「奪還」その2
ー/ー
『執行機関』は膨大な敷地面積を誇り、内部に備えたアンドロイド用の施設も高度なものだった。
『執行機』はそもそも、動物の肉体と細胞と遺伝子改良を利用し、そして高い知能を有する為の人工脳を与えられて作られた存在であり、よくある人型ロボットや精巧に作られた機械生命体とは一線をかくす者だった。
それはタンパク質で構成された肉体を持ち、赤い血を流し、自らが望めば食事すらも摂取できた。
各種臓器は、特殊合金や電子回路を複雑に組み合わせた人工臓器だったといえ機能は殆ど人間と変わらず、そして特筆すべき人工脳の機能においては、知的生命体と変わらない高い自己学習と判断をする事が可能であり、それは新たな生命体といって何ら差し支えのないものだった。
そして、彼らは皆一様に人間とそっくりの外見をしていた。
実のところ、『執行機』は奇跡的に出来た偶然の産物であり、存在自体はブラックボックスに近かった。
『執行機』作成の初期段階では、倫理上人型の者が人型のものを殺すのには誰もが抵抗を覚える為、人型とはかけ離れた形で生成しようとしていたのだが、全て失敗に終わった。
ーー手を大きな刃に置き換えたり、腹部から銃眼が覗く様にしてみたり、いっそ猛獣の形にしてみたりした……が、そのどれもがダメだった。
それらは運用しようとすると、必ず暴走するか、自死してしまったのである。
しかし、誰かが「完全に人間の作りを模倣して見たらどうだろうか」という事を思いつき、その様にしたら『執行機』が誕生したのである。
『殺しを行う為には、かぎりなく人間近い形が必要なのだ』
これはあるアンドロイド研究家が残した言葉である。
そして、それは事実そうであった。
しかし、『執行機』の殺しを行うという性質上まだまだ社会からの忌避感は強い。
だからこそ『執行機』を『執行機関』で徹底的に管理した。
殺戮用機構のコードにはセフティーを設けて、いざとなれば確実に始末する為、管理用の首輪を付けたのであるーー。
『執行機関』の『執行機』専用エリアにあるカフェで、1414と1618は向かい合って席に着いていた。
席数5〜6席、机も椅子も灰色の鉄製で酷く簡素なそのカフェで、二人は打ち合わせと称してコーヒータイムに勤しんでいた。
「君は飲まないのか?」
1414がカップに入ったのコーヒーを啜りながら1618に尋ねた。先程からコーヒーを楽しむ1414に対して、1618はコーヒーにも軽食にも一切手をつけていなかった。
「飲む必要がありません」
彼女は冷然とそう答えるばかりである。
「……やはりインスタントでは味気がないか。今度はもっと美味い店を紹介しよう」
「味の問題ではありません。本来飲食物を摂取する必要が、我々『執行機』には無いからです」
間の抜けた返答を返した1414に1618は言い放つ様に答えた。
「あなたは少々、人間に偏りすぎている。
登録番号1414……データーベースを参照しました。
あなたは過去に幾度も執行中の対象に対して説得を試みたり、対象を排除する事よりも周囲の安全確保を優先したり、問題行動を重ねてきましたね?」
「全て履修済みという訳か……心強いじゃないか」
「理解できない。あなたのやり方は『執行機』の存在理由とかけ離れている」
「そうだな。自分でも俺は中途半端な奴だと思っているよ」
1414は自らに投げかける冷たい言葉にも動じず、カップのコーヒーを啜り続ける。カップの中の暗く揺れるコーヒーに1414の影が薄らと写り込んでいる。
「過去、何人かあなたの様に『執行機』としての在り方に疑問を持った者達はいましたが、いずれも無意味なものでした」
「……彼らはいずれも、自己矛盾に耐えきれなくなり、『執行機』としての運命を受け入れるか、自壊する道を選んだ、だな?」
それを理解していてもなお、1414はそれすらも了承しているかの様に落ちついていた。
1618は、自らに湧き上がりそうな衝動の火種を感じ、脳内神経に意識を集中し、その衝動を抑える様に処理した。
