(四)
ー/ー
「あれ、めずらしいねぇ、サガミさん。しかも、女の子連れてるじゃん」
アリアはその声の主の第一声に、なんとなく、むっとした。
その店は、細い裏路地の奥の方にあった。サガミとアリアが来るのが分かっていたように、突然、がちゃりと店のドアが開いたかと思えば、少年特有の高い声で先ほどの第一声が辺りに響き渡ったのだ。
にこにこ、いや、ニヤニヤと言った方が正しいか、そんな表情を浮かべた割烹着姿の色白な少年。あちこちハネたくせっ毛ある薄桃色の髪を後ろで団子にまとめ、大きな藍色の瞳をきらきらと輝かせてサガミとアリアを交互に見るなり「そうかそうか、ついにサガミさんにも春が来たんだねぇ」と、嬉しそうに呟いている。
「春って、まだ春の季節じゃないよ、イチ」
「ね、ねぇ、ちょっと、なんかめちゃくちゃ変な誤解されてる気がするんだけど」
サガミがイチと呼んだ少年は、二人の言葉に不思議そうに目をぱちぱちと瞬くが、すぐに微笑む。
「やだな、二人ともとぼけちゃってさぁ。一人もんに気を使ってくれてるの? いいよいいよ、気を使わなくって。今日は二人のお祝いに美味しいものご馳走しちゃおうかな! ほら、入って入って」
勝手に解釈して勝手に決めてくイチにサガミはしかたないなとため息ついて、アリアを見る。
「まぁ、ご馳走してくれるみたいだから入ろうか。大丈夫、イチは信頼できる人だよ、ちょっとゴシップ好きの近所のおじさんみたいなお節介焼きだけどね」
「……全然大丈夫に聞こえないわよ」
アリアはサガミの言葉に口元をひきつらせると、諦めたようにため息ついて、勇気を固めて店の中へと入っていった。
*
「はいはい、こっちはリンゴたっぷりのパイに、洋梨と蜂蜜のコンポート。パイには生クリームたっぷり添えて食べるのもありだよ。で、こっちはまろやかなミルクのシチューに、焼き立てのパンも添えて、さぁ召し上がれー」
あっという間に用意された美味しそうな食事に、思わずアリアのお腹が「ぐぅ」と鳴る。しまった! と、アリアは恐る恐る横を見れば。
「お腹、空くよね」
「……う、うぅ!」
それはもう楽しそうな笑顔を浮かべながら、アリアを見て微笑むサガミがいた。
気恥ずかしさからロープのフードで顔を隠すアリアに、やはり誤解してるらしいイチが「わわ、なんからぶらぶー」と冷やかしの言葉を言うのが聞こえる。
「イチ、有難う。遠慮なくいただくよ」
「どうぞどうぞ、サガミさんには色々と助けてもらった恩がありますから! 日頃のお礼も込めてってことで。さぁ、お嬢さんも座って食べてくださいな」
「……ありがとう」
一度感じた空腹には逆らえない。渋々と座るアリアにつづいて、サガミも横に座る。ちらりと、アリアは伏せていた目を周囲に向けると、お客が一人もいないことに気づく。薄暗い狭い店内をぼんやりと橙色のランプが照らしているだけだ。
(……ここ、ホントに大丈夫かしら)
その寂しい雰囲気に不安を覚えるアリアである。思えば、外観も古ぼけたテントに、薄汚れた灰色の煉瓦で寂れた雰囲気たっぷりだったのだから、お客が来るとは到底思えない。
「どうしたの、食べないの? いらないなら、食べちゃうよ」
「た、食べるわ! い、いただきます!」
サガミがお皿に手を伸ばそうしたのに、思わず、目の前のシチューを両腕で囲むようにして睨む。そのアリアの姿に目を丸くして驚いた様子のサガミだったが、すぐに笑った。
「アリアって、けっこう食い意地はってるね。お淑やかにするのとか苦手でしょう」
