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Nate〜ネイト〜【4】

ー/ー



「カーライル家の当主様が〝レティ〟を引き取りたいそうだ。亡くなった(オリジナル)の代わりとして。これぞ『スペア』本来の使い方かもしれないな!」
 皮肉たっぷりに吐き捨てるようなマックス。彼がここまで感情を露わにするのは珍しい。
「……そんな」
 いったい何を言っている?
 目の前の先輩ではなくカーライル、……オリジナルの父親に対しての名称の付けられない感情が今にも溢れそうで制御できなかった。
「私のここでの八年間の経験では無論のこと、記録で見た限りでも例がない。前代未聞だよ。高貴な方々にとっては、何よりも『血』が大事ってことなんじゃないか?」
 ネイトの様子を見て内心を察したのか、マックスが述べる。おそらく間違ってはいないのだろう推論を。
カーライル家(あの家)の子どもは死んだ娘しかいなかった。やはり名のある家の出だった当主の妻は早くに亡くなっていて、両方の家系の血を受け継ぐ人間は存在しないし、もう『作れ』ないんだ。〝レティ〟以外には」
 血。遺伝子。
 何故そういう話になる? 『娘』の代替という発想自体が理解不能だ。
 ネイトの感情は脇に置くとして。当主にとって〝レティ〟は所詮スペアであり、「人間」ではない複製(レプリカ)に過ぎない。
 しかし、生まれたときから慈しんで育てた筈の実の娘(オリジナル)さえ、単に血を途切れず繋ぐための道具でしかないということか?
 こんな風に思うのは、ネイトが過去から未来へ延々と継いで行かねばならぬものなど何も持たない身だからなのだろうか。
「結果的にはメイサが言葉や文字や、……『人間』として必要なあれこれを教えたのが正解だったんだな」
 ああ、そうか。これが他の、例えば〝R30〟ならば?
 遺伝情報が一致する以外には、知性も何もない彼を渡すことができるとは思えない。

    ◇  ◇  ◇
 もうすぐ、カーライル家からの迎えが来る。
 その前にどうしても、〝レティ〟と「二人」きりで別れの挨拶だけでも交わしたかった。
 本人は口を噤んだままだがマックスが裏で動いてくれたらしく、短時間でもどうにか面談が叶ったのは僥倖だ。
 一般的とは表現し難くとも、彼には彼なりの『人間味』はあるのだと先輩研究員に感謝した。
 前もって届いた衣装に着替えさせられた〝レティ〟は、初めて袖を通した鮮やかな色の服に喜色満面だったという。
 作成されてから今まで、ただの一度も実験体用の無粋な白い服以外着たことがなかったのだから、さぞや嬉しかったことだろう。詳しい事情を聞かされるまでの、束の間の歓喜でしかなかったようだが。
 瞳の色に合わせたのか綺麗な青紫のドレスに、垂らしたままの金髪が映えて眩しいほどだ。
「〝レティ〟、俺から最後に伝えたいことがある。しっかり聞いてくれ」
「ネイト先生。わたし、──ここにいられないって本当?」
 否定して欲しがっているのが手に取るようにわかる〝レティ〟の質問にも、首を横に振ってはやれない。
 ネイト如きには関与できない部分で既に決定したことなのだ。
「……もう会うことはないけど、万が一俺やここの名前を聞くような機会があっても絶対に知らない振りをしろ。名家のご令嬢と、この胡散臭い研究所(ラボ)が繋がってるなんてあってはならないんだ」
 こんな根本的なことは、間違いなく最初に事情説明がなされた際に念押しされているだろう。
 ネイトもその程度のことに気付かなかったわけがない。
 ──ただの、口実だ。最後に〝レティ〟と共有する時間を捻出するための。
「ネイト先生──」
「おま、……貴女は今から『レディ ヴァイオレット カーライル』。説明されたでしょう?」
 〝レティ〟が何か言い掛けるのに言葉を被せて止める。
「だからラボのことも僕のことも全部忘れて、どうかお幸せに。貴女のこれからが順調なものであるよう、陰ながら祈っています」
 言わせたくないよりも聞きたくなかった。
 これ以上心残りを増やしたくない、ネイトの勝手な感情の発露だ。
 大きく見開かれた菫色の瞳が、みるみる潤んで行く。
 〝レティ〟の立場からすれば、信じていた者にいきなり突き放されたも同然か。まったく知らない環境で、知らない人間になれと言われて。
「──ネイト。終わりだ」
 ドアをノックすると同時に開けたマックスが、色のない声で告げて来た。
 無言で顎を引き、二人を見送ることなく目を逸らす。
 彼に連れられて部屋を出るために背を向けた〝レティ〟が振り向く気配がした。
 戸惑いか、哀しみか。
 何かが滲んでいるのだろうその瞳を、ネイトはどうしても見返すことができなかった。
 今なら少しは、……ごく僅かではあるが理解できる気がする。
 ネイトをこの地下(アンダーグラウンド)に追いやった例の教授の娘、病んでラボを去ったという前任研究員。
 己を相手を傷つけるほどに誰かを愛して、狂気に走った彼女たちの心情が。
 あの娘がもっと狡猾であったなら、父親に頼めばそれでよかった。
 教授からの話ならネイトは断らなかっただろう。突然の感情の押し付けに困惑しただけで、愛など無縁な当時のネイトにとってだったのだから。
 彼女がその手段を取らなかったのは、純粋にネイトが好きだったからに他ならないと考えられるようになった。
 当然、まだ十七だったのも影響している筈だ。
 若さゆえの潔癖さかもしれない。
 単に権力の絡まない、好きな相手(ネイト)との心からの関係を欲した。結果的な行動は間違っていたとしても。
 けれど、理性を捨て去ることだけは無理だった。
 掌の上で何もかもネイトの思い通りに動く、意思を持たない『あやつり人形(マリオネット)』が欲しいわけではないのだ。我が物にするために命を奪うなどあり得ない。
 〝レティ〟の姿をした抜け殻になど、いったい何の意味がある?
 手放したくない。可愛い。
 本心からそう思いつつも、それ以上にあの子には生きて幸せを掴んで欲しいと願う。
 決して手の届かない、目にすることさえ叶わない別世界においてではあっても。
 このまま研究所で飼われているより悪くはならない、と信じる以外ネイトにできることなど存在しない。
 彼女に性愛を感じたことはなかった。
 ただ、可愛くて大切だった。
 ネイトが最初から持ったこともない『家族』の幻想を具現化したような、〝レティ〟はそういう存在だったのかもしれない。
 ……知らないからわからない、けれど、おそらくは。
 この闇から抜け出せる、降って湧いた奇跡のようなリセットチャンス。
 いや、それ以前に実験体としては『未来(あす)』が存在するのかさえ疑問視される〝レティ〟の命を繋ぐ方法は、おそらく他にはあり得ない。
 彼女が掴んだのは、今にも切れそうな細い糸。
 それに縋る以外に希望などありはしないという事実を、〝レティ〟は知らない。
 だからこそ、ネイトが誘導してやらなければならなかった。
 それがあの子のために、最後にできることだと信じて。
 オリジナルが消滅した以上、すでに「部品」としての価値を失った複製品に金や労力を掛ける意味はないのだ。
 たったひとつ、オリジナルに取って代わる場合を除いては。
 さようなら、
 もうこの世には存在しない、『人間』になってしまった人形(レプリカ)
 告げる気は到底ないけれど、最後だからこそ心だけは誤魔化したくなかった。

