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夢喰い追放聖女は赤毛の天使と水蜜桃の恋をする 王国の未来? わたくしは存じ上げませんわ

ー/ー



「聖女フレデリカ・アッシュフィールド! オレルビア王国国王、アレックス・ウィンザックスの名において、お前を今日付で王室から追放する!」

 ざわつく謁見の間。
 大臣たちは突然の宣言に顔を見合わせて右往左往。
 伯爵夫人達は扇子で口を隠してひそひそ。
 冷や汗をだらだらとかく人。
 指をさして笑う人。
 大衆の面前で失礼にも指をさし叫ぶ新国王陛下のもと、みなの視線の温度はとても冷たく感じます。

 ……はあ。
 やっぱり、こうなるのね。

 それがわたくし、王室専属聖女「夢喰い」フレデリカの第一の感想です。
 初めからわかりきっていたこと。
 だから、驚かないしショックも受けません。
 初めからわかりきっていたこと。
 だから。

「お待ちください陛下!」

 わたくしの大切な妹、オフィーリアが声を上げても驚くことはありません。

「なんだい、オフィーリア」
「それはあんまりでございます!」

 可愛い可愛いわたくしの妹は、陛下の前に跪きました。

「血は繋がらないとはいえ私の姉は、この王室の呪いを解くため、幼い頃より尽力して参りました。その功績と努力を思えば、そのような仕打ちはあまりに非情。どうかお考え直しを!」
「……だめだ」

 けれど妹の必死の訴えも、もう彼の耳には入りません。

「君も、今の此度の戦禍のことは知っているだろう」
「ですが……」
「ああ、見目麗しいオフィーリア。僕は君に聖女をやって貰いたいと考えている」
「ええっ、私がっ?」

 本当に馬鹿なひと。
 誰のせいでこんなことになっていると思っているのでしょうか。
 まあ、妹は相変わらず可愛いのですけれど。

「そうだ、オフィーリア。戦禍を討ち払えなくなった姉君に変わって、君が聖女になるんだ」

 国王・アレックス陛下は立ち上がり、膝をつき、わたくしの妹の手にキスをしました。

 ぱちぱちぱちぱち。

 みな大きな拍手で陛下に賛同します。

「陛下……」

 オフィーリアは頬を赤らめて、こくりと頷きました。

「わかりましたわ、その任、命を賭して果たしてみせます!」

 聖女オフィーリア、ばんざい。
 聖女オフィーリア、ばんざい。

 拍手と歓声が満ちたこの謁見の間は、もはや必要としていません。
 能力を失い「黒髪になった」、元聖女のことなんて。
 悪夢を喰えなくなった、わたくしのことなんて。

 さようなら。
 わたくしの妹。
 さようなら。
 未来のオフィーリア王妃陛下。
 ないしょにしておきます。
 悪夢と災いのみなもとが、そこの未来の旦那様から始まっていることを。

 王国の未来?
 わたくしは存じ上げませんわ。

 ……

 こんこんこん!

「おはよ、フリッカ! 朝ごはんできたよ!」
「ジューン、おはようございます。今行きますわ」

 明るい声のする方を向きます。

 肩までのびた、赤毛。
 茶色のチュニック。
 すらりと伸びた足。
 膨らみかけた胸。

 元聖女で呪われた黒髪を持つわたくしは、天使を見つけたのでした。

 ……

 わたくしは追放されてすぐ、王都から少し離れた、田舎の村に逃げ落ちるようにして移ってきました。
 もともと、幼い頃から文字を書くのが好きで、作家に憧れておりました。
 どうせひとりで住むなら、静かなところで文字を書きたかったのです。
 だから、女手一つで農家を営むブラウン家の敷地にある、離れを借りることにしました。
 優しい一家で、黒い髪のわたくしを見ても、顔色ひとつ変えず、暖かく受け入れてくれました。
 一人用のベッドと、物書き用の机と椅子があるだけの、粗末な部屋。

「あー、フリッカ、また夜遅くまで起きてたでしょー!」
「ふふ、もう少しで書き上がりますよ」
「あ、もう少しなの?」
「ええ。の、物語ですよ」
「えへへ、あたしの……うれしいな」

