3-1
ー/ー
安芸が飛び込み入団したにも関わらず、アイツの持ち前の明るさとクラリネットの腕ですぐにメンバーには受け入れられ、その後の練習も平穏に終わった。というかそんな簡単に増員して大丈夫なのかよ、あの団長。「かまへん、かまへん!」って口癖のように連呼してたけど。
帰りは誘い合うわけでもなく自然と三人で住宅街を歩き、シェアハウスへの分かれ道で和泉と別れた。2回ほど大きく手を振った後、振り返って歩いていく彼女の背を、俺と安芸は黙って見届けている。
「……惚れないでくれよ、日向」
先に沈黙を破ったのは安芸だった。
「あ? なんだ、お前は現世でも気になるのか」
「逆に君は気にならないの? 良い子じゃないか、素直で可愛らしくて。前世のイメージとはちょっと違うけど、僕は今の彼女の方が好きだなぁ」
話しながら安芸が歩き始めたため、俺はその一歩後ろに続く。後ろからでも嬉しそうな顔して話しているのが分かるほど、奴は上機嫌だ。
「和泉は一緒に戦ってくれるってさ。……僕が守ると約束した」
「ほう、そいつは頼もしいじゃねぇか。じゃあ俺は楽できるな」
そう言った瞬間、上機嫌はどこへやら、安芸は鋭い視線で俺を振り返った。その中性的な顔をものともしない気迫に、俺は思わず立ち止まってしまった。可愛い顔してなんて圧力かけてきやがる、コイツ。
「君のこともだよ、日向。もう二度と彼女を試すような真似はするな」
安芸はそう一言だけ告げると、再びスタスタと一人で歩いていってしまった。昨日のことまだ怒ってたのかよ。仕方ないだろ、記憶がないなんて思いもしなかったんだから。俺の方こそ試されてるのかと思ったくらいだ。
あぁそうかよ。ならあの話もしないつもりだな、安芸。別に口にしたくもないだろうが、お前がそうしたいのなら何も言わねぇよ。今の和泉には受け止めきれないことだしな。
知る必要はない……いや、知ってほしくない。
俺たちが辿ってきた過去のことなど。
でも。
<日向っ>
俺はいつまで、その春を告げる南風のような温かい声に、縋っていけばいいんだ。
その、愛おしそうな目で俺を呼ぶアイツに。
◇
翌日。
高校を卒業して社会人デビューするまでのこの春休みは、平日は毎日防音ブースを借りて個人練習に励んでいる。でも今日はお昼から友達と過ごす約束をしていた。
午前中に大好きなヴァイオリンをひたすら弾き、午後からは優雅なランチ兼ティータイム。縛りのない春休みを存分に満喫していると自負している。
練習を終えて待ち合わせの駅に行くと、高校時代に仲良くなった友人二人が既に待構えていた。いつも一緒の三人組だ。
「和泉~! こっちやこっち、待ってたで」
「あんた、またヴァイオリン弾いてたん? ホンマに好きやねぇ」
二人は私の右手に握られている楽器ケースを目にして、感心するように笑った。家へは帰らずに直行したため、ヴァイオリンは持ったままなのだ。それにブリッランテの一員と分かった今、武器を手放すわけにはいかないしね。……なんて、二人にはとても言えないけど。
「ごめん。コレないと落ち着かなくて」
適度に誤魔化して私たちは最近話題のカフェに入っていった。
それからランチに野菜たっぷりの前菜とオムライスのセットを食べ、2時間ぐらいお喋りをしてからティータイムにケーキを満喫し、また喋る。このメンバーだと半日以上の長居なんて珍しくなく、何時間でも話せてしまう。それにこうして喋っている間は、周囲の音のズレも気にならなくなるから楽しくて仕方がない。
ケーキを食べてしばらくすると、友人の一人が私越しに何かを見つけて「なぁ」と声を上げた。
「あの人、ちょ~カッコ良くあらへん? ウチらと歳近そうやし」
「ホンマや。なんや、おっきな荷物持ってはるな」
二人と向かい合わせに座っている私は、振り返らなければその人を見ることはできない。あまりにも盛り上がっているので、どれどれとチラリと顔を向けてみれば、それは見覚えのある人だった。
「ッ!? たっ……」
名前を叫びそうになって慌てて口を塞いだ。ここで彼の名前を呼んだら、鬼のように怒られそうだ。