「わるかったわね、私は思いっきり食べたり、笑ったりする方が好きなの。おしとやかに、黙々と食べたりするの苦手なのよ」
ばつが悪そうな顔を一瞬浮かべたアリアだったが、すぐに開き直ったように言うと、傍にあったスプーンを勢いよくとり、シチューを一口掬って口に運ぶ。昨日今日と食べる気が起きず、ろくに食事をとっていなかったのだ。今は逃げるためにも、ちゃんと食べておかないといけないわよねと思いながら咀嚼する。
途端、目を大きく見開き、ごくんと飲みこむとシューを見つめる。
「……おいしい」
ぽつりと、漏らされた言葉だった。アリアの感嘆した声に、イチが嬉しそうに相好を崩す。
「それはよかった、おかわりもありますんで、よければ食べてくださいね」
「……うん、食べる」
ほろりと口の中で崩れるじゃがいも、微かな甘みとコクのあるミルクのシチューは、お腹の中を優しく満たしてくれる。あっという間に平らげる様子に「いい食べっぷりですねぇ」とイチは嬉しそうに声を弾ませて、おかわりを用意してくれた。そんなアリアの様子をちょっと驚いたように、感心したようにサガミが口を開いた。
「……なんていうか、よく食べるね」
「い、いいじゃない。おいしいんだもの」
「そうですよ、サガミさん。いっぱい頬張ってくれたら、作り甲斐あるってもんです」
「まぁ、そうだよね。イチの料理はやっぱり美味しいし」
でも、うちのワカサの料理も負けてないけどねと続いた言葉に、アリアは耳聡くピクリと反応する。もちろん、その瞬間を見逃すイチではない。むふふとお盆で口元を隠しながら笑っている。それに気づいたアリアは、慌ててシチューを食べることに専念する。
(……べ、べつに、ちょっと気になっただけよ。ってか、私、コイツのこと何も知らないのよね)
ゆっくりと紅茶を飲むサガミを横目で見て、再び視線をシチューに戻す。
サガミ・エデル・ラスティ。
突然、アリアの目の前に降りてきた青年は、ほぼ巻き込まれる形ながらも、あの場から連れ出し一緒に逃げてくれた。お人好しというのか、流されやすい性格とでもいうのか。
出会ったのはほんの十数分前、顔見知りでもなんでもない、魔法が使える変わった旅行者らしい青年。
(どうして……サガミは助けてくれたのかしら。なんて、私がお願いしたからだろうけど)
それにしたって、お人好しすぎやしないだろうか。明らかにただ事ではないだろう場面の中心にいた少女へ、手を差し伸べるなんて。見知らぬ者なら驚いて逃げるかもしれない状況だろう。
アリアが口いっぱい頬張りながら考え込んでる様子に、イチが黙っているわけがなかった。ふむ、と一つ唸るとサガミへと笑顔を向けて口を開く。
「そういえば、ワカサさんの料理もおいしいですよねぇ」
「うん? うん、特にミートパイが……」
「……」
(……だから、ワカサって誰よ?!)
なんでだろう、苛々する。また乱暴気味に食べるアリアに「気になってる、気になってる」と楽しそうに笑うイチである。そして、しかたない教えてあげるかと心で呟くと言葉を続けた。
「ワカサさん、男なのに主婦と化してますからね。おかしいですよねぇ、ほんと」
「うん、皆、ワカサのことおかんって呼んでるからね。凄く怒るけど、そうなんだから仕方ないし」
「……お、おとこ?」
「んん、あれ? もしかしてアリアさん、ワカサさんのこと女性だと思ってました?!」
「えっ」
「ち、ちが、だっ!」
実は女性だと思っていたアリアである。ぽかんと驚いた表情から、一瞬で顔を真っ赤にする。
(このイチって子、なんか腹立つ!)