「そうです。人間が行き過ぎた機構化により自滅するのと同じ様に、我々アンドロイドは自身の在り方から外れようとすると自滅する。
だから、我々は自身に与えられた存在理由に沿って生きるべきです。その生き方こそ、他者の求めに答え、自身を規定できる」
1618は、沈黙する1414をじっと見続けていた。無機質なカフェエリアの席についているのは二人だけで、周囲の人影も僅かで、物寂しかった。そこだけ周囲の時間が遅く流れているかの様だった。
しかし、やがて1414は自らの影が写り込むコーヒーを喉に流し込み、カップを置き少し思案して、1618に答える為に口を開いた。
ーーすると、1414が言葉を発しようとするとの同時に、二人の脳内に信号が届き、アナウンスが頭に響き渡った。
《歓楽街:401-25-B3地点に殺人鬼発生。登録番号1414、及び登録番号1618は直ちに対象の執行を開始せよ。
この執行命令に従属できる場合は『執行機関』のメインデータベースに接続せよ。……繰り返す、歓楽街:401-25……》
脳内に響き渡るアナウンスを確認すると、両名は自身のこめかみについたコンソールパネルを叩き、メインデータベースに接続し、殺人鬼の特徴と武装等の詳細を確認した。
そうすると、1618は1414を一瞥し、颯爽とカフェエリアを後にした。
1414も自身の目の前にあるカップを机の脇に片付け、浅いため息を吐いた、そして
「仕事の時間だな」
と呟き、1618の後を追ったーー。
曇天のスパイナルシティの街中を、『執行機』の搬送用車両が滑る様に駆けていく。
圧縮エネルギー駆動式……核融合電力や光子運動力を高密度に圧縮した力から生まれるパワーが、宙に浮く流線型の車体を止まる事なく、しかし全く何かにぶつかる事もなく、まるで空中を自在に飛び回る燕の様に駆けた。
その動き回る車両とは対照的に、不気味なほど静かな車内で1414と1618は自身が徐々に執行対象に近づいていくのを感じていた。車内には二人以外には何もいない、車両はただ『執行機関』の自動運転プログラムにしたがってただ二人を運んでいくだけだ。
その中で1618は執行にあたる前に今一度、自身の『執行機』としての在り方を再確認する様に沈黙し、1414は今から執行を行う対象のデーターベースを未だ漁っていた……。
「ほぅ。この男、元は中央銀行の職員だったのか」
ーードルア・オルランド。出生後年数68歳、人間。53歳までスパイナルシティ中央銀行に所属。その後、汚職取引の嫌疑をかけられ退職し、その後数年行方をくらましていたが、近年裏社会のシンジケートから仕事を請け負う用心棒になり、警察組織から要注意人物に挙げられる。
今回、歓楽街のショッピングモール『ブーゲンビリア』にて、フードを被った姿で現れ突如無差別殺人を繰り返した事によって、殺人鬼認定を受ける。
なお、この件には裏社会のどの組織も関与しておらず、完全に独自の犯行と見て間違いない……以上がデータベースをかいつまんだ情報だった。
「警察組織の31名死傷、応援に来た軍隊の12名死傷、及び軍用の市中作戦兵器1機が全壊、3機が行動不能……中々派手にやるな」
興味深そうに殺人鬼のデータを漁る1414に、1618は「まだ情報を漁っているのですか」と言った。
「言ったはずです。我々はただ対象を執行……殺す事のみが存在理由だと。 状況、対象の武装が分かればそれ以外の情報はいりません。あなたのやっている事は無意味です」
1414は情報を身終えて、座席に深く座り込み天井を見上げた。そして1618に言った。
「そうとも限らんさ。対象を知る事によって、思わぬ突破口に繋がるかもしれない。それに……」
「それに?」
「多少は、後味が良くなるかもしれない」
「……」
《執行地点に到着致しました。》
二人の会話を割く様に流れたアナウンスを聞くと、二人は運搬車両の扉を開き外に降り立った。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
