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フォルクヴァルツに向かう前日

ー/ー



 レオンハルトさまにも予定というものがあるだろうから、彼の予定が良いときに向かえればいいな、とは思っていたのだけど……まさか、すぐに出発するとは思わなかった。

 鍛冶屋からレームクール邸に戻ったレオンハルトさま。

 武具を見て満足したのか、その表情はとても明るかった。

 そんな彼に、荷造りを終えたことを告げると、目を丸くして私をじっと見つめ、

「荷造りが終わったのですか?」

 と、問いかける。……昨日の今日で終わるとは、普通思わないわよね。

「……はい」
「では、フォルクヴァルツには明日向かいましょうか? エリカさえよければ……」

 さらっと言われて、私は目を瞬かせた。

 レオンハルトさま、いつでもフォルクヴァルツに向かえるように用意していたのかしら?

「フォルクヴァルツは父と側近に丸投げしているので、大丈夫だとは思いますが……どのくらいの仕事を残されているのかは、戻ってみないとわからないので」

 眉を下げて微笑み、右手の人差し指で自身の頬をかく姿を眺めながら、書類を確認しているお父さまを思い浮かべ、小さく微笑んだ。

「レオンハルトさま。領地につきましたら、家のことは私にお任せください」

 すっと自分の胸元に手を置いて、彼を見つめる。

 家のことをするのは、妻の役目。

 レオンハルトさまはじっと私を見つめて、その言葉の意味に気付いてかぁっと顔を赤くさせた。

「エリカ、それは……」
「私を、あなたの妻にしてください」

 すっとお母さまにつけてもらったブローチを見せた。彼はブローチと私を交互に見る。

「このブローチは、お母さまからいただいたのです。祖母から母へ、母から娘へ受け継げられるブローチとのことですわ」

 きっと、お母さまは、私の心が決まったことに気付いたんだわ。

 だから、このブローチを渡してくれた。

「――本当に、よろしいのですか?」
「――はい。私はレオンハルトさまに、惹かれていますから」

 そっと目を閉じると、レオンハルトさまに抱きしめられた! え、えっ? なに、どうして私、彼に抱きしめられているの!?

「本来なら、一度フォルクヴァルツに戻って、エリカを迎える準備を終えてから……なのでしょうが、荷造りも終えているのなら、一緒に行きましょう」

 身体を少し離れて、視線を合わせる。にこりと微笑む彼に、「よろしいのですか?」と(たず)ねると、すぐに「もちろんですよ」と返事がきて、ぱぁっと表情を明るくさせた。

 すると、ほんの少し、レオンハルトさまの頬に朱が走った……気がする。

「……フォルクヴァルツに向かう道中は、どうしましょうか?」
「どう、とは……?」
「急いでいくのか、ゆっくりいくのかでルートが違うんです」
「ちなみにレオンハルトさまは、ここまでどちらのルートで?」
「急ぎのルートですね。エリカの気持ちが変わる前に、と急いできました」

 後頭部に手を置いて、照れたようにはにかむ姿に胸が高鳴る。

 いやもう、ほんっとうにこういう表情好き!

 そして私の気持ちが変わるかもしれないと思って、急いできてくれたことを知り、さらに胸がきゅんっとしちゃう!

「……では、ゆっくりのルートでもよろしいですか?」
「はい。オレもそちらのほうが良いと思います。急ぎのルートは女性には結構きついルートだと思うので」

 あ、一人称が『オレ』になっている。

 素を見ているようでなんだかこう……嬉しい、が近いかな。そんな気持ちになった。

「そんなルートを走ってきてくださったのですね」
「……はい」

 レオンハルトさまの朱が、私にも移ったように思う。だって、顔が赤くなっている気がするもの。

「……綺麗なブローチですね」
「もしも、私たちの子が女の子なら、このブローチはその子に受け継がれます、ね……」

 言っている途中で私たちは顔を真っ赤に染めた。互いに顔を隠すように、手で覆う。

 だって、想像してしまったんだもの。

 ――私とレオンハルトさまの子どものことを――……

 なんて言葉を紡げばいいのかわからず、黙ったままでいるとレオンハルトさまがこほんと咳払いをして口を開く。

「それでは、急ですが明日、出発しましょう」
「はい、お願いいたします」

 ――ついに明日、フォルクヴァルツに向かうのね。

 それにしても、この世界って本当にゲームの世界なのかしら?

