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第21話 燻製窯

ー/ー



 翌日、午前中から亜細亜は島長家を訪れた。京子は、軽トラックの球切れの件について伝えた。
「......おや、そうだったか。それはかたじけない」
 亜細亜はポリポリと頭を掻く。
「さて、今日は燻製窯を組むとしよう!」
 亜細亜は異様なまでに意気込んでいる。
「亜細亜さん、今日はお仕事いいんですか?」
 老婆心から京子は彼に尋ねる。
「大丈夫です! 今日は終日店じまいですよ! はっはっは!!」
 亜細亜は豪放磊落(ごうほうらいらく)に笑い飛ばす。昨日、炭の納品を急かされていた男とは到底思えない。
「全く、亜細亜さんったら......」
 秋子が納品を急かすのも何となく分かる気がする。京子の憂慮など意に介さず、亜細亜は煉瓦を組んでいく。先程とは打って変わって、亜細亜は無心で作業している。
 設計図を見るわけでもなく、ほぼ直感だけで煉瓦を組んでいるように見受けられる。職人とはこういうものなのだろうか、京子はそんな思いで彼の作業を眺めていた。
「――亜細亜さん! こんなところにいたぁ!」
 そこへ偶然、秋子が軽自動車で通りかかる。さしずめ配送途中であろうか。
「おぉ、お勤めご苦労!」
 炭の仕入れを急かした相手に対して、亜細亜は呑気な返事をしている。
「『お勤めご苦労!』じゃないでしょ! 炭の納品がまだですよ?」
 この様子だと、秋子は再三にわたり亜細亜へ炭の納品を促しているようだ。取引相手がマイペースだと苦労が絶えない。京子は、銀行員の経験からそれは百も承知していた。
「案ずるな。明日には納品する」
 亜細亜は、秋子を宥めるように返答する。
「亜細亜さんは、いつもそうなんだから。頼みますよ?」
 秋子はしぶしぶその場を後にする。
「――全く、喧しい小娘だ」
 師弟ともども、喧しい女性は苦手な様子。わざわざここへ来たのは、おそらく現実逃避なのかもしれない。京子はどことなく悟った。
 その後も亜細亜は黙々と作業を進め、燻製窯も少しずつ形になってきた。そして、いつしか昼食時になっていた。
「――亜細亜さん、休憩しませんか?」
 京子が昼食としておにぎりを持ってきた。不思議なことに、屋外作業におにぎりはとても相性がいい。それは、京子が実体験から理解していることだった。
「おお? これはイワナですかな?」
 塩漬けとはいえ、亜細亜はおにぎりの具がイワナであることを直感から理解した。
「よく分かりましたね!」
 京子にとって、亜細亜がそれに気付いたことはとても嬉しかった。
「イワナか......。儂の修行場で捕れるな」
 しかし、そのイワナが彼自身の修行場で捕れたものということまでは想像がつかない。
「やっぱり、川魚は塩焼きが一番美味しいですね」
 京子はさりげなく言う。
「京子殿、燻製もまた一興ですぞ?」
 亜細亜はニヤリとしている。これは、燻製の世界への(いざな)いだろうか? 京子はそう思った。
「――ただいまぁ!」
 りょうたが帰宅した。今日の彼は半日登校からの帰りだ。
「おかえりなさい。ちょうど良かった、りょうたもおにぎり食べる?」
 京子は、おにぎりをりょうたにも勧める。
「うん!」
 りょうたはさっそくおにぎりへ手を伸ばそうとする。
「おっと! その前に手洗いね?」
 京子はりょうたを諭す。
「はっはっは! 少年、手洗いは大事ぞ?」
 その傍らで亜細亜は笑っていた。
「亜細亜さん、こんにちは!」
 それに気付きりょうたは亜細亜へお辞儀した。
「おう、邪魔しているぞ少年よ!」
 亜細亜も、彼に快く返事をする。
 その後、りょうたもおにぎりを口にする。彼もイワナの味は気に入っており、食べ進めるのが早い。
 しばし休憩の後、亜細亜は作業を再開する。りょうたもそれを手伝う。二人で作業したこともあり、燻製窯はついに完成した。