料理は純粋においしいが、性格は一癖ふた癖もある面倒な少年のようだ。
「ワカサはちょっと恐いからね、アリアには後で会った時、フォローしてもらえると助かるんだけど」
「ははは、もっと怒ったりして」
「……ワカサさん、って人、どこにいんのよ」
ふて腐れたように言うアリアに、サガミは困ったよな笑みを浮かべて、すっと上を指さす。
「えーっと、一応、ソラ? かな。たぶん、怒って降りてきてなきゃね」
「はっ?」
再びぽかんと口を開けて、アリアは固まった。
「ほー、怒られると自覚してんなら、さっさと帰って来いっっての! このバカサガミが!」
同時に、店内に大きな怒声が響き渡った。
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その店は、細い裏路地の奥の方にあった。サガミとアリアが来るのが分かっていたように、突然、がちゃりと店のドアが開いたかと思えば、少年特有の高い声で先ほどの第一声が辺りに響き渡ったのだ。
にこにこ、いや、ニヤニヤと言った方が正しいか、そんな表情を浮かべた割烹着姿の色白な少年。あちこちハネたくせっ毛ある薄桃色の髪を後ろで団子にまとめ、大きな藍色の瞳をきらきらと輝かせてサガミとアリアを交互に見るなり「そうかそうか、ついにサガミさんにも春が来たんだねぇ」と、嬉しそうに呟いている。
「春って、まだ春の季節じゃないよ、イチ」
「ね、ねぇ、ちょっと、なんかめちゃくちゃ変な誤解されてる気がするんだけど」
サガミがイチと呼んだ少年は、二人の言葉に不思議そうに目をぱちぱちと瞬くが、すぐに微笑む。
「やだな、二人ともとぼけちゃってさぁ。一人もんに気を使ってくれてるの? いいよいいよ、気を使わなくって。今日は二人のお祝いに美味しいものご馳走しちゃおうかな! ほら、入って入って」
勝手に解釈して勝手に決めてくイチにサガミはしかたないなとため息ついて、アリアを見る。
「まぁ、ご馳走してくれるみたいだから入ろうか。大丈夫、イチは信頼できる人だよ、ちょっとゴシップ好きの近所のおじさんみたいなお節介焼きだけどね」
「……全然大丈夫に聞こえないわよ」
アリアはサガミの言葉に口元をひきつらせると、諦めたようにため息ついて、勇気を固めて店の中へと入っていった。
*
「はいはい、こっちはリンゴたっぷりのパイに、洋梨と蜂蜜のコンポート。パイには生クリームたっぷり添えて食べるのもありだよ。で、こっちはまろやかなミルクのシチューに、焼き立てのパンも添えて、さぁ召し上がれー」
あっという間に用意された美味しそうな食事に、思わずアリアのお腹が「ぐぅ」と鳴る。しまった! と、アリアは恐る恐る横を見れば。
「お腹、空くよね」
「……う、うぅ!」
それはもう楽しそうな笑顔を浮かべながら、アリアを見て微笑むサガミがいた。
気恥ずかしさからロープのフードで顔を隠すアリアに、やはり誤解してるらしいイチが「わわ、なんからぶらぶー」と冷やかしの言葉を言うのが聞こえる。
「イチ、有難う。遠慮なくいただくよ」
「どうぞどうぞ、サガミさんには色々と助けてもらった恩がありますから! 日頃のお礼も込めてってことで。さぁ、お嬢さんも座って食べてくださいな」
「……ありがとう」
一度感じた空腹には逆らえない。渋々と座るアリアにつづいて、サガミも横に座る。ちらりと、アリアは伏せていた目を周囲に向けると、お客が一人もいないことに気づく。薄暗い狭い店内をぼんやりと橙色のランプが照らしているだけだ。
(……ここ、ホントに大丈夫かしら)
その寂しい雰囲気に不安を覚えるアリアである。思えば、外観も古ぼけたテントに、薄汚れた灰色の煉瓦で寂れた雰囲気たっぷりだったのだから、お客が来るとは到底思えない。
「どうしたの、食べないの? いらないなら、食べちゃうよ」
「た、食べるわ! い、いただきます!」
サガミがお皿に手を伸ばそうしたのに、思わず、目の前のシチューを両腕で囲むようにして睨む。そのアリアの姿に目を丸くして驚いた様子のサガミだったが、すぐに笑った。
「アリアって、けっこう食い意地はってるね。お淑やかにするのとか苦手でしょう」
