Letty〜レティ〜【2】
ー/ー 怒鳴られたり、殴られたり。そんな現実もあるのか。
そう、それに「お嬢様とメイド」の関係もそうなのだろう。
共に同年代の少女なのに、明らかに分断されているのも、この世が「そういう社会」だからなのだ。
レティはともかく、『ヴァイオレット』とジュリアの立場が反転する日は来ない。
そしてジュリアはその現実を、至極当然の常識と捉えて生きて来たのか。
ネイトは、研究所の生活が不幸だと言いた気だった。だからこそ、外に出て幸せになって欲しいと。
他を見たこともないのでそういうものかと思っていたのだが、レティが知っていたのは本当に狭い限られた「世界」なのだろう。
「お嬢様、どこか気に入ら、……お気に召さないところはございますか?」
鏡を見るように言われて、まずは全身を映し、後ろはどうかと問われ形だけ背中も鏡面に向けてみる。
「ううん。ありがとう。ジュリア」
「では、あたしはキャロラインさんを呼んでまいります。お嬢様はしばらくこのお部屋でお待ちになってください」
キャロライン。メイド頭と紹介された彼女が来たら、「勉強」が始まるのだろうか。
ネイトの授業とはおそらく何もかもが違う、「ヴァイオレットお嬢様」として通用する人間になるための。
ジュリアを送り出したレティは、突如押し寄せたすべてに溺れるような気分でソファに腰掛ける。
身体が沈むような、というほどではないが、座り心地の良いクッション。
何も知らなかった。知らされていなかった。
その「罪」をこれから贖って行くのだ。
この身を持って、レティではなく『ヴァイオレット』になりきるための努力を重ねることで。
きっとネイトは、そのようなことは考えてもいないのだろうが。
──どうかお幸せに。
この家の娘として暮らすことが彼の希望ならば。
レティは過去のすべてをなかったことにして、『ヴァイオレット』として新たな人生を歩む。
先程ジュリアの話を聞いて初めて気付かされたように、あのラボで殴られることもなく「大切に」扱われていたのは、己が傷などつけることを許されない「代替品」だったからだ。
大切だったのはレティではなく、ヴァイオレットと同じこの身体。
突然の事故でこの世を去ったという彼女。
その代わりにレティが『ヴァイオレット』になるのだ、と通告されたあのときに、己は彼女の複製でスペアだったと初めて知った。
もしオリジナルが助かっていれば。
それはレティの命と引換えだったこともまた、わかってしまった。
この先レティは、『ヴァイオレット』としての生活に全力で馴染むよう努力してみせる。たとえ真の意味で、「娘」として認められる日は来なくとも。
ネイトのためならどんなことにでも耐えられる。
二度と逢えなくても、他のことは全部忘れるよう強要されても。
『先生』が教えてくれた大切なことだけはレティの中から消せない。消えない。
己以上に想う誰かがいる。
この思慕の名は単なる信頼ではない気がした。
これが愛というものではないのか。
レティにとっては親代わり同然だった『メイサ先生』より、遥かに特別で好きなネイト。
無味乾燥な暮らしに、色と温度を運んでくれた彼。
メイサと勉強するのは楽しかった。彼女のことが好きだった。
けれどレティに幸せという感情を教えてくれたのは、間違いなくネイトだ。
アンドリューも、オリジナルのヴァイオレットも、遺伝子の繋がりは確かにあるものの、決して『家族』ではない。
レティに『家族』などいない。
しかしもし父や兄がいたら、きっとあんな風に可愛がってくれたのではないか。
愛してくれたのではないか。
家族としてでも、そうではなくても、ネイトはレティの中で特別な存在だった。
◇ ◇ ◇
Violet Carlyle。
今は、自分のものになった。レティは彼女の影ではなくなったのだ。
──先生、これがわたしの幸せなの?
