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Letty〜レティ〜【1】

ー/ー



「ウィリアム、あとは頼むぞ。『ヴァイオレット』には、少しでも早くパーティに出せる程度にはなってもらわなければな」
 であるアンドリューは、連れて来られたレティに対してちらりと視線を寄越しただけで、声を掛けてもくれない。
「はい、旦那様」
 主人の指示に、実直そうな執事(ウィリアム)が腰を折って承諾を返した。
 アンドリューを見送った後。
「──ヴァイオレット様、(わたくし)は当家の執事のウィリアム ハワードと申します。どうかウィリアムとお呼びくださいませ。お嬢様には今後覚えていただくことが多々ございます。マナー等はこのメイド頭のキャロラインがお教えいたします」
 執事が、部屋の隅に控えていたメイド頭に合図し、近づいて来た彼女を紹介してくれる。
 ウィリアムの斜め後ろで深々と一礼したキャロラインは、多少ふくよかな体型に似合わない冷淡な雰囲気を醸し出していた。きっちりと結い上げた淡い金髪にも服装にも、一分の隙も見受けられない。
 続いて、隣室で待たせていたらしい小柄で纏めた髪も瞳も栗色の少女が呼ばれて来た。
「お嬢様の身の回りのお世話はこちらのジュリアが受け持ちとなりますので、ご要望などがあればなんでもお申し付けください」
「お世話させていただくジュリアです。お嬢様、どうぞよろしくお願いします」
 まだ若い、とはいえレティよりはいくつか年上だろう。緊張は隠しきれていないものの、素直で純朴そうな印象を受ける。
「……お世話。じゃあジュリア先生?」
「いえ──」
「お嬢様、ジュリアはメイドで『先生』ではございません。呼び名は『ジュリア』と。でのことは、一刻も早くお忘れいただきますように」
 レティの常識は、答えようとするジュリアを制して割って入った執事に否定された。
 そう、『ヴァイオレット』はずっと入院していたことになっている、と言い含められているのだ。
 研究所において、「世話」は研究員(先生)がしてくれる。しかしおそらくは、「世話」という言葉の表すものが違うのだ。
 「執事」「メイド」という名称自体は、レティも聞いたことがあるし知っている。特に、勉強の一貫でメイサやネイトに与えられた昔の物語の中で。
 形として同じ言語を使用しているに過ぎないとさえ感じるほどの、何もかもが異なる「世界」。
「ジュリア、お嬢様をお部屋へご案内しなさい。お召し替えと御髪(おぐし)も結って差し上げるように」
「すべてのお身支度が済んだら、わたくしを呼びにおいでなさい」
 執事の指示に続いて、先程は無言で頭を下げただけだったメイド頭が初めて口を開いた。
「はい、執事さん、キャロラインさん。かしこまりました」
 背筋を伸ばし二人に承諾を返したジュリアが、こちらに向き直る。
「ではお嬢様、参りましょう」
 促すメイドを困らせてはいけない、とレティは黙って顎を引いた。
 ジュリアに先導されて辿り着いた長い廊下の先。
「どうぞ、お嬢様。このお部屋です」
 研究所で見慣れた機能を追求しただけの平坦なものとはまるで違う、何やら飾り彫りの施された焦げ茶の背の高いドア。
 開いたその先は今までの生活の場とはもちろん、映像で垣間見て来たような色の溢れる空間ともまた別物だった。
 正面には、レースのカーテンが躍る出窓。
 広い室内の調度品は落ち着いた色調で纏められている。鏡のついた机、椅子。艶やかな飴色の低いテーブル。ベッドは見当たらなかったが、細かい模様のある布張りの大きな長椅子(ソファ)
 レティが暮らしていた白い部屋とは何もかもが違う。
 「普通の人たち」はこういった美しい椅子で寝るのだろうか。
 確かにあの四角い寝台よりずっと柔らかそうではあるが、シーツも掛けるものもないのにどうするのだろう。
「わたし、この椅子で寝るの?」
