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一難去って

ー/ー



 背後で爆ぜる音が響いた。

 勇斗はすぐに振り返ることができなかった。視界がぼやけ、頭もくらくらする。

 片膝をつき、荒い呼吸をどうにか抑え込む。

 胸の奥で、心臓とは別の何かがまだ脈打っていた。

 ようやく振り向くと、巨大蜥蜴がいた場所は大きくえぐれていた。黒い煙を上げながら崩れ、やがて何も残さず消えていく。

 勇斗はドラシガーを咥え直し、おぼつかない足取りでランパたちの方へ歩き出した。

「やったな、ユート」

 ランパがにっと笑った。

 勇斗は口からドラシガーを外し、先端から立ちのぼる緑煙を見つめた。

「……ありがとう。これがなかったら、僕はあの怪物を倒せなかった」

 足はまだ震えていた。気を抜くと崩れてしまいそうだった。

「あの怪物をあっという間に倒しちゃうなんて。急にどうしましたの?」

 ソーマは、まだ信じられないものを見る目をしていた。

「この葉巻を吸ったら、不思議と頭の中にイメージが湧いてきたんだ。どう動けばいいか、どこを斬ればいいか……気づいたら、わかってた」

「あの炎の剣技は何なんだよ? 魔法か?」

 ミュールが尋ねる。

「あれは魔法じゃなくて精霊術だ」

 ランパが言った。

「ドラシガーの煙にはマナが入ってるんだ。吸うと回復力が上がるし、毒も治る。ただし、普通の人間には危ない。ルークとユートが例外なだけだ」

 ランパの言葉に、勇斗は眉をひそめた。

「ルークと、僕?」

「契約の時のもやもやが、ようやく掴めた。ユートはルークと同じなんだ」

 ランパは、ゆっくりと目を閉じた。

 わけがわからない。自分は何者なのか。本当にただの人間なのか。
 

 勇斗は壁にもたれ、ぼんやりとドラシガーを吸っていた。体の痛みはほとんど消えている。大腿の傷も、いつの間にか塞がっていた。

 ドラシガーの長さは半分以下になっていた。雪のように白い灰を、そっと落とす。

 ドラシガーはさらさらと崩れ、跡形もなく消えた。勇斗の右手には、輝きを失った指輪のみが残されている。

 勇斗は頭を抱えた。生きるためとはいえ、十三歳で葉巻を吸ってしまった。その罪悪感が、心の奥底に重く残った。誰にも怒られない。止められもしない。でも、負い目を感じる。

