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「奪還」その1

ー/ー



「1414! 1414! くそっ、どこに行きやがった?」

 清潔で無機質な、まるで病院の様な建物のエントランスの中に、白衣を着て無精髭を生やした男の声が響く。
 その苛ついた声に周囲の者は何事かと振り向いたが、彼から発せられるその『1414』という単語を聞くとーーあぁ、いつもの事かと諦めた様に顔を背けるのだった。
 ここは世間から、『執行機関』と呼ばれる政府の建物であり、ここスパイナルシティの中心部に備えられた『執行機関』は、本部直属に近い大きなものだった。

 
 テクノロジーが進み、人体改造や人工知能が当たり前になると、ある革新的な技術が世界を席巻した。

 ーー『機構化』、肉体と機械の融合。
 タンパク質で構成された肉体の一部に、遺伝子改良プログラムと修復ナノマシンが搭載された機器を埋め込む。
 そうすると人体と機器が徐々に適応し、融合して新たな肉体の一部となる。
 それは、望んだ身体の形を手にできるという事であり、また生物の新たな進化の可能性でもあった。
 
 ーー事故で腕を無くしたものは、機構化により新たな腕を得ることができ、自らの容姿に不満のあるものは好きな形に顔を変える事ができた。
 何よりも素晴らしい技術だと皆が褒め称えたのは、脳の機構化だった。
 大脳中枢と脊髄などの神経系を機構化する事により、人類は夢にまでみた電脳を実現した。
 機構化された脳は、ネットワークや情報媒体に即時にアクセスする事を可能にし、それにより限りなく個人の価値観を平等にした。
 脳の機構化は現在人類の約99.3%が受け入れている。

 人類の、いや生命の黄金時代ーー誰もがそう思ったが、いい事ばかりでもなかった。

 機構化の力を、他者を傷つける為に悪用する者が現れたのである。
 他者に危害を加える為の機構化を施したもの達は、その並外れた能力を犯罪に利用した……犯罪者は進歩した時代でも根絶することは出来なかったのである。そして特に厄介なのは凶悪殺人鬼達だった。
 
 殺人鬼達はいずれも自身の身体を殺戮専用に機構化していた。
 普通は過度な機構化は脳と自己分離を引き起こし、拒絶反応によりオーバーヒートするのが常だった為、計画的な犯罪者はある一定を保った改造を心がけていたのだが、強烈な欲望を持って殺人犯す者達にはそんなルール等は最初から存在していなかった。

 政府はこの自体を重く見た。凶悪殺人鬼に立ち向かうには、こちらも相応の対策を用意しなければならないが、通常の兵器では話にならず、また警察や軍隊の人間を限界まで機構化すれば太刀打ちはできるが、そうすれば彼らの身体が持たない。

 ーーだから政府は考えた。
「初めから殺人鬼を殺すのに特化した、殺す為に生まれた存在を作り出そう」と。
 そして生まれたのが、殺戮用の機構化に最適応する様な人工脳と作られた肉体を持った者、アンドロイド『執行機』であり、それを統括するのが『執行機関』であった。
 そして先程からの白衣の男が呼び続ける1414も、その一人だった。


「ーーおい、見つけたぞ。こんなところにいやがったか」

 白衣の男は、エントランスの隅の自動販売機横に備え付けられた、ベンチに座り一冊の文庫本を読んでいた者に呆れた様な声をかけた。

 ベンチに座った者の外見は、短く刈り上げた髪に、高い鼻梁を持ち、顎先はシャープで目も同様に鋭かった。その鋭い顎先の下の首の部分には、首輪をつけている。
 肩幅はガッチリとして、身長は180cmくらいだった。
 人間で言えば、彼は男というものに近いのであろう。しかし彼ら『執行機』に性別や生殖行動は必要なく、彼もまた性別不明だった。

