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Regeneration【N】②

ー/ー



    ◇  ◇  ◇
 時代がかった、「骨董品(アンティーク)」と称されるような調度品が設えられた客間。
 いや、それを言うならこの屋敷自体がそうだ。
 今時、耐久性にも使い勝手にも難のある木製品を「模した」品々。
 触れてもすぐにそうとはわからないほど精巧な、これらも複製(レプリカ)と呼ぶのだろうか。
 何よりも「執事を筆頭とする『人間』の使用人」の多さにも圧倒された。
 経済的に余裕があれば、使用人を雇うこと自体は特筆すべきほどのことではない。しかし多くの場合、アンドロイドをはじめとする機械の管理が主な業務だ。
 出荷時の、標準に合わせた汎用プログラム。
 殊に「一般家庭」でなければ、個々の家の「レベル」に応じた調整が必要になるだろう。
 そのための指示を司る使用人を、表現が悪いのは承知の上で「地位に応じた見栄」として雇うところまでならネイトの周囲にもいた。
 だが、この屋敷とは比較する対象ですらない。……だからこその「屋敷」なのかもしれないとも思う。
 これぞ趣味の世界というものなのだろうか。ネイトの人生には存在さえしなかったもの。
 「上流家庭」の、持て余すほどの金と時間を使った「力の誇示」の一端なのか。そんな風に感じる己が『上』には相応しくないだけなのか?
 けれどもひとつだけ、確かなことがある。これは夢ではなく現実なのだ。
 眼の前に、低い艶のあるテーブルを挟んで座る美しい「女性」、……どこからどう見ても非の打ち所のない「上品な貴婦人」。
 シンプルで落ち着いたドレス、纏めた金髪、澄ました表情、──唯一あの頃と変わらない瞳の色。
 ネイトが良く見知った、明るく好奇心旺盛だった「クローン」の成長した姿がここにあった。
 初めて顔を合わせてから八年。二度と逢えないと断腸の思いで別れて六年。
 こんな日が来るなどと、それこそ夢に見たこともなかった。
 完全に諦めていた。遠くから幸福を祈るのが精一杯だった。
 それでも、一日たりとも忘れたことはない。
 ネイトが初めて特別視した美しい少女は、いつの間にか大人になっていた。
 常にネイトの心を占めていた菫色の瞳。
 どれだけ洗練された立ち居振る舞いに取り繕った表情でも、この瞳だけは『同じ』だ。
 この六年、まるで別世界だった筈のこの家に馴染むため、努力を重ねた結果なのは想像に難くない。
 本心から「〝この子〟ならできる」と信じて送り出した。
 できると、……なんとかやり遂げてくれと唱えながら突き放したようなものだ。
 カーライル家が必要とするのは、代々受け継いできた「名」とそれを取り巻く富を守る者だ。
 この家の、つまりヴァイオレット()の抱えるものを含めて、この家そのものを守れる、託せる『娘の夫』という存在。
 如何に身分が高くとも、どれほど素晴らしい功績の持ち主でも、「疵」がある者は相応しくなかった。
 しかし、凡庸な人間には務まらない。
 実質がどうであれ、完全に「階層」が固定化されている社会ではないからだ。
 例え単なる大義名分であろうとも、確率的には極小だとしても、可能性として逆転はあるとされている社会だからこそ、掬われる隙を見せる行為は致命的になりかねないのだ。
 難題に向き合わざるを得なかった当主の苦悩は理解できた。ネイトには到底、共感は無理ではあるが。
 この社会で今の地位を保つために、ネイトは「都合のいい道具」として使えると認められたのだ。角度を変えれば何ら名誉ではない。むしろ屈辱を感じるところではないか。
 それでも構わなかった。
 たとえ縛られる先が、ラボからこの家に変わるだけだとしても。結局は傀儡でも、駒でも、笑ってなり切って見せよう。
 ひとつの願いが叶うならば、他は瑣末事でしかなかった。二つを望めばきっと破綻する。
 ネイトが求めるのは、〝レティ〟との時間だけだ。
 マックスの真意はわからなかった。
 内心を簡単に気取らせるような男ではない。
 ただひとつ推測するならば、ネイトがこの癖の強い上司にひたすら信頼を向けて来たからだろうか。
 背信を忌み嫌う彼にとって、保身でも口先だけでもない態度や行動そのものが、ネイト自身が意識する以上に貴重かつ重要だったのかもしれない。
 目に見える希望など何一つなくても、自暴自棄になって矜持を捨てることはしなかった。
 その愚直な生き方がきっと、今日のこの場に繋がっている。

