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追憶

ー/ー



 視界に映し出されたのは、大地が太陽の光を受けて白く輝いている景色だった。
 
「ふぇ、ふぇっくしょん!」
 
 小柄な少年が鼻水をすする。エメラルドグリーンの髪が、風に揺れた。
 
「寒さが苦手なのは変わってないな、ランパ」
 
 目元を仮面で覆った男が、口元に笑みを浮かべた。
 
「ルークは平気なのか?」
 
「私は大丈夫さ」
 
 ルークと呼ばれた男は、身にまとっている黄金色の鎧の表面をゆっくりとなでた。
 
「この精霊器ラクメトが体温を調整してくれるからね。どうだ、羨ましいだろう?」
 
「別にうらやましくないよ」
 
 くりっとした目を細め、むすっとしたランパは、大きな口を開けて笑っているルークを見上げた。
 
「それより、討伐を頼まれた魔族がいる場所って、ここで合ってるのかよ?」
 
 バキバキと、木がなぎ倒れる音がした。
 
「合っているよ」
 
 ルークは剣の柄に手をかける。彼の目線の先には、鹿がいた。普通の鹿よりもはるかに大きい。白い森を後ろにして、大きな目玉でこちらを睨んでる。
 
「あ、あれが大鹿……でかい。おっかねぇ」
 
 ランパは手足をガタガタ震わせた。
 
「うん、でかいな。魔神のしもべってだけはある。邪悪さがこれまでの魔族とは桁違いだ」
 
「貴様、何者だ」
 
 耳につくがなり声が、大鹿から発せられた。
 
「私は、マナの女神チキサの命を受け、魔神を倒す者」
 
 ルークは、鞘から引き抜いた剣の先端を大鹿に向ける。
 
「勝てるのかよ」
 
「大丈夫、なんとかなるさ」
 
 ルークが一歩足を踏み出した瞬間、大鹿は頭を低くして、鋭く巨大な角で突きかかってきた。速い。その巨体からは想像もできないスピードで、一気に距離を詰めてきた。
 
 二人は慌てて飛び退く。勢い余った大鹿は巨大な岩に激突した。衝撃で岩が木っ端微塵に砕ける。
 
「ひえぇー、なんだよあの力!」
 
「これは、負けていられないな」
 
 ルークはニッと笑った後、高速で大鹿に斬りかかった。刃が巨体を切り裂く。傷口から黒い液体が飛沫を上げた。
 
「何だ、その剣は」
 
「聖剣クトネシスの切れ味はいかがだったかな?」
 
 ルークは地面を蹴り、後方に跳躍した。大鹿と距離をとる。
 
「ふざけるなよ」
 
 大鹿は踊るように脚を踏み鳴らす。瞬間、巨大な角の上空に魔法陣が形成された。
 
「おぉ、魔法も使えるのか」
 
「感心してる場合か。くるぞ!」
 
 黒い旋風が巻き起こり、瞬く間にルークの体は宙を舞った。風の刃が、彼を鎧ごと傷つける。
 
「ルーク!」
 
 大鹿は、敵が地面に落ちる瞬間を逃さなかった。巨体を勢いよくルークにぶつける。
 
「ぐはっ」
 
 ルークは、血を吐きながら大きく吹き飛んだ。白い地面をゴロゴロと転がり、岩にぶつかって停止した。
 
「大丈夫か、ルーク!」

 眉を吊り下げたランパが、ルークの元へと駆け寄った。
 
「油断しちゃったな」
 
 フラフラと、ルークは立ち上がった。満身創痍。肩を上下に動かし、荒々しい呼吸をしている。
 
「次の一撃で決めないと、まずいかな。ランパ、鹿の足止めを頼む」
 
「オ、オイラが?」
 
 大鹿の鋭い視線が、ランパを襲う。小さな体がブルっと震えた。
 
「む、無理だよ。二人ともやられちゃう」
 
「大丈夫、一瞬だけでいい」
 
「で、でも。オイラ、怖い」
 
「勇気を出すんだ。私はランパを信じている。だから、ランパも私を信じてくれ」
 
「わ、わかった、やってみる」
 
 ルークは口角を上げたあと、赤いマントの内側から一本の葉巻を取り出した。吸い口付近には、金色のリングが付いている。
 