 十一歳のその子は、人差し指同士をつんつんとして頬を染めます。

「いこ、フリッカ!」

 赤毛の少女は、黒い髪のわたくしを怖がる素振りすら見せず、手を引いて母屋に案内しました。
 ……わたくしはこれで満足。
 満足です。

 王室にいた時は、十倍は広い部屋にいました。
 けれど、あの頃は、書くための紙を貰うのにもインクを貰うにも、メイド長を通さねばなりません。
 それに、あの王室での「夢喰い」の聖女としての役目。
 自由に文字を書くような暇はありませんでした。
 毎日毎日がいっぱいいっぱいで、ベッドにつくと泥のように眠ったものです。
 そして見るのです。
「食べた」ばかりの悪い夢を、繰り返し、繰り返し。
 耐えられませんでした。
 ……呪われた、その内容に。

 あんな王室、無くなってしまえばいいのに。

 ……

「あら、フレデリカ様、おはようございます」

 レーズンを練り込んで焼いたパン。
 豆が沢山入ったスープ。
 焼いた目玉焼き──わたくしの大好きな半熟です。
 スープからは湯気が出ています。
 いいにおい。
 六時を知らせる鐘は、さっき手を繋いでいる時に鳴っていたはず。
 まだそんな時間なのに、もうテーブルには美味しそうな朝ごはんが並んでいます。

「いま、準備しますからね」

 まだ三十歳のクレアが、いそいそとテーブルに食器を並べています。

「おかーさん、フレデリカ様じゃなくてフリッカだよう」

 わたくしの愛しいジューンが笑いました。
 とてもきらきらと。

「ありがとうございます。わたくしのためにこんなに毎日……せめて食費だけでも払わせてくださいまし」
「いーえー、フレデリカ様が来ていただいただけで、うちはこんなに明るくなったんですから」

 ほんとうにきらきらと笑うようになりました。

「今日でちょうど半年です。この子が、父親を亡くして」

 そうか、もうそんなに経ったのですね。
 わたくしが王室を追放されてから。

 ……

 そこで今読んでいる皆様のため説明いたします。わたくし……

 夢喰いの聖女フレデリカとは。

 オレルビア王国のアッシュフィールドの一族に顕れる、睡眠状態にある人間に介入して、「記憶操作」をする能力。
 その能力の及ぼす範囲と効果は絶大です。
 普段は、王家に謁見に来た者の中で、懺悔を希望する者を王宮内にある教会のベッドに寝かせ、罪の意識の記憶を移し替え、代わりに記憶を植え付けたりする。
 広く聖女の役割だと、王都を離れ田舎のこんな村にまでわたくしの名は広がっております。

 オレルビア人の、特に王都の人間は、みな金髪碧眼。
 アッシュフィールド家の人間も、例外ではありません。
 
 けれどその能力を酷使し続けると、いずれ髪の輝きは失われ、その色は夜空の星々のそれにすら及ばないほどに光を失った漆黒に成り果てるのです。
 光を一ミリも跳ね返さないその髪を見た過去のヒトは、それを魔女の印としました。
 アッシュフィールドの夢喰い達は、その多くが魔女裁判によって命を落としていったのです。
 国のため尽くし、そして使い捨てられるかのように十字架に掛けられていくのがわたくし達の運命でした。

 先王陛下の代になって、ようやくその価値観を否定し、黒髪の夢喰いたちに生存権が保証されるようになりました。
 母様が、それを泣いて喜んだのを覚えています。
 髪が黒くなり始めていたころでした。
 わたくしも、母様の再婚相手の連れ子だったオフィーリアも、はしゃぎ回りました。

 母が、正気を失ってその喉元にナイフを突き立てたのは、その半年後。
 髪はその先端まで、闇に染まっていました。
 先王陛下は、悪魔に魂を売っていたのです。
 彼が行っていたのは、隣国との貿易。

 その商品は

 オレルビア王国には、少数民族が暮らしています。
 彼らはみな赤毛で、オレルビア人より身体能力に優れていました。
 奴隷として輸出するのには、ちょうど都合が良かったのです。
 彼らは、目隠しをされ、舌を切られ、手脚には鎖を繋がれました。

