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(五)

ー/ー





「あらら、噂をすればですね、サガミさん」
「だねぇ」
「えっ?」
 三者三様の反応に、新たに店の入り口を開け現れた人物――ワカサと呼ばれた、短い黒髪をあちこちハネさせた青年は、きっとアリアの横に座るサガミを眼光鋭く睨む。
 かなり凶悪な目つきだ。らんらんと光る猫目が恐いと、アリアは少々、身を震わせる。
「おいっ、なに暢気に茶なんか飲んでんだ! つか、横の奴なんだ。また拾ってきたのか?!」
 横の奴、とはアリアのことを指しているのだろう。まるで犬猫拾ってきたかのような言い草に、思わずアリアはむっと頬を膨らませる。
「ワカサさん、女の子にその言い方は失礼ですよ」
「イチの言う通りだよ、ワカサ。拾ったんじゃなくてね、連れてきたっていうか、えぇっと……ねぇ? アリア」
「ちょっ、そんな大雑把な経緯の説明でいいの? 彼、凄い睨んでるじゃない! もっとこう、ちゃんとした説明を」
「おい、サガミ」
 アリアの言葉を遮るように、視線はサガミに固定したまま、瞳を細めてワカサと呼ばれた青年は言葉を続ける。
「お前、アレの件、分かってて了承したのか」
 アレとは、なんのことかとアリアは小首を傾げてサガミを見て、固まった。
「ワカサ、その話なら今はしないよ。アリアが聞いていても、続ける気かな?」
 すっと、まるで温度が数度下がったかのような声だった。
その顔は笑っているのに、瞳はどこか冷たく、アリアは先程まで朗らかに話していた人物とは別人かと疑いたくなったのは無理はないだろう。
そんな固まって動かないアリアと、思わずぐっと呻き黙るワカサの様子に、イチが見兼ねて「まあまあ」と声をかける。
「サガミさん、ワカサさんも急いで降りてきて判断誤ったんでしょうから、ね。とりあえず紅茶でもいかがです? ワカサさん。ついでに美味しいリンゴたっぷりのパイの生クリーム添えなんて食べません?」

