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商談79 回想―波紋―

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『ビーーーッ!!!』
 飛燕は俺の猛攻から逃げ切り、コート脇から試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。島津の無念に一矢報いることが出来なかったこと、これは痛恨の極み。日本一を賭けた戦いが、まさかこのような幕切れのなってしまうことを誰が想像したことだろうか? 俺は失意のままに開始線へと戻る。
 俺達は開始線へと戻り、主審が勝者対馬の白旗を掲げる。その矢先、コート脇から物申す声が聞こえた。
「主審、白の反則を取りなさい」
 おそらくコート主任だろうか、白髪交じりの老爺が主審にそう指摘する。どうやら、冷静さを欠いていたのは主審も同じだったようだ。
 主審は気を取り直し、対馬の竹刀落としによる反則を宣告する。本来ならば勝機へと繋がるが、勝負が決した今はそれも無意味。
「勝負あり!」
 主審が改めて白旗を掲げ、対馬の勝利宣言となる。俺達の決着とともに観衆は沸き立つが、それは勝者を称賛する歓喜ではなかった。
「ふざけるなぁっ!!!」
 観衆から聞こえるのは怒声や罵声。俺達の勝負を不服に思い、物申す者たちが後を絶たない。中には、試合会場へ手持ちの瓶や缶を投げつける不届きな輩も現れる始末。
「この勝負は無効、未確定なんだ! ノーカン! ノーカン!」
 ある者がこの試合を無効試合だと端を発する。この一声に観衆は共鳴し、異様な空気を醸し出す。
『ノーカン! ノーカン! ノーカン!』
 観衆の不満はやがて場の空気を制圧していく。礼節を軽んじた勝負事は狂気である、先人の武士達が残した教訓は確かだと肌身で感じた瞬間だ。
「皆の衆、黙らんかっ!!!」
 そんな矢先、役員席から重々しい怒声が響いた。怒声の主は、本大会で審判長を務める土井國雄だった。彼の一声が狂気の観衆を沈黙させ、試合場一帯は静寂に包まれる。
 土井は恐山大学剣道部の顧問にして、剣道では最高位である範士八段の有段者。彼の帯びる覇気の前では並大抵の剣士など委縮してしまい、到底勝負にすらならない。それ故、土井は『東の赤鬼』という二つ名を持つほどだ。
「勝負はこれで手仕舞い。不服ならばおいらと剣を交えるか?」
 土井は尚も観衆を威圧する。今思えば、これが烏合の衆を黙らせる最善の一手だっただろう。
 だが、この一戦が試合後に波紋を呼ぶこととなる。言うなれば、それは剣道における根幹を問う物議であった。


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『ビーーーッ!!!』
 飛燕は俺の猛攻から逃げ切り、コート脇から試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。島津の無念に一矢報いることが出来なかったこと、これは痛恨の極み。日本一を賭けた戦いが、まさかこのような幕切れのなってしまうことを誰が想像したことだろうか? 俺は失意のままに開始線へと戻る。
 俺達は開始線へと戻り、主審が勝者対馬の白旗を掲げる。その矢先、コート脇から物申す声が聞こえた。
「主審、白の反則を取りなさい」
 おそらくコート主任だろうか、白髪交じりの老爺が主審にそう指摘する。どうやら、冷静さを欠いていたのは主審も同じだったようだ。
 主審は気を取り直し、対馬の竹刀落としによる反則を宣告する。本来ならば勝機へと繋がるが、勝負が決した今はそれも無意味。
「勝負あり!」
 主審が改めて白旗を掲げ、対馬の勝利宣言となる。俺達の決着とともに観衆は沸き立つが、それは勝者を称賛する歓喜ではなかった。
「ふざけるなぁっ!!!」
 観衆から聞こえるのは怒声や罵声。俺達の勝負を不服に思い、物申す者たちが後を絶たない。中には、試合会場へ手持ちの瓶や缶を投げつける不届きな輩も現れる始末。
「この勝負は無効、未確定なんだ! ノーカン! ノーカン!」
 ある者がこの試合を無効試合だと端を発する。この一声に観衆は共鳴し、異様な空気を醸し出す。
『ノーカン! ノーカン! ノーカン!』
 観衆の不満はやがて場の空気を制圧していく。礼節を軽んじた勝負事は狂気である、先人の武士達が残した教訓は確かだと肌身で感じた瞬間だ。
「皆の衆、黙らんかっ!!!」
 そんな矢先、役員席から重々しい怒声が響いた。怒声の主は、本大会で審判長を務める土井國雄だった。彼の一声が狂気の観衆を沈黙させ、試合場一帯は静寂に包まれる。
 土井は恐山大学剣道部の顧問にして、剣道では最高位である範士八段の有段者。彼の帯びる覇気の前では並大抵の剣士など委縮してしまい、到底勝負にすらならない。それ故、土井は『東の赤鬼』という二つ名を持つほどだ。
「勝負はこれで手仕舞い。不服ならばおいらと剣を交えるか?」
 土井は尚も観衆を威圧する。今思えば、これが烏合の衆を黙らせる最善の一手だっただろう。
 だが、この一戦が試合後に波紋を呼ぶこととなる。言うなれば、それは剣道における根幹を問う物議であった。