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第31話 大阪の友人

ー/ー



 ある休日の早朝、何やら良行は忙しない様子。
「クーラーボックスにタックル、それからロックアイスも――」
 彼はぶつぶつと呟きながら何かの準備をしている。言葉の内容からして、おそらく釣りに行くのだろうか?
 早朝のリビングには静けさが漂っていて、家族はまだ寝室にいるようだ。
「これでよし! とりあえず、一息つくかなぁ」
 一通りの準備を終えた良行は、コーヒーを淹れて休息する。朝はやはり浅煎りのブラジル豆が手堅い。
 付け合わせは京子お手製BLTサンドウィッチ、スパイスを利かせた自家製ベーコンが具材の持ち味を引き出している。
 良行は家族を釣りに誘うも、早起きを理由に断られてしまっている。釣り人というのは、時に孤独である。
「和泉と会うのも、何年ぶりだろうなぁ?」
 良行の口ぶりから、和泉というのは友人だろうか。旧友との再会に、彼は思いを馳せている。
「何だが、朝からいい匂いがするわね......」
 コーヒーの匂いに誘われて、のりこがリビングへやってきた。
「おぉ、のりこにしては早起きじゃないか?」
 本来のりこは朝が苦手で、家族の中では一番寝起きが悪い。早朝に香るコーヒーは、そんな彼女の早起きさえ促してしまう特別な効果があるようだ。
「おとうさん、そのサンドウィッチもらうね?」
 リビングに来て早々、のりこは良行の食べていたサンドウィッチを横取りする。つまみ食いは、彼女の常である。
「このサンドウィッチ、とっても美味しい!!」
 サンドウィッチを口にするなり、のりこは目を見開いている。おそらく、自家製ベーコンは別格の味わいなのだろう。
「のりこ、せっかくだからおとうさんと釣りに行っちゃうか?」
 良行は、ここぞとばかりに娘を釣りに誘う。父親からして、娘というのは愛おしくて仕方がないのだ。
「おとうさん、そんなに私とデートがしたいのぉ??」
 どもんへ告白して見事に玉砕した彼女の記憶は、どうやら追憶の彼方であるようだ。
「デートかぁ、それもいいなぁ?」
 良行はにやついているが、傍から見るとその表情は何となく気持ち悪い。
「仕方ないなぁ、特別だからね?」
 この親子、どことなく似た者同士で仲がいい。
「出来ればりょうたも誘ってあげたいけれど、さすがに起きて来ないかなぁ」
 りょうたも、のりこほどではないが寝起きが悪い。それを踏まえて、のりこが早起きしたこと自体は奇跡に近い。
「おそらく無理でしょうね。りょうた、やりたいことがあるって言ってたし?」
 何となく察しがついているのか、のりこはどこか機嫌が悪い。果たして、りょうたのやりたいこととは何だろうか?
「もしかして、あの箱は......」
 良行も、りょうたのやりたいことに察しがついた模様。だが、それについてのりこが不機嫌そうな顔をしている理由までは分かりかねた。
「......時間が迫っているな。さて、そろそろ出発しようか!」
 良行は、のりこを急かすように呟く。
「待ってて、いま着替えてくるから!」
 のりこも、それに応じるようにクローゼットを漁り始めた。
――
 所変わって、ここは羽馴海岸。ここへ来るのは、初日の引越し以来である。早朝であるため、太陽すらその顔を覗かせていない。
 ほのかな暗闇に潮騒だけが響き渡るその情景は、言葉に出来ないほどの神秘的である。
「......すごーい! 誰もいないわね!」
 のりこにとって、その光景は新鮮なものとして映っていることだろう。早起きは三文の徳というが、まさにこのことである。
「なぁ、朝の海もいいだろう?」
 良行は得意げに語るが......そこに見覚えのある人物がいた。
「へいらっしゃい! 旦那、早起きだねぇ!? それに、お嬢ちゃんも!」
 おにぎり屋の米山結である。こんな早朝から開店しているとは、彼も奇特な人物である。
「大将こそ、こんな朝早くからご苦労様です!」
 早朝から快活な結に、良行は感心している。
「漁師の朝は早ぇからよぉ? だから、おいらも早起きってわけだ」
 なるほど、結は漁師相手に商売をしているようだ。良行はそう理解した。
「ところで旦那、今日は釣りかい?」
 結は背後の陳列棚へ目配せしている。よく見ると、そこには釣り針などの道具が陳列されている。素人目からしても、大半の釣り道具が取り揃えられているように見受けられる。
「へぇ、これはすごいですねぇ!」
 観光客に漁師、釣り人などあらゆるニーズに応えようとする彼の商魂は凄まじい。とにかく、この港へ訪れる客を逃すまいとするしたたかさ、そこにも良行は感心した。
「困ったらおいらを頼んなぁ?」
 ここまで来ると、もはやおにぎり屋の域を越えている。この男、ただ者ではない。
「良行ぃ! 久しぶりやなぁ!!」
 おにぎり屋の商品に見とれていると、良行の背後から関西弁の男が声を掛けてきた。
「和泉! 久しぶり!!」
 それに気付いた良行も男へ返事をする。彼こそが良行の友人、和泉勇人(はやと)である。


