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第32話 朝釣りの語らい

ー/ー



「和泉! 久しぶり!!」
 それに気付いた良行が返事をする。そこに、友人である和泉勇人の姿があった。
「元気にしとったかワレぇ!」
 数年ぶりの再会に歓喜し、互いが熱い握手を交わす。二人は湾岸銀行の同期であり、当行の新人研修を経て知り合った。
 研修後は別々の支店へ配属されたが、SNSを通じて連絡を密にしていた。なお、京子も二人の同期であるが、良行が彼女の存在に気付いたのは研修後の話である。
「おぉ、その子がのりこちゃんかぁ!」
 勇人はのりこを見るなり、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「おじさん、はじめまして! 島長のりこだよ!」
 力強く撫でる勇人に対して、のりこはにこやかに挨拶をする。彼女は、どことなく嬉しそうな表情だ。
「なんや、えらく変わった釣具屋やねんなぁ?」
 おにぎり屋を初めてみた勇人の印象がこれである。その品揃えを見てしまっては、とてもおにぎり屋とは思えまい。
「関西の旦那、ウチはいろいろ揃ってるよ!」
 結は早くも勇人に商品を買わせようとしている。これは商戦の予感......?
「せやなぁ、はちみつれもんおにぎり2つ()うとこ! 」
 前回のいちごみるくもそうだが、今回のはちみつれもんおにぎりもなかなかに変わり種である。勇人は、そういった珍しいものに対して目敏い。
「関西の旦那、実にお目が高い!」
 それに気付いてもらえた結は、とても感激している様子。そして、勇人は間髪入れずにお茶も注文する。
「締めて300円、一見さんお値引き206円でどうでぃ?」
 少々分かりにくいが......結としては296(つれる)の語呂合わせのようだ。
「ほんなら、200円でええんちゃうん?」
 それに気付かず、勇人は更なる値引き交渉を試みる。彼は、同期の中でも筋金入りのケチだと有名だった。そんな性格のせいか、未だに独身を貫いている。
「しゃあねぇ......今回だけな!」
 結は値引き交渉をしぶしぶ受け入れる。ケチな人間に、酉の市のやり取りなど通用するはずもない。それは分かっていても、結の表情はどことなく悲しげだ。
「ほな、おおきに!」
 一方、値引き交渉に成功した勇人は達成感に満ち溢れていた。
――
 おにぎり屋を後にした一行は、さっそく釣りを開始する。今回は主にアジを狙い。
 羽馴島のアジは大ぶりで身が引き締まっていると有名だ。そして、仕掛けはコマセを使ったサビキ釣り。
 撒き餌で魚をおびき寄せて仕掛けを食わせるという簡易さから、初心者や家族連れにもお勧めの釣り方である。
「おかしいなぁ、魚が全く食わないぞ......?」
 時は魚達の活性が高まると言われる朝マズメ。しかし、それにも拘わらず仕掛けにはアタリがない。
「まぁ、釣れへんのも釣りの楽しみっちゅうもんや」
 先程のケチから翻り、釣りの時は至って大らかな性格になる勇人。忙しすぎる現代人は何かと目先の結果を求めがちだが、時には彼のような損得勘定を捨てた考え方も必要なのかもしれない。
「入行当初の良行は、えらく目がぎらついておったな。『俺は頭取になる!!』ゆうとったさかい」
 アタリがなくて少々苛立っている良行を見て、勇人は研修時代を懐古している。彼の話しぶりから、新人時代の良行は相当血気盛んだったのだろう。
「......よせやい、昔の話なんて」
 その話を聞いた良行は気恥ずかしいのか、頭をポリポリと掻いている。
「そんな良行が、まさか羽馴島へ異動願を出すとは思わんかったわ」
 当時の様子を知る勇人からすれば、良行の異動は意外だったのかもしれない。
「俺は家族が出来て、仕事よりも家族との時間を大切にしたいと思った。そんな思いから、支店長へ異動願を出したのさ」
 都心で生活していた頃の良行は、仕事に忙殺されていた。その結果、家族との時間が疎かになっていたことを反省した。
 良行が離島へ引越しを決意したのは、ひとえに家族への愛である。
「そういう勇人は、結婚まだなのか?」
 人は三十路に入ると、専らの話題は家族のことだ。
「ワイは自由人や。それに、ケチな男は嫌われるさかい」
 勇人は自嘲気味に語るが、内心は寂しいのだろう。自由と孤独は常に手を取り合っている。
「そんな謙遜するなよ。勇人にだって、きっと伴侶は現れるさ」
 良行は、勇人を勇気付けようと言葉を掛ける。このような語らいは、互いを信頼しているからこそである。
「......毎度おおきに」
 良行の心遣いに、自然と勇人から笑みがこぼれる。
「魚なんて、全然釣れないじゃない!」
 一方、子供であるのりこにとって、アタリのない時間はあまりにも苦痛のようだ。彼女の目はいつしか、鬼のように吊り上がっている。
「こうなったら、こっちから魚を捕りにいくわ!!」
 そういうとのりこは口笛を吹き鳴らす。それは、遥か上空にまで届きそうな音色だ。
「ピヤーッ!!!」
 すると、どこからともなくハヤテがやって来た。こんな朝早くから呼び出されるタカも、実に難儀なものだ。


