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3-5

ー/ー



「……それで、二人で馬鹿みたいに殴り合って帰ってきたわけ?」

 高杉君の顔の傷に消毒液を塗りながら、荒井君は呆れた顔でそう言った。もう大の男同士の喧嘩を止めるのは、ある意味メストと戦うよりも女の私にはかなりハードだった。最終的に半分泣きべそを掻きながら止めたから、今思えば正直ちょっと恥ずかしいけれど。

「だってコイツが」
「ハイハイ言い訳はいいから、和泉を困らせるのだけは止めてよね」

 語尾の最後にアクセントを置いた物言いをする荒井君は、消毒を終えた傷にガーゼを貼り付けた上から、指でグリグリと抉っている。すると高杉君は顔を歪めて「なにすんだ!」と怒りながら痛そうに傷を押さえていた。
 荒井君って可愛らしい顔してるけど、結構やることは強気で大胆だ。

(あぁもうっ、僕が行っていれば和泉をこんな目に遭わせなかったのに! こうゆう日に限ってバイトなんて)
(バカ、聞こえるだろ! 俺の苦労を無駄にする気か!?)

 二人が何やら小声で話していたので「なに?」と聞いてみたけれど、笑って誤魔化されてしまった。そして荒井君は薬箱を片付けながら、先に治療を終えてテレビを見ていた人物に話しかけた。

「近江もだよ。今度和泉に暴言吐いたら、僕コロスからね」

 コロ……、やっぱり荒井君って一番怖い人なのかも。
 そう言われた彼、和田君は小さく飛び跳ねて荒井君を振り返った。このシェアハウスは元より彼ら三人で住む予定をしていたため、和田君の部屋も用意されている。

「安芸お前、そんな物騒な奴だったか……? 随分と和泉(ソイツ)に肩入れしてるな」
「当たり前だろ、彼女は僕らの総長だよ。昔も今も」

 荒井君がそうキッパリと言い放てば、和田君は罰が悪そうに眉間に皺を寄せる。私は彼らの様子を見ていて慌てて口を挟んだ。

「わ、私が総長なんて全然相応しくないから、気にしなくていいよ荒井君」
「駄目だよ和泉、こうゆうのは最初にハッキリ自覚させておかないとね」

 あぁ、やっぱり荒井君には勝てる気がしない……私は心の中で泣いた。
 それにしても彼ら三人の生活、この調子で先は大丈夫なのか心配になってしまう。毎日喧嘩したりしないかな。いや、絶対してると思うけど。

「で。どうするんだ、これから。()()()()には記憶がないんだろ? 弓も使えないし、それでメストを封印できるのか?」

 和田君に嫌みったらしい直球で痛いところを突かれ、私は急に胃が締め付けられた。でも彼の言うとおりで私には何の反論もできなかった。彼ら三人と私の間には、大きな実力の差ができてしまっているのは事実。
 物心ついた時から記憶の戻っている彼らは、楽器の技術の向上だけでなく剣の鍛錬も続けてきたはずだ。そうでなければ仮に剣の技術は前世の記憶で備わっているとしても、体はついていかないだろう。私には弓の技術と体力、そのどちらもない。

「それは今から僕らと一緒に訓練をするさ。でも問題は……封印の呪文だね」
「封印の、呪文?」

 そう聞き返すと荒井君は軽く頷いて、私の封印について教えてくれた。

 私が扱う弓は通常では遠距離攻撃として使うけれど、ある呪文を唱えれば『封印の矢』となってメストを封印できるそうだ。封印されたメストは『音の小玉』という小さな玉に姿を変え、それをブリッランテの音楽の力で浄化すれば跡形もなく消え去るのだという。
 その肝心な封印の呪文は、自分たちの蘇った記憶には残されていないと彼は言った。

「君の封印の矢は強力であるが故、重要な呪文を他人に知られてはならない。よって僕たちの記憶に残すことをしなかったんだと思う。和泉に記憶が戻らない、なんて想定してなかっただろうしね」
「けど現状コイツは覚えてない上に、俺たちも知らんなら封印のしようがないだろ。今日の奴は三下だったが、次は上位クラスかもしれんぞ」

 私と荒井君の会話に口を挟みつつ、和田君はテレビを流し見ていた。その傍で高杉君がペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲みながら、同じくテレビを見つつ私たちの話を聞いている。でも番組が面白くなかったのか彼はチャンネルを変えた。