わからない。
けれどネイトが言うのなら、レティもそう考えるようにする。
頑張る姿を、遠くで見ていて欲しい。心の目でいいから。
絶対に、彼を忘れない。
名前も習慣も、レティが持っている何もかもを変えるよう強いられて、最初からなかったことになる。
別人として生きるというのは、きっとそういうこと。
けれどもこの心の中だけは、決して誰にも弄れない。
そう、それに「お嬢様とメイド」の関係もそうなのだろう。
共に同年代の少女なのに、明らかに分断されているのも、この世が「そういう社会」だからなのだ。
レティはともかく、『ヴァイオレット』とジュリアの立場が反転する日は来ない。
そしてジュリアはその現実を、至極当然の常識と捉えて生きて来たのか。
ネイトは、研究所の生活が不幸だと言いた気だった。だからこそ、外に出て幸せになって欲しいと。
他を見たこともないのでそういうものかと思っていたのだが、レティが知っていたのは本当に狭い限られた「世界」なのだろう。
「お嬢様、どこか気に入ら、……お気に召さないところはございますか?」
鏡を見るように言われて、まずは全身を映し、後ろはどうかと問われ形だけ背中も鏡面に向けてみる。
「ううん。ありがとう。ジュリア」
「では、あたしはキャロラインさんを呼んでまいります。お嬢様はしばらくこのお部屋でお待ちになってください」
キャロライン。メイド頭と紹介された彼女が来たら、「勉強」が始まるのだろうか。
ネイトの授業とはおそらく何もかもが違う、「ヴァイオレットお嬢様」として通用する人間になるための。
ジュリアを送り出したレティは、突如押し寄せたすべてに溺れるような気分でソファに腰掛ける。
身体が沈むような、というほどではないが、座り心地の良いクッション。
何も知らなかった。知らされていなかった。
その「罪」をこれから贖って行くのだ。
この身を持って、レティではなく『ヴァイオレット』になりきるための努力を重ねることで。
きっとネイトは、そのようなことは考えてもいないのだろうが。
──どうかお幸せに。
この家の娘として暮らすことが彼の希望ならば。
レティは過去のすべてをなかったことにして、『ヴァイオレット』として新たな人生を歩む。
先程ジュリアの話を聞いて初めて気付かされたように、あのラボで殴られることもなく「大切に」扱われていたのは、己が傷などつけることを許されない「代替品」だったからだ。
大切だったのはレティではなく、ヴァイオレットと同じこの身体。
突然の事故でこの世を去ったという彼女。
その代わりにレティが『ヴァイオレット』になるのだ、と通告されたあのときに、己は彼女の複製でスペアだったと初めて知った。
もしオリジナルが助かっていれば。
それはレティの命と引換えだったこともまた、わかってしまった。
この先レティは、『ヴァイオレット』としての生活に全力で馴染むよう努力してみせる。たとえ真の意味で、「娘」として認められる日は来なくとも。
ネイトのためならどんなことにでも耐えられる。
二度と逢えなくても、他のことは全部忘れるよう強要されても。
『先生』が教えてくれた大切なことだけはレティの中から消せない。消えない。
己以上に想う誰かがいる。
この思慕の名は単なる信頼ではない気がした。
これが愛というものではないのか。
レティにとっては親代わり同然だった『メイサ先生』より、遥かに特別で好きなネイト。
無味乾燥な暮らしに、色と温度を運んでくれた彼。
メイサと勉強するのは楽しかった。彼女のことが好きだった。
けれどレティに幸せという感情を教えてくれたのは、間違いなくネイトだ。
アンドリューも、オリジナルのヴァイオレットも、遺伝子の繋がりは確かにあるものの、決して『家族』ではない。
レティに『家族』などいない。
しかしもし父や兄がいたら、きっとあんな風に可愛がってくれたのではないか。
愛してくれたのではないか。
家族としてでも、そうではなくても、ネイトはレティの中で特別な存在だった。
◇ ◇ ◇
Violet Carlyle。
今は、自分のものになった。レティは彼女の影ではなくなったのだ。
──先生、これがわたしの幸せなの?
