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桜の季節、僕は終電に乗る

ー/ー



 提灯の灯りに照らされた遊歩道を通って僕は駅へと向かっていた。

 高校を卒業した翌年から続いている学校近くの公園で毎年行われている『花見』という口実の同窓会。最終電車で帰宅する僕は誘われた2次会のカラオケを今年も断った。
「ねぇ、尾崎くん、カラオケ行かないんだったらこのゴミお願い」
「あーね」
「また、あーね? 本当にあーねしか言わないよね? 」
「あーね」
「もうっ!! 」
 幹事の佐野さんは笑いながらゴミが入ったレジ袋のひとつを僕に手渡して
「また来年ね」
と手をふった。
 クラスの中心人物でも好きな人がいたわけでも虐められているわけでもなかった。だから、僕が不参加でも誰も多分気にする人はいない。だからこそ、僕はできる限り参加していようと思った。それは夕暮れから始まる。適当に土の上にひかれたブルーシートの上に座って、適当に近くに座った人たちの近況を『あーね』とただ聞くだけだった。会社への不満、家族への不満、恋人への不満、それら全部が僕には光ではなく『灯り』に思えた。そして桜の木たちが全部そんなわけないのに全部聞いているような気がしていた。『君たち、幸せだなぁ』と。

 駅に着いて券売機横に置かれていたゴミ箱を見るとアイスがのせられたクリームソーダみたいにゴミが溢れていた。僕はレジ袋を持ったまま、改札を抜けた。
 レジ袋の中の潰された酎ハイの空き缶と重ねられたサンドイッチやコロッケが入っていたプラケース。さっきまで必要とされていたものたちがあっけなくゴミとして捨てられる。もし神様がいるとしたらこの僕の命もそんなあふれるゴミなのかもしれない──僕の指は少し臭うレジ袋の持ち手をさらにきつく縛った。

 ダッダッダッダッダッ──。
 階段を駆け下りてくる音が聞こえてくると思ったら『はあっ、はあっ……、間に、間に合った』荒い息遣いをしながら隣に立ったのは勝手に僕が陰キャと決めつけていた根本紗月(ねもとさつき)だった。高校生の頃から根本とは1度も話をしたことがない。僕もそうであるようになぜ彼女が同窓会に来ているのか意味がわからなかった。僕と同じように、もしかしたら、ただその輪にいるだけでよかったんだろうか? 

「寒いね」
 彼女は線路を見ながら僕に言った。
「あーね」
「ぷっ、本当に尾崎君ってあーねしか言わないんだ? 」
 彼女が僕の顔を見る。
 『人の顔をジロジロ見んな!! 』心の中では僕はそう言ってるのに、
「あーね」
と僕はまた生気のない返事した。
 それでも彼女は
「毎年、カラオケもボーリングも行かないのに、花見には参加するんだね? 」
と僕に話しかけてくる。
「あーね」

 カサカサ、カサカサ──。
 話しながら手のひらを擦り合わせている彼女の肘が手にしているレジ袋にあたる。
 春の始まりの夜には、まだ冬がいる。
 薄手のパーカーに足首が出てるデニム、中途半端に無造作な髪の毛、まじまじと彼女を見たあと、僕はレジ袋を地面に置いて着ていたダウンを脱いだ。

「風邪、ひく」
「尾崎くんが風邪ひくからいいよ」
「僕は別にいいから」
「じゃあ、天使の羽根、しよっか? 」
 天使の羽根? 僕が思ったところで彼女はダウンを広げて僕に密着した。
「ふたりでひとつのコートとか羽織ることを天使の羽根って言うんだよ」
「あーね」
 雪も雨も降っていなかった。
 傘をさすようにふたりでダウンを背中からまとった。