驚いた、こんなお洒落なカフェで高杉君に会うなんて。
「何なに。和泉、知ってる人ぉ?」
「うっそ、紹介してや。もしかして彼氏?」
「違う違う、絶対違う!」
勝手に盛り上がる二人を宥めながら、私は高杉君の様子を伺った。幸い彼の方はこっちに気づいていないらしく、テーブルにはティーカップが置いてあるだけで、何かの本を読んでいた。二人が言ってた〝大きい荷物〟というのは勿論チェロのこと。どうやら高杉君も肌身離さず持っているらしい。
こうして遠くから見ているだけなら、クールで読書と音楽好きのインテリ系イケメンなんだけど……私、何だかあの人に嫌われてるっぽいしなぁ。仲裁してくれる荒井君もいなさそうだし。
「ね、場所移動しない? もう長い時間ここにいるし」
「えぇやん、別に。長居なんて今に始まったことやないで」
気づかれていないうちに離れたかったのに、友人は許してくれなかった。二人ともイケメンには弱い。
それからの私は会話の内容なんて全く頭に入らなかった。気配を殺すのに必死で、二人が大きな声で私の名前を呼ぶ度にビクビクし、ただアイスティーの減りが異様に早くなるばかり。高杉君は高杉君で全然帰ろうとしないしっ!
夕方になってようやくカフェを出ることになり、バスで来た私は電車組の二人とお店の前で別れた。最後まで「結局あのイケメンは誰なん!?」って詰められたけど、楽団の人だよとだけ答えておいた。チェロ持ってたし、それだけなら言っても問題ない。
一人になった途端、ドッと疲れが押し寄せて肩が重くなったように感じた。
でもとりあえず、今のうちにさっさと帰らな――。
「どんだけ長いこといるんだよ、お前ら」
「ひぃっ!?」
背後から呆れかえった声がして、思わず私は悲鳴を上げてしまった。恐る恐る振り返ったならば、そこにいたのは当然あの人で。
「た……高杉君、気づいてたんだ?」
「当たり前だ。あんなデカい声で喋ってりゃ、誰だって気づくだろ」
……仰るとおりで。
盛大に溜め息を吐く高杉君に対し、私はただ苦笑いをするしかなかった。
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帰りは誘い合うわけでもなく自然と三人で住宅街を歩き、シェアハウスへの分かれ道で和泉と別れた。2回ほど大きく手を振った後、振り返って歩いていく彼女の背を、俺と安芸は黙って見届けている。
「……惚れないでくれよ、日向」
先に沈黙を破ったのは安芸だった。
「あ? なんだ、お前は現世でも気になるのか」
「逆に君は気にならないの? 良い子じゃないか、素直で可愛らしくて。前世のイメージとはちょっと違うけど、僕は今の彼女の方が好きだなぁ」
話しながら安芸が歩き始めたため、俺はその一歩後ろに続く。後ろからでも嬉しそうな顔して話しているのが分かるほど、奴は上機嫌だ。
「和泉は一緒に戦ってくれるってさ。……僕が守ると約束した」
「ほう、そいつは頼もしいじゃねぇか。じゃあ俺は楽できるな」
そう言った瞬間、上機嫌はどこへやら、安芸は鋭い視線で俺を振り返った。その中性的な顔をものともしない気迫に、俺は思わず立ち止まってしまった。可愛い顔してなんて圧力かけてきやがる、コイツ。
「君のこともだよ、日向。もう二度と彼女を試すような真似はするな」
安芸はそう一言だけ告げると、再びスタスタと一人で歩いていってしまった。昨日のことまだ怒ってたのかよ。仕方ないだろ、記憶がないなんて思いもしなかったんだから。俺の方こそ試されてるのかと思ったくらいだ。
あぁそうかよ。なら|あ《・》|の《・》|話《・》もしないつもりだな、安芸。別に口にしたくもないだろうが、お前がそうしたいのなら何も言わねぇよ。今の|和泉《アイツ》には受け止めきれないことだしな。
知る必要はない……いや、知ってほしくない。
俺たちが辿ってきた過去のことなど。
でも。
<日向っ>
俺はいつまで、その春を告げる南風のような温かい声に、縋っていけばいいんだ。
その、愛おしそうな目で俺を呼ぶアイツに。
