ある日の放課後、のりことりょうたはいつものように下校していた。天候は晴天、日差しが心地よい日だった。
「敵は本能寺にあり!」
のりこは、意気揚々と通学路を駆けている。セリフはおそらくR・O・Pの影響だろうか。
「おねえちゃん、待ってよぉ!」
鈍足のりょうたは息も絶え絶え。姉の後に続くのがやっとだ。
「りょうた、急がないと信長が逃げるわよ!」
のりこが弟を顧みた第一声がこれである。テレビアニメの登場人物になりきって、その世界観に陶酔してしまうのは小学生あるあるといえる。たとえ本能寺の所在が未詳であっても、彼女の心は紛うことなき戦国武将だ。
「だめだ、今日のおねえちゃんは打倒信長に燃えている。けど、信長ってどこにいるんだろう?」
りょうたの疑問は至極当然。だが、今ののりこにそれは無問題。戦国武将に思いを馳せること、それが何より充実するひとときなのである。
のりこは戦国武将に思いを馳せて通学路を駆け抜けていく。そのスピードは、もはや誰にも追いつけない。
「おねぇちゃぁーん!!」
りょうたの叫びも虚しく、やがてのりこは見る影もなくなっていく。だが、それにしても早すぎる。
「あぁっ!!」
遥か彼方でのりこの声が聞こえた。しかし、それは断末魔のように一瞬で途切れてしまう。そのことにりょうたは違和感を覚えた。姉に何かあったのではないかと。
「おねえちゃん? おねえちゃん!?」
りょうたが辿り着いたのは、鬱蒼とした草むら。そこに姉の姿はなかった。
不可思議な出来事だが、のりこの姿は忽然と消えてしまったのである。その事実にりょうたは困惑の表情。
「おねぇーちゃぁーん!!」
りょうたは必死に呼びかけるも、のりこは応答しない。彼女は一体どこへ消えてしまったのだろうか?
もしのりこがいるとすれば、草むらの中であることは確か。しかし、りょうたはそこへ踏み入ろうとしない。
いや、正確には踏み入ることを恐れたと言った方がいい。彼は、その草むらに言い知れぬ違和感を覚えた。だが、その違和感の正体を小学生が言い表すには困難を極める。
「参ったな......おねえちゃん、スマホ持ってないしなぁ」
のりこは極度な機械音痴。当然、スマートフォンなどという現代的な道具など持ち合わせているわけもない。
この状況下で彼女の欠点は仇となってしまっている。りょうたにとって、これは万事休す。
だが、その恐怖を押し殺してりょうたはスマートフォンを手に取る。震える手で操作が覚束ないながらも、彼は必死の思いだった。
「おかあさん? おねえちゃんが......おねえちゃんがっ!!」
りょうたが連絡を取ったのは、母である京子。のりこが忽然と消え、彼は困惑を隠しきれない。
『りょうた、今どこにいるの!?』
彼のただならぬ雰囲気を察知し、京子は彼の元へ駆けつけようと試みる。だが、彼の思考は錯乱していて言葉を紡ぐのもままならない。
『今行くから、そこでじっとしてて!』
疎通が難しいと判断した京子は、即座にりょうたの元へ向かった。こういう時、母の第六感は遺憾なく発揮される。
――
まもなくして、京子はりょうたの元へ駆け付けた。りょうたがスマートフォンを携帯していたため、GPS機能から彼の居場所を探知できた。
「りょうた、無事ね!」
京子は、すかさず我が子を抱きしめる。言葉にせずとも、我が子を安心させることが第一だと直感したのだ。
「おかあさぁーーーんっっっ!!!」
母が駆け付けた安心感から、りょうたは堪えていた感情を露わにする。そんな彼を落ち着かせるべく、京子は必死に彼を宥める。
「りょうた、大丈夫だからねぇ」
我が子を宥める傍らで、京子は草むらにただならぬ気配を感じていた。そこは、異世界を思わせる不気味さが漂っていた。
「ああ、なんてことでしょう!! 結界が破られている!?」
京子を追ってやってきたのは、ご近所さんの文恵だ。何か事情を知っているのか、文恵は島長親子とは違った狼狽え方をしている。
「......え? 結界ってどういうこと!?」
聞き慣れない言葉に、京子は動揺を隠せない。結界というと、一般的には悪霊や妖怪から身を守るための防壁として用いられるものである。
だが、どうしてこの草むらにそのようなものが展開されていたのだろうか? 彼女の疑問など顧みることもなく、文恵は衝撃の一言を口走る。
「ここは『羽馴の藪知らず』。私達も近付かない禁足地なの......」
その言葉に、京子の表情は一瞬にして凍り付いた。