「ご苦労だったな少年!」
 亜細亜はりょうたへ拳を突き出す。
「亜細亜さんも、お疲れ!」
 りょうたもそれに応じる。ここに、男の友情が芽生えた。
 その出来栄えに、京子は思わず感嘆する。
「京子殿、ご満足いただけたかな?」
 亜細亜は達成感に満ち溢れた表情をしていた。
「はい! ありがとうございます!!」
 京子は深々と頭を下げた。
「ところで亜細亜さん、お酒はお好きですか?」
 彼女の手元には、一升瓶があった。
「これは......?」
 亜細亜は一升瓶に視線を向ける。
「東京の地酒、隅田の(はな)です。気持ちばかりですが」
 京子はそれを亜細亜へ手渡そうとする。
「......いやいや! それはさすがに申し訳ない!!」
 こういう時、亜細亜は謙虚である。
「炭の納品を延期してまで作業していただいたのです。せめてこれくらいは!」
 京子もそこは譲れない。
「......わかった、ありがたく頂戴しよう」
 亜細亜は、しぶしぶそれを受け取ることにした。京子は満足そうな笑みを浮かべた。
「では、今日はこれにて失敬。有意義な燻製づくりを!」
 燻製窯を組み終えた亜細亜は、帰路へと向かう。その途中、亜細亜はあるところへ立ち寄った。
「――どうしたのこれ!? 超高価なお酒じゃないですか!!」
 酒好きな秋子には、その価値が一目で分かった。京子の手渡した酒は、有名な酒蔵の一品らしい。
「儂には酒の価値など分からん。下戸なのでな」
 亜細亜は、どうやら酒が苦手な様子。
「いつもより納品を待たせているからな。せめてもの詫びだ」
 なるほど、再三納品をせがむ秋子への罪滅ぼしというわけだ。
「わかりました、これはありがたく頂戴します。けど、炭の納品は頼みますよ?」
 それでも秋子は、亜細亜へきちんと釘を差す。
「分かっている。案ずることはない」
 そういうと、亜細亜は店を後にした。


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 翌日、午前中から亜細亜は島長家を訪れた。京子は、軽トラックの球切れの件について伝えた。
「......おや、そうだったか。それはかたじけない」
 亜細亜はポリポリと頭を掻く。
「さて、今日は燻製窯を組むとしよう!」
 亜細亜は異様なまでに意気込んでいる。
「亜細亜さん、今日はお仕事いいんですか?」
 老婆心から京子は彼に尋ねる。
「大丈夫です! 今日は終日店じまいですよ! はっはっは!!」
 亜細亜は|豪放磊落《ごうほうらいらく》に笑い飛ばす。昨日、炭の納品を急かされていた男とは到底思えない。
「全く、亜細亜さんったら......」
 秋子が納品を急かすのも何となく分かる気がする。京子の憂慮など意に介さず、亜細亜は煉瓦を組んでいく。先程とは打って変わって、亜細亜は無心で作業している。
 設計図を見るわけでもなく、ほぼ直感だけで煉瓦を組んでいるように見受けられる。職人とはこういうものなのだろうか、京子はそんな思いで彼の作業を眺めていた。
「――亜細亜さん! こんなところにいたぁ!」
 そこへ偶然、秋子が軽自動車で通りかかる。さしずめ配送途中であろうか。
「おぉ、お勤めご苦労!」
 炭の仕入れを急かした相手に対して、亜細亜は呑気な返事をしている。
「『お勤めご苦労!』じゃないでしょ! 炭の納品がまだですよ?」
 この様子だと、秋子は再三にわたり亜細亜へ炭の納品を促しているようだ。取引相手がマイペースだと苦労が絶えない。京子は、銀行員の経験からそれは百も承知していた。
「案ずるな。明日には納品する」
 亜細亜は、秋子を宥めるように返答する。
「亜細亜さんは、いつもそうなんだから。頼みますよ?」
 秋子はしぶしぶその場を後にする。
「――全く、喧しい小娘だ」