 もしもゲームの世界なら、『強制力』でアデーレがあの不思議な力を目覚めさせるかもしれない。

 その前に、王都から離れたいのよね。

 ……まぁ、今となっては、ここがゲームの世界であろうがなかろうが、どちらでも良いのだけど。

 だって、私がこの世界で生きていることは、変わりないし。

 それに――ちらりとレオンハルトさまを見る。

 彼は私の視線に気付いて、「どうしました?」と首をかしげた。

「フォルクヴァルツがどんなところなのか、楽しみですわ」
「きっと驚くと思いますよ」

 はは、と笑うレオンハルトさま。

 きっと、本で読むだけではわからないことが、たくさんあると思う。

「では、今日は早めに休まないといけませんね」

 名残惜しいけれど、これからはレオンハルトさまと一緒にいられるのだし……と考えて、彼との会話を終えた。

 そのタイミングで、お父さまに声をかけられる。もしかしたら、私たちの話が終わるタイミングを待っていたのかもしれない。

「エリカ、ちょっといいかい?」
「はい、お父さま」

 お父さまは「ついてきなさい」といって歩き出す。

 お父さまが向かっているのは……倉庫?

 倉庫に入り、灯りをつけると迷うことなく目的のものを手にして、私に差し出した。

「お父さま、これは?」
「レームクールの風習だ。嫁ぐ娘に懐剣(かいけん)を渡すっていうね」
「懐剣……」

 こくり、とお父さまがうなずく。

「これは、エリカが生まれたときに作ってもらったんだ。この前メンテナンスしてもらったから、切れ味も最高だよ」

 私は両手を出して、懐剣を受け取る。

 ……知らなかった。レームクール家に、そんな風習があったなんて。

「……フォルクヴァルツは国境だからね。危険なこともあるだろう。エリカはフォルクヴァルツ辺境伯の妻になるのだから、その覚悟はあるだろうとは考えている。でもやはり、娘には生きていてもらいたいからね」

