背後での爆発に動じず、勇斗はドラシガーを咥えた。
巨大蛇がいた場所は大きくえぐれ、黒煙を上げていた。肉片がパチパチと燃え、黒い煙と共に消えていく。勝ったはずなのに。胸の奥が、少しも軽くならなかった。
ドラシガーを咥えたまま、ランパたちの元へと静かに歩く。
「やったな、ユート」
ランパがニッと笑い、サムズアップをした。
「……助かったよ、ユート」
ミュールはそれだけ言って、視線を逸らした。
「ありがとう。これがなかったら、僕はあの怪物を倒すことができなかった」
勇斗はドラシガーを手に持ち、先端から立ち昇る緑煙を眺めた。
「あの怪物をあっという間に倒しちゃうなんて。急にどうしましたの?」
「この葉巻を吸ったら、不思議と頭の中にイメージが湧いてきたんだ。どう動けばいいか、どこを斬れば終わるか……気づいたら、全部わかってた。マナの使い方もね」
「マナ……? あれ、魔法じゃありませんでしたの?」
ソーマは首を傾げた。
「あれは魔法じゃなく、精霊術だ」
ランパは自信に満ちた表情で言った。
「えっ、精霊術って内なるマナを使うのですのよね? 人間は体にマナを溜められないのに、どうやって」
「こうすることでマナが体の中に入っていくんだ。よくわからないけど、体内にマナが溜まる感じがする」
ドラシガーを咥えた勇斗は、目を瞑り、ゆっくりと頬をへこませる。そして、フーッ、と淡い緑色の煙を吐き出した。
「ドラシガーの煙にはマナが含まれているんだ。煙を吸うと回復力を高めてくれるし、毒も治してくれる」
「へぇ。じゃあオレにも吸わせてくれよ。マジであちこち痛いんだよ」
ミュールがフラフラしながら歩いてきた。尻尾がだらんと下がっている。
「うーん、ワンコはやめといた方がいいと思うぞ。この輪っかを通した煙にはかなりのマナが含まれてるからな。精霊以外、体に直接マナを入れるのは毒なんだ」
ランパは、ドラシガーの吸い口付近に付けられたリングをちょんと触った。
「え、じゃあユートが吐いた煙とか、先端から出てる煙を吸ったらまずいんじゃ」
ミュールが鼻をつまんだ。
「それらはマナが薄まってるから大丈夫。むしろその辺のマナを安定させてくれる」
「ところで、どうしてユートはマナを取り込んでも平気なのでして?」
ソーマが不思議そうに首を傾げる。
「うーん、それはルークと同じ体質を持っているからだと思う」
勇斗は浮かない顔をした。
自分は一体何者なのだろう。
ランパが、精霊術でミュールを癒している間、勇斗はぼんやりと煙を吸っていた。体の痛みは完全に消え、傷口も塞がっている。気づけば、ドラシガーの長さは半分以下になっていた。雪のように白い灰を、そっと落とす。
ドラシガーはサラサラと、跡形もなく消えた。勇斗の右手には、輝きを失った指輪のみが残されている。
勇斗は頭を抱えた。生きるためとはいえ、まだ十三歳なのに喫煙をしてしまったことに対する罪悪感が、勇斗の心を深く揺さぶった。誰にも怒られない。止められもしない。それでも、胸の奥が、少しだけ気持ち悪かった。
「ドラシガー、あと三本作っておいたぞ」
ランパは、勇斗のマントの内側にドラシガーを忍ばせた。マントに隠しポケットがあることを今知った。
「あと、吸い口を切るのは自分でやってくれよ」
小さな折り畳み式ナイフを手渡された。
「あ、ありがとう」
勇斗は微妙な表情を浮かべた。
遺跡から出ると、息を呑むような静寂が辺りを包んでいた。月明かりに照らされた砂丘は銀色に輝いている。
「早いとこ街に帰ろうぜ。腹へった!」
「で、どうやって帰りますの? レオタプの姿は見当たりませんが」
「しまったな、帰りのこと全く考えてなかった」
「どうしよう……って、あれ?」
視界が滲んだ。まぶたが、鉛のように重くなる。
「なん、で」
ランパとミュール、そしてソーマが次々と倒れる。
地面には、巨大な魔法陣が描かれていた。
