Regeneration【V】①
ー/ー ──わたしはいま、きちんと人間を演じられている?
人間とは、なんだろう。
レティは「人間」ではなかった。ただの、道具だった。
ヴァイオレットの生きた部品で、……今は代替品としてここにいる。
突然、ヴァイオレットになるように命じられ、縋ろうとした大好きな「先生」にも引き止めてもらえなかった。
彼の思惑も、多少は落ち着いた今ならわかる。
他にレティが生き延びる方法はなかったのだ。本体を失くした部品が辿る道の先は、──廃棄でしかない。
理由など考える必要はなかった。レティは『ヴァイオレット』として生きることだけを求められている。
……それ以外に、レティがこの世に存在する意味はないのだから。
ドアがノックされ、ソファに腰掛けたまま応えを返しながらレティはぼんやりと思う。
夕食の時間だ。
メイドのジュリアが、料理の載ったワゴンを押して入って来た。
メイド頭のキャロラインによる「午後のマナーレッスン」が終わると、そのまま自室で一息。その後は食事になる。日々のルーティンにもようやく馴染んで来た。
一人で食事を摂るのは慣れている。
レティが生まれてから過ごしたラボでも、与えられた個室でトレイの上の「大切な身体を健康に保つための栄養」に必要な食物を摂取するのは日課で義務だった。
「何もしなくていい」のもこの家と同じだ。
食事を運ぶのも着た服を洗濯して新たな着替えを用意するのも部屋を整えるのも、すべてアンドロイドなり機械が行っていた。
それなのになぜ今更、「一人の食事」について特別な感情が湧くのか。
「ジュリアはもう食べたの? たくさんあるから一緒に食べない?」
レティが訊くのに、ワゴンの料理をテーブルに並べながら彼女は笑顔で首を左右に振る。
「いえ。あたしはお嬢様と御一緒できるような身分じゃありませんから。このあと使用人の食堂で他のみんなと食べます」
「そう……」
もし強要すれば、露見したときに叱られるのはジュリアだ。
当然レティもキャロラインにお小言を頂戴するだろうが、どちらが深刻かは明白だった。
「ごめんなさい、いつもありがとう」
無理を言ったことを詫びてメイドを開放しようとしたレティに、彼女は一瞬の逡巡を見せてから口を開いた。
「あたしの家は父さ、あ、いえ父、が病気で働けなかった時期があったんです」
「あ、……そう、なの?」
突然変わった話題にどう反応していいかもわからず、曖昧な相槌を打つ。
「もちろん母も働いてましたけど、父の看病もあったのであんまり行けなくなりました。あたしもまだ小さかったから役に立てなくて……。だからその、恥ずかしいんですけど碌にごはん食べられないこともあったんです」
「じゃあどうしてたの?」
客観的には無神経極まりないレティの問いに、彼女は呆れも怒りも見せることはなかった。
「我慢してました。父や母はあたしにだけはって思ったみたいですけどお金なかったから。あたしが普通の子より小さいのもそのせいかもしれません」
確かにジュリアは小柄だ。ごく普通の身長だと言われたレティよりも明確に低い。
「だから親もあたしには、絶対食事にだけは困らないお屋敷勤めに、ってずっと決めてたみたいです。メイドは『言われたことを素直にできる』なら大丈夫だからって」
食事ができない。……食べるものがない。
どれだけ考えても、レティの想像の範囲を超えている。
「ここ、ではちゃんと食事は出るのよね?」
「はい、もちろんです。しかもこのお屋敷では、使用人にももったいないような美味しいもの食べさせてくださって! それも全部、旦那様やお嬢様のおかげです。なのにお嬢様の御希望を叶えられなくて申し訳ありません」
このための打ち明け話だったのか。
レティは何もしていない。できない。それは父や、……この家を支えて来た人間の功績だ。
「そんなこと、……わたし何も気づかなくて、良くないこと言ったわ。それにわたしたちのために働いてくれてるんだから、『美味しいもの』食べてもらうのも──」
レティは空腹に耐えたことなど一度としてなかった。
むしろ「お腹が空いた」と感じる前に、食事は必ず運ばれて来ていたからだ。