 葉巻の吸い口を豪快に噛み切ったルークは、ガントレットの甲側に埋め込まれた宝石から噴き出す炎で、先端に火をつけた。淡い緑色の煙が立ち昇る。

「ルーク、くるぞ!」

 ランパが叫ぶ。
 
 葉巻を咥えたルークは、剣先を大鹿に向けた。
 
 低く唸りながら、大鹿が迫ってくる。
 
「と、止まれぇ!」
 
 ランパは精霊術を放った。地面から生えた蔓が大鹿の脚を捉える。
 
 しかし、すぐに蔓は引きちぎられた。
 
「ルーク、効いてない! やばい!」
 
 ランパの隣に、ルークの姿はなかった。
 
「あれっ?」
 
 ルークは、大鹿の真上にいた。全身に緑煙を纏っている。逆手持ちされた聖剣クトネシスが、真紅の光を放つ。燃え盛る刃が、勢いよく黒い皮膚に突き刺さった。
 
「グアアアアアアッ」
 
 炎に包まれた大鹿は断末魔の悲鳴を上げる。ルークは剣を引き抜き、角を切り飛ばした後、巨体を蹴って地面に着地した。
 
 刹那、爆音と共に、大鹿は砕け散った。
 
 ルークは顎を上げ、煙を大量に吐き出した。淡い緑色の煙が天へ登り、消えていく。
 
「す、すげぇ」
 
 ペタンと地面に座り込んだランパは、口をあんぐりさせた。
 
「きみが一瞬の隙を作ってくれたからだよ」
 
 ルークは葉巻を大事そうに咥えると、頰をそっとへこませた。ふぅ、とルークの口から緑色の煙が吐き出される。
 
「そのでっかい煙草、オイラの合成でたまたまできたやつだよな」
 
「そう、魔法の葉巻ユグドラシガー。略してドラシガー。私が命名した。煙を吸うと、マナがじんわりと体の内側に馴染んでいく感じがするんだ」

 ルークは、ドラシガーの先端から立ち昇る緑煙をじっと見つめた。

「ドラシガーの煙には鎮痛作用があるみたいだ。それに、どういうわけか私の回復力も高めてくれる。この前、毒に侵された時に吸ったら毒はたちまち消えていった」

「普通のニンゲンはマナを取り込めないし、精霊術も使えないんだぞ」
 
「私は普通ではないからね。そういうランパもおかしな体だろ。精霊なのにいろんな感覚がある」
 
「これは、まぁ、そうだな。お互い変なやつだな」
 
 二人は笑い合った。
 
「さて、そろそろ村に戻ろうか。大鹿を倒したこと、長に報告しなければ」
 
 切り飛ばした大鹿の角をひょいと持ちあげ、ルークは白い大地を踏みしめた。黄金色の鎧に取り付けられた赤いマントが風でなびく。
 
「待ってくれよぅ」

 ルークの後ろ姿を、ランパが追いかけた。
 

 村の入り口で、ルークは声を張り上げた。
 
「皆、魔神のしもべである大鹿を、このルークが打ち倒したぞ!」
 
 大きな声に反応した村人が、家屋から次々と顔を覗かせた。
 
「見よ、この角を」
 
 ルークは、大鹿の角を見せびらかすように掲げる。それを見た村人たちが、感嘆の声を出した。
 
 一人の老人が、ルークの元に歩み寄ってきた。
 
「ルーク殿、あなたは救世主じゃ。村の代表として、感謝する」
 
「はは。なぁに、これしきのこと」
 
 持ち上げていた大鹿の角が、静かに崩れ、消えた。
 
「おや、本体から切り離した部位は時間が経つと消えるのか。見せる前に消えなくてよかったな」

 突然、グーっという音が鳴った。
 
「しかし、お腹が空いたな」
 
「食事を用意しましょう。さぁ、私の家に来なされ」
 
「有難い。ランパ、ご馳走になろう」
 
 
 ルークとランパは敷かれた藁に腰を下ろした。台所には、髪を美しく伸ばした女性が背を向けて立っている。髪の色は、霞のように淡い。
 
「お客さんだよ。あの大鹿を打ち倒した、ルーク殿じゃ」
 
 村長が女性の肩を叩いた。
 
「あ、あなたが、あの大鹿を……」
 
 振り向いた女性は、きょとんとした表情でルークを見つめた。
 
