エピローグ
ー/ー四月一日(金)晴れ
まさに散り際を迎えた桜の花びらが舞う河川敷のホールで、私は入学式を迎えた。
高校二年生の夏の終わりに引っ越しをした先から、早く親元を離れたかったこと、そして、あの夏に体験した数々の不思議な出来事を起こした謎のアイテムについて、自分なりにつき詰めて研究しようと、中央ヨーロッパの文化や歴史を専攻できるこの大学を選んだ。
(引っ越した後も、色々と調査した結果、笛の形をした木製のオカリナは、やはり、ハンガリーを起源とする楽器ということで、間違いなかったらしい)
大学所在地の市外にある、国内有数の規模を誇るコンサートホールを借り切って行われる式典には、全学部の一千人近くの新入生が集合する大掛かりなもので、今年度、数年ぶりに復活したそうだ。
講堂に入り、学籍番号ごとに指定された座席を見つけて座ろうと、すでに隣の座席に着席している男子学生に、
「おとなり、失礼します」
と、声を掛ける。
少しうつむき加減で彼がのぞき込んでいるそのスマートフォンは、見慣れたものであるような気がした。
さらに、着慣れていないであろう真新しいスーツの胸ポケットには、あのコカリナが刺さっている。
そして、私の声に反応してコチラを見上げたマスクをしていないその顔は、あの夏の終わりに、私がマスクを外した時に見つめた輪郭そのものだった。
一瞬、こわばった彼の表情はすぐに緩んで、あの夏の間は、観る機会が少なかった口もとからは、
「よお、久しぶりだな」
と、返事が返された。
その瞬間、彼――――――坂井夏生がコカリナに触れたわけでもないのに、私は時間が止まったように感じた。
「だから、言っただろ……『蟹座のオトコの執着心を舐めるな』って……」
ニヤリと笑って、つぶやくように言う語り口は、一年半前の夏の終りの時のままだ。
座席を立ち、まっすぐにコチラを見つめる彼に歩み寄って、私が口にするセリフは決まっている。
「私のお願いは守らずに、呆れた執念ね。ホント、最低なオトコ!」
初めて唇に触れた、最後に目にした時のままの彼の口もとが、優しく微笑んだ様に見えた。
「残念だけど、オレは、クラスの連中からも依頼されてることがあってな……それを小嶋に伝えるまでは、小嶋の最後の《お願い》を聞くわけにはいかなかったんだよ」
その一言に、友人たちの顔が思い浮かび、言葉を発せない私に、彼は続けて、
「あのあと、大嶋は、『私たちに、お別れの挨拶をしないなんて許せない! ナツミに自分たちの気持ちを思い知らせてやる!』って言い出して大変だったんだぜ……それで、こんなことをSNSで拡散させたんだ」
そう言うと、自身のスマートフォンを取り出して、紫色のカメラマークのアイコンをタップした後、しばらく操作を続け、私にその画面を示した。
====================
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ooshima_yumiko ショッピングモールの駅前にあるカリヨンの伝説って知ってる?
このカリヨンの音が奏でられている間に、駅前のペデストリアンデッキで恋人同士がキスをすると、『永遠の愛』が約束されるんだって!
とっても、ロマンチックだね!
#カリヨン広場
#フランドルの鐘
#カリヨンコンサート
====================
その書き込みを目にした瞬間、私の顔色は、一瞬にして紅潮した。
「な、なに、コレ!? こんな話し、私は、まっっったく知らないんだけど!?」
思わず、声を上げると、彼は苦笑しながら語る。
「当たり前だ……その話しは、古い映画を参考にして、大嶋がデッチあげた都市伝説みたいなモノだからな……」
その言葉に、なるほど、ユミコらしいーーーーーーと妙に納得し、笑みがこぼれてしまう。
「もしかして、その映画って、ツカサさんとユカが好きな『リトル・ロマンス』のこと?」
そうたずねると、
「あぁ〜、たしか、そんなタイトルだったと思うわ。イタリアかどこかの街の伝説なんだろ? 面白がって、ツカサさんと中嶋も、その書き込みの拡散に一役買ったらしいから……今じゃ、あの駅前が、地元でちょっとした聖地になって、カリヨン・コンサートの時に若いカップルが増えたりしてるんだぜ……」
と、彼は、少しあきれたように苦笑いを続けていたが、急に真剣な表情になり、
「それに……オレだって――――――最後にあんなことされたら、小嶋のこと、忘れられるわけないだろ」
そう言って、彼は私の背中に腕を伸ばし、優しく抱きしめてきた。
あの時よりも、少しだけ背が伸びた相手の胸元に寄りかかり、その場所に顔をうずめた私には、もう、その表情を確認することは出来ない。
そして、彼は、耳元で、こうささやいた――――――。
「小嶋……ずっと、気持ちに気付けなくて、ゴメンな……」
さらに、声を潜めて、つぶやく様に
「ヒトを勝手に実験台にしやがって……オレのファーストキスだったんだぞ! どう責任とってくれるんだよ!?」
と言って、背中に回していた腕にチカラを込めてきた。
その力強さに、自分の鼓動が早くなるのを感じる。
そして、坂井夏生は、私の頭に手を置き、そっと、二度かきなでた。
鼓動が、さらに高鳴り、この瞬間を永遠のものにしたいーーーーーー。
私は、その胸元にこすりつけるように、頭部を振った。
今度こそ、この言葉を口に出す時が来たと感じる。
「フェルヴァイレ・ドホ・ドゥ・ビス・ゾーシェーン(時よ止まれ、汝は美しい)ーーーーーー」
まさに散り際を迎えた桜の花びらが舞う河川敷のホールで、私は入学式を迎えた。