わからない。
けれどネイトが言うのなら、レティもそう考えるようにする。
頑張る姿を、遠くで見ていて欲しい。心の目でいいから。
絶対に、彼を忘れない。
名前も習慣も、レティが持っている何もかもを変えるよう強いられて、最初からなかったことになる。
別人として生きるというのは、きっとそういうこと。
けれどもこの心の中だけは、決して誰にも弄れない。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
怒鳴られたり、殴られたり。そんな現実もあるのか。
そう、それに「お嬢様とメイド」の関係もそうなのだろう。
共に同年代の少女なのに、明らかに分断されているのも、この世が「そういう社会」だからなのだ。
レティはともかく、『ヴァイオレット』とジュリアの立場が反転する日は来ない。
そしてジュリアはその現実を、至極当然の常識と捉えて生きて来たのか。
ネイトは、研究所の生活が不幸だと言いた気だった。だからこそ、外に出て幸せになって欲しいと。
他を見たこともないのでそういうものかと思っていたのだが、レティが知っていたのは本当に狭い限られた「世界」なのだろう。
「お嬢様、どこか気に入ら、……お気に召さないところはございますか?」
鏡を見るように言われて、まずは全身を映し、後ろはどうかと問われ形だけ背中も鏡面に向けてみる。
「ううん。ありがとう。ジュリア」
「では、あたしはキャロラインさんを呼んでまいります。お嬢様はしばらくこのお部屋でお待ちになってください」
キャロライン。メイド頭と紹介された彼女が来たら、「勉強」が始まるのだろうか。
ネイトの授業とはおそらく何もかもが違う、「ヴァイオレットお嬢様」として通用する《《人間》》になるための。
ジュリアを送り出したレティは、突如押し寄せたすべてに溺れるような気分でソファに腰掛ける。
身体が沈むような、というほどではないが、座り心地の良いクッション。
何も知らなかった。知らされていなかった。
その「罪」をこれから贖って行くのだ。
この身を持って、レティではなく『ヴァイオレット』になりきるための努力を重ねることで。
きっとネイトは、そのようなことは考えてもいないのだろうが。
──どうかお幸せに。
《《この家の娘》》として暮らすことが彼の希望ならば。
レティは過去のすべてをなかったことにして、『ヴァイオレット』として新たな人生を歩む。
先程ジュリアの話を聞いて初めて気付かされたように、あのラボで殴られることもなく「大切に」扱われていたのは、己が傷などつけることを許されない「代替品」だったからだ。
大切だったのは|レティ《クローン》ではなく、|ヴァイオレット《オリジナル》と同じこの身体。
突然の事故でこの世を去ったという|彼女《ヴァイオレット》。
その代わりにレティが『ヴァイオレット』になるのだ、と通告されたあのときに、己は彼女の|複製《レプリカ》でスペアだったと初めて知った。
もしオリジナルが助かっていれば。
それはレティの命と引換えだったこともまた、わかってしまった。
この先レティは、『ヴァイオレット』としての生活に全力で馴染むよう努力してみせる。たとえ真の意味で、「娘」として認められる日は来なくとも。
ネイトのためならどんなことにでも耐えられる。
二度と逢えなくても、他のことは全部忘れるよう強要されても。
『先生』が教えてくれた大切なことだけはレティの中から消せない。消えない。
己以上に想う誰かがいる。
この思慕の名は単なる信頼ではない気がした。
これが愛というものではないのか。
レティにとっては親代わり同然だった『メイサ先生』より、遥かに特別で《《好き》》なネイト。
無味乾燥な暮らしに、色と温度を運んでくれた彼。
メイサと勉強するのは楽しかった。彼女のことが好きだった。
けれどレティに幸せという感情を教えてくれたのは、間違いなくネイトだ。
アンドリューも、オリジナルのヴァイオレットも、遺伝子の繋がりは確かにあるものの、決して『家族』ではない。
レティに『家族』などいない。
しかしもし父や兄がいたら、きっとあんな風に可愛がってくれたのではないか。
愛してくれたのではないか。
家族としてでも、そうではなくても、ネイトはレティの中で特別な存在だった。
そう、それに「お嬢様とメイド」の関係もそうなのだろう。
共に同年代の少女なのに、明らかに分断されているのも、この世が「そういう社会」だからなのだ。
レティはともかく、『ヴァイオレット』とジュリアの立場が反転する日は来ない。