「うぅっ」
耐えきれず、勇斗は砂に顔を埋めた。足音が聞こえてくる。体を起こそうにも、全く力が入らない。
意識が深い闇の底へと沈んでいく。風の音だけが、やけに大きく聞こえた。
最初に目を覚ましたのは勇斗だった。慌てて辺りを見回す。仲間たちは寝ていた。誰も怪我をしていないとわかり、勇斗は安堵の息を吐いた。
勇斗は順番に仲間の体を揺すり、声をかけていった。
「うわぁぁぁっ!」
ランパが叫んだ。
「精霊樹の枝がない! ポーチの中身もなんもねぇ!」
「ドラシガーもなくなってる」
胸の奥が冷えた。
「オレのリュックもないぞ! お金も入っていたのに!」
「絶対許せねぇ。盗んだやつ見つけて縛り上げてやる!」
ランパは腕を振り回し、地団駄を踏んだ。
「でもどうやって見つけるの? もう遠くに行っちゃってるかも」
「オレに任せろ。ユート、ドラシガーもなくなってるんだよな。あれの匂いは独特だったからよく覚えている」
ミュールは鼻をクンクンさせながら、ゆっくりと辺りを歩き回った。
「あっちだ。まだ近い」
勇斗のガントレットから放たれる炎を松明代わりに、一行は、遺跡の南東に位置する洞窟を進んでいた。
地下に降りると、急に明るくなった。煌めく光景に、ソーマは目を輝かせる。
「わっ、すごい」
明かりの正体は鉱石だった。天井や壁にくっついている透き通った石が輝き、洞窟内を照らしていた。
「これは、魔石だな。マナが固まってできた石。武具の材料にしたり、加工して宝石にしたりと、いろんな使い道があるんだ」
ミュールは魔石に手を触れた。
「これだけ明るいと、この炎はいらないね」
勇斗はガントレットの炎を消し、美しい光景を眺めながら、奥へと進んでいった。
五分くらい歩くと、少しひらけた場所に出た。奥から声と物音がする。勇斗たちはアイコンタクトをとり、そろりと音のする方向へ向かった。
「目ぼしいお宝はなさそうっスね。でもお金がたくさん。これだけあれば、しばらく飢えは凌げそう。この玉は何だろう。高くは売れなさそうっス。葉巻は愛好家に売ればいいか」
「あーっ、お前!」
岩陰から飛び出したランパは叫んだ。
「ホッ、ホオオッ!?」
包帯を額に巻いた少年の肩がビクッとなり、頓狂な声が反響する。
「チカップくん」
「この子と知り合いですの?」
「えっと、きみを売ろうとしていた一味の一人だよ」
ソーマの表情が険しくなった。
「ど、どうしてここがわかったんスか?」
「モッケ族の嗅覚をなめんなって」
ミュールは尻尾の毛を逆立て、チカップを鋭く睨んだ。
「ちっ、ちくしょう」
チカップはコートのポケットから羽ペンを取り出し、空中に魔法陣を描き出した。
「させるか」
ミュールが素早く動く。魔法陣が完成する前に、チカップの左腕を掴む。
「いててっ、痛いっス! やめるっス!」
ミュールに腕を掴まれたチカップの体が地面から離れる。羽ペンが落下し、小さな音を響かせた。
「お前、この前魔族と一緒にいたよな? 仲間なのか?」
「違う、違う! 自分は魔族じゃない」
足をジタバタさせ、苦痛の表情を浮かべながら、チカップは叫んだ。
「ミュール、もう離してやってよ。暴力はいけないって」
「黙ってろ、ユート!」
「オレはオル族っス!」
チカップは右手を使い、自身の額に巻かれている包帯を外した。隠れていた部分から、金色に光る目が出現した。
「じーちゃんと同じ、第三の目」
「助けてぇ! 殺さないでぇ!」
ミュールは、目線を落とし歯軋りしたあと、チカップを地面に放り投げた。
「ごめんなさいっス! ごめんなさいっス!」
チカップはひざまずき、頭を地面に何度も擦りつけた。
「……どうして、こんなことをしたの?」
勇斗は腰を屈め、穏やかに尋ねた。
「お金が必要だったんス。親が死んで、村を追い出されて、一人で何とかしようと思ったんスけど、うまくいかなくて。仕事も失敗して、追い出されて、もう限界だったんス」
