうしよ! どうしよっ!!」
成す術のないきょうじろうは狼狽え、周囲を駆けずり回ってしまう。
「どうしようじゃないでしょ!! こういう時は大人を呼ぶの! 男の子なんだから、狼狽えないで!!」
頼りないきょうじろうへ、はるなの喝が入る。子供の割に落ち着き払った様子から、おそらく彼女は彼らよりも年長なのだろう。
きょうじろうは我に返り、はるなとともに大人たちを呼びに奔走した。
「おかあさん! よしゆきくんが草むらに落ちちゃったの!!」
はるなが頼ったのは母親だった。彼女の背中には乳児と、彼女の袖を引くおかっぱの幼児の姿があった。おそらくはるなの姉妹なのだろう。
「え!? よしゆきが!!? 今行くからね!!」
娘の知らせを聞いて、母親はまな板の大根を放り出して駆け出す。割烹着もそのままに、日の丸鉢巻を額に当てて走り出す。
――
先程の草むらに近隣住民が集い、よしゆきの捜索にあたっていた。大人数で捜索しているにも拘らず、彼の足取りは一向に掴めない。
「時間は逢魔が時。これはきっと神隠しに違ぇねぇ!」
その言葉に周囲は騒然。『逢魔が時』は薄暗い夕暮れ時を指すのだが、この時間帯は人影が非常に判別しにくく災いに遭遇する可能性が高いとされる。
故に妖怪などに遭遇しやすく、神隠しはそれらの災いとして古来より言い伝えられてきた。
「......か・え・せ! か・え・せ!!」
住民の一人が、おもむろに声を上げる。それはきっと、この場所の神へ対する懇願だったのだろう。 その一声は皆に波及し、いつしか住民一同が声を上げ始めた。思考を奪うという意味で、この同調圧力というのは時に恐ろしい。
この事件を機に、周辺は『羽馴の藪知らず』と呼ばれるようになり、禁足地として結界が張られることになった。
一方、当の本人は住民たちの見当もつかないようなところにいた。よしゆきは草むらから洞穴へ落ち、進んだ先の滝壺を眺めていた。
「あれ? この丸い石は何だろう?? もしかしたら、羽成の財宝かもしれない!!」
彼の足元には、一つの丸い石が転がっていた。それは大人の拳大ほどの大きさで、表面は凹凸も少なく滑らかである。
周辺はごつごつとした岩石が多い中、子供にとって非常に好奇なものとして映っていることだろう。
よしゆきは、その石を持ち帰ることにした。彼にとって、それはある意味で財宝に値するものに違いない。
「......はっ! 何だ夢か......」
昼下がりの心地良さに、男は不覚にもうたた寝していた。彼が目覚めたのは、奇しくもあの時の『逢魔が時』に似た夕暮れだった。
その景色を見た彼の脳裏には、少年時代の思い出が走馬灯のように駆け巡っていた。
果たして、あの少年が見つけた羽成の財宝は今どこに......。