 そして先王陛下は母様に、奴隷密売に関わった全員の夢喰いを命じました。
 すぐに母様は反対したけれど。
 今度は、に、母様の感情を取り去るように命じました。
 アッシュフィールドの分家出身のその男は陛下のいいなり。
 自身にその能力は無かったけれど、娘のオフィーリアに代行させたのです。
 こうして母様は気が狂うまで夢を喰いつづけ、そして命を絶ちました。

 オフィーリアの能力は、母様やわたくしより優れていました。
 けれど、それもすぐに限界を迎えるようになりました。
 天使のように可愛い妹は、あっという間に光を失いかけた。

 わたくしはいやでした。
 大好きな、大好きなわたくしの妹。

 わたくしは見たくなかったのです。
 黒く染まった妹など。

 だから。

 妹の全てを吸い取りました。
 悪夢に繋がる記憶全てを。

 一晩で髪は真っ黒になりました。
 わたくしは、黒髪の呪われたフレデリカとして、悪夢を喰い続けました。

 そしてある時、先王陛下は亡くなったのです。
 けれど跡を継いだアレックス新国王陛下も大臣も、先王陛下が既に記憶を全て抜き去った後。
 奴隷のことも、わたくしの黒髪の理由も、何もかも忘れておいででした。
 奴隷の貿易が破綻したことにより、周辺国から武力侵攻を受けるようにもなりました。
 もともとが民を奴隷にして売るほどに国力のない、弱小国家。
 あっという間に国土の殆どを失いました。

 撤退、戦線放棄の知らせばかり寄越されるそんなある日、新国王陛下の前に呼び出されたのが、このお話のはじまりだったというわけなのです。

 ……

「どうですか」
「うわあ!」

 わたくしが紙にしたためるのは、夢の一部。
 ありとあらゆる夢を見てきたわたくしは、世界を股にかけて歩き回る冒険者よりも、たくさんの色彩を知っています。

「これ、この『金のにわとり』って! あたしがさっきみた夢だー!」
「ふふ、見えていましたよ。とてもきれいでしたね」
「ほんとにすごい! フリッカって、ほんとのほんとに夢の中が覗けるのね!」

 熱心に読んでいます。
 王都から離れるほど識字率も落ちるものと思っていましたが、どうやらそうでもないようです。
 今日書いた原稿は、十二枚。
 短編です。
 それでも、十一歳のこの子には少し長いでしょう。
 けれど、食い入るように読んでくれています。
 作家冥利に尽きるといえばそうですが。

 ……ああ、なんて綺麗に笑うんだろう。
 なんて美しく輝くな髪なんだろう。
 なんてやわらかそうな唇なんだろう。

「ジューン、ジューン。学校に遅れますよ」
「ほら、ジューンちゃん。お母さんが探してます」
「まってー! あと二ページだからー!」
「ふふふ、物語は逃げませんよ」

 こんこん。
 はーい、と返事をするとクレアが呆れた顔で入ってきました。

「ジューン。もうお隣のティムが来ましたよ」
「ああ、もう、ティムのチビ助め、あと少しなのにー!」
「フレデリカ様、いつもジューンがお邪魔して申し訳ございません」

 いえいえ、そんなことはありませんわ。
 わたくしは笑ってジューンの髪をなでます。

「ほら、ティムくんも待っていますよ。……そうだ、物語、続きを書いておきますから、ティムくんと当てっ子して遊ぶのはどうでしょう」
「それ、いい! わかった、じゃあお母さん、フリッカ、行ってきます!」
「はーい、行ってらっしゃい」
「……」
「……」

 あの。
 クレアがわたくしを見ます。

「まだ、あの時の夢を……?」
「……ええ。なるべく楽しい記憶をそそいであげてはいるのですけれど……」

 力強く握りしめた掌に、自分の爪痕が残るのを感じます。

「力及ばず。ごめんなさい」
「いえいえ、そんなフレデリカ様。そんな滅相もありません。さっきだって、とても楽しそうに金のにわとりの話をしていたじゃありませんか。フレデリカ様がお与えくださった夢が見えている証拠です!」
「……れど」
「はい?」
「ううん、なんでもありません」

