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第59話 羽馴の藪知らず

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「ここは羽馴の藪知らず。私達も近付かない禁足地なの......」
 京子の表情は、一瞬にして凍り付く。禁足地とは一体どういうことなのだろうか?
「のりこちゃん、きっと神隠しに遭ったのね。の時と同じだわ......」
 人物が忽然と消える現象、人々は古来より『神隠し』と言い伝えてきた。日本人は古来より自然崇拝を重んじており、山林をはじめとした身近な自然に神が宿ると信じている。
 故に、人智を超越した現象は神の仕業と考えられており、神隠しもその一つとされているのだ。
「え? 良行さん.....?」
 だが、京子の疑問符が付いたのは神隠しではなくという言葉の方だった。その真意、今の京子には分かりかねる。
「......こうしちゃいられない! 神様に、のりこちゃんを返してもらわないと!!」
 京子の疑問などつゆ知らず、文恵はどこかへ走り去ってしまった。彼女の口ぶりから、どうやらよしゆきなる人物も神隠しの経験者である模様。
「あっ! それよりも警察へ通報しなきゃ!! あと、良行さんにも連絡しなくちゃね!」
 ふと我に返った京子は、110番通報を入れる。おそらく、この状況下では京子の判断が正解と思われる。
――
 しばらくして警察と、そして文恵率いる騒がしい集団が駆け付けた。
『か・え・せ! か・え・せ!!』
 その集団に、島長親子と警察は困惑している。文恵曰く、これは神に対する懇願なのだという。
 実際、神隠しが起きた際にこのような行進をする風習は日本各地に残されており、かの『遠野物語』にもその記述が散見される。
「さぁ、京子さんもこっちへ!」
 額に鉢巻を巻いて、文恵は気合十分。その鉢巻は日の丸が目を惹き、ワールドカップのサポーターを彷彿とさせる。
「ごめんなさい、何となく人として恥ずかしい......」
 京子は、その胸中を思わず吐露する。だが、地元の伝統とは総じて恥じらいを伴うものである。
「ふぅ、ショック......!」
 誘いを拒否されて、文恵は項垂れてしまう。気合を入れ過ぎた日の丸は項垂れ、さながら日本沈没を思わせる。
「......京子さん、遅くなってごめん!!」
 京子から連絡を受けた良行が、ようやくやってきた。額からは滝のような汗、彼が火急の用でやって来たことは想像に難くない。
「良行さぁーーーんっ!!!」
 京子は感情を堪え切れず、慟哭とともに良行へ抱き着く。母は強しというけれど、実は案外強がっているだけかもしれない。
「のりこが、のりこが......!」
 狼狽する妻を、良行はそっと抱きしめる。彼は、妻の不安を少しでも和らげるつもりなのだろう。
「心配しなくていい。大丈夫、きっとのりこは無事さ」
 普段は呆けているが、それは常に平静を保つ彼の性格でもある。いかなる時でも冷静沈着であること、それは大黒柱である夫に求められる資質なのだろう。
「母さん! 恥ずかしいからやめて!!」
 そこへやってきたのは、娘である秋子。伝統は時代でその価値を変え、時には滑稽に映ることもある。文恵の行動はまさに時代遅れの象徴といえよう。
「......えっ? アニキ!!?」
 良行の顔を見た秋子の第一声。どういうわけか、彼女は驚きのあまり目玉が飛び出そうになっている。
「良行さん、秋子さんを知ってるの?」
 秋子の様子に、京子は困惑。良行は幼い頃に両親を亡くし、養父母の元で育っている。そんな彼に兄弟がいたという話など聞いたこともないからだ。
「いや、知らない......」
 京子の質問に対し、良行は大きく首を横に振る。見知らぬ人物にいきなりアニキと言われて、全く心当たりがないようだ。
「......けど、よく考えたらアニキがこんなに若いわけないか。名前も、母さんが見間違うわけだ......」
 冷静になった秋子は、勘違いだと気付く。彼女の口ぶりから、アニキなる人物が良行と瓜二つなのは間違いなさそうだ。
「それより、今はのりこちゃんを探さないと!」
 我に返った秋子は、その場を後にした。言い出しっぺがそそくさといなくなるのは世の常だ。
『か・え・せ! か・え・せ!!』
 項垂れていたはずの文恵は息を吹き返し、神への懇願を再開。向かう当てなどないのだろうが、日の丸鉢巻婆さんを筆頭に邁進していく。
 孫娘なのか、足元には少女が連れ添っている。日の丸婆さん再起の起因は、おそらくこの子と思われる。
一方、島長夫妻は秋子の話が理解できず置いてきぼり状態となり、呆然としてしまっている。
「......アニキって、誰のことなんでしょうね?」
 京子はようやく口を開くが、依然として疑問符が残ったまま。文恵から秋子は三姉妹だと聞かされていたが、アニキなる人物の話は初耳だった。
「さぁな? 俺はこの島に親族がいるなんて聞いたこともないし......」
 良行もこの様子。彼女のいうアニキもとい、よしゆきという人物は誰のことなのか......?