 彼は自分に声がかけられたのに気づくと、読んでいた本から顔を上げ、白衣の男を見上げた。

「こんにちわ、キシナミ博士。……随分と苛立っている様子だな。心拍数が上がり、血中のホルモンが過剰分泌されている。俺にできる事があれば力になるが?」

 1414は両眼瞼をスキャナーで光らせ、キシナミを一通り診断すると、その様に言った。しかしそれを聞いたキシナミは更に声を苛ただせる。

「おぉーそうかい! じゃあ今すぐにでもお前のその澄ましたツラを蹴り飛ばさせてもらっていいか!? こっちはなぁ! 今朝散々、技術専門部の連中に嫌味を言われて頭が割れそうなんだ! お前、また『カクテル』の接種をサボったな!?」

 『カクテル』。その単語を聞いた1414は、うんざりした顔を浮かべ溜息をついた。

「キシナミ博士。君はこの間俺に言ったな? 自分は今少々立て込んでいるから今日の『カクテル』の接種は俺に一任する、と。ならば接種は俺の自由意思に任された訳だ。
 俺は自己診断の結果、昨日時点ではまだ接種は必要ではないと判断した。だから君がそれを思い悩むことはないんだよ」

「自己診断もクソもあるか!! 接種は執行の度必ず行う様にとの規約があるだろうが!! その頭の中の膨大なデータベースの中にそれは保存されてねぇのか? あぁ!?」

 激昂するキシナミをよそに1414は、他人事の様にまた本に顔を戻しながら

「自由意志とは、規約や法則とは対立するものだ」と言った。

 それを聞いてキシナミは、1414の文庫本を乱暴に取り上げた。1414が文庫本のなくなり空白になった両手の間を見ると、キシナミの真っ赤な顔が青筋を立てて覗き込んでいた。

「お前の屁理屈はもう沢山だ。それより話がある。ついてこい」

 キシナミはそう言うと、覗き込んでいた体勢から元に戻り、1414に一緒にくる様に促した。仕方なくそれに続いた1414の胸に、キシナミは取り上げた文庫本を押し付けて忠告する様に言った。

「こんなもんばっか読み耽ってると、自己矛盾を起こして、お前もぶっ壊れちまうぞ」

 1414は渡されたそれを暫く見つめ、胸のポケットにしまいこみ、後に続くのであった。


 キシナミが1414を連れて来たのは『執行機関』のとある一室だった。
 その部屋の扉を開くと、コの字型に並んだ長机と大型ディスプレイ装置が置かれた会議室に、一人の『執行機』がいた。

 その『執行機』は、顔立ちは小さく丸く、身体も華奢だった。細い首元には、1414と同じ様な首輪をつけている。
 その姿は『執行機』とは程遠いものを連想させた。それは人間で言う女というものに似ていた。1414が男の形に似ている様に。

 しかし柔和な身体と顔に似合わず、ショートカットの髪の間から覗く瞳は、凍てつく空の果ての様な、澄み切っていてしかしどこか荒涼としたものがあった。

「彼女は……」

 そう問いを投げた1414にキシナミが返答しようとしたところ、それをさえぎり、冷たい瞳の『執行機』が言葉を口にした。

「お初にお目にかかります、登録番号1414。私は登録番号1618です。そして私は「彼女」などではなく、政府直属の『執行機』です。以後、お見知り置きを」

 発せられた声も言葉も、瞳同様凍りついている。

「政府直属の『執行機』? 重要殺人鬼やテロリストの排除にあたる特務部隊だな。何故、そんな君がここに?」

 疑問を口にした1414に、今度はキシナミが答えを返した。

「Beの話しはもう聞いているな?」

 瞬間、室内の照明が落とされディスプレイが光った。
 ディスプレイの大きな画面に情報が瞬く間に羅列され、会議室の机の中央に、いくつかの人型と街の地図のホログラムが浮かび出した。