 数十秒、ワカサは眉間に深く皺を寄せて思案した後、はあっと深い息を吐いた。

「食う、サガミ、とりあえず今の状況説明しろ」

 そう言葉を続けて、こちらへ歩みを進めてきたのだった。

                *

 少し離れたテーブル席に座ったワカサに、その態度を気にすることなくサガミが話を切り出す。
「ええっとね、こちらはアリア」
 サガミがふっと表情を和らげて、アリアを見てくる。その表情はさっきはごめんねとでも言いたげなものに見えた。
アリアはすっと席を立つと、ワカサに向けて礼をした。
「はじめまして、ワカサ? 私はアリア・オズ・キャンベルと申します。以後、お見知りおきを」
 すっとドレスの裾を摘まんでふわりと挨拶するアリアに、ワカサは一瞬、目を丸く見開いたが同じように短く礼をし名乗り上げた。
「俺はワカサ、ワカサ・エル・オーエン。アンタの横に暢気に座ってるサガミのお目付け役みたいなもんだ」
「? お目付け役?」
「そう、あんた、少しの間で分かったんじゃないか? そいつがとんでもなく暢気で自由人なの」
「…………」
 確かに、あの出会いがしらの会話ときたら――と言いそうになるのぐっと飲み込み、思わず片手で口を覆い笑いをこらえる。そんな二人の会話に、サガミは「えぇっ」と、不満気な声を上げた。
「アリア、そんな僕だから連れてきたんだから、笑うの止めてもらえるかな」
「まだ、笑ってないわ。でも、ワカサさんの言う通り暢気だったんだもの」
「やっぱりな」
 呆れた様子のワカサと、ふふっと笑いを思わず漏らしたアリアに、サガミはふむっと見比べて「まあ、二人が息が合ったならいいか」と呟いた。いいのか、それでとアリアは思わず言いたくなったが。
イチはにこにこと聞き役に徹することにしたようで、会話には加わらない。
「で?」
「でって、なにかなワカサ」
 「あのなぁ」とぼやいて、ワカサが言葉を続ける。
「あーっと、そこのお嬢様、だよな装いからして。アリアだっけか? 言ってただろう? あんな説明じゃ、大雑把すぎるんだよ。どうしてそのアリアというお嬢様を連れてるんだ」
 もっともな疑問である。サガミはというと「そうだよねぇ」とのほほんとした様子で呟き
「うーん、家出なのかなんなのか、判断しにくかったんだけど……なんか悪漢? っぽい人たちに に囲まれてたのを攫ってきただけ、かなぁ」
「はっ」
 ワカサの口から、間抜けな声が漏れた。猫目が丸く見開かれる。
 悪漢はまあ、あれは見る人から見ればそう見えるだろう。アリアは頷きそうになるも、やはり説明が大雑把すぎる。
 しかし、サガミは本当にそれをしただけなのだから、それ以上の説明はできないのだ。今度はアリアが言葉を引き継いだ。
「サガミには助けてもらったの、ある人たちから追われているところから。家出、と言われてもしかたないわ。実際そうなのだから」
「……なんであんた、アリアはそんなことをして?」
 アリアの言葉に訝しげな顔をしたワカサに、顔を俯かせる。言えば、笑われるかもしれない。なんて、今更がら怖気ついたのだ。
 そんなアリアの様子に、サガミが「大丈夫、ワカサは笑わないよ」と言うものだから、思わず俯いたまま体がびくりと反応する。
「うん、これはアリアから言うべきだろうからね。大丈夫、ワカサはこう見えて懐広いよ?」
 ねっと、やはり説明する気はなくふふっと笑うサガミに、ワカサが「お前な」と呟いた。
 アリアは、ぐっと膝の上に拳を作り、顔を俯かせる。