 師弟ともども、喧しい女性は苦手な様子。わざわざここへ来たのは、おそらく現実逃避なのかもしれない。京子はどことなく悟った。
 その後も亜細亜は黙々と作業を進め、燻製窯も少しずつ形になってきた。そして、いつしか昼食時になっていた。
「――亜細亜さん、休憩しませんか?」
 京子が昼食としておにぎりを持ってきた。不思議なことに、屋外作業におにぎりはとても相性がいい。それは、京子が実体験から理解していることだった。
「おお? これはイワナですかな?」
 塩漬けとはいえ、亜細亜はおにぎりの具がイワナであることを直感から理解した。
「よく分かりましたね!」
 京子にとって、亜細亜がそれに気付いたことはとても嬉しかった。
「イワナか......。儂の修行場で捕れるな」
 しかし、そのイワナが彼自身の修行場で捕れたものということまでは想像がつかない。
「やっぱり、川魚は塩焼きが一番美味しいですね」
 京子はさりげなく言う。
「京子殿、燻製もまた一興ですぞ?」
 亜細亜はニヤリとしている。これは、燻製の世界への|誘《いざな》いだろうか? 京子はそう思った。
「――ただいまぁ!」
 りょうたが帰宅した。今日の彼は半日登校からの帰りだ。
「おかえりなさい。ちょうど良かった、りょうたもおにぎり食べる?」
 京子は、おにぎりをりょうたにも勧める。
「うん!」
 りょうたはさっそくおにぎりへ手を伸ばそうとする。
「おっと! その前に手洗いね?」
 京子はりょうたを諭す。
「はっはっは! 少年、手洗いは大事ぞ?」
 その傍らで亜細亜は笑っていた。
「亜細亜さん、こんにちは!」
 それに気付きりょうたは亜細亜へお辞儀した。
「おう、邪魔しているぞ少年よ!」
 亜細亜も、彼に快く返事をする。
 その後、りょうたもおにぎりを口にする。彼もイワナの味は気に入っており、食べ進めるのが早い。
 しばし休憩の後、亜細亜は作業を再開する。りょうたもそれを手伝う。二人で作業したこともあり、燻製窯はついに完成した。
「ご苦労だったな少年!」
 亜細亜はりょうたへ拳を突き出す。
「亜細亜さんも、お疲れ!」
 りょうたもそれに応じる。ここに、男の友情が芽生えた。
 その出来栄えに、京子は思わず感嘆する。
「京子殿、ご満足いただけたかな?」
 亜細亜は達成感に満ち溢れた表情をしていた。
「はい! ありがとうございます!!」
 京子は深々と頭を下げた。
「ところで亜細亜さん、お酒はお好きですか?」
 彼女の手元には、一升瓶があった。
「これは......?」
 亜細亜は一升瓶に視線を向ける。
「東京の地酒、隅田の|華《はな》です。気持ちばかりですが」
 京子はそれを亜細亜へ手渡そうとする。
「......いやいや! それはさすがに申し訳ない!!」
 こういう時、亜細亜は謙虚である。
「炭の納品を延期してまで作業していただいたのです。せめてこれくらいは!」
 京子もそこは譲れない。
「......わかった、ありがたく頂戴しよう」
 亜細亜は、しぶしぶそれを受け取ることにした。京子は満足そうな笑みを浮かべた。
「では、今日はこれにて失敬。有意義な燻製づくりを!」
 燻製窯を組み終えた亜細亜は、帰路へと向かう。その途中、亜細亜はあるところへ立ち寄った。
「――どうしたのこれ!? 超高価なお酒じゃないですか!!」
 酒好きな秋子には、その価値が一目で分かった。京子の手渡した酒は、有名な酒蔵の一品らしい。
「儂には酒の価値など分からん。下戸なのでな」
 亜細亜は、どうやら酒が苦手な様子。
「いつもより納品を待たせているからな。せめてもの詫びだ」
 なるほど、再三納品をせがむ秋子への罪滅ぼしというわけだ。
「わかりました、これはありがたく頂戴します。けど、炭の納品は頼みますよ?」
 それでも秋子は、亜細亜へきちんと釘を差す。
「分かっている。案ずることはない」
 そういうと、亜細亜は店を後にした。