 これからも吸うことになるのだろうか。生き延びて、元の世界へ帰るために。

「ドラシガー、作っておいたぞ」

 ランパが言った。

 いつの間にか、勇斗のマントの内側には三本のドラシガーが忍ばされていた。

「指輪は四つしかないからな。無駄遣いするなよ」

 ランパは小さな折りたたみ式ナイフを差し出した。

「吸い口を切るのは自分でやってくれ」

「あ、ありがとう」

 勇斗は返事をしたあとも、素直にうなずけなかった。
 

 遺跡を出ると、夜だった。

 月明かりに照らされた砂丘は銀色に光り、空気は冷え切っていた。静かすぎて、さっきまで死闘を繰り広げていたことが嘘みたいだった。

「早いとこ街に帰ろうぜ。腹へった!」

「そうだね……って、あれ?」

 勇斗は足を止めた。

 視界が少し滲む。まぶたが急に重くなった。頭の奥に、鈍い眠気が流れ込んでくる。

「なん、で……」

 振り向くと、ランパとミュール、ソーマが次々に倒れていく。

 足元の砂に、巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。

「うぅっ」

 耐えようとしても体に力が入らない。勇斗はそのまま砂の上に崩れ落ちた。

 足音が聞こえる。誰かが近づいてくる。

 体を起こそうにも、指先ひとつ動かなかった。

 意識が深い闇へ沈んでいく。風の音だけが、やけに大きく耳に残った。

 最初に目を覚ましたのは勇斗だった。

 すぐに飛び起き、辺りを見回す。仲間たちはそばに倒れていた。怪我はないようで、ひとまず息をつく。

「ランパ、ミュール、ソーマ、起きて!」

 三人も次々に目を覚ました。

「精霊樹の枝がない! ポーチの中身もない!」

 ランパが悲鳴を上げる。

「ドラシガーもなくなってる」

 勇斗も顔色を変えた。

「オレの荷物もないぞ! 金も入ってたのに!」

 ミュールの尻尾が逆立った。

「絶対許せねぇ。盗んだやつ、見つけて縛り上げてやる!」

 ランパは地団駄を踏んだ。

「でもどうやって見つけるの?」

「オレに任せろ。ドラシガーの匂いは独特だったから覚えてる」

 ミュールは鼻をくんくんさせ、ゆっくり周囲を歩き回った。

「あっちだ。まだ遠くない」
 

 勇斗たちは、遺跡の南西にある洞窟へ入っていった。

 地下へ降りると、急に周囲が明るくなった。

「わっ、すごい……」

 ソーマが目を輝かせる。

 天井や壁にびっしりと張りついた鉱石が、淡く光って洞窟全体を照らしていた。

「これは魔石だな」

 ミュールが壁に手を触れた。

「マナが固まってできた石。武具の材料にもなる」

「綺麗だね」

 勇斗は思わず見上げた。天井一面が夜空みたいに光っている。

 五分ほど歩くと、少し開けた場所に出た。奥から誰かの声と物音が聞こえてくる。

 四人は顔を見合わせ、そろそろと近づいた。

「目ぼしいお宝はなさそうっスね。でも金はあるっス。これだけあればしばらく飢えは凌げそう。葉巻は愛好家に売れば――」

「あーっ、お前!」

 岩陰から飛び出したランパが叫んだ。

「ホッ、ホオオッ!?」

 包帯を巻いた少年が肩を跳ねさせる。

「チカップくん」

「この方と知り合いですの?」

「えっと、きみを売ろうとしてた一味の一人だよ」

 ソーマが青ざめた。

「ど、どうしてここがわかったんスか?」

「モッケ族の嗅覚をなめんなって」

 ミュールが鋭い目を向ける。

 チカップは慌ててコートのポケットから羽ペンを取り出し、空中に魔法陣を描き始めた。

「させるか」

 ミュールが一瞬で距離を詰め、左腕を掴み上げた。

「いててっ、痛いっス! やめるっス!」

 羽ペンが床に落ちる。

「お前、この前魔族と一緒にいたよな? 仲間なのか?」

「違う! 自分は魔族じゃない!」

「ミュール、もう離してやってよ」

「黙ってろ、ユート!」

「オレはオル族っス!」

 チカップは右手で額の包帯を外した。

 そこには、金色に光る第三の目があった。

「じーちゃんと同じ、第三の目……」

 ミュールの目が揺れる。

「助けてぇ! 殺さないでぇ!」

