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「殺意」その1

ー/ー



 スパイナルシティは日頃からそうである様に、今日も乱立した高層ビルの群れから極彩の光を街中に放ちながら夜空を脅かしていた。
 
 メインストリートに並ぶ高級ブティックのガラスの内側では空中に浮かび上がるデジタルディスプレイを挟んで多額の金が流動する。
 そこから数本離れた路地裏ではまるでマネキンの様に不気味な程美しい客引きがひしめいている。
 その足元には電子ドラッグにやられた廃人がニヤつき涎を垂らしながら寝転がっている。
 そして皆一様に、機械化した身体の一部を街から灯されたネオンの彩りに光らせている。


 街の全てが、いつもの日常を送るのに忙しく、喧騒とした活気を賑わせる。
 しかしその中で唯一、全ての高層ビル群の光り輝く窓の中で唯一、全くの明かりを放たない部屋があった。
 
 その部屋にいた男は、室内の窓から、暗さとコントラストを生み出したが為ぼんやりと夢の中に浮かぶ様な街の光景を眺めながら、一言発した。

「なぁ……お前も思わないか? この街に生きる誰もが、本当に大切な事を忘れてしまっているって」

 その声に反応して、男の背後ーー部屋の隅の暗がりに包まれた一角から、苦しそうな、しかしそれでも懸命にもがく様な呻き声が響いた。女の声だった。

「俺はいつだって考えるんだ。俺達は何処から来て、何者で、何処へいくのだろうって」

 男は滔々と語りながら、決して窓から目を離そうとしない。そして男の声を聞く度に、暗がりの隅から発せられる呻き声も段々と必死さを増していく。

 すると男は急に仰け反りながら、大声で笑い出した。男の声は低く、しかし不思議くらいに澄んでいて、笑い声に荒い呼吸音を含みながら

「ーーンフファハハハハハハあハ! あハハハぁハハ!」

 真っ暗な部屋に行き渡り、隅からの呻き声も益々怯え、その声二つが不思議な狂想曲の様に部屋に響いた。

 ひとしきり笑った男は、一息つき背後を振り向くと、こめかみの横についたコンソールパネルの一つを押し、顔についた二つの眼球から淡い光を部屋に放った。

 その光が先ほどまで呻き声の聞こえていた部屋の一角を照らすと、両手足を縛られ猿轡をかまされた、女の姿が現れた。若い女だ。
 女の表情は氷の様に青ざめ、目には隈を浮かべ、猿轡を噛んだ口からは涎を垂らしながら、それでも目だけは爛爛とした光彩を含んでいる。
 男はその姿を見て、満足そうに微笑しながら

「絵は嫌いだったか? まぁ気にしなくてもいいさ。俺もあんまり詳しい方じゃないからね」

 一歩一歩女に近づいていく。男との距離が近づくのと比例して女は縛られた身体で後退りするが、男は一向に構う様子がない。

「じゃあ、詩は? だいぶ前に街のライブラリで閲覧した……タニ……ガワなんたら……? 名前忘れちゃったけど、昔あったニホンとか言う国の詩人の作品がとても良かったんだ」

 男は、のたうち回る女の隣にあるテーブルから、鋭い光を放つものを手に取った。ナイフだ。

「ーーそして私はいつかどこかから来て、不意にこの芝生の上に立っていた。
 なすべきことはすべて、私の細胞が記憶していた。
 だから私は人間の形をし、幸せについて語りさえしたのだ」

 女の気が狂うほどの抵抗の声を無視して、男は詩を暗唱しながら、女の目の前に立ち見下ろした。

 そうして男は、女に親愛の笑顔を浮かべると、両手にナイフを握りしめ、それを一直線に女の腹めがけて振り下ろした。

 ーー痛みの想像を遥かに超えた女の絶叫が響く。何処までも果てしなく、どんな暗闇でも吸いきれない程遠くまで……。
 そしてまもなく、真っ暗な部屋にパラパラと雨の様な音が鳴り、周囲には鉄錆と腐肉を混ぜ込んだ様な臭いが充満した。

 男は礼拝するが如く女の腹にひざまづいていた身体を起こし、眼球から発す光を遮りながら手で、顔についた赤いグロスの様な鮮血を拭った。

「俺達はいつだってそうだ。いつだって与えられるものを当たり前の様に受け入れ、それを生きることだと疑わない。
 だが違う。本当の……本質の生はその先にあるんだ」

 もはや一刻の猶予もない、といった様子で震えながら逃走を計る女の髪を掴み、男は背中に体重を思いっきり乗せ押さえつけた。
 か細く漏れた女の吐息と更なる陶酔の臭いを男は大きく吸い込んで、再びナイフを構える。今度は女の頭に向けてーー。

