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Regeneration【N】①

ー/ー



「所長、参りました」
 ノックへの応えを確かめて、解錠されたドアを開ける。
「ああ、Dr.ブライト。わざわざすまないね」
 ネイトを迎えた部屋の主は、似合わない改まった口調で告げて来た。
「なんですか、ネイトで構いませんよ」
「じゃあ君も、『所長』ではなくマックスと呼び給えよ」
 冗談めかした彼の言葉に、場の空気が解れる。
「何かありましたか? マックス」
「来月、『外』に出るんだ。君も一緒に来て欲しい」
 予想もしなかった彼の用件に、言葉が出なかった。
「……なぜ、僕を?」
 ようやく絞り出した問いに、マックスが冷静に返して来る。
「君が最も適しているからだ。私が選んで同行させるからには、逃げられたら私の責任は免れないしね」
「ああ、僕なら逃げませんからね」
 外に家族が、……係累と呼べる存在がいるわけでもない。愛や約束を交わした相手もいなかった。
 そういう意味ではまさしく俗世に未練がない人間だと言えるだろう。
 上司の冷徹な判断に感心しかけたネイトは、彼が続けた内容に驚いた。
「違うよ。そうなったときに、私が責任を負う価値があるかどうかだ。──逃げても構わない」
「だから逃げませんよ。一瞬の『自由』に命を賭けるほど幼くもないし、今の生活に不満もありませんから。こと研究に関しては、ここは理想的な環境でしょう?」
 気負いなく話すネイトに、彼も頬を緩めて本題に入る。
「人に会うんだ。アンドリュー カーライル。屋敷に呼ばれている。この研究所の出資者の中でも大物だな」
「そ、……マックス」
 カーライル。同名の別人でなければ、決して忘れられない存在。
「ヴァイオレットの父親だよ。君が思った通りの、あのカーライルだ」
 淡々と説明を続けるマックスに、どう反応していいかもわからなかった。
「彼がこのラボに用なんて、『血』の話以外にないんじゃないか?」
 口には出さない部下の疑問を掬い上げるように彼は続ける。
「それは、……またクローンを? いったい誰の?」
「いや、そうじゃない。それでは意味がないんだ、今は。まあ彼も、娘を家柄の釣り合う男と結婚させたいのは山々でもさすがに踏み切れないんだろう。あまりにも危険だからな」
 ネイトが呟くのに、上司は薄っすらと笑みを浮かべ首を振った。
 金や名誉を手に入れる目的ではない。
 今あるものを守り繋ぐための結婚だからこそ、家名に傷が付く可能性は徹底的に排したいということか。
 もしレティが複製(クローン)だと、『本物』ではないと露見したら。カーライル家は、少なくとも社交界では終わるも同然だ。
 もちろん命を取られることなどないが、当主にとっては死にも値する屈辱なのは想像に難くない。
「じゃあいったい、なんのため、に……?」
 わからない。アンドリューの思惑も、目の前のマックスの泰然とした態度の理由も。
 何よりも、そこにどういう理屈で己が絡むのか。
「なんであれパトロンのお呼びなら、尻尾を振って駆けつけるのが我々の義務だからさ」
 まったくそんな風には思ってもいない表情で平然と嘯く上司が頼もしいと感じるのは、八年が経ち自分もラボの生活に馴染みきったからかもしれない。
 二十代だったネイトは、もう三十代も後半に入った。
「まあ前もって話しておくことはある。あくまでも、君に『行く』つもりがあるのなら、だが」
「──行きます。いえ、連れて行ってください!」
 目的地を知らされても、いやだからこそ断る気はない。
 人生において無数にあった選択機会。
 その場その場では、正解とは信じきれないことも多かった。
 しかし選んだ以上、最善に近づける努力はしてきたと胸を張って言える。
 機会は機会でしかないことも身をもって知っている。活かすも殺すも自分次第。
 運も実力の内なのだ。
 この外出は、もう二度と掴めない貴重な『チャンス』の種になり得る。
 自分を買ってくれているらしいマックスの、与えられた権力の範囲においては最大限の好意なのではないか。
 負けても失うものはない圧倒的優位の賭けなのだから、嘆くのは希望が消えたあとでいい。
 今は、ともに歩んできたこの先輩であり上司を信じるのみ。
 ──ひと目でも、見たい。会いたい。……〝レティ〟に。
 遥か昔に封印したはずの想いがどこかで目を覚ますのを、ネイトは感じていた。