「いいえ! あの、寝室はあちらのドアの続き部屋です」
 尋ねたレティに、メイドは驚いたように首を振って壁を指した。
「寝室……?」
「はい。こちらは普段過ごしていただくお部屋で、夜お休みになるときは寝室のベッドで……」
 説明しながら、ジュリアは部屋の奥に進んだ。その後を追って、彼女が開けてくれたドアの向こうを覗き込む。
 何故だか屋根とカーテンのようなものが付いた巨大なベッド。一人にはどう見ても広すぎる、と戸惑う。
 それでも、とりあえず寝る場所は確認できた。
 訊きたいことは他にもあれど、何でも丁寧に誠実に返してくれるメイドには逆に余計な手間を掛けたくないと躊躇してしまう。
「お嬢様、こちらをお召しになるようにとのことです」
 いまレティが着ているものは外出用なのだろう。
 ジュリアが手にしたのは装飾の控えめな、けれどレティには十分豪奢に映る青いワンピースだった。
「うん、わかった」
「お手伝いいたします」
 背中にずらりと並んだ小さなボタンと、編み上げの細いリボン。たしかに優美なデザインではある。
 最初から「自ら着用すること」を想定していない服。
 身の回りの世話を手伝う使用人(メイド)の存在を前提とした、故意に階層を強調するかのような小道具なのだろうか。
「あの、すみません。あたしお屋敷勤めは初めてで、まだ慣れなくて」
「わたしは平気。じゃあ、えっと、ジュリアはここに来たばっかりなの?」
 衣装の扱いに四苦八苦しながら、着替えに手間取ることを詫びるメイドに頷き、問い掛ける。
「はい。執事さんとキャロラインさん以外の人は、皆さんお暇を取られたそうです」
 ほとんどの使用人が新参で、自分も含め田舎から出て来たばかりの者も多いと話す彼女。
 ──秘密を守るため。『ヴァイオレット』が入れ替わったことを隠すため、だ。
 だからこそ、経験の浅い若いジュリアがレティの担当になったのだろう。
 もし何らかの不信感を持つことがあったとしても、人との繋がりも力もない彼女では情報を漏らす先もない。
 また『長患い』のため、多少おかしな言動があっても病気のせいだと誤魔化せるという算段もあったのか。
「お嬢様がお優しい方でよかったです。ご病気で何ヶ月も入院されてるって伺ってて、どんな方なんだろうっていろいろ、あ、失礼しました!」
「大丈夫」
 気難しい『お嬢様』にお仕えするのかと心配していたのだろうか。焦って謝罪するメイドは、レティの声にほっとしたように息を吐いた。
「ではお嬢様。次は髪、あ、いえ、お、御髪を結いますので。痛かったら仰ってください」
「……髪もやってくれるの?」
 服もそうだったが、レティは髪を飾った経験など皆無だ。今も髪には一切手を加えてはいなかった。
「はい。あの、まだ編んでまとめるしかできないんですけど、練習しましたから! 他のメイドさんの髪で毎日!お嬢様のご希望があれば、これから少しでも上手くできるように頑張ります!」
 ヘアスタイルの知識などあるわけもないレティは、ブラシを片手に張り切る彼女にすべてを委ねることにした。
「お嬢様もですが、このお屋敷は本当に皆さんいい方ばかりなんですよ。怒鳴ったり殴ったりされることもないですから」
「……え?」
 レティの金髪を慎重に梳かしながらの、メイドの台詞に衝撃を受ける。 
「田舎のお屋敷では、近所の子達もひどい目に合ったって聞いてました。あたしも高校出たら奉公に上がることになるって親に言われてて、もう諦めてたんです。他にろくな働き口もないですし。若い娘が勝手に都会に行ったら、騙されて『春を売る』羽目になるに決まってる。それよりはいいから、って」
 ……? 「春」は売れるようなものではない筈だが。いったい何を言っているのだろう。
 しかしその疑問を口にする間もなく、彼女がぱっと顔を輝かせた。
「でも、その前にこのお屋敷からお話が来て! だからあたし、すごく恵まれてると思うんです。ずっとこちらにいたいです!」
 無邪気に喜びを表すジュリア。