 ──「女」としてではなくとも愛していたよ。俺は、お前を確かに。



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「カーライル家の当主様が〝レティ〟を引き取りたいそうだ。亡くなった|娘《オリジナル》の代わりとして。これぞ『スペア』本来の使い方かもしれないな!」
 皮肉たっぷりに吐き捨てるようなマックス。彼がここまで感情を露わにするのは珍しい。
「……そんな」
 いったい何を言っている?
 目の前の先輩ではなくカーライル、……オリジナルの父親に対しての名称の付けられない感情が今にも溢れそうで制御できなかった。
「私のここでの八年間の経験では無論のこと、記録で見た限りでも例がない。前代未聞だよ。高貴な方々にとっては、何よりも『血』が大事ってことなんじゃないか?」
 ネイトの様子を見て内心を察したのか、マックスが述べる。おそらく間違ってはいないのだろう推論を。
「|カーライル家《あの家》の子どもは死んだ娘しかいなかった。やはり名のある家の出だった当主の妻は早くに亡くなっていて、両方の家系の血を受け継ぐ人間は存在しないし、もう『作れ』ないんだ。〝レティ〟以外には」
 血。遺伝子。
 何故そういう話になる? 『娘』の代替という発想自体が理解不能だ。
 ネイトの感情は脇に置くとして。当主にとって〝レティ〟は所詮スペアであり、「人間」ではない|複製《レプリカ》に過ぎない。
 しかし、生まれたときから慈しんで育てた筈の|実の娘《オリジナル》さえ、単に血を途切れず繋ぐための道具でしかないということか?
 こんな風に思うのは、ネイトが過去から未来へ延々と継いで行かねばならぬものなど何も持たない身だからなのだろうか。
「結果的にはメイサが言葉や文字や、……『人間』として必要なあれこれを教えたのが正解だったんだな」
 ああ、そうか。これが他の、例えば〝R30〟ならば?
 遺伝情報が一致する以外には、知性も何もない彼を渡すことができるとは思えない。
    ◇  ◇  ◇
 もうすぐ、カーライル家からの迎えが来る。
 その前にどうしても、〝レティ〟と「二人」きりで別れの挨拶だけでも交わしたかった。
 本人は口を噤んだままだがマックスが裏で動いてくれたらしく、短時間でもどうにか面談が叶ったのは僥倖だ。
 一般的とは表現し難くとも、彼には彼なりの『人間味』はあるのだと先輩研究員に感謝した。
 前もって届いた衣装に着替えさせられた〝レティ〟は、初めて袖を通した鮮やかな色の服に喜色満面だったという。
 作成されてから今まで、ただの一度も実験体用の無粋な白い服以外着たことがなかったのだから、さぞや嬉しかったことだろう。詳しい事情を聞かされるまでの、束の間の歓喜でしかなかったようだが。
 瞳の色に合わせたのか綺麗な青紫のドレスに、垂らしたままの金髪が映えて眩しいほどだ。
「〝レティ〟、俺から最後に伝えたいことがある。しっかり聞いてくれ」
「ネイト先生。わたし、──ここにいられないって本当?」
 否定して欲しがっているのが手に取るようにわかる〝レティ〟の質問にも、首を横に振ってはやれない。
 ネイト如きには関与できない部分で既に決定したことなのだ。
「……もう会うことはないけど、万が一俺やここの名前を聞くような機会があっても絶対に知らない振りをしろ。名家のご令嬢と、この胡散臭い|研究所《ラボ》が繋がってるなんてあってはならないんだ」
 こんな根本的なことは、間違いなく最初に事情説明がなされた際に念押しされているだろう。
 ネイトもその程度のことに気付かなかったわけがない。
 ──ただの、口実だ。最後に〝レティ〟と共有する時間を捻出するための。
「ネイト先生──」
「おま、……貴女は今から『レディ ヴァイオレット カーライル』。説明されたでしょう?」