「あと何分かな? 」
「多分、3分ぐらい」
「もし乗り遅れたらどうするつもりだった? 」
「漫喫でも行くかな? 根本さんは? 」
「わかんない。この子に聞いてみる」
 彼女はショルダーバッグにつけていた猫みたいな尻尾と羽根がついてるぬいぐるみを指さした。
「あーね」
「あっ、今、馬鹿にしたでしょ? 」
「あーね──、じゃなかった。うん、馬鹿にした。根本さんらしいなぁって。僕もそうだけどさ、なんで花見にきてるの? 」
「会えなくなる日がくるかもしれないから。好きでも嫌いでも会えるときは会っとこうって。集団だったら逆にきつくないでしょ? ふたりっきりでもないし」
「好きでも嫌いでも? 」
「だって同じじゃない? 好きも嫌いも。入学したときにね、希望を持ってたの。でもこんな人たち嫌だって絶望したこともあった。卒業して、社会人になって別のまた人間関係の中に自分が飛び込んだ時、単純に『会いたいな』って思ったの」
「そんなこと──、僕は考えたことはない」
「あーね」
 彼女は僕の真似をしてそう答えた。

 『3番ホームに最終電車が到着いたします』
 ホームにアナウンスが響いた時、
「ありがとうね、羽根」
 彼女は手に持っていたダウンの端を僕の肩にかけた。
「あーね」
 
『このあと、どうしたらいいと思う? 』  僕は目が合った彼女のショルダーバッグにつけられていた猫もどきに聞いてみた。もちろん猫もどきが答えるわけもない。

 プシュ──、電車のドアが開いて彼女は何かを飛び越えるように電車の中へと入った。

 僕は電車の屋根を見た。どこから旅してきたのか桜の花びらがくっついていた。
「早く!! 」
 彼女は座席に座って屋根を見上げていた僕に手招きをした。
 いけね、僕は忘れそうになった地べたに置いていたレジ袋を手にして彼女の隣へと飛び込んだ。 

 プシュ──。
 終電が発車した。
 僕の左手にはレジ袋、僕の右手には猫もどきと彼女の左手が電車の揺れとともに触れていた。
 
「暖房効いてあったかいね」 
「あーね」 
 
 

 



 

 