「殺人鬼『Be』。各国を渡り歩き、凄惨な殺人を繰り返す異常殺人犯。
 被害者は数知れず人間もアンドロイドも見境なしだ。
 犯行の現場も方法もバラバラで統一性はなく、まだ犯人像も完全には掴めていないが、唯共通しているのが……」

 
 ーーBeの犯行は実に奇妙なものだった。キシナミの言う通り、被害者も現場も、殺害方法も多岐に渡る。しかし『被害者の脳を取り出し、メッセージを残す』この行動だけは一致しており、その為に『Brain excavator(脳を掘り出す者)』なんて冗談みたいな通称が付いた。
 
 被害者の身体が原型を保っていて、傍に傷一つなく綺麗に取り出した脳を置く。
 これならばまだいい方で、ひどいのだと、焼死体となった被害者の頭を横真っ二つに切り開き、その腕に被害者自身の綺麗な脳を抱かせたもの。
 またはバラバラでもはや身体の一欠片も見つからない血の海の真ん中に唯一形を保った脳が……持ち主を待ち続けるかの様にポツンと置かれていたこともあった。

 そしてそれら全ての現場に、Beからのあるメッセージが、血の文字で書かれていた。

『自らを自らで規定せよ!!』とーー。


「 Beか……。先日まさに中央区のホテルで脳を取り出された人間の女の遺体が見つかったな。しかし模倣犯の可能性もある」

「いや、今回はおそらく本物だ。犯行の鮮やかさ、残されたメッセージの筆跡……今までの模倣犯とは一切違う。……それに」

「それに今回の犯人が本物のBeであるかは、我々には関係ありません」

 キシナミの言い淀んだ一言を、1618が引き継いだ。

「我々は殺人鬼をただ殺すのみです。 Beであるかないかに関わらず。我々はその為に生まれて来ました」

 その声はどこまでも透明で純白だった。さも当然の事の様に。
 その一言に、1414もキシナミも口をつぐんだ。やがて切り出しにくそうにおずおずとキシナミが口を開いた。

「まぁ……そう言うことだ。捜査は警察共に任せて、俺らはいつも通り執行対象となった奴を排除していけばいい。しかし、暫く厳戒態勢が続くからな。だから、日頃問題児のお前にお目付け役をつけようって訳だ」

 と言ったキシナミに1414は

「成程、しかし彼女はそんなに問題行動が目立つのか。そうは見えんが?」

 と返した。すると先程の怒りが蘇ったかの様に、キシナミが憤激しながら

「お前のことだ、1414! 度重なる規約違反! 任務内容からの逸脱! 何度言えばわかるんだ!?」

 金切り声を上げるキシナミに、1414は耳を塞ぎ顔を顰め、1618は平然とそれを受け流した。

 更に小言を重ねようとする、キシナミにこれ以上言われては堪らないと言った様子で

「わかった。つまり Beの一件が片付くまで彼女と共に行動しろと言うことだな。了解した。……『メンター』は誰が務めるんだ?」

 キシナミは荒い息を吐きながら

「1618の『メンター』は臨時的に俺が務める。だから俺はメチャクチャに忙しいんだ!! いつもみたいにお前に構ってられないんだよ!! お前が問題を起こすとお前の担当『メンター』である俺の責任になるんだ。だからお前は……!」

 まだまだ言い足りない、そう言った様子をキシナミから感じ取り、1414は強制的に部屋の明かりを元に戻した。
 ホログラムも全て消え、元通りの空疎となった部屋から1414は素早く踵を返し

「了解した。共に頑張ろう、キシナミ博士。
 行くぞ、1618。これからの打ち合わせをしよう」

 と言って、1618の手を取り出ていこうとする。それを見て逃すものかとキシナミは立ちはだかろうとするが、1414が1618の手を取ると、急に二人の姿が徐々に薄れ空気と混じり、透明になってしまった。光学迷彩だ。