基本的に食事の時間は決まっていたが、様子を、……あるいは「データの数値」を鑑みて内容や量も調整されていた。すべては「オリジナルの部品」として相応しい状態を維持するためだったと今にしてわかる。
ジュリアからすれば、レティは十分すぎるほどに恵まれた立場なのだろう。不満など「贅沢」でしかない、というのも理解していた。
「ヴァイオレット様、指先まで常にお気を配って優雅に。……そう、大変によろしいですわ。美しくていらっしゃいます。この感覚をお忘れになりませんように、もう一度」
メイド頭のキャロラインの授業は厳しかったが、彼女の目的はあくまでもレティを『ヴァイオレットお嬢様』として通じるようにすることだ。
ただ恣意でレティを苦しめようなどという意識があろう筈もない。彼女は「名家のメイド頭」としての誇りを持っている。レティが『人間』として、「上流のお嬢様」として通用するようにできなければ、キャロライン自身の評価に関わりかねないのだから。
このメイド頭が仕事に私情を入れるような人物ではないのは、レティにさえわかる。
「はい、結構ですわ。それでは本日はここまでにいたしましょう。……ヴァイオレット様、そろそろ他のお勉強やお稽古ごとの先生をお呼びしようと考えております。『カーライル家の御令嬢』としてのお立場を汚さないよう、お気を抜かずにお励みくださいませ」
いよいよ外から通ってくる家庭教師に、いろいろなことを教わる。
いずれそうなるというのは聞かされていた。あくまでもレティが「傍から見ても『ヴァイオレット』として相応な状態」になれば、と。
つまりキャロラインに、最低限の基準は満たしたと認められたのだ。
「わかったわ。大丈夫」
学業はラボで「ネイト先生」に教わって、学校に行っている「人間」と遜色ない、と告げられていた。
「お前がやりたいなら、絵でも歌でも、そう楽器もいいけど、そのへんは俺が教えるにも限度があるからなあ。アンドロイドに『学習』させて教えさせるのが現実的か」
「ネイト先生」の配慮で、芸術系も基本は抑えている。
人間とは、なんだろう。
レティは「人間」ではなかった。ただの、道具だった。
ヴァイオレットの生きた部品で、……今は代替品としてここにいる。
突然、ヴァイオレットになるように命じられ、縋ろうとした大好きな「先生」にも引き止めてもらえなかった。
彼の思惑も、多少は落ち着いた今ならわかる。
他にレティが生き延びる方法はなかったのだ。本体を失くした部品が辿る道の先は、──廃棄でしかない。
理由など考える必要はなかった。レティは『ヴァイオレット』として生きることだけを求められている。
……それ以外に、レティがこの世に存在する意味はないのだから。
ドアがノックされ、ソファに腰掛けたまま応えを返しながらレティはぼんやりと思う。
夕食の時間だ。
メイドのジュリアが、料理の載ったワゴンを押して入って来た。
メイド頭のキャロラインによる「午後のマナーレッスン」が終わると、そのまま自室で一息。その後は食事になる。日々のルーティンにもようやく馴染んで来た。
一人で食事を摂るのは慣れている。
レティが生まれてから過ごしたラボでも、与えられた個室でトレイの上の「大切な身体を健康に保つための栄養」に必要な食物を摂取するのは日課で義務だった。
「何もしなくていい」のもこの家と同じだ。
食事を運ぶのも着た服を洗濯して新たな着替えを用意するのも部屋を整えるのも、すべてアンドロイドなり機械が行っていた。
それなのになぜ今更、「一人の食事」について特別な感情が湧くのか。
「ジュリアはもう食べたの? たくさんあるから一緒に食べない?」
レティが訊くのに、ワゴンの料理をテーブルに並べながら彼女は笑顔で首を左右に振る。
「いえ。あたしはお嬢様と御一緒できるような身分じゃありませんから。このあと使用人の食堂で他のみんなと食べます」
「そう……」
もし強要すれば、露見したときに叱られるのはジュリアだ。
当然レティもキャロラインにお小言を頂戴するだろうが、どちらが深刻かは明白だった。
「ごめんなさい、いつもありがとう」
無理を言ったことを詫びてメイドを開放しようとしたレティに、彼女は一瞬の逡巡を見せてから口を開いた。