そしてジュリアはその現実を、至極当然の常識と捉えて生きて来たのか。
ネイトは、研究所の生活が不幸だと言いた気だった。だからこそ、外に出て幸せになって欲しいと。
他を見たこともないのでそういうものかと思っていたのだが、レティが知っていたのは本当に狭い限られた「世界」なのだろう。
「お嬢様、どこか気に入ら、……お気に召さないところはございますか?」
鏡を見るように言われて、まずは全身を映し、後ろはどうかと問われ形だけ背中も鏡面に向けてみる。
「ううん。ありがとう。ジュリア」
「では、あたしはキャロラインさんを呼んでまいります。お嬢様はしばらくこのお部屋でお待ちになってください」
キャロライン。メイド頭と紹介された彼女が来たら、「勉強」が始まるのだろうか。
ネイトの授業とはおそらく何もかもが違う、「ヴァイオレットお嬢様」として通用する《《人間》》になるための。
ジュリアを送り出したレティは、突如押し寄せたすべてに溺れるような気分でソファに腰掛ける。
身体が沈むような、というほどではないが、座り心地の良いクッション。
何も知らなかった。知らされていなかった。
その「罪」をこれから贖って行くのだ。
この身を持って、レティではなく『ヴァイオレット』になりきるための努力を重ねることで。
きっとネイトは、そのようなことは考えてもいないのだろうが。
──どうかお幸せに。
《《この家の娘》》として暮らすことが彼の希望ならば。
レティは過去のすべてをなかったことにして、『ヴァイオレット』として新たな人生を歩む。
先程ジュリアの話を聞いて初めて気付かされたように、あのラボで殴られることもなく「大切に」扱われていたのは、己が傷などつけることを許されない「代替品」だったからだ。
大切だったのは|レティ《クローン》ではなく、|ヴァイオレット《オリジナル》と同じこの身体。
突然の事故でこの世を去ったという|彼女《ヴァイオレット》。
その代わりにレティが『ヴァイオレット』になるのだ、と通告されたあのときに、己は彼女の|複製《レプリカ》でスペアだったと初めて知った。
もしオリジナルが助かっていれば。
それはレティの命と引換えだったこともまた、わかってしまった。
この先レティは、『ヴァイオレット』としての生活に全力で馴染むよう努力してみせる。たとえ真の意味で、「娘」として認められる日は来なくとも。
ネイトのためならどんなことにでも耐えられる。
二度と逢えなくても、他のことは全部忘れるよう強要されても。
『先生』が教えてくれた大切なことだけはレティの中から消せない。消えない。
己以上に想う誰かがいる。
この思慕の名は単なる信頼ではない気がした。
これが愛というものではないのか。
レティにとっては親代わり同然だった『メイサ先生』より、遥かに特別で《《好き》》なネイト。
無味乾燥な暮らしに、色と温度を運んでくれた彼。
メイサと勉強するのは楽しかった。彼女のことが好きだった。
けれどレティに幸せという感情を教えてくれたのは、間違いなくネイトだ。
アンドリューも、オリジナルのヴァイオレットも、遺伝子の繋がりは確かにあるものの、決して『家族』ではない。
レティに『家族』などいない。
しかしもし父や兄がいたら、きっとあんな風に可愛がってくれたのではないか。
愛してくれたのではないか。
家族としてでも、そうではなくても、ネイトはレティの中で特別な存在だった。
◇ ◇ ◇
|Violet《ヴァイオレット》 |Carlyle《カーライル》。
|Violet《ヴァイオレット》 |Carlyle《カーライル》。
今は、自分のものになった。レティは彼女の影ではなくなったのだ。
──先生、これがわたしの幸せなの?
わからない。
けれどネイトが言うのなら、レティもそう考えるようにする。
頑張る姿を、遠くで見ていて欲しい。心の目でいいから。
絶対に、彼を忘れない。
名前も習慣も、レティが持っている何もかもを変えるよう強いられて、最初からなかったことになる。
別人として生きるというのは、きっとそういうこと。
──先生、これがわたしの幸せなの?
わからない。
けれどネイトが言うのなら、レティもそう考えるようにする。
頑張る姿を、遠くで見ていて欲しい。心の目でいいから。
絶対に、彼を忘れない。
名前も習慣も、レティが持っている何もかもを変えるよう強いられて、最初からなかったことになる。
別人として生きるというのは、きっとそういうこと。
けれどもこの心の中だけは、決して誰にも弄れない。