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「和泉! 久しぶり!!」
 それに気付いた良行が返事をする。そこに、友人である和泉勇人の姿があった。
「元気にしとったかワレぇ!」
 数年ぶりの再会に歓喜し、互いが熱い握手を交わす。二人は湾岸銀行の同期であり、当行の新人研修を経て知り合った。
 研修後は別々の支店へ配属されたが、SNSを通じて連絡を密にしていた。なお、京子も二人の同期であるが、良行が彼女の存在に気付いたのは研修後の話である。
「おぉ、その子がのりこちゃんかぁ!」
 勇人はのりこを見るなり、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「おじさん、はじめまして! 島長のりこだよ!」
 力強く撫でる勇人に対して、のりこはにこやかに挨拶をする。彼女は、どことなく嬉しそうな表情だ。
「なんや、えらく変わった釣具屋やねんなぁ?」
 おにぎり屋を初めてみた勇人の印象がこれである。その品揃えを見てしまっては、とてもおにぎり屋とは思えまい。
「関西の旦那、ウチはいろいろ揃ってるよ!」
 結は早くも勇人に商品を買わせようとしている。これは商戦の予感......?
「せやなぁ、はちみつれもんおにぎり2つ|買《こ》うとこ! 」
 前回のいちごみるくもそうだが、今回のはちみつれもんおにぎりもなかなかに変わり種である。勇人は、そういった珍しいものに対して目敏い。
「関西の旦那、実にお目が高い!」
 それに気付いてもらえた結は、とても感激している様子。そして、勇人は間髪入れずにお茶も注文する。
「締めて300円、一見さんお値引き206円でどうでぃ?」
 少々分かりにくいが......結としては|296《つれる》の語呂合わせのようだ。
「ほんなら、200円でええんちゃうん?」
 それに気付かず、勇人は更なる値引き交渉を試みる。彼は、同期の中でも筋金入りのケチだと有名だった。そんな性格のせいか、未だに独身を貫いている。
「しゃあねぇ......今回だけな!」
 結は値引き交渉をしぶしぶ受け入れる。ケチな人間に、酉の市のやり取りなど通用するはずもない。それは分かっていても、結の表情はどことなく悲しげだ。
「ほな、おおきに!」
 一方、値引き交渉に成功した勇人は達成感に満ち溢れていた。
――
 おにぎり屋を後にした一行は、さっそく釣りを開始する。今回は主にアジを狙い。
 羽馴島のアジは大ぶりで身が引き締まっていると有名だ。そして、仕掛けはコマセを使ったサビキ釣り。
 撒き餌で魚をおびき寄せて仕掛けを食わせるという簡易さから、初心者や家族連れにもお勧めの釣り方である。
「おかしいなぁ、魚が全く食わないぞ......?」
 時は魚達の活性が高まると言われる朝マズメ。しかし、それにも拘わらず仕掛けにはアタリがない。
「まぁ、釣れへんのも釣りの楽しみっちゅうもんや」
 先程のケチから翻り、釣りの時は至って大らかな性格になる勇人。忙しすぎる現代人は何かと目先の結果を求めがちだが、時には彼のような損得勘定を捨てた考え方も必要なのかもしれない。
「入行当初の良行は、えらく目がぎらついておったな。『俺は頭取になる!!』ゆうとったさかい」
 アタリがなくて少々苛立っている良行を見て、勇人は研修時代を懐古している。彼の話しぶりから、新人時代の良行は相当血気盛んだったのだろう。
「......よせやい、昔の話なんて」
 その話を聞いた良行は気恥ずかしいのか、頭をポリポリと掻いている。
「そんな良行が、まさか羽馴島へ異動願を出すとは思わんかったわ」
 当時の様子を知る勇人からすれば、良行の異動は意外だったのかもしれない。
「俺は家族が出来て、仕事よりも家族との時間を大切にしたいと思った。そんな思いから、支店長へ異動願を出したのさ」
 都心で生活していた頃の良行は、仕事に忙殺されていた。その結果、家族との時間が疎かになっていたことを反省した。
 良行が離島へ引越しを決意したのは、ひとえに家族への愛である。
「そういう勇人は、結婚まだなのか?」
 人は三十路に入ると、専らの話題は家族のことだ。
「ワイは自由人や。それに、ケチな男は嫌われるさかい」
 勇人は自嘲気味に語るが、内心は寂しいのだろう。自由と孤独は常に手を取り合っている。
「そんな謙遜するなよ。勇人にだって、きっと伴侶は現れるさ」
 良行は、勇人を勇気付けようと言葉を掛ける。このような語らいは、互いを信頼しているからこそである。
「......毎度おおきに」
 良行の心遣いに、自然と勇人から笑みがこぼれる。
「魚なんて、全然釣れないじゃない!」
 一方、子供であるのりこにとって、アタリのない時間はあまりにも苦痛のようだ。彼女の目はいつしか、鬼のように吊り上がっている。
「こうなったら、こっちから魚を捕りにいくわ!!」
 そういうとのりこは口笛を吹き鳴らす。それは、遥か上空にまで届きそうな音色だ。
「ピヤーッ!!!」
 すると、どこからともなくハヤテがやって来た。こんな朝早くから呼び出されるタカも、実に難儀なものだ。