『執行機関』は膨大な敷地面積を誇り、内部に備えたアンドロイド用の施設も高度なものだった。
『執行機』はそもそも、動物の肉体と細胞と遺伝子改良を利用し、そして高い知能を有する為の人工脳を与えられて作られた存在であり、よくある人型ロボットや精巧に作られた機械生命体とは一線をかくす者だった。
それはタンパク質で構成された肉体を持ち、赤い血を流し、自らが望めば食事すらも摂取できた。
各種臓器は、特殊合金や電子回路を複雑に組み合わせた人工臓器だったといえ機能は殆ど人間と変わらず、そして特筆すべき人工脳の機能においては、知的生命体と変わらない高い自己学習と判断をする事が可能であり、それは新たな生命体といって何ら差し支えのないものだった。
そして、彼らは皆一様に人間とそっくりの外見をしていた。
実のところ、『執行機』は奇跡的に出来た偶然の産物であり、存在自体はブラックボックスに近かった。
『執行機』作成の初期段階では、倫理上人型の者が人型のものを殺すのには誰もが抵抗を覚える為、人型とはかけ離れた形で生成しようとしていたのだが、全て失敗に終わった。
ーー手を大きな刃に置き換えたり、腹部から銃眼が覗く様にしてみたり、いっそ猛獣の形にしてみたりした……が、そのどれもがダメだった。
それらは運用しようとすると、必ず暴走するか、自死してしまったのである。
しかし、誰かが「完全に人間の作りを模倣して見たらどうだろうか」という事を思いつき、その様にしたら『執行機』が誕生したのである。
『殺しを行う為には、かぎりなく人間近い形が必要なのだ』
これはあるアンドロイド研究家が残した言葉である。
そして、それは事実そうであった。
しかし、『執行機』の殺しを行うという性質上まだまだ社会からの忌避感は強い。
だからこそ『執行機』を『執行機関』で徹底的に管理した。
殺戮用機構のコードにはセフティーを設けて、いざとなれば確実に始末する為、管理用の首輪を付けたのであるーー。
『執行機関』の『執行機』専用エリアにあるカフェで、1414と1618は向かい合って席に着いていた。
席数5〜6席、机も椅子も灰色の鉄製で酷く簡素なそのカフェで、二人は打ち合わせと称してコーヒータイムに勤しんでいた。
「君は飲まないのか?」
1414がカップに入ったのコーヒーを啜りながら1618に尋ねた。先程からコーヒーを楽しむ1414に対して、1618はコーヒーにも軽食にも一切手をつけていなかった。
「飲む必要がありません」
彼女は冷然とそう答えるばかりである。
「……やはりインスタントでは味気がないか。今度はもっと美味い店を紹介しよう」
「味の問題ではありません。本来飲食物を摂取する必要が、我々『執行機』には無いからです」
間の抜けた返答を返した1414に1618は言い放つ様に答えた。
「あなたは少々、人間に偏りすぎている。
登録番号1414……データーベースを参照しました。
あなたは過去に幾度も執行中の対象に対して説得を試みたり、対象を排除する事よりも周囲の安全確保を優先したり、問題行動を重ねてきましたね?」
「全て履修済みという訳か……心強いじゃないか」
「理解できない。あなたのやり方は『執行機』の存在理由とかけ離れている」
「そうだな。自分でも俺は中途半端な奴だと思っているよ」
1414は自らに投げかける冷たい言葉にも動じず、カップのコーヒーを啜り続ける。カップの中の暗く揺れるコーヒーに1414の影が薄らと写り込んでいる。
「過去、何人かあなたの様に『執行機』としての在り方に疑問を持った者達はいましたが、いずれも無意味なものでした」
「……彼らはいずれも、自己矛盾に耐えきれなくなり、『執行機』としての運命を受け入れるか、自壊する道を選んだ、だな?」
それを理解していてもなお、1414はそれすらも了承しているかの様に落ちついていた。