 だといいんですけれど。
 聞こえなくて、良かった。
 そう思いました。

 ……

 すうすう。
 すうすう。

 深夜二時。
 わたくしは毎日、ジューンの寝室を訪ねます。
 お母さんのクレアから、許可はもらっています。
 あとは、わたくしのつとめを果たすだけ。

「ジューンちゃん……」

 髪をなでます。
 王室の最高級のベルベットの絨毯より綺麗で鮮やかな、赤。
 ひと目見た時から、わたくしは虜でした。

「ん……んん……」

 うなされています。
 どんな夢かって?
 そんなのはわたくしにはすぐにわかります。
 夢以外有り得ません。

「大丈夫ですよ。……大丈夫」

 額に手を当てます。
 少し熱い。
 今日は朝から冷えましたから、体調が良くないのかも知れません。
 こんな日、ジューンちゃんは決まって夢を見ます。
 あの日の、あの時の夢を。

「大好きです。初めて会った時から」

 わたくしたち夢喰いはをすることで、相手から記憶を抜き去って、都合のいい記憶を植え込みます。

 ちゅ……

 静かな静かな寝室に、わたくしだけが秘めた接吻の音が小さく響きます。

『ジューン! ジューン!』
『お父さん!』
『隠れていなさい、出てくるんじゃないよ』

 聞こえます。
 この子の見た地獄が。

 どんどん。

 見えます。
 この子が味わった炎が。

『開けろ! ドアを開けろ』
『今参ります、お待ちを』
『早く開けないかっ!』
『あなた、逃げましょう、殺されるわ』

 どんどんどん。

『開けろ! 開けないと反逆罪で発砲するっ』
『いま、今行きますからっ!』

 がちゃ。

『アルフレッド・ブラウンだな。そこのクレア・ブラウンと共に出頭義務違反で連行する』
『わ、私だけと聞いております』
『いや、お前の妻もだ』
『こ、困ります、召喚状には私の名前だけだったはず』
『あなた!』
『さがっていなさい。お願いです、私だけということに』

 だーん。

『クレア! クレアーッ! なんで、なんでそんなっ! この悪魔めっ! 悪魔めーっ!』

 だーん。

『憲兵様。なるべく数は減らすなとの命令でしたが』
『思わぬ抵抗に遭い、やむ無く射殺した。そう記載だ。つぎ、行くぞ……ん?』

 がちゃり。

『ほう、これはこれは金のにわとりがまだ残っていた。おい、お前。こっちへこい。おい──』

 ……

「うわぁー!」

 ジューンが悲鳴をあげました。

「うわぁぁ! ああぁぁぁあ!」
「ジューンちゃんっ? 大丈夫、大丈夫よ」

 おかしい。
 いつもの悪夢は今しがた吸ったはず。
 今日いっぱいはもう悪い記憶は蘇らないはず──

 うっ……

「げぇぇえっ」

 突然、吐き気に襲われたわたくしは、ジューンちゃんのベッドの脇に吐いてしまいました。

「うわぁぁああ! あああああっ!」

 可哀想に。
 じたばたと華奢な手脚を振って、引き付けを起こしています。

「げほっ、げほげほっ」

 それでも、わたしは吐き気が止まりません。
 立て続けに三回吐きました。

「……ジューン……ちゃん……! だいじょうぶ……」

 そう言いかけてハッとします。
 吐いたと思ったそれは真っ黒で、まるで煙のようにもくもくと泡立ち始め膨らみ始めました。
 そしてあっという間にヒトのカタチを取り、こう言いました。

「ほう、これはこれは金のにわとりがまだ残っていた」

 だーんっ!