 〝レティ〟が何か言い掛けるのに言葉を被せて止める。
「だからラボのことも僕のことも全部忘れて、どうかお幸せに。貴女のこれからが順調なものであるよう、陰ながら祈っています」
 言わせたくないよりも聞きたくなかった。
 これ以上心残りを増やしたくない、ネイトの勝手な感情の発露だ。
 大きく見開かれた菫色の瞳が、みるみる潤んで行く。
 〝レティ〟の立場からすれば、信じていた者にいきなり突き放されたも同然か。まったく知らない環境で、知らない人間になれと言われて。
「──ネイト。終わりだ」
 ドアをノックすると同時に開けたマックスが、色のない声で告げて来た。
 無言で顎を引き、二人を見送ることなく目を逸らす。
 彼に連れられて部屋を出るために背を向けた〝レティ〟が振り向く気配がした。
 戸惑いか、哀しみか。
 何かが滲んでいるのだろうその瞳を、ネイトはどうしても見返すことができなかった。
 今なら少しは、……ごく僅かではあるが理解できる気がする。
 ネイトをこの|地下《アンダーグラウンド》に追いやった例の教授の娘、病んでラボを去ったという前任研究員。
 己を相手を傷つけるほどに誰かを愛して、狂気に走った彼女たちの心情が。
 あの娘がもっと狡猾であったなら、父親に頼めばそれでよかった。
 教授からの話ならネイトは断らなかっただろう。突然の感情の押し付けに困惑しただけで、愛など無縁な当時のネイトにとって《《誰でも同じ》》だったのだから。
 彼女がその手段を取らなかったのは、純粋にネイトが好きだったからに他ならないと考えられるようになった。
 当然、まだ十七だったのも影響している筈だ。
 若さゆえの潔癖さかもしれない。
 単に権力の絡まない、|好きな相手《ネイト》との心からの関係を欲した。結果的な行動は間違っていたとしても。
 けれど、理性を捨て去ることだけは無理だった。
 掌の上で何もかもネイトの思い通りに動く、意思を持たない『|あやつり人形《マリオネット》』が欲しいわけではないのだ。我が物にするために命を奪うなどあり得ない。
 〝レティ〟の姿をした抜け殻になど、いったい何の意味がある?
 手放したくない。可愛い。
 本心からそう思いつつも、それ以上にあの子には生きて幸せを掴んで欲しいと願う。
 決して手の届かない、目にすることさえ叶わない別世界においてではあっても。
 このまま研究所で飼われているより悪くはならない、と信じる以外ネイトにできることなど存在しない。
 彼女に性愛を感じたことはなかった。
 ただ、可愛くて大切だった。
 ネイトが最初から持ったこともない『家族』の幻想を具現化したような、〝レティ〟はそういう存在だったのかもしれない。
 ……知らないからわからない、けれど、おそらくは。
 この闇から抜け出せる、降って湧いた奇跡のようなリセットチャンス。
 いや、それ以前に実験体としては『|未来《あす》』が存在するのかさえ疑問視される〝レティ〟の命を繋ぐ方法は、おそらく他にはあり得ない。
 彼女が掴んだのは、今にも切れそうな細い糸。
 それに縋る以外に希望などありはしないという事実を、〝レティ〟は知らない。
 だからこそ、ネイトが誘導してやらなければならなかった。
 それがあの子のために、最後にできることだと信じて。
 オリジナルが消滅した以上、すでに「部品」としての価値を失った複製品に金や労力を掛ける意味はないのだ。
 たったひとつ、オリジナルに取って代わる場合を除いては。
 さようなら、《《レティ》》。
 もうこの世には存在しない、『人間』になってしまった|人形《レプリカ》。
 告げる気は到底ないけれど、最後だからこそ心だけは誤魔化したくなかった。
 ──「女」としてではなくとも愛していたよ。俺は、お前を確かに。