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 提灯の灯りに照らされた遊歩道を通って僕は駅へと向かっていた。
 高校を卒業した翌年から続いている学校近くの公園で毎年行われている『花見』という口実の同窓会。最終電車で帰宅する僕は誘われた2次会のカラオケを今年も断った。
「ねぇ、尾崎くん、カラオケ行かないんだったらこのゴミお願い」
「あーね」
「また、あーね? 本当にあーねしか言わないよね? 」
「あーね」
「もうっ!! 」
 幹事の佐野さんは笑いながらゴミが入ったレジ袋のひとつを僕に手渡して
「また来年ね」
と手をふった。
 クラスの中心人物でも好きな人がいたわけでも虐められているわけでもなかった。だから、僕が不参加でも誰も多分気にする人はいない。だからこそ、僕はできる限り参加していようと思った。それは夕暮れから始まる。適当に土の上にひかれたブルーシートの上に座って、適当に近くに座った人たちの近況を『あーね』とただ聞くだけだった。会社への不満、家族への不満、恋人への不満、それら全部が僕には光ではなく『灯り』に思えた。そして桜の木たちが全部そんなわけないのに全部聞いているような気がしていた。『君たち、幸せだなぁ』と。
 駅に着いて券売機横に置かれていたゴミ箱を見るとアイスがのせられたクリームソーダみたいにゴミが溢れていた。僕はレジ袋を持ったまま、改札を抜けた。
 レジ袋の中の潰された酎ハイの空き缶と重ねられたサンドイッチやコロッケが入っていたプラケース。さっきまで必要とされていたものたちがあっけなくゴミとして捨てられる。もし神様がいるとしたらこの僕の命もそんなあふれるゴミなのかもしれない──僕の指は少し臭うレジ袋の持ち手をさらにきつく縛った。
 ダッダッダッダッダッ──。
 階段を駆け下りてくる音が聞こえてくると思ったら『はあっ、はあっ……、間に、間に合った』荒い息遣いをしながら隣に立ったのは勝手に僕が陰キャと決めつけていた根本紗月(ねもとさつき)だった。高校生の頃から根本とは1度も話をしたことがない。僕もそうであるようになぜ彼女が同窓会に来ているのか意味がわからなかった。僕と同じように、もしかしたら、ただその輪にいるだけでよかったんだろうか? 
「寒いね」
 彼女は線路を見ながら僕に言った。
「あーね」
「ぷっ、本当に尾崎君ってあーねしか言わないんだ? 」
 彼女が僕の顔を見る。
 『人の顔をジロジロ見んな!! 』心の中では僕はそう言ってるのに、
「あーね」
と僕はまた生気のない返事した。
 それでも彼女は
「毎年、カラオケもボーリングも行かないのに、花見には参加するんだね? 」
と僕に話しかけてくる。
「あーね」
 カサカサ、カサカサ──。
 話しながら手のひらを擦り合わせている彼女の肘が手にしているレジ袋にあたる。
 春の始まりの夜には、まだ冬がいる。
 薄手のパーカーに足首が出てるデニム、中途半端に無造作な髪の毛、まじまじと彼女を見たあと、僕はレジ袋を地面に置いて着ていたダウンを脱いだ。
「風邪、ひく」
「尾崎くんが風邪ひくからいいよ」
「僕は別にいいから」
「じゃあ、天使の羽根、しよっか? 」
 天使の羽根? 僕が思ったところで彼女はダウンを広げて僕に密着した。
「ふたりでひとつのコートとか羽織ることを天使の羽根って言うんだよ」
「あーね」
 雪も雨も降っていなかった。
 傘をさすようにふたりでダウンを背中からまとった。
「あと何分かな? 」
「多分、3分ぐらい」
「もし乗り遅れたらどうするつもりだった? 」
「漫喫でも行くかな? 根本さんは? 」
「わかんない。この子に聞いてみる」
 彼女はショルダーバッグにつけていた猫みたいな尻尾と羽根がついてるぬいぐるみを指さした。
「あーね」
「あっ、今、馬鹿にしたでしょ? 」
「あーね──、じゃなかった。うん、馬鹿にした。根本さんらしいなぁって。僕もそうだけどさ、なんで花見にきてるの? 」
「会えなくなる日がくるかもしれないから。好きでも嫌いでも会えるときは会っとこうって。集団だったら逆にきつくないでしょ? ふたりっきりでもないし」
「好きでも嫌いでも? 」
「だって同じじゃない? 好きも嫌いも。入学したときにね、希望を持ってたの。でもこんな人たち嫌だって絶望したこともあった。卒業して、社会人になって別のまた人間関係の中に自分が飛び込んだ時、単純に『会いたいな』って思ったの」
「そんなこと──、僕は考えたことはない」
「あーね」
 彼女は僕の真似をしてそう答えた。
 『3番ホームに最終電車が到着いたします』
 ホームにアナウンスが響いた時、
「ありがとうね、羽根」
 彼女は手に持っていたダウンの端を僕の肩にかけた。
「あーね」
『このあと、どうしたらいいと思う? 』  僕は目が合った彼女のショルダーバッグにつけられていた猫もどきに聞いてみた。もちろん猫もどきが答えるわけもない。
 プシュ──、電車のドアが開いて彼女は何かを飛び越えるように電車の中へと入った。
 僕は電車の屋根を見た。どこから旅してきたのか桜の花びらがくっついていた。
「早く!! 」
 彼女は座席に座って屋根を見上げていた僕に手招きをした。
 いけね、僕は忘れそうになった地べたに置いていたレジ袋を手にして彼女の隣へと飛び込んだ。 
 プシュ──。
 終電が発車した。
 僕の左手にはレジ袋、僕の右手には猫もどきと彼女の左手が電車の揺れとともに触れていた。
「暖房効いてあったかいね」 
「あーね」