◇
翌日。
高校を卒業して社会人デビューするまでのこの春休みは、平日は毎日防音ブースを借りて個人練習に励んでいる。でも今日はお昼から友達と過ごす約束をしていた。
午前中に大好きなヴァイオリンをひたすら弾き、午後からは優雅なランチ兼ティータイム。縛りのない春休みを存分に満喫していると自負している。
練習を終えて待ち合わせの駅に行くと、高校時代に仲良くなった友人二人が既に待構えていた。いつも一緒の三人組だ。
「和泉~! こっちやこっち、待ってたで」
「あんた、またヴァイオリン弾いてたん? ホンマに好きやねぇ」
二人は私の右手に握られている楽器ケースを目にして、感心するように笑った。家へは帰らずに直行したため、ヴァイオリンは持ったままなのだ。それにブリッランテの一員と分かった今、|武《・》|器《・》を手放すわけにはいかないしね。……なんて、二人にはとても言えないけど。
「ごめん。コレないと落ち着かなくて」
適度に誤魔化して私たちは最近話題のカフェに入っていった。
それからランチに野菜たっぷりの前菜とオムライスのセットを食べ、2時間ぐらいお喋りをしてからティータイムにケーキを満喫し、また喋る。このメンバーだと半日以上の長居なんて珍しくなく、何時間でも話せてしまう。それにこうして喋っている間は、周囲の音のズレも気にならなくなるから楽しくて仕方がない。
ケーキを食べてしばらくすると、友人の一人が私越しに何かを見つけて「なぁ」と声を上げた。
「あの人、ちょ~カッコ良くあらへん? ウチらと歳近そうやし」
「ホンマや。なんや、おっきな荷物持ってはるな」
二人と向かい合わせに座っている私は、振り返らなければその人を見ることはできない。あまりにも盛り上がっているので、どれどれとチラリと顔を向けてみれば、それは見覚えのある人だった。
「ッ!? たっ……」
名前を叫びそうになって慌てて口を塞いだ。ここで彼の名前を呼んだら、鬼のように怒られそうだ。
驚いた、こんなお洒落なカフェで高杉君に会うなんて。
「何なに。和泉、知ってる人ぉ?」
「うっそ、紹介してや。もしかして彼氏?」
「違う違う、絶対違う!」
勝手に盛り上がる二人を宥めながら、私は高杉君の様子を伺った。幸い彼の方はこっちに気づいていないらしく、テーブルにはティーカップが置いてあるだけで、何かの本を読んでいた。二人が言ってた〝大きい荷物〟というのは勿論チェロのこと。どうやら高杉君も肌身離さず持っているらしい。
こうして遠くから見ているだけなら、クールで読書と音楽好きのインテリ系イケメンなんだけど……私、何だかあの人に嫌われてるっぽいしなぁ。仲裁してくれる荒井君もいなさそうだし。
「ね、場所移動しない? もう長い時間ここにいるし」
「えぇやん、別に。長居なんて今に始まったことやないで」
気づかれていないうちに離れたかったのに、友人は許してくれなかった。二人ともイケメンには弱い。
それからの私は会話の内容なんて全く頭に入らなかった。気配を殺すのに必死で、二人が大きな声で私の名前を呼ぶ度にビクビクし、ただアイスティーの減りが異様に早くなるばかり。高杉君は高杉君で全然帰ろうとしないしっ!
夕方になってようやくカフェを出ることになり、バスで来た私は電車組の二人とお店の前で別れた。最後まで「結局あのイケメンは誰なん!?」って詰められたけど、楽団の人だよとだけ答えておいた。チェロ持ってたし、それだけなら言っても問題ない。
一人になった途端、ドッと疲れが押し寄せて肩が重くなったように感じた。
でもとりあえず、今のうちにさっさと帰らな――。
「どんだけ長いこといるんだよ、お前ら」
「ひぃっ!?」
背後から呆れかえった声がして、思わず私は悲鳴を上げてしまった。恐る恐る振り返ったならば、そこにいたのは当然あの人で。
「た……高杉君、気づいてたんだ?」
「当たり前だ。あんなデカい声で喋ってりゃ、誰だって気づくだろ」
……仰るとおりで。
盛大に溜め息を吐く高杉君に対し、私はただ苦笑いをするしかなかった。