「だから教えてくれ。君の本質を……俺の本質を。この街に負けないくらいの光を」

 そして男は再びナイフを振り下ろした。



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 スパイナルシティは日頃からそうである様に、今日も乱立した高層ビルの群れから極彩の光を街中に放ちながら夜空を脅かしていた。
 メインストリートに並ぶ高級ブティックのガラスの内側では空中に浮かび上がるデジタルディスプレイを挟んで多額の金が流動する。
 そこから数本離れた路地裏ではまるでマネキンの様に不気味な程美しい客引きがひしめいている。
 その足元には電子ドラッグにやられた廃人がニヤつき涎を垂らしながら寝転がっている。
 そして皆一様に、機械化した身体の一部を街から灯されたネオンの彩りに光らせている。
 街の全てが、いつもの日常を送るのに忙しく、喧騒とした活気を賑わせる。
 しかしその中で唯一、全ての高層ビル群の光り輝く窓の中で唯一、全くの明かりを放たない部屋があった。
 その部屋にいた男は、室内の窓から、暗さとコントラストを生み出したが為ぼんやりと夢の中に浮かぶ様な街の光景を眺めながら、一言発した。
「なぁ……お前も思わないか? この街に生きる誰もが、本当に大切な事を忘れてしまっているって」
 その声に反応して、男の背後ーー部屋の隅の暗がりに包まれた一角から、苦しそうな、しかしそれでも懸命にもがく様な呻き声が響いた。女の声だった。
「俺はいつだって考えるんだ。俺達は何処から来て、何者で、何処へいくのだろうって」
 男は滔々と語りながら、決して窓から目を離そうとしない。そして男の声を聞く度に、暗がりの隅から発せられる呻き声も段々と必死さを増していく。
 すると男は急に仰け反りながら、大声で笑い出した。男の声は低く、しかし不思議くらいに澄んでいて、笑い声に荒い呼吸音を含みながら
「ーーンフファハハハハハハあハ! あハハハぁハハ!」
 真っ暗な部屋に行き渡り、隅からの呻き声も益々怯え、その声二つが不思議な狂想曲の様に部屋に響いた。
 ひとしきり笑った男は、一息つき背後を振り向くと、こめかみの横についたコンソールパネルの一つを押し、顔についた二つの眼球から淡い光を部屋に放った。
 その光が先ほどまで呻き声の聞こえていた部屋の一角を照らすと、両手足を縛られ猿轡をかまされた、女の姿が現れた。若い女だ。
 女の表情は氷の様に青ざめ、目には隈を浮かべ、猿轡を噛んだ口からは涎を垂らしながら、それでも目だけは爛爛とした光彩を含んでいる。
 男はその姿を見て、満足そうに微笑しながら
「絵は嫌いだったか? まぁ気にしなくてもいいさ。俺もあんまり詳しい方じゃないからね」
 一歩一歩女に近づいていく。男との距離が近づくのと比例して女は縛られた身体で後退りするが、男は一向に構う様子がない。
「じゃあ、詩は? だいぶ前に街のライブラリで閲覧した……タニ……ガワなんたら……? 名前忘れちゃったけど、昔あったニホンとか言う国の詩人の作品がとても良かったんだ」
 男は、のたうち回る女の隣にあるテーブルから、鋭い光を放つものを手に取った。ナイフだ。
「ーーそして私はいつかどこかから来て、不意にこの芝生の上に立っていた。
 なすべきことはすべて、私の細胞が記憶していた。
 だから私は人間の形をし、幸せについて語りさえしたのだ」
 女の気が狂うほどの抵抗の声を無視して、男は詩を暗唱しながら、女の目の前に立ち見下ろした。
 そうして男は、女に親愛の笑顔を浮かべると、両手にナイフを握りしめ、それを一直線に女の腹めがけて振り下ろした。
 ーー痛みの想像を遥かに超えた女の絶叫が響く。何処までも果てしなく、どんな暗闇でも吸いきれない程遠くまで……。
 そしてまもなく、真っ暗な部屋にパラパラと雨の様な音が鳴り、周囲には鉄錆と腐肉を混ぜ込んだ様な臭いが充満した。
 男は礼拝するが如く女の腹にひざまづいていた身体を起こし、眼球から発す光を遮りながら手で、顔についた赤いグロスの様な鮮血を拭った。
「俺達はいつだってそうだ。いつだって与えられるものを当たり前の様に受け入れ、それを生きることだと疑わない。
 だが違う。本当の……本質の生はその先にあるんだ」
 もはや一刻の猶予もない、といった様子で震えながら逃走を計る女の髪を掴み、男は背中に体重を思いっきり乗せ押さえつけた。
 か細く漏れた女の吐息と更なる陶酔の臭いを男は大きく吸い込んで、再びナイフを構える。今度は女の頭に向けてーー。
「だから教えてくれ。君の本質を……俺の本質を。この街に負けないくらいの光を」
 そして男は再びナイフを振り下ろした。