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次のエピソードへ進む 第32話 朝釣りの語らい


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 ある休日の早朝、何やら良行は忙しない様子。
「クーラーボックスにタックル、それからロックアイスも――」
 彼はぶつぶつと呟きながら何かの準備をしている。言葉の内容からして、おそらく釣りに行くのだろうか?
 早朝のリビングには静けさが漂っていて、家族はまだ寝室にいるようだ。
「これでよし! とりあえず、一息つくかなぁ」
 一通りの準備を終えた良行は、コーヒーを淹れて休息する。朝はやはり浅煎りのブラジル豆が手堅い。
 付け合わせは京子お手製BLTサンドウィッチ、スパイスを利かせた自家製ベーコンが具材の持ち味を引き出している。
 良行は家族を釣りに誘うも、早起きを理由に断られてしまっている。釣り人というのは、時に孤独である。
「和泉と会うのも、何年ぶりだろうなぁ?」
 良行の口ぶりから、和泉というのは友人だろうか。旧友との再会に、彼は思いを馳せている。
「何だが、朝からいい匂いがするわね......」
 コーヒーの匂いに誘われて、のりこがリビングへやってきた。
「おぉ、のりこにしては早起きじゃないか?」
 本来のりこは朝が苦手で、家族の中では一番寝起きが悪い。早朝に香るコーヒーは、そんな彼女の早起きさえ促してしまう特別な効果があるようだ。
「おとうさん、そのサンドウィッチもらうね?」
 リビングに来て早々、のりこは良行の食べていたサンドウィッチを横取りする。つまみ食いは、彼女の常である。
「このサンドウィッチ、とっても美味しい!!」
 サンドウィッチを口にするなり、のりこは目を見開いている。おそらく、自家製ベーコンは別格の味わいなのだろう。
「のりこ、せっかくだからおとうさんと釣りに行っちゃうか?」
 良行は、ここぞとばかりに娘を釣りに誘う。父親からして、娘というのは愛おしくて仕方がないのだ。
「おとうさん、そんなに私とデートがしたいのぉ??」
 どもんへ告白して見事に玉砕した彼女の記憶は、どうやら追憶の彼方であるようだ。
「デートかぁ、それもいいなぁ?」
 良行はにやついているが、傍から見るとその表情は何となく気持ち悪い。
「仕方ないなぁ、特別だからね?」
 この親子、どことなく似た者同士で仲がいい。
「出来ればりょうたも誘ってあげたいけれど、さすがに起きて来ないかなぁ」
 りょうたも、のりこほどではないが寝起きが悪い。それを踏まえて、のりこが早起きしたこと自体は奇跡に近い。
「おそらく無理でしょうね。りょうた、やりたいことがあるって言ってたし?」
 何となく察しがついているのか、のりこはどこか機嫌が悪い。果たして、りょうたのやりたいこととは何だろうか?
「もしかして、あの箱は......」
 良行も、りょうたのやりたいことに察しがついた模様。だが、それについてのりこが不機嫌そうな顔をしている理由までは分かりかねた。
「......時間が迫っているな。さて、そろそろ出発しようか!」
 良行は、のりこを急かすように呟く。
「待ってて、いま着替えてくるから!」
 のりこも、それに応じるようにクローゼットを漁り始めた。
――
 所変わって、ここは羽馴海岸。ここへ来るのは、初日の引越し以来である。早朝であるため、太陽すらその顔を覗かせていない。
 ほのかな暗闇に潮騒だけが響き渡るその情景は、言葉に出来ないほどの神秘的である。
「......すごーい! 誰もいないわね!」
 のりこにとって、その光景は新鮮なものとして映っていることだろう。早起きは三文の徳というが、まさにこのことである。
「なぁ、朝の海もいいだろう?」
 良行は得意げに語るが......そこに見覚えのある人物がいた。
「へいらっしゃい! 旦那、早起きだねぇ!? それに、お嬢ちゃんも!」
 おにぎり屋の米山結である。こんな早朝から開店しているとは、彼も奇特な人物である。
「大将こそ、こんな朝早くからご苦労様です!」
 早朝から快活な結に、良行は感心している。
「漁師の朝は早ぇからよぉ? だから、おいらも早起きってわけだ」
 なるほど、結は漁師相手に商売をしているようだ。良行はそう理解した。
「ところで旦那、今日は釣りかい?」
 結は背後の陳列棚へ目配せしている。よく見ると、そこには釣り針などの道具が陳列されている。素人目からしても、大半の釣り道具が取り揃えられているように見受けられる。
「へぇ、これはすごいですねぇ!」
 観光客に漁師、釣り人などあらゆるニーズに応えようとする彼の商魂は凄まじい。とにかく、この港へ訪れる客を逃すまいとするしたたかさ、そこにも良行は感心した。
「困ったらおいらを頼んなぁ?」
 ここまで来ると、もはやおにぎり屋の域を越えている。この男、ただ者ではない。
「良行ぃ! 久しぶりやなぁ!!」
 おにぎり屋の商品に見とれていると、良行の背後から関西弁の男が声を掛けてきた。
「和泉! 久しぶり!!」
 それに気付いた良行も男へ返事をする。彼こそが良行の友人、和泉|勇人《はやと》である。