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「所長、参りました」
 ノックへの応えを確かめて、解錠されたドアを開ける。
「ああ、Dr.ブライト。わざわざすまないね」
 ネイトを迎えた部屋の主は、似合わない改まった口調で告げて来た。
「なんですか、ネイトで構いませんよ」
「じゃあ君も、『所長』ではなくマックスと呼び給えよ」
 冗談めかした彼の言葉に、場の空気が解れる。
「何かありましたか? マックス」
「来月、『外』に出るんだ。君も一緒に来て欲しい」
 予想もしなかった彼の用件に、言葉が出なかった。
「……なぜ、僕を?」
 ようやく絞り出した問いに、マックスが冷静に返して来る。
「君が最も適しているからだ。私が選んで同行させるからには、逃げられたら私の責任は免れないしね」
「ああ、僕なら逃げませんからね」
 外に家族が、……係累と呼べる存在がいるわけでもない。愛や約束を交わした相手もいなかった。
 そういう意味ではまさしく俗世に未練がない人間だと言えるだろう。
 上司の冷徹な判断に感心しかけたネイトは、彼が続けた内容に驚いた。
「違うよ。そうなったときに、私が責任を負う価値があるかどうかだ。──逃げても構わない」
「だから逃げませんよ。一瞬の『自由』に命を賭けるほど幼くもないし、今の生活に不満もありませんから。こと研究に関しては、ここは理想的な環境でしょう?」
 気負いなく話すネイトに、彼も頬を緩めて本題に入る。
「人に会うんだ。アンドリュー カーライル。屋敷に呼ばれている。この研究所の出資者の中でも大物だな」
「そ、……マックス」
 カーライル。同名の別人でなければ、決して忘れられない存在。
「ヴァイオレットの父親だよ。君が思った通りの、あのカーライルだ」
 淡々と説明を続けるマックスに、どう反応していいかもわからなかった。
「彼がこのラボに用なんて、『血』の話以外にないんじゃないか?」
 口には出さない部下の疑問を掬い上げるように彼は続ける。
「それは、……またクローンを? いったい誰の?」
「いや、そうじゃない。それでは意味がないんだ、今は。まあ彼も、娘を家柄の釣り合う男と結婚させたいのは山々でもさすがに踏み切れないんだろう。あまりにも危険だからな」
 ネイトが呟くのに、上司は薄っすらと笑みを浮かべ首を振った。
 金や名誉を手に入れる目的ではない。
 今あるものを守り繋ぐための結婚だからこそ、家名に傷が付く可能性は徹底的に排したいということか。
 もしレティが|複製《クローン》だと、『本物』ではないと露見したら。カーライル家は、少なくとも社交界では終わるも同然だ。
 もちろん命を取られることなどないが、当主にとっては死にも値する屈辱なのは想像に難くない。
「じゃあいったい、なんのため、に……?」
 わからない。アンドリューの思惑も、目の前のマックスの泰然とした態度の理由も。
 何よりも、そこにどういう理屈で己が絡むのか。
「なんであれパトロンのお呼びなら、尻尾を振って駆けつけるのが我々の義務だからさ」
 まったくそんな風には思ってもいない表情で平然と嘯く上司が頼もしいと感じるのは、八年が経ち自分もラボの生活に馴染みきったからかもしれない。
 二十代だったネイトは、もう三十代も後半に入った。
「まあ前もって話しておくことはある。あくまでも、君に『行く』つもりがあるのなら、だが」
「──行きます。いえ、連れて行ってください!」
 目的地を知らされても、いやだからこそ断る気はない。
 人生において無数にあった選択機会。
 その場その場では、正解とは信じきれないことも多かった。
 しかし選んだ以上、最善に近づける努力はしてきたと胸を張って言える。
 機会は機会でしかないことも身をもって知っている。活かすも殺すも自分次第。
 運も実力の内なのだ。
 この外出は、もう二度と掴めない貴重な『チャンス』の種になり得る。
 自分を買ってくれているらしいマックスの、与えられた権力の範囲においては最大限の好意なのではないか。
 負けても失うものはない圧倒的優位の賭けなのだから、嘆くのは希望が消えたあとでいい。
 今は、ともに歩んできたこの先輩であり上司を信じるのみ。
 ──ひと目でも、見たい。会いたい。……〝レティ〟に。
 遥か昔に封印したはずの想いがどこかで目を覚ますのを、ネイトは感じていた。