「お強いのですね」
 
 まるで天使のような、透き通った声。女性はにっこりと微笑んだ。
 
「きみ、名前は?」
 
 ルークは素っ頓狂な声を上げ、がばっと身を乗り出した。
 
「わたしはレタ。ルークさん、大鹿を倒してくれてありがとうございます。感謝します」
 
「レタか。うん、良い名前だ。年はいくつだい?」

「えっと、今年で十六になります」

「なんと。私と同じじゃないか!」

 ルークは大声を出した。

「ルーク、顔が赤いぞ?」

 ランパが目を細めた。
 
「そちらの小さな方は?」
 
「オイラはランパ。樹の精霊だよ」
 
「精霊……初めて見ました。お二人はどういった関係なのですか?」
 
「オイラとルークは昔からの友達なんだ」
 
 ランパは、はにかんだ。
 
「ふふっ、いいですわね。わたしには友と呼べる者がいないので、羨ましいです」
 
「じゃあ、今日から私が、きみの友達になろう」
 
 ルークは立ち上がり、レタに向かって手を差し伸べた。
 
「えっ?」
 
 目を丸くしたレタの頬が、徐々に赤くなる。少しもじもじしたあと、華奢な手をルークの掌にそっと乗せた。
 
「ありがとうございます。嬉しいです」
 
「よろしく、レタ」
 
 グーっという音が、再び鳴った。
 
「すまない。よく鳴く虫がここにいてね」
 
「あらあら。じゃあ、今からその虫を寝かせましょうかね」
 
 床に並べられた食事を、ルークはがっついた。皿が次々と空っぽになっていく。
 
「うまい、うまい。こんなうまい料理は初めてだ」
 
「まぁ、あなたのお母様の料理の方が美味しいでしょ?」
 
「私の母は精霊だ。料理は作れない」
 
「精霊? では、ルークは精霊なのですか?」
 
「母は精霊、父は人間。その間に生まれたのが、私だ。半分が精霊で、半分が人間。変だろう?」
 
「はい、変ですね」
 
 レタは口元に手を当て、くすくすと笑った。
 
「もしかして精霊術も使えるのでしょうか?」
 
「ああ。体内のマナを使って、剣に精霊術を乗せる。それで戦う」
 
 にっ、と笑ったルークは食事を再開した。
 
「ランパさんは、食べられないのですか?」
 
 手付かずの皿を、レタは眺めた。
 
「いや、オイラ精霊だし。食べなくても平気」
 
「ランパ、きみには味覚があるんだ。うまいものを楽しんだ方がいい」
 
 大きなパンが、ランパの口に突っ込まれた。
 
「もがーっ」
 
 ランパはパンを引きちぎり、口をもぐもぐと動かす。やがて喉仏が大きく動いた。
 
「……うまい」
 
 ランパの目が、輝いた。
 
 パクパクと食べるランパの姿を見て、ルークとレタの頬が緩んだ。
 
「食事中に申し訳ない。ルーク殿、魔女の噂は知っておりますかな?」
 
 奥の部屋から、村長が深刻な表情をして歩いてきた。
 
「魔女?」
 
 突如、視界がフェードアウトした。


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 ルークは、鞘から引き抜いた剣の先端を大鹿に向ける。
「勝てるのかよ」
「大丈夫、なんとかなるさ」
 ルークが一歩足を踏み出した瞬間、大鹿は頭を低くして、鋭く巨大な角で突きかかってきた。速い。その巨体からは想像もできないスピードで、一気に距離を詰めてきた。
 二人は慌てて飛び退く。勢い余った大鹿は巨大な岩に激突した。衝撃で岩が木っ端微塵に砕ける。
「ひえぇー、なんだよあの力!」
「これは、負けていられないな」
 ルークはニッと笑った後、高速で大鹿に斬りかかった。刃が巨体を切り裂く。傷口から黒い液体が飛沫を上げた。
「何だ、その剣は」
「聖剣クトネシスの切れ味はいかがだったかな?」
 ルークは地面を蹴り、後方に跳躍した。大鹿と距離をとる。