 つんざくような破裂音がして、びくんとジューンちゃんは身体をそらし、そして。

 動かなくなりました。

 ……

「あら、フレデリカ様、おはようございます」

 レーズンを練り込んで焼いたパン。
 豆が沢山入ったスープ。
 焼いた目玉焼き──わたくしの大好きな半熟です。
 スープからは湯気が出ています。
 いいにおい。
 六時を知らせる鐘は、さっき手を繋いでいる時に鳴っていたはず。
 まだそんな時間なのに、もうテーブルには美味しそうな朝ごはんが並んでいます。

「いま、準備しますからね」

 まだ三十歳のクレアが、いそいそとテーブルに食器を並べています。

「おかーさん、フレデリカ様じゃなくてフリッカだよう」

 わたくしの愛しいジューンが笑いました。
 とてもきらきらと。

 とてもきらきらと。

 きらきらと。

 きらきら。

 わたくしは、そんなジューンを抱きしめます。

「大好きです。大好きなんです」
「あたしもだよ、フリッカ! あたしフリッカが大好き!」
「お願いです。お願いです。わたくしを。わたくしを──」

 ひとりにしないで。

『こんにちはー!』

 やけに明るい声がうしろからします。
 振り返ると、緑の髪が眩しい、女神さまみたいな格好をした異国の女の子が立っています。

「うん、時間ですねえ」
「時間……って」
「あなたの、追放スローライフの、おしまいの時間です」
「追放スローライフ……?」
「はい。あなたはひとりでとっても頑張ってきました! もう、頑張らなくていいんですよ!」
「わたくし……がんばっておりませんでしたけれど」
「頑張ってましたよう。でなきゃ一万五千八百五十日も国を守ったり出来ませんよー。ヒスイはそう思います!」

 は?

 いまなんて?

「いちまん……なんですって?」
「ああ、ざっと二百九十年ですねえ。あなたが追放されてからこの世に留まり続けた、年月です」

 この子は何を言っているのでしょうか。
 わたくしはまだ半年しか、この村に滞在していない。
 ジューンちゃんの悪夢は、まだ取り去ってない……

「待ってますよー、ジューンちゃん」
「え?」
「瀕死だったあなたが息絶えたこの廃屋で。ずっと、ずっとまってたんですよ」
「……え?」
「ほらほらー、後ろ見て? フレデリカさん!」