「あたしの家は父さ、あ、いえ父、が病気で働けなかった時期があったんです」
「あ、……そう、なの?」
突然変わった話題にどう反応していいかもわからず、曖昧な相槌を打つ。
「もちろん母も働いてましたけど、父の看病もあったのであんまり行けなくなりました。あたしもまだ小さかったから役に立てなくて……。だからその、恥ずかしいんですけど碌にごはん食べられないこともあったんです」
「じゃあどうしてたの?」
客観的には無神経極まりないレティの問いに、彼女は呆れも怒りも見せることはなかった。
「我慢してました。父や母はあたしにだけはって思ったみたいですけどお金なかったから。あたしが普通の子より小さいのもそのせいかもしれません」
確かにジュリアは小柄だ。ごく普通の身長だと言われたレティよりも明確に低い。
「だから親もあたしには、絶対食事にだけは困らないお屋敷勤めに、ってずっと決めてたみたいです。メイドは『言われたことを素直にできる』なら大丈夫だからって」
食事ができない。……食べるものがない。
どれだけ考えても、レティの想像の範囲を超えている。
「ここ、ではちゃんと食事は出るのよね?」
「はい、もちろんです。しかもこのお屋敷では、使用人にももったいないような美味しいもの食べさせてくださって! それも全部、旦那様やお嬢様のおかげです。なのにお嬢様の御希望を叶えられなくて申し訳ありません」
このための打ち明け話だったのか。
レティは何もしていない。できない。それは父や、……この家を支えて来た人間の功績だ。
「そんなこと、……わたし何も気づかなくて、良くないこと言ったわ。それにわたしたちのために働いてくれてるんだから、『美味しいもの』食べてもらうのも──」
レティは空腹に耐えたことなど一度としてなかった。
むしろ「お腹が空いた」と感じる前に、食事は必ず運ばれて来ていたからだ。
基本的に食事の時間は決まっていたが、様子を、……あるいは「データの数値」を鑑みて内容や量も調整されていた。すべては「オリジナルの部品」として相応しい状態を維持するためだったと今にしてわかる。
ジュリアからすれば、レティは十分すぎるほどに恵まれた立場なのだろう。不満など「贅沢」でしかない、というのも理解していた。
「ヴァイオレット様、指先まで常にお気を配って優雅に。……そう、大変によろしいですわ。美しくていらっしゃいます。この感覚をお忘れになりませんように、もう一度」
メイド頭のキャロラインの授業は厳しかったが、彼女の目的はあくまでもレティを『ヴァイオレットお嬢様』として通じるようにすることだ。
ただ恣意でレティを苦しめようなどという意識があろう筈もない。彼女は「名家のメイド頭」としての誇りを持っている。レティが『人間』として、「上流のお嬢様」として通用するようにできなければ、キャロライン自身の評価に関わりかねないのだから。
このメイド頭が仕事に私情を入れるような人物ではないのは、レティにさえわかる。
「はい、結構ですわ。それでは本日はここまでにいたしましょう。……ヴァイオレット様、そろそろ他のお勉強やお稽古ごとの先生をお呼びしようと考えております。『カーライル家の御令嬢』としてのお立場を汚さないよう、お気を抜かずにお励みくださいませ」
いよいよ外から通ってくる家庭教師に、いろいろなことを教わる。
いずれそうなるというのは聞かされていた。あくまでもレティが「傍から見ても『ヴァイオレット』として相応な状態」になれば、と。
つまりキャロラインに、最低限の基準は満たしたと認められたのだ。
「わかったわ。大丈夫」
学業はラボで「ネイト先生」に教わって、学校に行っている「人間」と遜色ない、と告げられていた。
「お前がやりたいなら、絵でも歌でも、そう楽器もいいけど、そのへんは俺が教えるにも限度があるからなあ。アンドロイドに『学習』させて教えさせるのが現実的か」
「ネイト先生」の配慮で、芸術系も基本は抑えている。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
──わたしはいま、きちんと《《人間》》を演じられている?