 ミュールは歯ぎしりし、しばらく黙ったあと、チカップを地面へ放り投げた。

「ごめんなさいっス! ごめんなさいっス!」

 チカップは額を地面にこすりつけた。

「……どうして、こんなことをしたの?」

 勇斗はしゃがみ込み、静かに尋ねた。

「金が必要だったんス」

 チカップの肩が震えていた。

「親が死んで、村を追い出されて、一人で何とかしようと思ったんス。でもうまくいかなくて。仕事も失敗して、もう限界だったんス」

「本当にごめんなさい。命だけは助けてください」

 少しの沈黙のあと、ミュールが大きく息を吐いた。

「……もういいよ。盗ったもん返せ。それで終わりだ」

「ありがとう、ありがとう」

「で、お前これからどうするんだ?」

 ランパが腕を組んだ。

「正直、わかんないっス」

 あまりに頼りない返事だった。

 勇斗はチカップの顔を見た。怯えて、汚れて、情けなくて、それでもどこか必死だった。

「……オレたちについてこいよ」

 ミュールがぶっきらぼうに言った。

「お前、魔法使えるんだろ? 戦力が増えたら助かる」

「えっ? でも」

「どうせ行く当てもないだろ。ほら、立てよ」

 ミュールが手を差し出す。

 チカップはその手を見つめたまま、しばらく動かなかった。

「自分……また失敗するかもしれないっスよ」

「そんときはそんときだ」

「でも、今度はちゃんと役に立ちたいっス」

「じゃあ、なおさら来いよ」

 チカップはおそるおそる、その手を握った。

「あ、ありがとう」

「どうしたんだワンコ、急に赤くなって」

「うるせぇ、チビ」
 

 勇斗たちは、オアシスで休息をとっていた。かすかに樹木がそよぐ音と、清涼感のある水音が、心を落ち着かせてくれる。

「そうだ。来る途中でこんなもの拾ったんスけど、何かわかるっスか?」

 チカップがコートの内側から、薄い長方形の物体を取り出した。

「それ……スマホ?」

 勇斗の目が大きく開く。

 青いスマートフォンだった。見覚えがある。光太のものだ。

「スマホってなんだ?」

「僕の世界の通信機だよ。でも……」

 電源ボタンを押しても反応はない。壊れているらしい。

「へぇ、ちょっと貸してみろよ」

「食べられないよ?」

「わかってるって!」

 ランパはポーチから魔石をひとつ取り出した。右手にスマホ、左手に魔石。見比べたあと、急に真面目な顔になる。

「合成!」

 光が溢れた。

 スマホと魔石が溶け合うようにひとつになり、やがて新しい端末が姿を現す。

 透明なクリスタルのようなスマートフォンだった。内部ではオーロラみたいな光が流れている。

「名付けて、フォンタイト! で、どうやって使うんだこれ?」

「ちょ、ちょっと貸して!」

 勇斗は慌てて受け取った。

 慎重に画面へ触れた、その瞬間だった。

 左手首の奥、痣のあるあたりに、びりっとした痺れが走る。

「え?」

 フォンタイトのスピーカーから不規則なノイズが鳴り始めた。画面の光も乱れる。

 勇斗は息を呑んだ。

 ノイズの向こうから、かすかな声が聞こえてくる。

 次の瞬間、画面がぱっと切り替わった。

「嘘、でしょ」

 画面の向こうに映っていたのは、勇斗と同じ顔だった。


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 背後で爆ぜる音が響いた。
 勇斗はすぐに振り返ることができなかった。視界がぼやけ、頭もくらくらする。
 片膝をつき、荒い呼吸をどうにか抑え込む。
 胸の奥で、心臓とは別の何かがまだ脈打っていた。
 ようやく振り向くと、巨大蜥蜴がいた場所は大きくえぐれていた。黒い煙を上げながら崩れ、やがて何も残さず消えていく。
 勇斗はドラシガーを咥え直し、おぼつかない足取りでランパたちの方へ歩き出した。
「やったな、ユート」
 ランパがにっと笑った。
 勇斗は口からドラシガーを外し、先端から立ちのぼる緑煙を見つめた。
「……ありがとう。これがなかったら、僕はあの怪物を倒せなかった」
 足はまだ震えていた。気を抜くと崩れてしまいそうだった。
「あの怪物をあっという間に倒しちゃうなんて。急にどうしましたの?」