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「ウィリアム、あとは頼むぞ。『ヴァイオレット』には、少しでも早くパーティに出せる程度にはなってもらわなければな」
 《《父親》》であるアンドリューは、連れて来られたレティに対してちらりと視線を寄越しただけで、声を掛けてもくれない。
「はい、旦那様」
 主人の指示に、実直そうな|執事《ウィリアム》が腰を折って承諾を返した。
 アンドリューを見送った後。
「──ヴァイオレット様、|私《わたくし》は当家の執事のウィリアム ハワードと申します。どうかウィリアムとお呼びくださいませ。お嬢様には今後覚えていただくことが多々ございます。マナー等はこのメイド頭のキャロラインがお教えいたします」
 執事が、部屋の隅に控えていたメイド頭に合図し、近づいて来た彼女を紹介してくれる。
 ウィリアムの斜め後ろで深々と一礼したキャロラインは、多少ふくよかな体型に似合わない冷淡な雰囲気を醸し出していた。きっちりと結い上げた淡い金髪にも服装にも、一分の隙も見受けられない。
 続いて、隣室で待たせていたらしい小柄で纏めた髪も瞳も栗色の少女が呼ばれて来た。
「お嬢様の身の回りのお世話はこちらのジュリアが受け持ちとなりますので、ご要望などがあればなんでもお申し付けください」
「お世話させていただくジュリアです。お嬢様、どうぞよろしくお願いします」
 まだ若い、とはいえレティよりはいくつか年上だろう。緊張は隠しきれていないものの、素直で純朴そうな印象を受ける。
「……お世話。じゃあジュリア先生?」
「いえ──」
「お嬢様、ジュリアはメイドで『先生』ではございません。呼び名は『ジュリア』と。《《病院》》でのことは、一刻も早くお忘れいただきますように」
 レティの常識は、答えようとするジュリアを制して割って入った執事に否定された。
 そう、『ヴァイオレット』はずっと入院していたことになっている、と言い含められているのだ。
 研究所において、「世話」は|研究員《先生》がしてくれる。しかしおそらくは、「世話」という言葉の表すものが違うのだ。
 「執事」「メイド」という名称自体は、レティも聞いたことがあるし知っている。特に、勉強の一貫でメイサやネイトに与えられた昔の物語の中で。
 形として同じ言語を使用しているに過ぎないとさえ感じるほどの、何もかもが異なる「世界」。
「ジュリア、お嬢様をお部屋へご案内しなさい。お召し替えと|御髪《おぐし》も結って差し上げるように」
「すべてのお身支度が済んだら、わたくしを呼びにおいでなさい」
 執事の指示に続いて、先程は無言で頭を下げただけだったメイド頭が初めて口を開いた。
「はい、執事さん、キャロラインさん。かしこまりました」
 背筋を伸ばし二人に承諾を返したジュリアが、こちらに向き直る。
「ではお嬢様、参りましょう」
 促すメイドを困らせてはいけない、とレティは黙って顎を引いた。
 ジュリアに先導されて辿り着いた長い廊下の先。
「どうぞ、お嬢様。このお部屋です」
 研究所で見慣れた機能を追求しただけの平坦なものとはまるで違う、何やら飾り彫りの施された焦げ茶の背の高いドア。
 開いたその先は今までの生活の場とはもちろん、映像で垣間見て来たような色の溢れる空間ともまた別物だった。
 正面には、レースのカーテンが躍る出窓。
 広い室内の調度品は落ち着いた色調で纏められている。鏡のついた机、椅子。艶やかな飴色の低いテーブル。ベッドは見当たらなかったが、細かい模様のある布張りの大きな|長椅子《ソファ》。
 レティが暮らしていた白い部屋とは何もかもが違う。
 「普通の人たち」はこういった美しい椅子で寝るのだろうか。
 確かにあの四角い寝台よりずっと柔らかそうではあるが、シーツも掛けるものもないのにどうするのだろう。
「わたし、この椅子で寝るの?」