チカップは鼻水をすする。顔はぐしゃぐしゃになっていた。
「本当にごめんなさい。命だけは、助けてください」
「もう、いいよ。盗ったもの返してくれたら、それでいい」
ミュールは大きなため息をついたあと、ボリボリと頭を掻いた。
「ありがとう、ありがとう」
チカップは胸に手を当て、唇を噛みしめた。
「ところで、チカップくん、その目」
勇斗は、チカップの額をじっと見つめた。
「あ、あんまりジロジロ見られると恥ずかしいっス」
「金色の目。コタ様が言っていたのって、もしかしてきみのこと?」
「ホッ?」
勇斗は、見張りの塔の地下でコタから言われたことをチカップに話した。
「自分が、コタ様の力を受け継いでいる……」
正座をしたチカップは、両手で持った精霊石をボーッと眺めていた。
「自分、どうしたらいいかわからないっス」
「オレたちについてこいよ。お前、魔法使えるんだろ? 戦力が増えて助かる」
ミュールはむすっとしながら言った。
「えっ? でも」
「いいのいいの。どうせ行く当てもないいだろ? ホラ、立てよ」
ミュールの手が、チカップに差し出された。
「あ、ありがとう」
「どうしたんだワンコ、急に赤くなって」
「うるせぇ、チビ」
ミュールの手を掴んで立ち上がったチカップは、ベージュのコートに付いた汚れを払ったあと、額に包帯を巻き直した。
チカップに案内され、勇斗たちは地下通路を歩いていた。洞窟の奥に隠されていた通路は、ホルタの近くまで伸びているらしい。
「まさか、こんな道があるなんてな」
「昔の人が使ってた道らしいっス。公にはされてない秘密のルートっスよ」
「お前、よく知ってんな」
「情報収集は得意っスから」
通路を抜けると、岩場の高台だった。熱風が、砂の匂いを含んで勇斗たちの顔に吹きつけた。
すでに太陽は高く登っていた。
「そうだ。来る途中でこんなもの拾ったんスけど、何だかわかるっスか?」
チカップのコートから出てきたのは、薄い長方形の物体だった。
「これは、スマホ? どうしてこんなものが。それに……」
リングストラップが付いたオーシャンブルーのスマートフォンには見覚えがあった。
――これは、光太のスマホだ。
「スマホってなんだ?」
「スマートフォン。僕の世界での通信手段だよ。でも、壊れているみたいだ」
電源を入れても全く反応がないスマートフォンを見て、勇斗は肩を落とした。もし電源が入ったとしても、圏外であることは想像に難しくない。
「へぇ、ちょっと貸してみろよ」
「食べれないよ?」
「わかってるって!」
目を輝かせたランパは、勇斗から手渡されたスマートフォンをいろんな角度から眺めた。
「ユートの世界って面白いものがたくさんあるんだな。お、そうだ」
ランパはポーチから魔石を取り出した。いつの間に取ってきたのだろう。彼は右手に持ったスマートフォンと左手に持った魔石を交互に見たあと、一瞬だけ真剣な顔になった。
「合成!」
光を帯びたスマートフォンと魔石が融合していく。二つの光が、一つになる。
光の中から出現したのは、クリスタルボディのスマートフォンだった。
「名付けて、フォンタイト! で、どうやって使うんだこれ?」
「ちょ、ちょっと貸して!」
勇斗は、ランパからフォンタイトを受け取った。縦長の形状は一般的なスマホに似ているが、そのボディ全体が透明で、内部の複雑な電子回路がオーロラのように輝いている。
画面を慎重にタップすると、左手首の奥――痣のあたりにビリッとした痺れが走り、危うく手から落としそうになった。
「え?」
フォンタイトのスピーカーから不規則なノイズ音が発生し、画面も乱れ始めた。ノイズの向こうから、かすかな声が聞こえてくる。勇斗は耳を澄ませる。
急にノイズが止み、画面が切り替わった。
「嘘、でしょ」
画面上に映し出されたのは、勇斗そっくりの顔だった。