 ソーマは、まだ信じられないものを見る目をしていた。
「この葉巻を吸ったら、不思議と頭の中にイメージが湧いてきたんだ。どう動けばいいか、どこを斬ればいいか……気づいたら、わかってた」
「あの炎の剣技は何なんだよ? 魔法か?」
 ミュールが尋ねる。
「あれは魔法じゃなくて精霊術だ」
 ランパが言った。
「ドラシガーの煙にはマナが入ってるんだ。吸うと回復力が上がるし、毒も治る。ただし、普通の人間には危ない。ルークとユートが例外なだけだ」
 ランパの言葉に、勇斗は眉をひそめた。
「ルークと、僕?」
「契約の時のもやもやが、ようやく掴めた。ユートはルークと同じなんだ」
 ランパは、ゆっくりと目を閉じた。
 わけがわからない。自分は何者なのか。本当にただの人間なのか。
 勇斗は壁にもたれ、ぼんやりとドラシガーを吸っていた。体の痛みはほとんど消えている。大腿の傷も、いつの間にか塞がっていた。
 ドラシガーの長さは半分以下になっていた。雪のように白い灰を、そっと落とす。
 ドラシガーはさらさらと崩れ、跡形もなく消えた。勇斗の右手には、輝きを失った指輪のみが残されている。
 勇斗は頭を抱えた。生きるためとはいえ、十三歳で葉巻を吸ってしまった。その罪悪感が、心の奥底に重く残った。誰にも怒られない。止められもしない。でも、負い目を感じる。
 これからも吸うことになるのだろうか。生き延びて、元の世界へ帰るために。
「ドラシガー、作っておいたぞ」
 ランパが言った。
 いつの間にか、勇斗のマントの内側には三本のドラシガーが忍ばされていた。
「指輪は四つしかないからな。無駄遣いするなよ」
 ランパは小さな折りたたみ式ナイフを差し出した。
「吸い口を切るのは自分でやってくれ」
「あ、ありがとう」
 勇斗は返事をしたあとも、素直にうなずけなかった。
 遺跡を出ると、夜だった。
 月明かりに照らされた砂丘は銀色に光り、空気は冷え切っていた。静かすぎて、さっきまで死闘を繰り広げていたことが嘘みたいだった。
「早いとこ街に帰ろうぜ。腹へった!」
「そうだね……って、あれ?」
 勇斗は足を止めた。
 視界が少し滲む。まぶたが急に重くなった。頭の奥に、鈍い眠気が流れ込んでくる。
「なん、で……」
 振り向くと、ランパとミュール、ソーマが次々に倒れていく。
 足元の砂に、巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。
「うぅっ」
 耐えようとしても体に力が入らない。勇斗はそのまま砂の上に崩れ落ちた。
 足音が聞こえる。誰かが近づいてくる。
 体を起こそうにも、指先ひとつ動かなかった。
 意識が深い闇へ沈んでいく。風の音だけが、やけに大きく耳に残った。
 最初に目を覚ましたのは勇斗だった。
 すぐに飛び起き、辺りを見回す。仲間たちはそばに倒れていた。怪我はないようで、ひとまず息をつく。
「ランパ、ミュール、ソーマ、起きて!」
 三人も次々に目を覚ました。
「精霊樹の枝がない! ポーチの中身もない!」
 ランパが悲鳴を上げる。
「ドラシガーもなくなってる」
 勇斗も顔色を変えた。
「オレの荷物もないぞ! 金も入ってたのに!」
 ミュールの尻尾が逆立った。
「絶対許せねぇ。盗んだやつ、見つけて縛り上げてやる!」
 ランパは地団駄を踏んだ。
「でもどうやって見つけるの?」
「オレに任せろ。ドラシガーの匂いは独特だったから覚えてる」
 ミュールは鼻をくんくんさせ、ゆっくり周囲を歩き回った。
「あっちだ。まだ遠くない」
 勇斗たちは、遺跡の南西にある洞窟へ入っていった。
 地下へ降りると、急に周囲が明るくなった。
「わっ、すごい……」
 ソーマが目を輝かせる。
 天井や壁にびっしりと張りついた鉱石が、淡く光って洞窟全体を照らしていた。
「これは魔石だな」
 ミュールが壁に手を触れた。
「マナが固まってできた石。武具の材料にもなる」
「綺麗だね」
 勇斗は思わず見上げた。天井一面が夜空みたいに光っている。
 五分ほど歩くと、少し開けた場所に出た。奥から誰かの声と物音が聞こえてくる。
 四人は顔を見合わせ、そろそろと近づいた。
「目ぼしいお宝はなさそうっスね。でも金はあるっス。これだけあればしばらく飢えは凌げそう。葉巻は愛好家に売れば――」