人間とは、なんだろう。
レティは「人間」ではなかった。ただの、道具だった。
|ヴァイオレット《オリジナル》の生きた部品で、……今は|代替品《スペア》としてここにいる。
突然、|ヴァイオレット《知らない誰か》になるように命じられ、縋ろうとした大好きな「先生」にも引き止めてもらえなかった。
彼の思惑も、多少は落ち着いた今ならわかる。
他にレティが生き延びる方法はなかったのだ。本体を失くした部品が辿る道の先は、──廃棄でしかない。
理由など考える必要はなかった。レティは『ヴァイオレット』として生きることだけを求められている。
……それ以外に、レティがこの世に存在する意味はないのだから。
ドアがノックされ、ソファに腰掛けたまま|応《いら》えを返しながらレティはぼんやりと思う。
夕食の時間だ。
メイドのジュリアが、料理の載ったワゴンを押して入って来た。
メイド頭のキャロラインによる「午後のマナーレッスン」が終わると、そのまま自室で一息。その後は食事になる。日々のルーティンにもようやく馴染んで来た。
一人で食事を摂るのは慣れている。
レティが《《生まれ》》てから過ごしたラボでも、与えられた個室でトレイの上の「大切な身体を健康に保つための栄養」に必要な食物を摂取するのは日課で義務だった。
「何もしなくていい」のもこの家と同じだ。
食事を運ぶのも着た服を洗濯して新たな着替えを用意するのも部屋を整えるのも、すべてアンドロイドなり機械が行っていた。
それなのになぜ今更、「一人の食事」について特別な感情が湧くのか。
「ジュリアはもう食べたの? たくさんあるから一緒に食べない?」
レティが訊くのに、ワゴンの料理をテーブルに並べながら彼女は笑顔で首を左右に振る。
「いえ。あたしはお嬢様と御一緒できるような身分じゃありませんから。このあと使用人の食堂で他のみんなと食べます」
「そう……」
もし強要すれば、露見したときに叱られるのはジュリアだ。
当然レティもキャロラインにお小言を頂戴するだろうが、どちらが深刻かは明白だった。
「ごめんなさい、いつもありがとう」
無理を言ったことを詫びてメイドを開放しようとしたレティに、彼女は一瞬の逡巡を見せてから口を開いた。
「あたしの家は父さ、あ、いえ父、が病気で働けなかった時期があったんです」
「あ、……そう、なの?」
突然変わった話題にどう反応していいかもわからず、曖昧な相槌を打つ。
「もちろん母も働いてましたけど、父の看病もあったのであんまり行けなくなりました。あたしもまだ小さかったから役に立てなくて……。だからその、恥ずかしいんですけど碌にごはん食べられないこともあったんです」
「じゃあどうしてたの?」
客観的には無神経極まりないレティの問いに、彼女は呆れも怒りも見せることはなかった。
「我慢してました。父や母はあたしにだけはって思ったみたいですけどお金なかったから。あたしが普通の子より小さいのもそのせいかもしれません」
確かにジュリアは小柄だ。ごく普通の身長だと言われたレティよりも明確に低い。
「だから親もあたしには、絶対食事にだけは困らないお屋敷勤めに、ってずっと決めてたみたいです。メイドは『言われたことを素直にできる』なら大丈夫だからって」
食事ができない。……食べるものがない。
どれだけ考えても、レティの想像の範囲を超えている。
「ここ、ではちゃんと食事は出るのよね?」
「はい、もちろんです。しかもこのお屋敷では、|使用人《あたしたち》にももったいないような美味しいもの食べさせてくださって! それも全部、旦那様やお嬢様のおかげです。なのにお嬢様の御希望を叶えられなくて申し訳ありません」
このための打ち明け話だったのか。
レティは何もしていない。できない。それは父や、……この家を支えて来た人間の功績だ。
「そんなこと、……わたし何も気づかなくて、良くないこと言ったわ。それにわたしたちのために働いてくれてるんだから、『美味しいもの』食べてもらうのも──」
レティは空腹に耐えたことなど一度としてなかった。