「ふざけるなよ」
 大鹿は踊るように脚を踏み鳴らす。瞬間、巨大な角の上空に魔法陣が形成された。
「おぉ、魔法も使えるのか」
「感心してる場合か。くるぞ!」
 黒い旋風が巻き起こり、瞬く間にルークの体は宙を舞った。風の刃が、彼を鎧ごと傷つける。
「ルーク!」
 大鹿は、敵が地面に落ちる瞬間を逃さなかった。巨体を勢いよくルークにぶつける。
「ぐはっ」
 ルークは、血を吐きながら大きく吹き飛んだ。白い地面をゴロゴロと転がり、岩にぶつかって停止した。
「大丈夫か、ルーク!」
 眉を吊り下げたランパが、ルークの元へと駆け寄った。
「油断しちゃったな」
 フラフラと、ルークは立ち上がった。満身創痍。肩を上下に動かし、荒々しい呼吸をしている。
「次の一撃で決めないと、まずいかな。ランパ、鹿の足止めを頼む」
「オ、オイラが?」
 大鹿の鋭い視線が、ランパを襲う。小さな体がブルっと震えた。
「む、無理だよ。二人ともやられちゃう」
「大丈夫、一瞬だけでいい」
「で、でも。オイラ、怖い」
「勇気を出すんだ。私はランパを信じている。だから、ランパも私を信じてくれ」
「わ、わかった、やってみる」
 ルークは口角を上げたあと、赤いマントの内側から一本の葉巻を取り出した。吸い口付近には、金色のリングが付いている。
 葉巻の吸い口を豪快に噛み切ったルークは、ガントレットの甲側に埋め込まれた宝石から噴き出す炎で、先端に火をつけた。淡い緑色の煙が立ち昇る。
「ルーク、くるぞ!」
 ランパが叫ぶ。
 葉巻を咥えたルークは、剣先を大鹿に向けた。
 低く唸りながら、大鹿が迫ってくる。
「と、止まれぇ!」
 ランパは精霊術を放った。地面から生えた蔓が大鹿の脚を捉える。
 しかし、すぐに蔓は引きちぎられた。
「ルーク、効いてない! やばい!」
 ランパの隣に、ルークの姿はなかった。
「あれっ?」
 ルークは、大鹿の真上にいた。全身に緑煙を纏っている。逆手持ちされた聖剣クトネシスが、真紅の光を放つ。燃え盛る刃が、勢いよく黒い皮膚に突き刺さった。
「グアアアアアアッ」
 炎に包まれた大鹿は断末魔の悲鳴を上げる。ルークは剣を引き抜き、角を切り飛ばした後、巨体を蹴って地面に着地した。
 刹那、爆音と共に、大鹿は砕け散った。
 ルークは顎を上げ、煙を大量に吐き出した。淡い緑色の煙が天へ登り、消えていく。
「す、すげぇ」
 ペタンと地面に座り込んだランパは、口をあんぐりさせた。
「きみが一瞬の隙を作ってくれたからだよ」
 ルークは葉巻を大事そうに咥えると、頰をそっとへこませた。ふぅ、とルークの口から緑色の煙が吐き出される。
「そのでっかい煙草、オイラの合成でたまたまできたやつだよな」
「そう、魔法の葉巻ユグドラシガー。略してドラシガー。私が命名した。煙を吸うと、マナがじんわりと体の内側に馴染んでいく感じがするんだ」
 ルークは、ドラシガーの先端から立ち昇る緑煙をじっと見つめた。
「ドラシガーの煙には鎮痛作用があるみたいだ。それに、どういうわけか私の回復力も高めてくれる。この前、毒に侵された時に吸ったら毒はたちまち消えていった」
「普通のニンゲンはマナを取り込めないし、精霊術も使えないんだぞ」
「私は普通ではないからね。そういうランパもおかしな体だろ。精霊なのにいろんな感覚がある」
「これは、まぁ、そうだな。お互い変なやつだな」
 二人は笑い合った。
「さて、そろそろ村に戻ろうか。大鹿を倒したこと、長に報告しなければ」
 切り飛ばした大鹿の角をひょいと持ちあげ、ルークは白い大地を踏みしめた。黄金色の鎧に取り付けられた赤いマントが風でなびく。
「待ってくれよぅ」
 ルークの後ろ姿を、ランパが追いかけた。
 村の入り口で、ルークは声を張り上げた。
「皆、魔神のしもべである大鹿を、このルークが打ち倒したぞ!」