1618は、自らに湧き上がりそうな衝動の火種を感じ、脳内神経に意識を集中し、その衝動を抑える様に処理した。
「そうです。人間が行き過ぎた機構化により自滅するのと同じ様に、我々アンドロイドは自身の在り方から外れようとすると自滅する。
だから、我々は自身に与えられた存在理由に沿って生きるべきです。その生き方こそ、他者の求めに答え、自身を規定できる」
1618は、沈黙する1414をじっと見続けていた。無機質なカフェエリアの席についているのは二人だけで、周囲の人影も僅かで、物寂しかった。そこだけ周囲の時間が遅く流れているかの様だった。
しかし、やがて1414は自らの影が写り込むコーヒーを喉に流し込み、カップを置き少し思案して、1618に答える為に口を開いた。
ーーすると、1414が言葉を発しようとするとの同時に、二人の脳内に信号が届き、アナウンスが頭に響き渡った。
《歓楽街:401-25-B3地点に殺人鬼発生。登録番号1414、及び登録番号1618は直ちに対象の執行を開始せよ。
この執行命令に従属できる場合は『執行機関』のメインデータベースに接続せよ。……繰り返す、歓楽街:401-25……》
脳内に響き渡るアナウンスを確認すると、両名は自身のこめかみについたコンソールパネルを叩き、メインデータベースに接続し、殺人鬼の特徴と武装等の詳細を確認した。
そうすると、1618は1414を一瞥し、颯爽とカフェエリアを後にした。
1414も自身の目の前にあるカップを机の脇に片付け、浅いため息を吐いた、そして
「仕事の時間だな」
と呟き、1618の後を追ったーー。
曇天のスパイナルシティの街中を、『執行機』の搬送用車両が滑る様に駆けていく。
圧縮エネルギー駆動式……核融合電力や光子運動力を高密度に圧縮した力から生まれるパワーが、宙に浮く流線型の車体を止まる事なく、しかし全く何かにぶつかる事もなく、まるで空中を自在に飛び回る燕の様に駆けた。
その動き回る車両とは対照的に、不気味なほど静かな車内で1414と1618は自身が徐々に執行対象に近づいていくのを感じていた。車内には二人以外には何もいない、車両はただ『執行機関』の自動運転プログラムにしたがってただ二人を運んでいくだけだ。
その中で1618は執行にあたる前に今一度、自身の『執行機』としての在り方を再確認する様に沈黙し、1414は今から執行を行う対象のデーターベースを未だ漁っていた……。
「ほぅ。この男、元は中央銀行の職員だったのか」
ーードルア・オルランド。出生後年数68歳、人間。53歳までスパイナルシティ中央銀行に所属。その後、汚職取引の嫌疑をかけられ退職し、その後数年行方をくらましていたが、近年裏社会のシンジケートから仕事を請け負う用心棒になり、警察組織から要注意人物に挙げられる。
今回、歓楽街のショッピングモール『ブーゲンビリア』にて、フードを被った姿で現れ突如無差別殺人を繰り返した事によって、殺人鬼認定を受ける。
なお、この件には裏社会のどの組織も関与しておらず、完全に独自の犯行と見て間違いない……以上がデータベースをかいつまんだ情報だった。
「警察組織の31名死傷、応援に来た軍隊の12名死傷、及び軍用の市中作戦兵器1機が全壊、3機が行動不能……中々派手にやるな」
興味深そうに殺人鬼のデータを漁る1414に、1618は「まだ情報を漁っているのですか」と言った。
「言ったはずです。我々はただ対象を執行……殺す事のみが存在理由だと。 状況、対象の武装が分かればそれ以外の情報はいりません。あなたのやっている事は無意味です」
1414は情報を身終えて、座席に深く座り込み天井を見上げた。そして1618に言った。
「そうとも限らんさ。対象を知る事によって、思わぬ突破口に繋がるかもしれない。それに……」
「それに?」
「多少は、後味が良くなるかもしれない」
「……」
《執行地点に到着致しました。》
二人の会話を割く様に流れたアナウンスを聞くと、二人は運搬車両の扉を開き外に降り立った。