 今まさに1414の首根っこを掴もうとしていたキシナミの手は空を切り、その場にはたった一人キシナミだけが残された。
 
 キシナミは苛立ちを抑えきれず、怒声を上げながら会議室の机を蹴っ飛ばした……。


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 清潔で無機質な、まるで病院の様な建物のエントランスの中に、白衣を着て無精髭を生やした男の声が響く。
 その苛ついた声に周囲の者は何事かと振り向いたが、彼から発せられるその『1414』という単語を聞くとーーあぁ、いつもの事かと諦めた様に顔を背けるのだった。
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 ーー『機構化』、肉体と機械の融合。
 タンパク質で構成された肉体の一部に、遺伝子改良プログラムと修復ナノマシンが搭載された機器を埋め込む。
 そうすると人体と機器が徐々に適応し、融合して新たな肉体の一部となる。
 それは、望んだ身体の形を手にできるという事であり、また生物の新たな進化の可能性でもあった。
 ーー事故で腕を無くしたものは、機構化により新たな腕を得ることができ、自らの容姿に不満のあるものは好きな形に顔を変える事ができた。
 何よりも素晴らしい技術だと皆が褒め称えたのは、脳の機構化だった。
 大脳中枢と脊髄などの神経系を機構化する事により、人類は夢にまでみた電脳を実現した。
 機構化された脳は、ネットワークや情報媒体に即時にアクセスする事を可能にし、それにより限りなく個人の価値観を平等にした。
 脳の機構化は現在人類の約99.3%が受け入れている。
 人類の、いや生命の黄金時代ーー誰もがそう思ったが、いい事ばかりでもなかった。
 機構化の力を、他者を傷つける為に悪用する者が現れたのである。
 他者に危害を加える為の機構化を施したもの達は、その並外れた能力を犯罪に利用した……犯罪者は進歩した時代でも根絶することは出来なかったのである。そして特に厄介なのは凶悪殺人鬼達だった。
 殺人鬼達はいずれも自身の身体を殺戮専用に機構化していた。
 普通は過度な機構化は脳と自己分離を引き起こし、拒絶反応によりオーバーヒートするのが常だった為、計画的な犯罪者はある一定を保った改造を心がけていたのだが、強烈な欲望を持って殺人犯す者達にはそんなルール等は最初から存在していなかった。
 政府はこの自体を重く見た。凶悪殺人鬼に立ち向かうには、こちらも相応の対策を用意しなければならないが、通常の兵器では話にならず、また警察や軍隊の人間を限界まで機構化すれば太刀打ちはできるが、そうすれば彼らの身体が持たない。
 ーーだから政府は考えた。
「初めから殺人鬼を殺すのに特化した、殺す為に生まれた存在を作り出そう」と。
 そして生まれたのが、殺戮用の機構化に最適応する様な人工脳と作られた肉体を持った者、アンドロイド『執行機』であり、それを統括するのが『執行機関』であった。
 そして先程からの白衣の男が呼び続ける1414も、その一人だった。
「ーーおい、見つけたぞ。こんなところにいやがったか」
 白衣の男は、エントランスの隅の自動販売機横に備え付けられた、ベンチに座り一冊の文庫本を読んでいた者に呆れた様な声をかけた。
 ベンチに座った者の外見は、短く刈り上げた髪に、高い鼻梁を持ち、顎先はシャープで目も同様に鋭かった。その鋭い顎先の下の首の部分には、首輪をつけている。
 肩幅はガッチリとして、身長は180cmくらいだった。
 人間で言えば、彼は男というものに近いのであろう。しかし彼ら『執行機』に性別や生殖行動は必要なく、彼もまた性別不明だった。