「分かんねぇもん揉めたって仕方ねぇよ。とにかく明日から和泉は安芸と特訓しろ、俺と近江で奴らの警戒をしておくから」
「待て、何故俺もなんだ。というか勝手にチャンネルを弄るな日向」
「あ? お前さっきからまともに見てねぇだろうが」

 再び小競り合いを始めた二人を前に、荒井君は呆れ顔で「放っておこう」と言って私に帰宅を促した。紳士的な彼は今日も家まで送ってくれて、高杉君の指示どおり特訓の約束もしてくれたのだった。

 道中、荒井君は残してきた二人の対応をずっと謝っていたけど……私、知ってるよ。四人が揃うのを楽しみにしていた貴方が――

 ――帰ってきた私たち三人を目にして、一瞬だけ頬を緩めたことを。




 陽の光も届かぬ地下の奥底は寒く、音のない世界が広がっている。
 ただ、私の耳には確かに()()()の吐息が聞こえている。

 復活の時期が近づいている。

「もう少しですわ、黒使(こくし)様」

 暗闇の中で私の掌に乗る小さな玉が、青白い光を緩やかに点滅させる様子を見て、私は満足げに微笑んだ。
 その直後、背後で何者かが私に向かって跪く気配がし、顔だけで振り返った。

暗里(あんり)様、偵察より戻りました」
「ご苦労、それで結果は」
「はっ。刺客による日向の抹殺には失敗しましたが、ついに和泉の生まれ変わりを発見しました」

 手下の言葉を聞いた私は、腹の中で恨みの炎を燃え上がらせた。名前を聞くだけでも反吐が出そうだ。
 国守護楽団総長、和泉国の和泉。お前の魂反応だけ感じられなかったが、ようやくお出ましか。そうだよな、お前だけは必ずおらねば、再び蘇った黒使様を封印することはできまい。

 だがそうはさせぬぞ、最後に笑うのは我々である。

「お前は次の音を奪う準備を始めろ。……私は五音衆(ごおんしゅう)を覚醒させる」
「はっ!」

 手下は威勢の良い応答をすると、そのまま闇に溶け込むように気配を消した。
 すぐにあの女がやられるとも思っておらぬが、まずは現世でのお前の手並み拝見といこうではないか。

