新居に到着してから、のりこは相変わらず家中のあちこちを駆け回っている。その様子は、無邪気な子犬にも似ている。
「お姉ちゃん、さっきから騒がしいなあ......」
黙々とゲームをしているりょうたにとっては、少々迷惑そうである。荷物の到着が少々遅れているらしく、もうしばらく待ちぼうけとなりそうだ。
「おかあさん、そういえばWi-Fiのパスワードは?」
通信費のことが心配になったのか、りょうたは京子へ尋ねた。子供ながらに通信費のことを心配するとは、なかなかに出来る小学生である。
「このうちね、まだ光回線が通ってないの。ごめんね」
京子は申し訳なさそうに答える。この家の築年数から考えるに、インターネット環境は改善の余地がある。
「そっかぁ。じゃあ、しばらくゲーム控えないとな......」
それ聞いたりょうたは、少し残念そうだ。この家が時代錯誤していることは、設置されている家具家電からも明らかである。
「このテレビ、サンイン電器だ。懐かしい……」
良行が口にするサンイン電器とは、かつて実在した大手家電メーカーで、製品の耐久性が非常に優れていることで定評があった。
特に、ダイナマイトの爆発に耐えたテレビは世界的に有名。現在は、大手通信会社であるビッグバンにより買収された。
『おしゃれなデザイン! 頑丈なボディ! 光速レスポンス! 君のスマホライフも充実すること間違いなし! 銀河へアクセス! ビッグバン!!』
良行は、おもむろにテレビのスイッチを入れる。偶然にも、同社スマートフォンの宣伝が流れた。
ビッグバンのイメージは宇宙。そして太陽にも負けない暑苦しさ。
「おとうさん、僕も新しいスマホ欲しい!」
りょうたは、新しい電化製品に目がない。特に、スマートフォンに関しては。
「まあそのうちな。お姉ちゃんもスマホ持ってないわけだし」
良行は、それとなく話を逸らす。子供の話をうまく聞き流すのも、親に求められるスキルだ。
「その言葉、聞き捨てならないわね。私は、自分の意志でスマホを持たないだけよ!」
のりこがどこからともなくやってきて、突然の激昂。良行は、あらぬ横槍に不意を突かれた格好となった。
のりこは現代っ子に珍しく、機械音痴でテレビ以外の家電はことごとく使いこなせない。そのため、彼女の機械に対するコンプレックスは強い。
「ごめんのりこ、おとうさんが悪かった」
のりこはむやみに怒らせると執念深く、1週間近く口を利かなくなることも珍しくない。そのため、良行は彼女を宥めるのに必死だ。
『ピンポーン!』
その険悪な空気を払うかのように、玄関でインターホンが鳴った。どうやら、待ちに待った荷物が届いたようだ。
のりことりょうたは、玄関へまっしぐら。先程の険悪さが断ち切れ、内心は胸を撫で下ろした良行である。
ーー
「思いのほか、大荷物ねえ」
届いた荷物は、玄関に所狭しと並べられた。このままでは、京子も足の踏み場がないだろう。
「確か、この箱だったはず......」
京子が開けた箱には、雑巾やモップなどの清掃用具が入っていた。これを開けた目的と言えば……?
「のりこ! りょうた! お掃除手伝ってちょうだい!」
彼女は、二人に清掃用具を手渡す。それは、子供達に手伝いを頼む為だった。
「二人が汚いと思うところを、思いっきり掃除してちょうだい!!」
京子の指示は、至極大雑把。彼女自身、細かいことにはあまりこだわらない性分なのだ。
「はーい!!」
のりこはモップを持って走り出す。彼女は、大掃除と聞くと何故か躍起になる。
「はぁい……」
一方、りょうたはあまり乗り気でない。彼は基本的に、自宅でのんびりしていたい性格なのである。
「このサイクロン掃除機、吸引力が全然違うわ!!」
京子は、部屋中に掃除機をかけて回る。実はビッグバン製の最新式掃除機であり、吸引力・稼働時間に優れている。
彼女はかねてから欲しており、良行に無理をいって購入してもらったのだ。出費はかさむが、背に腹は代えられない。
「良行さん、ありがとう!!」
京子が上機嫌な様子を見て、良行は笑みを浮かべた。彼は荷ほどき担当、その笑顔で気合が入る。
「ワンッ! ワンッ!」
そんな矢先、庭の方から犬の鳴き声が聞こえてきた。どうやら、源さんが犬に引っ張られているようだ。
「源さん、こんにちは! 可愛いわんちゃんだね!!」
犬の声を聞き、のりこが顔を出した。彼は気を許したのか、のりこの前でお腹を出しながら寝そべってしまった。
「ケンがここまで懐くなんて、珍しいわね」
その様子に、源さんは少し驚いた様子だった。どうやら、のりこには動物を魅了する何か特別なものがあるようだ。
「お掃除中、お邪魔しちゃってごめんなさいね。では、これで失礼いたします」
源さんは、恭しくお辞儀をして立ち去った。その姿勢、何処となく皇族に通じるものを感じる。
その後、のりこ達は掃除を再開。内心、彼女はケンに会うのが楽しみになっていた。
島長家は、新生活へ準備真っ最中。