むしろ「お腹が空いた」と感じる前に、食事は必ず運ばれて来ていたからだ。
基本的に食事の時間は決まっていたが、様子を、……あるいは「データの数値」を鑑みて内容や量も調整されていた。すべては「オリジナルの部品」として相応しい状態を維持するためだったと今にしてわかる。
ジュリアからすれば、レティは十分すぎるほどに恵まれた立場なのだろう。不満など「贅沢」でしかない、というのも理解していた。
レティは「人間」ではなかった。ただの、道具だった。
|ヴァイオレット《オリジナル》の生きた部品で、……今は|代替品《スペア》としてここにいる。
突然、|ヴァイオレット《知らない誰か》になるように命じられ、縋ろうとした大好きな「先生」にも引き止めてもらえなかった。
彼の思惑も、多少は落ち着いた今ならわかる。
他にレティが生き延びる方法はなかったのだ。本体を失くした部品が辿る道の先は、──廃棄でしかない。
理由など考える必要はなかった。レティは『ヴァイオレット』として生きることだけを求められている。
……それ以外に、レティがこの世に存在する意味はないのだから。
ドアがノックされ、ソファに腰掛けたまま|応《いら》えを返しながらレティはぼんやりと思う。
夕食の時間だ。
メイドのジュリアが、料理の載ったワゴンを押して入って来た。
メイド頭のキャロラインによる「午後のマナーレッスン」が終わると、そのまま自室で一息。その後は食事になる。日々のルーティンにもようやく馴染んで来た。
一人で食事を摂るのは慣れている。
レティが《《生まれ》》てから過ごしたラボでも、与えられた個室でトレイの上の「大切な身体を健康に保つための栄養」に必要な食物を摂取するのは日課で義務だった。
「何もしなくていい」のもこの家と同じだ。
食事を運ぶのも着た服を洗濯して新たな着替えを用意するのも部屋を整えるのも、すべてアンドロイドなり機械が行っていた。
それなのになぜ今更、「一人の食事」について特別な感情が湧くのか。
「ジュリアはもう食べたの? たくさんあるから一緒に食べない?」
レティが訊くのに、ワゴンの料理をテーブルに並べながら彼女は笑顔で首を左右に振る。
「いえ。あたしはお嬢様と御一緒できるような身分じゃありませんから。このあと使用人の食堂で他のみんなと食べます」
「そう……」
もし強要すれば、露見したときに叱られるのはジュリアだ。
当然レティもキャロラインにお小言を頂戴するだろうが、どちらが深刻かは明白だった。
「ごめんなさい、いつもありがとう」
無理を言ったことを詫びてメイドを開放しようとしたレティに、彼女は一瞬の逡巡を見せてから口を開いた。
「あたしの家は父さ、あ、いえ父、が病気で働けなかった時期があったんです」
「あ、……そう、なの?」
突然変わった話題にどう反応していいかもわからず、曖昧な相槌を打つ。
「もちろん母も働いてましたけど、父の看病もあったのであんまり行けなくなりました。あたしもまだ小さかったから役に立てなくて……。だからその、恥ずかしいんですけど碌にごはん食べられないこともあったんです」
「じゃあどうしてたの?」
客観的には無神経極まりないレティの問いに、彼女は呆れも怒りも見せることはなかった。
「我慢してました。父や母はあたしにだけはって思ったみたいですけどお金なかったから。あたしが普通の子より小さいのもそのせいかもしれません」
確かにジュリアは小柄だ。ごく普通の身長だと言われたレティよりも明確に低い。
「だから親もあたしには、絶対食事にだけは困らないお屋敷勤めに、ってずっと決めてたみたいです。メイドは『言われたことを素直にできる』なら大丈夫だからって」
食事ができない。……食べるものがない。
どれだけ考えても、レティの想像の範囲を超えている。
「ここ、ではちゃんと食事は出るのよね?」
「はい、もちろんです。しかもこのお屋敷では、|使用人《あたしたち》にももったいないような美味しいもの食べさせてくださって! それも全部、旦那様やお嬢様のおかげです。なのにお嬢様の御希望を叶えられなくて申し訳ありません」