「あーっ、お前!」
 岩陰から飛び出したランパが叫んだ。
「ホッ、ホオオッ!?」
 包帯を巻いた少年が肩を跳ねさせる。
「チカップくん」
「この方と知り合いですの?」
「えっと、きみを売ろうとしてた一味の一人だよ」
 ソーマが青ざめた。
「ど、どうしてここがわかったんスか?」
「モッケ族の嗅覚をなめんなって」
 ミュールが鋭い目を向ける。
 チカップは慌ててコートのポケットから羽ペンを取り出し、空中に魔法陣を描き始めた。
「させるか」
 ミュールが一瞬で距離を詰め、左腕を掴み上げた。
「いててっ、痛いっス! やめるっス!」
 羽ペンが床に落ちる。
「お前、この前魔族と一緒にいたよな? 仲間なのか?」
「違う! 自分は魔族じゃない!」
「ミュール、もう離してやってよ」
「黙ってろ、ユート!」
「オレはオル族っス!」
 チカップは右手で額の包帯を外した。
 そこには、金色に光る第三の目があった。
「じーちゃんと同じ、第三の目……」
 ミュールの目が揺れる。
「助けてぇ! 殺さないでぇ!」
 ミュールは歯ぎしりし、しばらく黙ったあと、チカップを地面へ放り投げた。
「ごめんなさいっス! ごめんなさいっス!」
 チカップは額を地面にこすりつけた。
「……どうして、こんなことをしたの?」
 勇斗はしゃがみ込み、静かに尋ねた。
「金が必要だったんス」
 チカップの肩が震えていた。
「親が死んで、村を追い出されて、一人で何とかしようと思ったんス。でもうまくいかなくて。仕事も失敗して、もう限界だったんス」
「本当にごめんなさい。命だけは助けてください」
 少しの沈黙のあと、ミュールが大きく息を吐いた。
「……もういいよ。盗ったもん返せ。それで終わりだ」
「ありがとう、ありがとう」
「で、お前これからどうするんだ?」
 ランパが腕を組んだ。
「正直、わかんないっス」
 あまりに頼りない返事だった。
 勇斗はチカップの顔を見た。怯えて、汚れて、情けなくて、それでもどこか必死だった。
「……オレたちについてこいよ」
 ミュールがぶっきらぼうに言った。
「お前、魔法使えるんだろ? 戦力が増えたら助かる」
「えっ? でも」
「どうせ行く当てもないだろ。ほら、立てよ」
 ミュールが手を差し出す。
 チカップはその手を見つめたまま、しばらく動かなかった。
「自分……また失敗するかもしれないっスよ」
「そんときはそんときだ」
「でも、今度はちゃんと役に立ちたいっス」
「じゃあ、なおさら来いよ」
 チカップはおそるおそる、その手を握った。
「あ、ありがとう」
「どうしたんだワンコ、急に赤くなって」
「うるせぇ、チビ」
 勇斗たちは、オアシスで休息をとっていた。かすかに樹木がそよぐ音と、清涼感のある水音が、心を落ち着かせてくれる。
「そうだ。来る途中でこんなもの拾ったんスけど、何かわかるっスか?」
 チカップがコートの内側から、薄い長方形の物体を取り出した。
「それ……スマホ?」
 勇斗の目が大きく開く。
 青いスマートフォンだった。見覚えがある。光太のものだ。
「スマホってなんだ?」
「僕の世界の通信機だよ。でも……」
 電源ボタンを押しても反応はない。壊れているらしい。
「へぇ、ちょっと貸してみろよ」
「食べられないよ?」
「わかってるって!」
 ランパはポーチから魔石をひとつ取り出した。右手にスマホ、左手に魔石。見比べたあと、急に真面目な顔になる。
「合成!」
 光が溢れた。
 スマホと魔石が溶け合うようにひとつになり、やがて新しい端末が姿を現す。
 透明なクリスタルのようなスマートフォンだった。内部ではオーロラみたいな光が流れている。
「名付けて、フォンタイト! で、どうやって使うんだこれ?」
「ちょ、ちょっと貸して!」
 勇斗は慌てて受け取った。
 慎重に画面へ触れた、その瞬間だった。
 左手首の奥、痣のあるあたりに、びりっとした痺れが走る。
「え?」
 フォンタイトのスピーカーから不規則なノイズが鳴り始めた。画面の光も乱れる。
 勇斗は息を呑んだ。
 ノイズの向こうから、かすかな声が聞こえてくる。
 次の瞬間、画面がぱっと切り替わった。
「嘘、でしょ」
 画面の向こうに映っていたのは、勇斗と同じ顔だった。