 彼は自分に声がかけられたのに気づくと、読んでいた本から顔を上げ、白衣の男を見上げた。
「こんにちわ、キシナミ博士。……随分と苛立っている様子だな。心拍数が上がり、血中のホルモンが過剰分泌されている。俺にできる事があれば力になるが?」
 1414は両眼瞼をスキャナーで光らせ、キシナミを一通り診断すると、その様に言った。しかしそれを聞いたキシナミは更に声を苛ただせる。
「おぉーそうかい! じゃあ今すぐにでもお前のその澄ましたツラを蹴り飛ばさせてもらっていいか!? こっちはなぁ! 今朝散々、技術専門部の連中に嫌味を言われて頭が割れそうなんだ! お前、また『カクテル』の接種をサボったな!?」
 『カクテル』。その単語を聞いた1414は、うんざりした顔を浮かべ溜息をついた。
「キシナミ博士。君はこの間俺に言ったな? 自分は今少々立て込んでいるから今日の『カクテル』の接種は俺に一任する、と。ならば接種は俺の自由意思に任された訳だ。
 俺は自己診断の結果、昨日時点ではまだ接種は必要ではないと判断した。だから君がそれを思い悩むことはないんだよ」
「自己診断もクソもあるか!! 接種は執行の度必ず行う様にとの規約があるだろうが!! その頭の中の膨大なデータベースの中にそれは保存されてねぇのか? あぁ!?」
 激昂するキシナミをよそに1414は、他人事の様にまた本に顔を戻しながら
「自由意志とは、規約や法則とは対立するものだ」と言った。
 それを聞いてキシナミは、1414の文庫本を乱暴に取り上げた。1414が文庫本のなくなり空白になった両手の間を見ると、キシナミの真っ赤な顔が青筋を立てて覗き込んでいた。
「お前の屁理屈はもう沢山だ。それより話がある。ついてこい」
 キシナミはそう言うと、覗き込んでいた体勢から元に戻り、1414に一緒にくる様に促した。仕方なくそれに続いた1414の胸に、キシナミは取り上げた文庫本を押し付けて忠告する様に言った。
「こんなもんばっか読み耽ってると、自己矛盾を起こして、お前もぶっ壊れちまうぞ」
 1414は渡されたそれを暫く見つめ、胸のポケットにしまいこみ、後に続くのであった。
 キシナミが1414を連れて来たのは『執行機関』のとある一室だった。
 その部屋の扉を開くと、コの字型に並んだ長机と大型ディスプレイ装置が置かれた会議室に、一人の『執行機』がいた。
 その『執行機』は、顔立ちは小さく丸く、身体も華奢だった。細い首元には、1414と同じ様な首輪をつけている。
 その姿は『執行機』とは程遠いものを連想させた。それは人間で言う女というものに似ていた。1414が男の形に似ている様に。
 しかし柔和な身体と顔に似合わず、ショートカットの髪の間から覗く瞳は、凍てつく空の果ての様な、澄み切っていてしかしどこか荒涼としたものがあった。
「彼女は……」
 そう問いを投げた1414にキシナミが返答しようとしたところ、それをさえぎり、冷たい瞳の『執行機』が言葉を口にした。
「お初にお目にかかります、登録番号1414。私は登録番号1618です。そして私は「彼女」などではなく、政府直属の『執行機』です。以後、お見知り置きを」
 発せられた声も言葉も、瞳同様凍りついている。
「政府直属の『執行機』? 重要殺人鬼やテロリストの排除にあたる特務部隊だな。何故、そんな君がここに?」
 疑問を口にした1414に、今度はキシナミが答えを返した。
「Beの話しはもう聞いているな?」
 瞬間、室内の照明が落とされディスプレイが光った。
 ディスプレイの大きな画面に情報が瞬く間に羅列され、会議室の机の中央に、いくつかの人型と街の地図のホログラムが浮かび出した。
「殺人鬼『Be』。各国を渡り歩き、凄惨な殺人を繰り返す異常殺人犯。
 被害者は数知れず人間もアンドロイドも見境なしだ。