 つまり、これで護身しろってことね。

 懐剣は思っていたよりも大きくもなく、軽かった。

「――ありがとうございます、お父さま」

 お父さまが私の身を案じてくれていることに、思わず笑みを浮かべる。

 ぎゅっと懐剣を握りしめてから、視線を落とし「抜いてみても?」と聞くと、お父さまは「それはお前のなんだから」と微笑んだ。

 鞘から抜いて、真っ直ぐにその刀を見つめる。

 ……まさか、この世界で刀を見ることになるとは。

 西洋の剣なら、何度か見たことはあるけれど……東洋の刀はこの世界にきてから、初めて見たわ。

「……きれいですね」
「それがエリカのお守りになることを、願っているよ」
「大切にします、お父さま」

 鞘に戻しカーテシーをすると、お父さまは「明日、行くのだろう?」と聞いてきた。

 小さくうなずくと、ぽんっと私の頭に手を乗せて、くしゃりと撫でる。

「――エリカ、なにかあったらお父さまたちを頼りなさい。でも、一番に頼るのは、レオンハルトくんにするんだよ。男は惚れた相手に頼られると、張り切っちゃうからね」

 悪戯(いたずら)っぽく笑うお父さまに、私はくすくすと笑う。

 そうね、なにかあったらまず、レオンハルトさまに相談しよう。

「わかりました」

 お父さまは部屋まで私を送ってくれた。

 明日はフォルクヴァルツへ出発する予定だから、早めに休まないと。

 この懐剣は手にしていたほうが良いのよね、きっと。

 ――両親からのプレゼントに、心が温かくなった。

 明日はフォルクヴァルツに向かうから、しっかり休まないと。

 ――このまま、なにも起こりませんようにと祈りながら目を閉じる。

 ゆっくりと戻るコースだから、きっといろいろな話ができるだろう。

 ……私、ゲームをやり込んでいたけれど、レームクールの風習、知らなかったわ。

 この世界のこと――全然知らないのだわ、と眠りに落ちるまで考えていた。




みんなのリアクション

 レオンハルトさまにも予定というものがあるだろうから、彼の予定が良いときに向かえればいいな、とは思っていたのだけど……まさか、すぐに出発するとは思わなかった。
 鍛冶屋からレームクール邸に戻ったレオンハルトさま。
 武具を見て満足したのか、その表情はとても明るかった。
 そんな彼に、荷造りを終えたことを告げると、目を丸くして私をじっと見つめ、
「荷造りが終わったのですか?」
 と、問いかける。……昨日の今日で終わるとは、普通思わないわよね。
「……はい」
「では、フォルクヴァルツには明日向かいましょうか? エリカさえよければ……」
 さらっと言われて、私は目を瞬かせた。
 レオンハルトさま、いつでもフォルクヴァルツに向かえるように用意していたのかしら?
「フォルクヴァルツは父と側近に丸投げしているので、大丈夫だとは思いますが……どのくらいの仕事を残されているのかは、戻ってみないとわからないので」
 眉を下げて微笑み、右手の人差し指で自身の頬をかく姿を眺めながら、書類を確認しているお父さまを思い浮かべ、小さく微笑んだ。
「レオンハルトさま。領地につきましたら、家のことは私にお任せください」
 すっと自分の胸元に手を置いて、彼を見つめる。
 家のことをするのは、妻の役目。
 レオンハルトさまはじっと私を見つめて、その言葉の意味に気付いてかぁっと顔を赤くさせた。
「エリカ、それは……」
「私を、あなたの妻にしてください」
 すっとお母さまにつけてもらったブローチを見せた。彼はブローチと私を交互に見る。
「このブローチは、お母さまからいただいたのです。祖母から母へ、母から娘へ受け継げられるブローチとのことですわ」
 きっと、お母さまは、私の心が決まったことに気付いたんだわ。
 だから、このブローチを渡してくれた。
「――本当に、よろしいのですか?」
「――はい。私はレオンハルトさまに、惹かれていますから」
 そっと目を閉じると、レオンハルトさまに抱きしめられた! え、えっ? なに、どうして私、彼に抱きしめられているの!?
「本来なら、一度フォルクヴァルツに戻って、エリカを迎える準備を終えてから……なのでしょうが、荷造りも終えているのなら、一緒に行きましょう」
 身体を少し離れて、視線を合わせる。にこりと微笑む彼に、「よろしいのですか?」と|尋《たず》ねると、すぐに「もちろんですよ」と返事がきて、ぱぁっと表情を明るくさせた。
 すると、ほんの少し、レオンハルトさまの頬に朱が走った……気がする。
「……フォルクヴァルツに向かう道中は、どうしましょうか?」
「どう、とは……?」
「急いでいくのか、ゆっくりいくのかでルートが違うんです」
「ちなみにレオンハルトさまは、ここまでどちらのルートで?」
「急ぎのルートですね。エリカの気持ちが変わる前に、と急いできました」
 後頭部に手を置いて、照れたようにはにかむ姿に胸が高鳴る。
 いやもう、ほんっとうにこういう表情好き!
 そして私の気持ちが変わるかもしれないと思って、急いできてくれたことを知り、さらに胸がきゅんっとしちゃう!