「わるかったわね、私は思いっきり食べたり、笑ったりする方が好きなの。おしとやかに、黙々と食べたりするの苦手なのよ」
ばつが悪そうな顔を一瞬浮かべたアリアだったが、すぐに開き直ったように言うと、傍にあったスプーンを勢いよくとり、シチューを一口掬って口に運ぶ。昨日今日と食べる気が起きず、ろくに食事をとっていなかったのだ。今は逃げるためにも、ちゃんと食べておかないといけないわよねと思いながら咀嚼する。
途端、目を大きく見開き、ごくんと飲みこむとシューを見つめる。
「……おいしい」
ぽつりと、漏らされた言葉だった。アリアの感嘆した声に、イチが嬉しそうに相好を崩す。
「それはよかった、おかわりもありますんで、よければ食べてくださいね」
「……うん、食べる」
ほろりと口の中で崩れるじゃがいも、微かな甘みとコクのあるミルクのシチューは、お腹の中を優しく満たしてくれる。あっという間に平らげる様子に「いい食べっぷりですねぇ」とイチは嬉しそうに声を弾ませて、おかわりを用意してくれた。そんなアリアの様子をちょっと驚いたように、感心したようにサガミが口を開いた。
「……なんていうか、よく食べるね」
「い、いいじゃない。おいしいんだもの」
「そうですよ、サガミさん。いっぱい頬張ってくれたら、作り甲斐あるってもんです」
「まぁ、そうだよね。イチの料理はやっぱり美味しいし」
でも、うちのワカサの料理も負けてないけどねと続いた言葉に、アリアは耳聡くピクリと反応する。もちろん、その瞬間を見逃すイチではない。むふふとお盆で口元を隠しながら笑っている。それに気づいたアリアは、慌ててシチューを食べることに専念する。
(……べ、べつに、ちょっと気になっただけよ。ってか、私、コイツのこと何も知らないのよね)
ゆっくりと紅茶を飲むサガミを横目で見て、再び視線をシチューに戻す。
サガミ・エデル・ラスティ。
突然、アリアの目の前に降りてきた青年は、ほぼ巻き込まれる形ながらも、あの場から連れ出し一緒に逃げてくれた。お人好しというのか、流されやすい性格とでもいうのか。
出会ったのはほんの十数分前、顔見知りでもなんでもない、魔法が使える変わった旅行者らしい青年。
(どうして……サガミは助けてくれたのかしら。なんて、私がお願いしたからだろうけど)
それにしたって、お人好しすぎやしないだろうか。明らかにただ事ではないだろう場面の中心にいた少女へ、手を差し伸べるなんて。見知らぬ者なら驚いて逃げるかもしれない状況だろう。
アリアが口いっぱい頬張りながら考え込んでる様子に、イチが黙っているわけがなかった。ふむ、と一つ唸るとサガミへと笑顔を向けて口を開く。
「そういえば、ワカサさんの料理もおいしいですよねぇ」
「うん? うん、特にミートパイが……」
「……」
(……だから、ワカサって誰よ?!)
なんでだろう、苛々する。また乱暴気味に食べるアリアに「気になってる、気になってる」と楽しそうに笑うイチである。そして、しかたない教えてあげるかと心で呟くと言葉を続けた。
「ワカサさん、男なのに主婦と化してますからね。おかしいですよねぇ、ほんと」
「うん、皆、ワカサのことおかんって呼んでるからね。凄く怒るけど、そうなんだから仕方ないし」
「……お、おとこ?」
「んん、あれ? もしかしてアリアさん、ワカサさんのこと女性だと思ってました?!」
「えっ」
「ち、ちが、だっ!」
実は女性だと思っていたアリアである。ぽかんと驚いた表情から、一瞬で顔を真っ赤にする。
(このイチって子、なんか腹立つ!)
料理は純粋においしいが、性格は一癖ふた癖もある面倒な少年のようだ。
「ワカサはちょっと恐いからね、アリアには後で会った時、フォローしてもらえると助かるんだけど」
「ははは、もっと怒ったりして」
「……ワカサさん、って人、どこにいんのよ」
ふて腐れたように言うアリアに、サガミは困ったよな笑みを浮かべて、すっと上を指さす。
「えーっと、一応、ソラ? かな。たぶん、怒って降りてきてなきゃね」
「はっ?」
再びぽかんと口を開けて、アリアは固まった。
「ほー、怒られると自覚してんなら、さっさと帰って来いっっての! このバカサガミが!」
同時に、店内に大きな怒声が響き渡った。