「ねぇ、黒使様。憎き和泉を殺すのは私たちですものね」

 私はそう言って、掌の玉を愛おしく撫であげた。


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「……それで、二人で馬鹿みたいに殴り合って帰ってきたわけ?」
 高杉君の顔の傷に消毒液を塗りながら、荒井君は呆れた顔でそう言った。もう大の男同士の喧嘩を止めるのは、ある意味メストと戦うよりも女の私にはかなりハードだった。最終的に半分泣きべそを掻きながら止めたから、今思えば正直ちょっと恥ずかしいけれど。
「だってコイツが」
「ハイハイ言い訳はいいから、和泉を困らせるのだけは止めてよね」
 語尾の最後にアクセントを置いた物言いをする荒井君は、消毒を終えた傷にガーゼを貼り付けた上から、指でグリグリと抉っている。すると高杉君は顔を歪めて「なにすんだ!」と怒りながら痛そうに傷を押さえていた。
 荒井君って可愛らしい顔してるけど、結構やることは強気で大胆だ。
(あぁもうっ、僕が行っていれば和泉をこんな目に遭わせなかったのに! こうゆう日に限ってバイトなんて)
(バカ、聞こえるだろ! 俺の苦労を無駄にする気か!?)
 二人が何やら小声で話していたので「なに?」と聞いてみたけれど、笑って誤魔化されてしまった。そして荒井君は薬箱を片付けながら、先に治療を終えてテレビを見ていた人物に話しかけた。
「近江もだよ。今度和泉に暴言吐いたら、僕コロスからね」
 コロ……、やっぱり荒井君って一番怖い人なのかも。
 そう言われた彼、和田君は小さく飛び跳ねて荒井君を振り返った。このシェアハウスは元より彼ら三人で住む予定をしていたため、和田君の部屋も用意されている。
「安芸お前、そんな物騒な奴だったか……? 随分と|和泉《ソイツ》に肩入れしてるな」
「当たり前だろ、彼女は僕らの総長だよ。昔も今も」
 荒井君がそうキッパリと言い放てば、和田君は罰が悪そうに眉間に皺を寄せる。私は彼らの様子を見ていて慌てて口を挟んだ。
「わ、私が総長なんて全然相応しくないから、気にしなくていいよ荒井君」
「駄目だよ和泉、こうゆうのは最初にハッキリ自覚させておかないとね」
 あぁ、やっぱり荒井君には勝てる気がしない……私は心の中で泣いた。
 それにしても彼ら三人の生活、この調子で先は大丈夫なのか心配になってしまう。毎日喧嘩したりしないかな。いや、絶対してると思うけど。
「で。どうするんだ、これから。|総《・》|長《・》|サ《・》|マ《・》には記憶がないんだろ? 弓も使えないし、それでメストを封印できるのか?」
 和田君に嫌みったらしい直球で痛いところを突かれ、私は急に胃が締め付けられた。でも彼の言うとおりで私には何の反論もできなかった。彼ら三人と私の間には、大きな実力の差ができてしまっているのは事実。
 物心ついた時から記憶の戻っている彼らは、楽器の技術の向上だけでなく剣の鍛錬も続けてきたはずだ。そうでなければ仮に剣の技術は前世の記憶で備わっているとしても、体はついていかないだろう。私には弓の技術と体力、そのどちらもない。
「それは今から僕らと一緒に訓練をするさ。でも問題は……封印の呪文だね」
「封印の、呪文?」
 そう聞き返すと荒井君は軽く頷いて、私の封印について教えてくれた。
 私が扱う弓は通常では遠距離攻撃として使うけれど、ある呪文を唱えれば『封印の矢』となってメストを封印できるそうだ。封印されたメストは『音の小玉』という小さな玉に姿を変え、それをブリッランテの音楽の力で浄化すれば跡形もなく消え去るのだという。
 その肝心な封印の呪文は、自分たちの蘇った記憶には残されていないと彼は言った。
「君の封印の矢は強力であるが故、重要な呪文を他人に知られてはならない。よって僕たちの記憶に残すことをしなかったんだと思う。和泉に記憶が戻らない、なんて想定してなかっただろうしね」
「けど現状コイツは覚えてない上に、俺たちも知らんなら封印のしようがないだろ。今日の奴は三下だったが、次は上位クラスかもしれんぞ」
 私と荒井君の会話に口を挟みつつ、和田君はテレビを流し見ていた。その傍で高杉君がペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲みながら、同じくテレビを見つつ私たちの話を聞いている。でも番組が面白くなかったのか彼はチャンネルを変えた。
「分かんねぇもん揉めたって仕方ねぇよ。とにかく明日から和泉は安芸と特訓しろ、俺と近江で奴らの警戒をしておくから」
「待て、何故俺もなんだ。というか勝手にチャンネルを弄るな日向」
「あ? お前さっきからまともに見てねぇだろうが」
 再び小競り合いを始めた二人を前に、荒井君は呆れ顔で「放っておこう」と言って私に帰宅を促した。紳士的な彼は今日も家まで送ってくれて、高杉君の指示どおり特訓の約束もしてくれたのだった。
 道中、荒井君は残してきた二人の対応をずっと謝っていたけど……私、知ってるよ。四人が揃うのを楽しみにしていた貴方が――
 ――帰ってきた私たち三人を目にして、一瞬だけ頬を緩めたことを。
 陽の光も届かぬ地下の奥底は寒く、音のない世界が広がっている。
 ただ、私の耳には確かに|あ《・》|の《・》|人《・》の吐息が聞こえている。
 復活の時期が近づいている。
「もう少しですわ、|黒使《こくし》様」
 暗闇の中で私の掌に乗る小さな玉が、青白い光を緩やかに点滅させる様子を見て、私は満足げに微笑んだ。
 その直後、背後で何者かが私に向かって跪く気配がし、顔だけで振り返った。
「|暗里《あんり》様、偵察より戻りました」
「ご苦労、それで結果は」
「はっ。刺客による日向の抹殺には失敗しましたが、ついに和泉の生まれ変わりを発見しました」
 手下の言葉を聞いた私は、腹の中で恨みの炎を燃え上がらせた。名前を聞くだけでも反吐が出そうだ。
 国守護楽団総長、和泉国の和泉。お前の魂反応だけ感じられなかったが、ようやくお出ましか。そうだよな、お前だけは必ずおらねば、再び蘇った黒使様を封印することはできまい。
 だがそうはさせぬぞ、最後に笑うのは我々である。
「お前は次の音を奪う準備を始めろ。……私は|五音衆《ごおんしゅう》を覚醒させる」
「はっ!」
 手下は威勢の良い応答をすると、そのまま闇に溶け込むように気配を消した。
 すぐにあの女がやられるとも思っておらぬが、まずは現世でのお前の手並み拝見といこうではないか。
「ねぇ、黒使様。憎き和泉を殺すのは私たちですものね」
 私はそう言って、掌の玉を愛おしく撫であげた。