 まるで幻想のような邂逅に。──運命に。

    ◇  ◇  ◇
「ミスター カーライル。後継者については心配ご無用。私どもの専門は『再生』医療ですよ」
 Regenerative( 再 生 ) Medicine( 医 療 )
 曲者の上司が見つめ合う二人を横目で見やり、大真面目な顔で口にした。
 アンドリューに対しては後継の不安を払拭し、同じ言葉の裏でネイトと〝レティ〟にはまた違う二人の関係の『再生』を示唆する。
 この「家」を守ることが、ひいては二人の幸せに繋がるのなら。
 たとえ歪な社会の中での形式的な地位に過ぎなくとも、ネイトにとっては代え難く大切なものになる。
「ミスター。ここで改めてお約束いただけますでしょうか」
 マックスが淡々と切り出した。
「社交はヴァイオレット様にお任せすることになるでしょう。ドクター ブライトが外部の研究機関に通うことも現実的ではありません。ですからお話しておりましたように、この家に彼のための研究室を設えていただきたいのです。カーライル家(こちらのお宅)にとって、彼の能力は必ず役に立ちます。『後継者』としての子女にも引き継がれることでしょう。そのために、せっかくの才を死蔵して錆びつかせるのは明らかな損失です」
「よくわかっておりますのでご安心を。我が家が求めるのは、肩書きではなく真の『力』ですから」
 アンドリューが軽く頷きながら承諾するのに、上司は満足そうな目を向けている。
 彼を注視してはいなかったためネイトは気づかなかったのだが、何らかの合図を送ったのだろう。
 部屋の外で控えていたらしい執事がノックのあとに入室してきたのに、当主が端的に命じる。
「ウィリアム、ジュリアを。ヴァイオレットとドクター ブライトを部屋へ」
 こちらも「はい」と短く答えた彼がまた静かにドアを開けて姿を消した。
「お待たせいたしました。お嬢様、ブライト様。どうぞいらしてくださいませ」
 しばらくして小柄な若いメイドが顔を見せると、二人に声を掛けて来た。
「ドクター ブライト。私はご当主とまだ詰めることがある。君はお嬢様と外してくれまいか」
 一瞬躊躇したネイトに言い聞かせるように、マックスが補足する。
「わかりました。では──」
 正面に掛けた〝レティ〟と視線を合わせて、ほぼ同時に立ち上がる。