 犯行の現場も方法もバラバラで統一性はなく、まだ犯人像も完全には掴めていないが、唯共通しているのが……」
 ーーBeの犯行は実に奇妙なものだった。キシナミの言う通り、被害者も現場も、殺害方法も多岐に渡る。しかし『被害者の脳を取り出し、メッセージを残す』この行動だけは一致しており、その為に『|Brain excavator《脳を掘り出す者》』なんて冗談みたいな通称が付いた。
 被害者の身体が原型を保っていて、傍に傷一つなく綺麗に取り出した脳を置く。
 これならばまだいい方で、ひどいのだと、焼死体となった被害者の頭を横真っ二つに切り開き、その腕に被害者自身の綺麗な脳を抱かせたもの。
 またはバラバラでもはや身体の一欠片も見つからない血の海の真ん中に唯一形を保った脳が……持ち主を待ち続けるかの様にポツンと置かれていたこともあった。
 そしてそれら全ての現場に、Beからのあるメッセージが、血の文字で書かれていた。
『自らを自らで規定せよ!!』とーー。
「 Beか……。先日まさに中央区のホテルで脳を取り出された人間の女の遺体が見つかったな。しかし模倣犯の可能性もある」
「いや、今回はおそらく本物だ。犯行の鮮やかさ、残されたメッセージの筆跡……今までの模倣犯とは一切違う。……それに」
「それに今回の犯人が本物のBeであるかは、我々には関係ありません」
 キシナミの言い淀んだ一言を、1618が引き継いだ。
「我々は殺人鬼をただ殺すのみです。 Beであるかないかに関わらず。我々はその為に生まれて来ました」
 その声はどこまでも透明で純白だった。さも当然の事の様に。
 その一言に、1414もキシナミも口をつぐんだ。やがて切り出しにくそうにおずおずとキシナミが口を開いた。
「まぁ……そう言うことだ。捜査は警察共に任せて、俺らはいつも通り執行対象となった奴を排除していけばいい。しかし、暫く厳戒態勢が続くからな。だから、日頃問題児のお前にお目付け役をつけようって訳だ」
 と言ったキシナミに1414は
「成程、しかし彼女はそんなに問題行動が目立つのか。そうは見えんが?」
 と返した。すると先程の怒りが蘇ったかの様に、キシナミが憤激しながら
「お前のことだ、1414! 度重なる規約違反! 任務内容からの逸脱! 何度言えばわかるんだ!?」
 金切り声を上げるキシナミに、1414は耳を塞ぎ顔を顰め、1618は平然とそれを受け流した。
 更に小言を重ねようとする、キシナミにこれ以上言われては堪らないと言った様子で
「わかった。つまり Beの一件が片付くまで彼女と共に行動しろと言うことだな。了解した。……『メンター』は誰が務めるんだ?」
 キシナミは荒い息を吐きながら
「1618の『メンター』は臨時的に俺が務める。だから俺はメチャクチャに忙しいんだ!! いつもみたいにお前に構ってられないんだよ!! お前が問題を起こすとお前の担当『メンター』である俺の責任になるんだ。だからお前は……!」
 まだまだ言い足りない、そう言った様子をキシナミから感じ取り、1414は強制的に部屋の明かりを元に戻した。
 ホログラムも全て消え、元通りの空疎となった部屋から1414は素早く踵を返し
「了解した。共に頑張ろう、キシナミ博士。
 行くぞ、1618。これからの打ち合わせをしよう」
 と言って、1618の手を取り出ていこうとする。それを見て逃すものかとキシナミは立ちはだかろうとするが、1414が1618の手を取ると、急に二人の姿が徐々に薄れ空気と混じり、透明になってしまった。光学迷彩だ。
 今まさに1414の首根っこを掴もうとしていたキシナミの手は空を切り、その場にはたった一人キシナミだけが残された。
 キシナミは苛立ちを抑えきれず、怒声を上げながら会議室の机を蹴っ飛ばした……。