「……では、ゆっくりのルートでもよろしいですか?」
「はい。オレもそちらのほうが良いと思います。急ぎのルートは女性には結構きついルートだと思うので」
 あ、一人称が『オレ』になっている。
 素を見ているようでなんだかこう……嬉しい、が近いかな。そんな気持ちになった。
「そんなルートを走ってきてくださったのですね」
「……はい」
 レオンハルトさまの朱が、私にも移ったように思う。だって、顔が赤くなっている気がするもの。
「……綺麗なブローチですね」
「もしも、私たちの子が女の子なら、このブローチはその子に受け継がれます、ね……」
 言っている途中で私たちは顔を真っ赤に染めた。互いに顔を隠すように、手で覆う。
 だって、想像してしまったんだもの。
 ――私とレオンハルトさまの子どものことを――……
 なんて言葉を紡げばいいのかわからず、黙ったままでいるとレオンハルトさまがこほんと咳払いをして口を開く。
「それでは、急ですが明日、出発しましょう」
「はい、お願いいたします」
 ――ついに明日、フォルクヴァルツに向かうのね。
 それにしても、この世界って本当にゲームの世界なのかしら?
 もしもゲームの世界なら、『強制力』でアデーレがあの不思議な力を目覚めさせるかもしれない。
 その前に、王都から離れたいのよね。
 ……まぁ、今となっては、ここがゲームの世界であろうがなかろうが、どちらでも良いのだけど。
 だって、私がこの世界で生きていることは、変わりないし。
 それに――ちらりとレオンハルトさまを見る。
 彼は私の視線に気付いて、「どうしました?」と首をかしげた。
「フォルクヴァルツがどんなところなのか、楽しみですわ」
「きっと驚くと思いますよ」
 はは、と笑うレオンハルトさま。
 きっと、本で読むだけではわからないことが、たくさんあると思う。
「では、今日は早めに休まないといけませんね」
 名残惜しいけれど、これからはレオンハルトさまと一緒にいられるのだし……と考えて、彼との会話を終えた。
 そのタイミングで、お父さまに声をかけられる。もしかしたら、私たちの話が終わるタイミングを待っていたのかもしれない。
「エリカ、ちょっといいかい?」
「はい、お父さま」
 お父さまは「ついてきなさい」といって歩き出す。
 お父さまが向かっているのは……倉庫?
 倉庫に入り、灯りをつけると迷うことなく目的のものを手にして、私に差し出した。
「お父さま、これは?」
「レームクールの風習だ。嫁ぐ娘に|懐剣《かいけん》を渡すっていうね」
「懐剣……」
 こくり、とお父さまがうなずく。
「これは、エリカが生まれたときに作ってもらったんだ。この前メンテナンスしてもらったから、切れ味も最高だよ」
 私は両手を出して、懐剣を受け取る。
 ……知らなかった。レームクール家に、そんな風習があったなんて。
「……フォルクヴァルツは国境だからね。危険なこともあるだろう。エリカはフォルクヴァルツ辺境伯の妻になるのだから、その覚悟はあるだろうとは考えている。でもやはり、娘には生きていてもらいたいからね」
 つまり、これで護身しろってことね。
 懐剣は思っていたよりも大きくもなく、軽かった。
「――ありがとうございます、お父さま」
 お父さまが私の身を案じてくれていることに、思わず笑みを浮かべる。
 ぎゅっと懐剣を握りしめてから、視線を落とし「抜いてみても?」と聞くと、お父さまは「それはお前のなんだから」と微笑んだ。
 鞘から抜いて、真っ直ぐにその刀を見つめる。
 ……まさか、この世界で刀を見ることになるとは。
 西洋の剣なら、何度か見たことはあるけれど……東洋の刀はこの世界にきてから、初めて見たわ。
「……きれいですね」
「それがエリカのお守りになることを、願っているよ」
「大切にします、お父さま」
 鞘に戻しカーテシーをすると、お父さまは「明日、行くのだろう?」と聞いてきた。
 小さくうなずくと、ぽんっと私の頭に手を乗せて、くしゃりと撫でる。
「――エリカ、なにかあったらお父さまたちを頼りなさい。でも、一番に頼るのは、レオンハルトくんにするんだよ。男は惚れた相手に頼られると、張り切っちゃうからね」
 |悪戯《いたずら》っぽく笑うお父さまに、私はくすくすと笑う。
 そうね、なにかあったらまず、レオンハルトさまに相談しよう。
「わかりました」
 お父さまは部屋まで私を送ってくれた。
 明日はフォルクヴァルツへ出発する予定だから、早めに休まないと。
 この懐剣は手にしていたほうが良いのよね、きっと。
 ――両親からのプレゼントに、心が温かくなった。
 明日はフォルクヴァルツに向かうから、しっかり休まないと。
 ――このまま、なにも起こりませんようにと祈りながら目を閉じる。
 ゆっくりと戻るコースだから、きっといろいろな話ができるだろう。
 ……私、ゲームをやり込んでいたけれど、レームクールの風習、知らなかったわ。
 この世界のこと――全然知らないのだわ、と眠りに落ちるまで考えていた。