荷ほどきも一段落。気付いた頃には夕刻となっていた。
「さて、出前でも取りましょうかね?」
京子が眺めているのは、羽馴島のパンフレット。親切にも、源さんが地元のグルメ雑誌を持ってきてくれたのだ。
「意外と多いのね、飲食店」
初日で勝手も分からぬ移住先。いくらパンフレットがあるとはいえ、京子も店を決めかねるところ。
「おかあさん! 時代はこれを求めているっ!!」
のりこは、すかさず指を差す。一見すると、高級寿司屋特集と書かれている気もするが……?
「何々、寿司処・米山?」
それはさておき、どことなく聞き覚えがある店舗名。もしや、今朝のおにぎり屋と何か関係があるのだろうか?
「おかあさん、いちごみるくはきっと美味しいよ!!」
またか......聞き耳を立てていた良行は、思わず怪訝な顔になる。もはや、彼女は単にいちごみるくが食べたいだけなのだろう。
「仕方ない、ここは景気づけに奮発しましょ!!」
京子は思い切りがいい。けれど、その出処は大黒柱たる良行のポケットマネーだ。
「やったー! おかあさん大好き!!」
それを聞いた子供達は思わず小躍り。その傍らで、良行は苦い顔を浮かべている。
「京子さんったら、もう……」
良行の苦渋などお構いなしに、京子は寿司を注文する。良行は、パンフレット越しに苦い表情のままだ。
ーー
注文から30分くらい経過した頃だろうか。インターホンが鳴り、出前が到着したようだ。
「へいお待ち! 握りたての寿司をお届けだよっ!!」
出前でやって来た男に、のりこは思わず目が点になる。その理由はというと……?
「えっ? 朝のおにぎり屋さんだぁ!!」
なんと、彼はおにぎり屋の店主と容姿が瓜二つ。のりこの反応を察した男は言葉を続ける。
「あぁ、結のことか。あいつは俺の弟でなぁ!」
話を傍らで聞いていた京子は、納得の表情。しかし、のりこはまだ理解が追いついていない。
「......はっ! そうだ! おじさん、いちごみるくは入ってる!?」
のりこは、思い出したように男へ尋ねる。彼女にとって、そこは肝心要なところだ。
「......? あぁ、これのことか」
話の脈絡から察したのか、男はとあるネタを指し示す。それは、いちごみるくと言いたくなるような真紅の身をしていた。
「おじょうちゃん、これは赤サバっていうんだ。いちごじゃないけど、とっても旨いぜ!」
男は誇らしげに語る。何を隠そう、赤サバは羽馴島を代表する地魚。
足が早いため、島外でお目にかかることはない。故に、赤サバはご当地名物の地位を盤石なものにしている。
「これも何かの縁だ。本来は7,000円ってぇとこだが、今日のところは4,649円にしとくぜぇっ!」
男は、よろしくという洒落を利かせて金額を明示。だが、京子は首を横へ振った。
「値切った分はご祝儀で!」
本日二度目、もはや伝家の宝刀ともいえる。兄であるこの男の反応も、お察しの通り。
「......おかあちゃん、粋だねぇ!」
このやりとり、もはやデジャブだろう。内心で良行はそう思った。
ーー
「いちごみるく、とっても美味しい!!」
のりこが舌鼓を打つ傍らで、良行は男が持って来たおしながきを読んでいた。彼が注目しているのは、先程の赤サバだ。
「なるほど、赤サバはこういう魚なのかぁ」
赤サバは、身の全体が鮮やかな臙脂色をしていることが大きな特徴。のりこがいちごと勘違いするのも納得である。
美味な魚であるが、前述の通り足が早く保存が難しい。そのため、切身を自家製だれに漬け込むことが主流となる。
「この魚、とっても美味しいわね。のりこがいちごみるくって言い出したときは、少しびっくりしたけど」
京子もまた、いちごみるくもとい赤サバに舌鼓を打つ。その中で、りょうたは関係なしにツナマヨ軍艦へ手を伸ばす。
「僕はやっぱり、これが一番!」
どうやら、彼は筋金入りのツナマヨ好きのようである。家族といえど、寿司の好みは十人十色。
「そういえば、裏庭に倉庫があったわね。あの雰囲気、何だか気になるわ……」
京子は何気なく口にした。不動産の話では倉庫と聞かされていたものの、その詳細は不明なままだ。
「近いうち、調べてみましょうかねぇ……?」
そう言いつつ、彼女は心を律した。何せ、明日もやることが目白押しだ。
「明日は月曜日、みんな夜更かし厳禁よ!」
これが、島長一家の羽馴島生活初日であった。