放課後、のりこはりょうたに昼休みのことを訪ねた。あの娘はりょうたの一体何なのか? それが気がかりで仕方ない。
「え......? 何のこと??」
りょうたはあくまでしらを切る。もえの事を追及されては、後々面倒なのが分かっているからだ。
「とぼけないで! さっき、私を無視したことも分かってるわよ!」
のりこの語気が強くなる。りょうたの頑なな態度に彼女は苛立ちを隠せない。
「おねえちゃん、きっとそれは人違いだよ??」
りょうたも言い訳が苦しくなってくる。さすがに現場を目撃されてしまっては、これ以上話を誤魔化すのも難しい。
「......あっ! そういえば今日のおやつ、パンケーキっておかあさんが言ってたなぁ??」
りょうたはその場しのぎの嘘をつく。おそらく、りょうたはいつになく頭を回転させていることだろう。
「ようし! おうちまで競争だっ!!」
そういうと、りょうたは猛烈な勢いでその場を走り去る。
「あっ! 待てーーーっ!!!」
のりこはすかさず追いかけるが、りょうたの逃げ足はいつになく早い。普段インドア派の彼からは想像もできないほどだ。
――
りょうたが下校すると、家中にほのかに甘い香りが漂っていた。くしくも、今日のおやつはパンケーキだった。瓢箪から駒とはこのことだ。
「......ただいまぁっ!!」
全力疾走してきたりょうたは、息も絶え絶えだ。
「どうしたの? 悪い人にでも追いかけられた!?」
いつもと違うりょうたの様子に、京子は少々心配気味。
「それに、のりこは一緒じゃなかったの?」
のりこの姿がないのも珍しい。今日は、一体何があったのだろうか? 京子は思いを巡らせる。
「おねえちゃんとかけっこしてたんだ。今日は僕の勝ち!」
りょうたは笑顔で取り繕う。
「まぁ、何でもなければいいけど??」
京子は今一つ合点がいかない。りょうたが手洗いを済ますと、遅れてのりこが帰宅した。
「りょうた、待ちなさい......」
こちらも相当に疲れ切った様子。おそらく、この二人に何かあったことは確かだと京子は感じた。
りょうたの追跡でかなり体力を使ったのか、早くものりこの腹の虫が騒ぎ出した。
「腹が減っては、戦はできないわね......」
りょうたの言動に苛立ちを覚えつつも、のりこは自身の腹の虫を収めることを優先した。
「......やっぱり、パンケーキは格別ね!」
ほのかに香る生地と、そこに掛かる優しい味わいのはちみつ。両者の共演は、のりこにとって心地よいものだ。
彼女の心は自然と幸福で満たされる。先程のりょうたへの怒りは、一体どこへやら......。
どういうわけか、りょうたは満面の笑みでパンケーキを食べている。きっとそれは、パンケーキの味わいとは別の理由によるものだろう。のりこはそう直感していた。
のりこはパンケーキを食べ終えると、さっそく本題を切り出す。
「りょうた、昼間の女の子は一体誰なの?」
のりこの口調はやや厳しい。
「誰って、クラスメイトの子だよ?」
りょうたは自然体であろうとするが、隠しきれていない。
「怪しいわね......?」
のりこの追求は止まない。そんなりょうたに、彼女はカマを掛けようと試みる。
「あの子、何か性格悪そう。それに……」
のりこは、りょうたを挑発する暴言を並べる。数々の侮蔑に、りょうたの堪忍袋の緒が切れた!
「もえちゃんを、馬鹿にするなぁっ!!」
りょうたは怒りのあまり、テーブル越しののりこに拳を飛ばす。
「甘いわね、りょうた!」
のりこはりょうたの拳を躱し、閃光指で反撃する。しかし、りょうたも咄嗟の判断で攻撃を回避する。
「止めなさい!!」
しかし、二人は母の鉄拳を回避することが出来なかった。互いに頭への鈍痛を受けて喧嘩両成敗だ。
「おかあさん、悪いのはりょうただよ! こいつ、嘘ばっかりつくから!!」
のりこはりょうたを指差して釈明する。彼女は、りょうたのあからさまな嘘が癪に障ったようだ。
「......だって、おねえちゃんは......きっと、からかうと思ったからぁ......!」
りょうたはもえと話していることを、のりこにからかわれるのが嫌だった。そのために、りょうたは必死に誤魔化していたのだ。その思いを、彼は咽び泣きながらも訴えた。
「だったら、初めからそう言いなさいよ!」
のりこは自身の言動に悪びれる様子もない。どちらかといえば、りょうたへの侮蔑は熱を帯びている。
「それはきっと恋だね?」
京子はりょうたの心情を察したようだ。
「恋......??」
りょうたは探していた。もえの手に触れたときの温かい気持ちの正体を。京子は、その答えを指し示したのだ。
「りょうた、その気持ちはいいものだから大事にしなさいよ?」
京子はりょうたを優しい言葉で諭した。
「それと、恋を知らないのりこはまだまだ子供だよねぇ?」
京子はのりこに侮蔑の言葉を投げかける。これは、りょうたにカマをかけた天誅なのだろうか。
その言葉に対し、のりこは激昂する。
「私だって恋の1つや2つ、できるやいっ!!」
のりこは、悔し紛れにリビングから立ち去る。
――
翌日、のりこは昼休みにどもんへ声を掛ける。
「......何だいきなり、修行の邪魔をするな」
どもんは瞑想に耽っている。よりにもよって、ジャングルジムの頂上で。
「どもん、恋っていいと思わない??」
のりこは突飛押しもない質問をする。
「鯉かぁ......。自由でいいよなぁ」
どもんは何か勘違いをしている。
「でしょう? せっかくだから、私と付き合わない??」
のりこはどもんに告白する......というより、脅迫か?
「突き合う? そうか、拳を交えるという事か」
もはや、どもんの勘違いは止まらない。
「交える!? 私、まだそんなつもりじゃ......!!」
だが、のりこの頭は都合よくできているようだ。
「だが断る!」
どもんは、のりこの告白をきっぱりと断った。その答えに、のりこの全身の力が抜ける。
「私だって恋の1つくらい......できるやいっ......」
のりこは、失意からそっと呟く。この時、不覚にものりこは少しだけ大人になった......。