 大きな声に反応した村人が、家屋から次々と顔を覗かせた。
「見よ、この角を」
 ルークは、大鹿の角を見せびらかすように掲げる。それを見た村人たちが、感嘆の声を出した。
 一人の老人が、ルークの元に歩み寄ってきた。
「ルーク殿、あなたは救世主じゃ。村の代表として、感謝する」
「はは。なぁに、これしきのこと」
 持ち上げていた大鹿の角が、静かに崩れ、消えた。
「おや、本体から切り離した部位は時間が経つと消えるのか。見せる前に消えなくてよかったな」
 突然、グーっという音が鳴った。
「しかし、お腹が空いたな」
「食事を用意しましょう。さぁ、私の家に来なされ」
「有難い。ランパ、ご馳走になろう」
 ルークとランパは敷かれた藁に腰を下ろした。台所には、髪を美しく伸ばした女性が背を向けて立っている。髪の色は、霞のように淡い。
「お客さんだよ。あの大鹿を打ち倒した、ルーク殿じゃ」
 村長が女性の肩を叩いた。
「あ、あなたが、あの大鹿を……」
 振り向いた女性は、きょとんとした表情でルークを見つめた。
「お強いのですね」
 まるで天使のような、透き通った声。女性はにっこりと微笑んだ。
「きみ、名前は?」
 ルークは素っ頓狂な声を上げ、がばっと身を乗り出した。
「わたしはレタ。ルークさん、大鹿を倒してくれてありがとうございます。感謝します」
「レタか。うん、良い名前だ。年はいくつだい?」
「えっと、今年で十六になります」
「なんと。私と同じじゃないか!」
 ルークは大声を出した。
「ルーク、顔が赤いぞ?」
 ランパが目を細めた。
「そちらの小さな方は?」
「オイラはランパ。樹の精霊だよ」
「精霊……初めて見ました。お二人はどういった関係なのですか?」
「オイラとルークは昔からの友達なんだ」
 ランパは、はにかんだ。
「ふふっ、いいですわね。わたしには友と呼べる者がいないので、羨ましいです」
「じゃあ、今日から私が、きみの友達になろう」
 ルークは立ち上がり、レタに向かって手を差し伸べた。
「えっ?」
 目を丸くしたレタの頬が、徐々に赤くなる。少しもじもじしたあと、華奢な手をルークの掌にそっと乗せた。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「よろしく、レタ」
 グーっという音が、再び鳴った。
「すまない。よく鳴く虫がここにいてね」
「あらあら。じゃあ、今からその虫を寝かせましょうかね」
 床に並べられた食事を、ルークはがっついた。皿が次々と空っぽになっていく。
「うまい、うまい。こんなうまい料理は初めてだ」
「まぁ、あなたのお母様の料理の方が美味しいでしょ?」
「私の母は精霊だ。料理は作れない」
「精霊? では、ルークは精霊なのですか?」
「母は精霊、父は人間。その間に生まれたのが、私だ。半分が精霊で、半分が人間。変だろう?」
「はい、変ですね」
 レタは口元に手を当て、くすくすと笑った。
「もしかして精霊術も使えるのでしょうか?」
「ああ。体内のマナを使って、剣に精霊術を乗せる。それで戦う」
 にっ、と笑ったルークは食事を再開した。
「ランパさんは、食べられないのですか?」
 手付かずの皿を、レタは眺めた。
「いや、オイラ精霊だし。食べなくても平気」
「ランパ、きみには味覚があるんだ。うまいものを楽しんだ方がいい」
 大きなパンが、ランパの口に突っ込まれた。
「もがーっ」
 ランパはパンを引きちぎり、口をもぐもぐと動かす。やがて喉仏が大きく動いた。
「……うまい」
 ランパの目が、輝いた。
 パクパクと食べるランパの姿を見て、ルークとレタの頬が緩んだ。
「食事中に申し訳ない。ルーク殿、魔女の噂は知っておりますかな?」
 奥の部屋から、村長が深刻な表情をして歩いてきた。
「魔女?」
 突如、視界がフェードアウトした。