このための打ち明け話だったのか。
レティは何もしていない。できない。それは父や、……この家を支えて来た人間の功績だ。
「そんなこと、……わたし何も気づかなくて、良くないこと言ったわ。それにわたしたちのために働いてくれてるんだから、『美味しいもの』食べてもらうのも──」
レティは空腹に耐えたことなど一度としてなかった。
むしろ「お腹が空いた」と感じる前に、食事は必ず運ばれて来ていたからだ。
基本的に食事の時間は決まっていたが、様子を、……あるいは「データの数値」を鑑みて内容や量も調整されていた。すべては「オリジナルの部品」として相応しい状態を維持するためだったと今にしてわかる。
ジュリアからすれば、レティは十分すぎるほどに恵まれた立場なのだろう。不満など「贅沢」でしかない、というのも理解していた。
「ヴァイオレット様、指先まで常にお気を配って優雅に。……そう、大変によろしいですわ。美しくていらっしゃいます。この感覚をお忘れになりませんように、もう一度」
メイド頭のキャロラインの授業は厳しかったが、彼女の目的はあくまでもレティを『ヴァイオレットお嬢様』として通じるようにすることだ。
ただ恣意でレティを苦しめようなどという意識があろう筈もない。彼女は「名家のメイド頭」としての誇りを持っている。レティが『人間』として、「上流のお嬢様」として通用するようにできなければ、キャロライン自身の評価に関わりかねないのだから。
このメイド頭が仕事に私情を入れるような人物ではないのは、レティにさえわかる。
「はい、結構ですわ。それでは本日はここまでにいたしましょう。……ヴァイオレット様、そろそろ他のお勉強やお稽古ごとの先生をお呼びしようと考えております。『カーライル家の御令嬢』としてのお立場を汚さないよう、お気を抜かずにお励みくださいませ」
いよいよ外から通ってくる家庭教師に、いろいろなことを教わる。
いずれそうなるというのは聞かされていた。あくまでもレティが「傍から見ても『ヴァイオレット』として相応な状態」になれば、と。
つまりキャロラインに、最低限の基準は満たしたと認められたのだ。
「わかったわ。大丈夫」
学業はラボで「ネイト先生」に教わって、学校に行っている「人間」と遜色ない、と告げられていた。
「お前がやりたいなら、絵でも歌でも、そう楽器もいいけど、そのへんは俺が教えるにも限度があるからなあ。|アンドロイド《AI》に『学習』させて教えさせるのが現実的か」
「ネイト先生」の配慮で、芸術系も基本は抑えている。
メイド頭のキャロラインの授業は厳しかったが、彼女の目的はあくまでもレティを『ヴァイオレットお嬢様』として通じるようにすることだ。
ただ恣意でレティを苦しめようなどという意識があろう筈もない。彼女は「名家のメイド頭」としての誇りを持っている。レティが『人間』として、「上流のお嬢様」として通用するようにできなければ、キャロライン自身の評価に関わりかねないのだから。
このメイド頭が仕事に私情を入れるような人物ではないのは、レティにさえわかる。
「はい、結構ですわ。それでは本日はここまでにいたしましょう。……ヴァイオレット様、そろそろ他のお勉強やお稽古ごとの先生をお呼びしようと考えております。『カーライル家の御令嬢』としてのお立場を汚さないよう、お気を抜かずにお励みくださいませ」
いよいよ外から通ってくる家庭教師に、いろいろなことを教わる。
いずれそうなるというのは聞かされていた。あくまでもレティが「傍から見ても『ヴァイオレット』として相応な状態」になれば、と。
つまりキャロラインに、最低限の基準は満たしたと認められたのだ。
「わかったわ。大丈夫」
学業はラボで「ネイト先生」に教わって、学校に行っている「人間」と遜色ない、と告げられていた。
「お前がやりたいなら、絵でも歌でも、そう楽器もいいけど、そのへんは俺が教えるにも限度があるからなあ。|アンドロイド《AI》に『学習』させて教えさせるのが現実的か」
「ネイト先生」の配慮で、芸術系も基本は抑えている。