「私は彼らから逃げるために、家の束縛から逃げるために、サガミに逃がしてとお願いした。あそこから自由になるために」

 きっとこんなこと言えば、不自由ないお嬢様生活を送る人間が、何言ってるんだと言われるだろう覚悟の上で、言葉を紡いだ。



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「あらら、噂をすればですね、サガミさん」
「だねぇ」
「えっ?」
 三者三様の反応に、新たに店の入り口を開け現れた人物――ワカサと呼ばれた、短い黒髪をあちこちハネさせた青年は、きっとアリアの横に座るサガミを眼光鋭く睨む。
 かなり凶悪な目つきだ。らんらんと光る猫目が恐いと、アリアは少々、身を震わせる。
「おいっ、なに暢気に茶なんか飲んでんだ! つか、横の奴なんだ。また拾ってきたのか?!」
 横の奴、とはアリアのことを指しているのだろう。まるで犬猫拾ってきたかのような言い草に、思わずアリアはむっと頬を膨らませる。
「ワカサさん、女の子にその言い方は失礼ですよ」
「イチの言う通りだよ、ワカサ。拾ったんじゃなくてね、連れてきたっていうか、えぇっと……ねぇ? アリア」
「ちょっ、そんな大雑把な経緯の説明でいいの? 彼、凄い睨んでるじゃない! もっとこう、ちゃんとした説明を」
「おい、サガミ」
 アリアの言葉を遮るように、視線はサガミに固定したまま、瞳を細めてワカサと呼ばれた青年は言葉を続ける。
「お前、アレの件、分かってて了承したのか」
 アレとは、なんのことかとアリアは小首を傾げてサガミを見て、固まった。
「ワカサ、その話なら今はしないよ。アリアが聞いていても、続ける気かな?」
 すっと、まるで温度が数度下がったかのような声だった。
その顔は笑っているのに、瞳はどこか冷たく、アリアは先程まで朗らかに話していた人物とは別人かと疑いたくなったのは無理はないだろう。
そんな固まって動かないアリアと、思わずぐっと呻き黙るワカサの様子に、イチが見兼ねて「まあまあ」と声をかける。
「サガミさん、ワカサさんも急いで降りてきて判断誤ったんでしょうから、ね。とりあえず紅茶でもいかがです? ワカサさん。ついでに美味しいリンゴたっぷりのパイの生クリーム添えなんて食べません?」
 数十秒、ワカサは眉間に深く皺を寄せて思案した後、はあっと深い息を吐いた。
「食う、サガミ、とりあえず今の状況説明しろ」
 そう言葉を続けて、こちらへ歩みを進めてきたのだった。
                *
 少し離れたテーブル席に座ったワカサに、その態度を気にすることなくサガミが話を切り出す。
「ええっとね、こちらはアリア」
 サガミがふっと表情を和らげて、アリアを見てくる。その表情はさっきはごめんねとでも言いたげなものに見えた。
アリアはすっと席を立つと、ワカサに向けて礼をした。
「はじめまして、ワカサ? 私はアリア・オズ・キャンベルと申します。以後、お見知りおきを」
 すっとドレスの裾を摘まんでふわりと挨拶するアリアに、ワカサは一瞬、目を丸く見開いたが同じように短く礼をし名乗り上げた。
「俺はワカサ、ワカサ・エル・オーエン。アンタの横に暢気に座ってるサガミのお目付け役みたいなもんだ」
「? お目付け役?」
「そう、あんた、少しの間で分かったんじゃないか? そいつがとんでもなく暢気で自由人なの」
「…………」
 確かに、あの出会いがしらの会話ときたら――と言いそうになるのぐっと飲み込み、思わず片手で口を覆い笑いをこらえる。そんな二人の会話に、サガミは「えぇっ」と、不満気な声を上げた。
「アリア、そんな僕だから連れてきたんだから、笑うの止めてもらえるかな」
「まだ、笑ってないわ。でも、ワカサさんの言う通り暢気だったんだもの」
「やっぱりな」
 呆れた様子のワカサと、ふふっと笑いを思わず漏らしたアリアに、サガミはふむっと見比べて「まあ、二人が息が合ったならいいか」と呟いた。いいのか、それでとアリアは思わず言いたくなったが。
イチはにこにこと聞き役に徹することにしたようで、会話には加わらない。
「で?」
「でって、なにかなワカサ」
 「あのなぁ」とぼやいて、ワカサが言葉を続ける。
「あーっと、そこのお嬢様、だよな装いからして。アリアだっけか? 言ってただろう? あんな説明じゃ、大雑把すぎるんだよ。どうしてそのアリアというお嬢様を連れてるんだ」
 もっともな疑問である。サガミはというと「そうだよねぇ」とのほほんとした様子で呟き
「うーん、家出なのかなんなのか、判断しにくかったんだけど……なんか悪漢? っぽい人たちに に囲まれてたのを攫ってきただけ、かなぁ」
「はっ」
 ワカサの口から、間抜けな声が漏れた。猫目が丸く見開かれる。
 悪漢はまあ、あれは見る人から見ればそう見えるだろう。アリアは頷きそうになるも、やはり説明が大雑把すぎる。
 しかし、サガミは本当にそれをしただけなのだから、それ以上の説明はできないのだ。今度はアリアが言葉を引き継いだ。
「サガミには助けてもらったの、ある人たちから追われているところから。家出、と言われてもしかたないわ。実際そうなのだから」
「……なんであんた、アリアはそんなことをして?」
 アリアの言葉に訝しげな顔をしたワカサに、顔を俯かせる。言えば、笑われるかもしれない。なんて、今更がら怖気ついたのだ。
 そんなアリアの様子に、サガミが「大丈夫、ワカサは笑わないよ」と言うものだから、思わず俯いたまま体がびくりと反応する。
「うん、これはアリアから言うべきだろうからね。大丈夫、ワカサはこう見えて懐広いよ?」
 ねっと、やはり説明する気はなくふふっと笑うサガミに、ワカサが「お前な」と呟いた。
 アリアは、ぐっと膝の上に拳を作り、顔を俯かせる。
「私は彼らから逃げるために、家の束縛から逃げるために、サガミに逃がしてとお願いした。あそこから自由になるために」
 きっとこんなこと言えば、不自由ないお嬢様生活を送る人間が、何言ってるんだと言われるだろう覚悟の上で、言葉を紡いだ。