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「ここは羽馴の藪知らず。私達も近付かない禁足地なの......」
 京子の表情は、一瞬にして凍り付く。禁足地とは一体どういうことなのだろうか?
「のりこちゃん、きっと神隠しに遭ったのね。《《よしゆき》》の時と同じだわ......」
 人物が忽然と消える現象、人々は古来より『神隠し』と言い伝えてきた。日本人は古来より自然崇拝を重んじており、山林をはじめとした身近な自然に神が宿ると信じている。
 故に、人智を超越した現象は神の仕業と考えられており、神隠しもその一つとされているのだ。
「え? 良行さん.....?」
 だが、京子の疑問符が付いたのは神隠しではなく《《よしゆき》》という言葉の方だった。その真意、今の京子には分かりかねる。
「......こうしちゃいられない! 神様に、のりこちゃんを返してもらわないと!!」
 京子の疑問などつゆ知らず、文恵はどこかへ走り去ってしまった。彼女の口ぶりから、どうやらよしゆきなる人物も神隠しの経験者である模様。
「あっ! それよりも警察へ通報しなきゃ!! あと、良行さんにも連絡しなくちゃね!」
 ふと我に返った京子は、110番通報を入れる。おそらく、この状況下では京子の判断が正解と思われる。
――
 しばらくして警察と、そして文恵率いる騒がしい集団が駆け付けた。
『か・え・せ! か・え・せ!!』
 その集団に、島長親子と警察は困惑している。文恵曰く、これは神に対する懇願なのだという。
 実際、神隠しが起きた際にこのような行進をする風習は日本各地に残されており、かの『遠野物語』にもその記述が散見される。
「さぁ、京子さんもこっちへ!」
 額に鉢巻を巻いて、文恵は気合十分。その鉢巻は日の丸が目を惹き、ワールドカップのサポーターを彷彿とさせる。
「ごめんなさい、何となく人として恥ずかしい......」
 京子は、その胸中を思わず吐露する。だが、地元の伝統とは総じて恥じらいを伴うものである。
「ふぅ、ショック......!」
 誘いを拒否されて、文恵は項垂れてしまう。気合を入れ過ぎた日の丸は項垂れ、さながら日本沈没を思わせる。
「......京子さん、遅くなってごめん!!」
 京子から連絡を受けた良行が、ようやくやってきた。額からは滝のような汗、彼が火急の用でやって来たことは想像に難くない。
「良行さぁーーーんっ!!!」
 京子は感情を堪え切れず、慟哭とともに良行へ抱き着く。母は強しというけれど、実は案外強がっているだけかもしれない。
「のりこが、のりこが......!」
 狼狽する妻を、良行はそっと抱きしめる。彼は、妻の不安を少しでも和らげるつもりなのだろう。
「心配しなくていい。大丈夫、きっとのりこは無事さ」
 普段は呆けているが、それは常に平静を保つ彼の性格でもある。いかなる時でも冷静沈着であること、それは大黒柱である夫に求められる資質なのだろう。
「母さん! 恥ずかしいからやめて!!」
 そこへやってきたのは、娘である秋子。伝統は時代でその価値を変え、時には滑稽に映ることもある。文恵の行動はまさに時代遅れの象徴といえよう。
「......えっ? アニキ!!?」
 良行の顔を見た秋子の第一声。どういうわけか、彼女は驚きのあまり目玉が飛び出そうになっている。
「良行さん、秋子さんを知ってるの?」
 秋子の様子に、京子は困惑。良行は幼い頃に両親を亡くし、養父母の元で育っている。そんな彼に兄弟がいたという話など聞いたこともないからだ。
「いや、知らない......」
 京子の質問に対し、良行は大きく首を横に振る。見知らぬ人物にいきなりアニキと言われて、全く心当たりがないようだ。
「......けど、よく考えたらアニキがこんなに若いわけないか。名前も《《よしゆき》》、母さんが見間違うわけだ......」
 冷静になった秋子は、勘違いだと気付く。彼女の口ぶりから、アニキなる人物が良行と瓜二つなのは間違いなさそうだ。
「それより、今はのりこちゃんを探さないと!」
 我に返った秋子は、その場を後にした。言い出しっぺがそそくさといなくなるのは世の常だ。
『か・え・せ! か・え・せ!!』
 項垂れていたはずの文恵は息を吹き返し、神への懇願を再開。向かう当てなどないのだろうが、日の丸鉢巻婆さんを筆頭に邁進していく。
 孫娘なのか、足元には少女が連れ添っている。日の丸婆さん再起の起因は、おそらくこの子と思われる。
一方、島長夫妻は秋子の話が理解できず置いてきぼり状態となり、呆然としてしまっている。
「......アニキって、誰のことなんでしょうね?」
 京子はようやく口を開くが、依然として疑問符が残ったまま。文恵から秋子は三姉妹だと聞かされていたが、アニキなる人物の話は初耳だった。
「さぁな? 俺はこの島に親族がいるなんて聞いたこともないし......」
 良行もこの様子。彼女のいうアニキもとい、よしゆきという人物は誰のことなのか......?