高校二年生の夏の終わりに引っ越しをした先から、早く親元を離れたかったこと、そして、あの夏に体験した数々の不思議な出来事を起こした謎のアイテムについて、自分なりにつき詰めて研究しようと、中央ヨーロッパの文化や歴史を専攻できるこの大学を選んだ。
(引っ越した後も、色々と調査した結果、笛の形をした木製のオカリナは、やはり、ハンガリーを起源とする楽器ということで、間違いなかったらしい)
大学所在地の市外にある、国内有数の規模を誇るコンサートホールを借り切って行われる式典には、全学部の一千人近くの新入生が集合する大掛かりなもので、今年度、数年ぶりに復活したそうだ。
講堂に入り、学籍番号ごとに指定された座席を見つけて座ろうと、すでに隣の座席に着席している男子学生に、
「おとなり、失礼します」
と、声を掛ける。
少しうつむき加減で彼がのぞき込んでいるそのスマートフォンは、見慣れたものであるような気がした。
さらに、着慣れていないであろう真新しいスーツの胸ポケットには、あのコカリナが刺さっている。
そして、私の声に反応してコチラを見上げたマスクをしていないその顔は、あの夏の終わりに、私がマスクを外した時に見つめた輪郭そのものだった。
一瞬、こわばった彼の表情はすぐに緩んで、あの夏の間は、観る機会が少なかった口もとからは、
「よお、久しぶりだな」
と、返事が返された。
その瞬間、彼――――――坂井夏生がコカリナに触れたわけでもないのに、私は時間が止まったように感じた。
「だから、言っただろ……『蟹座のオトコの執着心を舐めるな』って……」
ニヤリと笑って、つぶやくように言う語り口は、一年半前の夏の終りの時のままだ。
座席を立ち、まっすぐにコチラを見つめる彼に歩み寄って、私が口にするセリフは決まっている。
「私のお願いは守らずに、呆れた執念ね。ホント、最低なオトコ!」
初めて唇に触れた、最後に目にした時のままの彼の口もとが、優しく微笑んだ様に見えた。
「残念だけど、オレは、クラスの連中からも依頼されてることがあってな……それを小嶋に伝えるまでは、小嶋の最後の《お願い》を聞くわけにはいかなかったんだよ」
その一言に、友人たちの顔が思い浮かび、言葉を発せない私に、彼は続けて、
「あのあと、大嶋は、『私たちに、お別れの挨拶をしないなんて許せない! ナツミに自分たちの気持ちを思い知らせてやる!』って言い出して大変だったんだぜ……それで、こんなことをSNSで拡散させたんだ」
そう言うと、自身のスマートフォンを取り出して、紫色のカメラマークのアイコンをタップした後、しばらく操作を続け、私にその画面を示した。
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ooshima_yumiko ショッピングモールの駅前にあるカリヨンの伝説って知ってる?
このカリヨンの音が奏でられている間に、駅前のペデストリアンデッキで恋人同士がキスをすると、『永遠の愛』が約束されるんだって!
とっても、ロマンチックだね!
#カリヨン広場
#フランドルの鐘
#カリヨンコンサート
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その書き込みを目にした瞬間、私の顔色は、一瞬にして紅潮した。
「な、なに、コレ!? こんな話し、私は、まっっったく知らないんだけど!?」
思わず、声を上げると、彼は苦笑しながら語る。
「当たり前だ……その話しは、古い映画を参考にして、大嶋がデッチあげた都市伝説みたいなモノだからな……」
その言葉に、なるほど、ユミコらしいーーーーーーと妙に納得し、笑みがこぼれてしまう。
「もしかして、その映画って、ツカサさんとユカが好きな『リトル・ロマンス』のこと?」
そうたずねると、
「あぁ〜、たしか、そんなタイトルだったと思うわ。イタリアかどこかの街の伝説なんだろ? 面白がって、ツカサさんと中嶋も、その書き込みの拡散に一役買ったらしいから……今じゃ、あの駅前が、地元でちょっとした聖地になって、カリヨン・コンサートの時に若いカップルが増えたりしてるんだぜ……」
と、彼は、少しあきれたように苦笑いを続けていたが、急に真剣な表情になり、
「それに……オレだって――――――最後にあんなことされたら、小嶋のこと、忘れられるわけないだろ」
そう言って、彼は私の背中に腕を伸ばし、優しく抱きしめてきた。
あの時よりも、少しだけ背が伸びた相手の胸元に寄りかかり、その場所に顔をうずめた私には、もう、その表情を確認することは出来ない。
そして、彼は、耳元で、こうささやいた――――――。
「小嶋……ずっと、気持ちに気付けなくて、ゴメンな……」
さらに、声を潜めて、つぶやく様に
「ヒトを勝手に実験台にしやがって……オレのファーストキスだったんだぞ! どう責任とってくれるんだよ!?」
と言って、背中に回していた腕にチカラを込めてきた。
その力強さに、自分の鼓動が早くなるのを感じる。
そして、坂井夏生は、私の頭に手を置き、そっと、二度かきなでた。
鼓動が、さらに高鳴り、この瞬間を永遠のものにしたいーーーーーー。
私は、その胸元にこすりつけるように、頭部を振った。
今度こそ、この言葉を口に出す時が来たと感じる。
「フェルヴァイレ・ドホ・ドゥ・ビス・ゾーシェーン(時よ止まれ、汝は美しい)ーーーーーー」
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