 メイドに続いてドアへ歩を進め、二人は廊下に出た。



次のエピソードへ進む Epilogue【V ⇔ N】


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    ◇  ◇  ◇
 時代がかった、「|骨董品《アンティーク》」と称されるような調度品が設えられた客間。
 いや、それを言うならこの屋敷自体がそうだ。
 今時、耐久性にも使い勝手にも難のある木製品を「模した」品々。
 触れてもすぐにそうとはわからないほど精巧な、これらも|複製《レプリカ》と呼ぶのだろうか。
 何よりも「執事を筆頭とする『人間』の使用人」の多さにも圧倒された。
 経済的に余裕があれば、使用人を雇うこと自体は特筆すべきほどのことではない。しかし多くの場合、アンドロイドをはじめとする機械の管理が主な業務だ。
 出荷時の、標準に合わせた汎用プログラム。
 殊に「一般家庭」でなければ、個々の家の「レベル」に応じた調整が必要になるだろう。
 そのための指示を司る使用人を、表現が悪いのは承知の上で「地位に応じた見栄」として雇うところまでならネイトの周囲にもいた。
 だが、この屋敷とは比較する対象ですらない。……だからこその「屋敷」なのかもしれないとも思う。
 これぞ趣味の世界というものなのだろうか。ネイトの人生には存在さえしなかったもの。
 「上流家庭」の、持て余すほどの金と時間を使った「力の誇示」の一端なのか。そんな風に感じる己が『上』には相応しくないだけなのか?
 けれどもひとつだけ、確かなことがある。これは夢ではなく現実なのだ。
 眼の前に、低い艶のあるテーブルを挟んで座る美しい「女性」、……どこからどう見ても非の打ち所のない「上品な貴婦人」。
 シンプルで落ち着いたドレス、纏めた金髪、澄ました表情、──唯一あの頃と変わらない瞳の色。
 ネイトが良く見知った、明るく好奇心旺盛だった「クローン」の成長した姿がここにあった。
 初めて顔を合わせてから八年。二度と逢えないと断腸の思いで別れて六年。
 こんな日が来るなどと、それこそ夢に見たこともなかった。
 完全に諦めていた。遠くから幸福を祈るのが精一杯だった。
 それでも、一日たりとも忘れたことはない。
 ネイトが初めて特別視した美しい少女は、いつの間にか大人になっていた。
 常にネイトの心を占めていた菫色の瞳。
 どれだけ洗練された立ち居振る舞いに取り繕った表情でも、この瞳だけは『同じ』だ。
 この六年、まるで別世界だった筈のこの家に馴染むため、努力を重ねた結果なのは想像に難くない。
 本心から「〝この子〟ならできる」と信じて送り出した。
 できると、……なんとかやり遂げてくれと唱えながら突き放したようなものだ。
 カーライル家が必要とするのは、代々受け継いできた「名」とそれを取り巻く富を守る者だ。
 この家の、つまり|ヴァイオレット《娘》の抱えるものを含めて、この家そのものを守れる、託せる『娘の夫』という存在。
 如何に身分が高くとも、どれほど素晴らしい功績の持ち主でも、「疵」がある者は相応しくなかった。
 しかし、凡庸な人間には務まらない。
 実質がどうであれ、完全に「階層」が固定化されている社会ではないからだ。
 例え単なる大義名分であろうとも、確率的には極小だとしても、可能性として逆転はあるとされている社会だからこそ、掬われる隙を見せる行為は致命的になりかねないのだ。
 難題に向き合わざるを得なかった当主の苦悩は理解できた。ネイトには到底、共感は無理ではあるが。
 この社会で今の地位を保つために、ネイトは「都合のいい道具」として使えると認められたのだ。角度を変えれば何ら名誉ではない。むしろ屈辱を感じるところではないか。
 それでも構わなかった。
 たとえ縛られる先が、ラボからこの家に変わるだけだとしても。結局は傀儡でも、駒でも、笑ってなり切って見せよう。
 ひとつの願いが叶うならば、他は瑣末事でしかなかった。二つを望めばきっと破綻する。
 ネイトが求めるのは、〝レティ〟との時間だけだ。
 マックスの真意はわからなかった。
 内心を簡単に気取らせるような男ではない。
 ただひとつ推測するならば、ネイトがこの癖の強い上司にひたすら信頼を向けて来たからだろうか。
 背信を忌み嫌う彼にとって、保身でも口先だけでもない態度や行動そのものが、ネイト自身が意識する以上に貴重かつ重要だったのかもしれない。
 目に見える希望など何一つなくても、自暴自棄になって矜持を捨てることはしなかった。
 その愚直な生き方がきっと、今日のこの場に繋がっている。
 まるで幻想のような邂逅に。──運命に。
    ◇  ◇  ◇
「ミスター カーライル。後継者については心配ご無用。私どもの専門は『再生』医療ですよ」
 |Regenerative《 再 生 》 |Medicine《 医 療 》。
 曲者の上司が見つめ合う二人を横目で見やり、大真面目な顔で口にした。
 アンドリューに対しては後継の不安を払拭し、同じ言葉の裏でネイトと〝レティ〟にはまた違う二人の関係の『再生』を示唆する。
 この「家」を守ることが、ひいては二人の幸せに繋がるのなら。
 たとえ歪な社会の中での形式的な地位に過ぎなくとも、ネイトにとっては代え難く大切なものになる。
「ミスター。ここで改めてお約束いただけますでしょうか」
 マックスが淡々と切り出した。
「社交はヴァイオレット様にお任せすることになるでしょう。ドクター ブライトが外部の研究機関に通うことも現実的ではありません。ですからお話しておりましたように、この家に彼のための研究室を設えていただきたいのです。|カーライル家《こちらのお宅》にとって、彼の能力は必ず役に立ちます。『後継者』としての子女にも引き継がれることでしょう。そのために、せっかくの才を死蔵して錆びつかせるのは明らかな損失です」
「よくわかっておりますのでご安心を。我が家が求めるのは、肩書きではなく真の『力』ですから」
 アンドリューが軽く頷きながら承諾するのに、上司は満足そうな目を向けている。
 彼を注視してはいなかったためネイトは気づかなかったのだが、何らかの合図を送ったのだろう。
 部屋の外で控えていたらしい執事がノックのあとに入室してきたのに、当主が端的に命じる。
「ウィリアム、ジュリアを。ヴァイオレットとドクター ブライトを部屋へ」
 こちらも「はい」と短く答えた彼がまた静かにドアを開けて姿を消した。
「お待たせいたしました。お嬢様、ブライト様。どうぞいらしてくださいませ」
 しばらくして小柄な若いメイドが顔を見せると、二人に声を掛けて来た。
「ドクター ブライト。私はご当主とまだ詰めることがある。君はお嬢様と外してくれまいか」
 一瞬躊躇したネイトに言い聞かせるように、マックスが補足する。
「わかりました。では──」
 正面に掛けた〝レティ〟と視線を合わせて、ほぼ同時に立ち上がる。
 メイドに続いてドアへ歩を進め、二人は廊下に出た。