「りょうた、急がないと信長が逃げるわよ!」
テレビアニメの登場人物になりきっていたのりこは、後先構わず駆け抜けていた。今の彼女は、紛うことなき戦国武将だ。
「だめだ、今日のおねえちゃんは打倒信長に燃えている。けど、信長ってどこにいるんだろう?」
のりこはりょうたの疑問など知ったことではない。彼女は戦国武将に思いを馳せ、誰にも追いつけないスピードで通学路を駆け抜けていく。
「おねぇちゃぁーん!!」
のりこはりょうたを差し置いて猛進して行く......だが、その時!!
「あっ......」
のりこは、紐のような何かに足元を掬われた。猛進していた手前、勢い余ってその体を草むらへ放り出される。
「あぁっ!!」
その時のりこは感じた。それは、落とし穴に落ちていく感覚に似ていると。
だが、時すでに遅し。今の彼女に、重力へ逆らう余地はない。
「いったぁーい......」
のりこは、地面へ勢いよくを叩きつけられた。全身泥だらけだが、咄嗟に受け身を取ったことで肘の軽傷で済んだ。
「おねえちゃん? おねえちゃん!?」
困惑するりょうたの声が、遠く聞こえる。天井も高くに見え、相当な高さから落ちたことがのりこにも容易に理解できた。
「りょうた! りょうーたぁー!!」
のりこは必死に叫ぶが、遥か遠くのりょうたには届くはずもない。加えて、周囲はモグラが掘った洞穴のようになっていて傾斜も険しい。おそらく、のりこ自身の力では脱出も叶うまい。
「上からの脱出は難しそうね......。こうなれば、前進あるのみ!!」
戻ることを諦めたのりこは、洞穴の先へ進むことを決断。本来、遭難した際は極力現場を動かないことが望ましい。遭難した際の知識として、読者諸君は肝に銘じるべし。
洞穴の先は闇が広がっていて、目視では到底その先を確認することが出来ない。だが、それでものりこは深淵へ猛進する。
「真っ暗で何も見えない......。けど、この先にはきっと光があるはず」
周囲が暗闇に包まれていても、のりこは希望を捨てない。いつの時代も、光は闇から生まれ出るものなのだ。
だが、人間は長時間の暗闇に晒されると精神崩壊を起こし始め、72時間で発狂してしまうといわれる。大人でさえ堪え難い環境を、果たして小学生の彼女が耐え抜くことが出来るのだろうか?
「足元がベチャベチャしてて、歩きにくい......」
のりこが歩みを進めていくと、足元が徐々にぬかるんできた。周囲こそ目視できないものの、地面が水気を帯びていることは確かだった。水の滴る音も聞こえてくる、おそらく地下水だろうか。
ーー
それから、どれだけの時間歩いただろうか。相変わらず出口は見えないが、足場はいつしか岩石質へ変化していることが感じ取れた。
のりこの目は暗闇に順応し、おおよそ足元の状態を把握出来るようになった。そういう意味で、慣れというのは恐ろしい。
「......痛っ!」
のりこは爪先を強打した。いくら暗視が可能とはいえ、全てを把握するのはさすがに無理がある。
「これは一体何かしら? 石ではなさそうね......」
感覚が研ぎ澄まされたのりこには、爪先のそれが自然の物でないと理解できた。どことなく形が整っていて、所々角があるような気がする。おそらくは人工物だろうか? だが、それ以上の推測は暗視である以上困難だ。
「まぁいいわ、今回は見逃してあげる」
何物ともいえない物体、気がかりを残しながらのりこは先を急いだ。しかしながら、そこに人工物があるというのは違和感を覚える。
のりこがさらに歩みを進めていくと、今度は臭いの変化を感じ取った。それまでの土臭さは消え失せ、いつしか塩臭さが周囲に漂い始めていた。
それに加えて、潮騒も聞こえてくるような気がする。おそらく、出口が近いという暗示か。
「遠くから、ザァザァ音が聞こえる。もしかしたら潮騒ぎ?」
惜しい、実に惜しい。彼女は潮騒と言いたいところだろうが、残念ながら小学生にそのような語彙力はない。とはいえ、のりこも出口が近いことを実感しているに違いない。
「潮騒ぎ、それは魂のルフラン!!」
潮騒の何が、彼女の心を掻き立てたのだろうか? のりこは一心不乱に洞穴を掛け抜ける。それはさながら、自身が過ごした大地へと還っていくかのようだ。
「あれは......真理の扉!?」
そんな彼女の目の前に、突如として扉が立ち塞がった。潮騒が間近に聞こえることから、そこが出口であることは間違いない。
だが、出口はとても堅牢なもののように見える。のりこはどうするのだろうか?
「どうやら、真理は私を試そうとしているのね。けれどね......道理なんて知ったことじゃないの!! そんなもの、私の無理で押し通すっっっ!!!」
のりこは、その扉を力で押し通した。金剛石をも粉砕する一撃を受けた扉は粉々に砕け散り、外界への出口がこじ開けられた。
「......え? ここどこ??」
のりこが辿り着いた場所、そこは真夜中の海岸だった。眼前の遥か向こうに島が見えるものの、その先は荒波に行く手を阻まれてしまっている。
......のりこ、絶体絶命。