「いいえ! あの、寝室はあちらのドアの続き部屋です」
 尋ねたレティに、メイドは驚いたように首を振って壁を指した。
「寝室……?」
「はい。こちらは普段過ごしていただくお部屋で、夜お休みになるときは寝室のベッドで……」
 説明しながら、ジュリアは部屋の奥に進んだ。その後を追って、彼女が開けてくれたドアの向こうを覗き込む。
 何故だか屋根とカーテンのようなものが付いた巨大なベッド。一人にはどう見ても広すぎる、と戸惑う。
 それでも、とりあえず寝る場所は確認できた。
 訊きたいことは他にもあれど、何でも丁寧に誠実に返してくれるメイドには逆に余計な手間を掛けたくないと躊躇してしまう。
「お嬢様、こちらをお召しになるようにとのことです」
 いまレティが着ているものは外出用なのだろう。
 ジュリアが手にしたのは装飾の控えめな、けれどレティには十分豪奢に映る青いワンピースだった。
「うん、わかった」
「お手伝いいたします」
 背中にずらりと並んだ小さなボタンと、編み上げの細いリボン。たしかに優美なデザインではある。
 最初から「自ら着用すること」を想定していない服。
 身の回りの世話を手伝う|使用人《メイド》の存在を前提とした、故意に階層を強調するかのような小道具なのだろうか。
「あの、すみません。あたしお屋敷勤めは初めてで、まだ慣れなくて」
「わたしは平気。じゃあ、えっと、ジュリアはここに来たばっかりなの?」
 衣装の扱いに四苦八苦しながら、着替えに手間取ることを詫びるメイドに頷き、問い掛ける。
「はい。執事さんとキャロラインさん以外の人は、皆さんお暇を取られたそうです」
 ほとんどの使用人が新参で、自分も含め田舎から出て来たばかりの者も多いと話す彼女。
 ──秘密を守るため。『ヴァイオレット』が入れ替わったことを隠すため、だ。
 だからこそ、経験の浅い若いジュリアがレティの担当になったのだろう。
 もし何らかの不信感を持つことがあったとしても、人との繋がりも力もない彼女では情報を漏らす先もない。
 また『長患い』のため、多少おかしな言動があっても病気のせいだと誤魔化せるという算段もあったのか。
「お嬢様がお優しい方でよかったです。ご病気で何ヶ月も入院されてるって伺ってて、どんな方なんだろうっていろいろ、あ、失礼しました!」
「大丈夫」
 気難しい『お嬢様』にお仕えするのかと心配していたのだろうか。焦って謝罪するメイドは、レティの声にほっとしたように息を吐いた。
「ではお嬢様。次は髪、あ、いえ、お、御髪を結いますので。痛かったら仰ってください」
「……髪もやってくれるの?」
 服もそうだったが、レティは髪を飾った経験など皆無だ。今も髪には一切手を加えてはいなかった。
「はい。あの、まだ編んでまとめるしかできないんですけど、練習しましたから! 他のメイドさんの髪で毎日!お嬢様のご希望があれば、これから少しでも上手くできるように頑張ります!」
 ヘアスタイルの知識などあるわけもないレティは、ブラシを片手に張り切る彼女にすべてを委ねることにした。
「お嬢様もですが、このお屋敷は本当に皆さんいい方ばかりなんですよ。怒鳴ったり殴ったりされることもないですから」
「……え?」
 レティの金髪を慎重に梳かしながらの、メイドの台詞に衝撃を受ける。 
「田舎のお屋敷では、近所の子達もひどい目に合ったって聞いてました。あたしも高校出たら奉公に上がることになるって親に言われてて、もう諦めてたんです。他にろくな働き口もないですし。若い娘が勝手に都会に行ったら、騙されて『春を売る』羽目になるに決まってる。それよりはいいから、って」
 ……? 「春」は売れるようなものではない筈だが。いったい何を言っているのだろう。
 しかしその疑問を口にする間もなく、彼女がぱっと顔を輝かせた。
「でも、その前にこのお屋敷からお話が来て! だからあたし、すごく恵まれてると思うんです。ずっとこちらにいたいです!」
 無邪気に喜びを表すジュリア。