「フリッカ! やっと気づいてくれたんだね!」

 振り返ると、太陽みたいな笑顔で、わたくしのジューンちゃんはそこに立っています。

「二百九十年悪夢を吸い続けて、あなたの魂はもう限界に来ています。ここいらで、本当の水蜜桃みたいなあまーいスローライフ、はじめちゃいましょ」

 ヒスイという名の神様(?)は、そう笑いました。

「でも、この国は、この国の未来は……」

 あっはっは。

 ヒスイさまもジューンちゃんも笑ってます。

「『王国の未来? わたくしは存じ上げませんわ』。そういって飛び出したんじゃないですかー」

 とん。

 そう言って、ヒスイさまはわたくしの背中を押しました。


【完】


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 伯爵夫人達は扇子で口を隠してひそひそ。
 冷や汗をだらだらとかく人。
 指をさして笑う人。
 大衆の面前で失礼にも指をさし叫ぶ新国王陛下のもと、みなの視線の温度はとても冷たく感じます。
 ……はあ。
 やっぱり、こうなるのね。
 それがわたくし、王室専属聖女「夢喰い」フレデリカの第一の感想です。
 初めからわかりきっていたこと。
 だから、驚かないしショックも受けません。
 初めからわかりきっていたこと。
 だから。
「お待ちください陛下!」
 わたくしの大切な妹、オフィーリアが声を上げても驚くことはありません。
「なんだい、オフィーリア」
「それはあんまりでございます!」
 可愛い可愛いわたくしの妹は、陛下の前に跪きました。
「血は繋がらないとはいえ私の姉は、この王室の呪いを解くため、幼い頃より尽力して参りました。その功績と努力を思えば、そのような仕打ちはあまりに非情。どうかお考え直しを!」
「……だめだ」
 けれど妹の必死の訴えも、もう彼の耳には入りません。
「君も、今の此度の戦禍のことは知っているだろう」
「ですが……」
「ああ、見目麗しいオフィーリア。僕は君に聖女をやって貰いたいと考えている」
「ええっ、私がっ?」
 本当に馬鹿なひと。
 誰のせいでこんなことになっていると思っているのでしょうか。
 まあ、妹は相変わらず可愛いのですけれど。
「そうだ、オフィーリア。戦禍を討ち払えなくなった姉君に変わって、君が聖女になるんだ」
 国王・アレックス陛下は立ち上がり、膝をつき、わたくしの妹の手にキスをしました。
 ぱちぱちぱちぱち。
 みな大きな拍手で陛下に賛同します。
「陛下……」
 オフィーリアは頬を赤らめて、こくりと頷きました。
「わかりましたわ、その任、命を賭して果たしてみせます!」
 聖女オフィーリア、ばんざい。
 聖女オフィーリア、ばんざい。
 拍手と歓声が満ちたこの謁見の間は、もはや必要としていません。
 能力を失い「黒髪になった」、元聖女のことなんて。
 悪夢を喰えなくなった、わたくしのことなんて。
 さようなら。
 わたくしの妹。
 さようなら。
 未来のオフィーリア王妃陛下。
 ないしょにしておきます。
 悪夢と災いのみなもとが、そこの未来の旦那様から始まっていることを。
 王国の未来?
 わたくしは存じ上げませんわ。
 ……
 こんこんこん!
「おはよ、フリッカ! 朝ごはんできたよ!」
「ジューン、おはようございます。今行きますわ」
 明るい声のする方を向きます。
 肩までのびた、赤毛。
 茶色のチュニック。
 すらりと伸びた足。
 膨らみかけた胸。
 元聖女で呪われた黒髪を持つわたくしは、天使を見つけたのでした。
 ……
 わたくしは追放されてすぐ、王都から少し離れた、田舎の村に逃げ落ちるようにして移ってきました。
 もともと、幼い頃から文字を書くのが好きで、作家に憧れておりました。
 どうせひとりで住むなら、静かなところで文字を書きたかったのです。
 だから、女手一つで農家を営むブラウン家の敷地にある、離れを借りることにしました。
 優しい一家で、黒い髪のわたくしを見ても、顔色ひとつ変えず、暖かく受け入れてくれました。
 一人用のベッドと、物書き用の机と椅子があるだけの、粗末な部屋。
「あー、フリッカ、また夜遅くまで起きてたでしょー!」
「ふふ、もう少しで書き上がりますよ」
「あ、もう少しなの?」
「ええ。《《あなた》》の、物語ですよ」
「えへへ、あたしの……うれしいな」
 十一歳のその子は、人差し指同士をつんつんとして頬を染めます。
「いこ、フリッカ!」
 赤毛の少女は、黒い髪のわたくしを怖がる素振りすら見せず、手を引いて母屋に案内しました。
 ……わたくしはこれで満足。
 満足です。
 王室にいた時は、十倍は広い部屋にいました。
 けれど、あの頃は、書くための紙を貰うのにもインクを貰うにも、メイド長を通さねばなりません。
 それに、あの王室での「夢喰い」の聖女としての役目。
 自由に文字を書くような暇はありませんでした。
 毎日毎日がいっぱいいっぱいで、ベッドにつくと泥のように眠ったものです。
 そして見るのです。
「食べた」ばかりの悪い夢を、繰り返し、繰り返し。
 耐えられませんでした。
 ……呪われた、その内容に。
 あんな王室、無くなってしまえばいいのに。
 ……
「あら、フレデリカ様、おはようございます」
 レーズンを練り込んで焼いたパン。
 豆が沢山入ったスープ。
 焼いた目玉焼き──わたくしの大好きな半熟です。
 スープからは湯気が出ています。
 いいにおい。
 六時を知らせる鐘は、さっき手を繋いでいる時に鳴っていたはず。
 まだそんな時間なのに、もうテーブルには美味しそうな朝ごはんが並んでいます。
「いま、準備しますからね」
 まだ三十歳のクレアが、いそいそとテーブルに食器を並べています。
「おかーさん、フレデリカ様じゃなくてフリッカだよう」
 わたくしの愛しいジューンが笑いました。
 とてもきらきらと。
「ありがとうございます。わたくしのためにこんなに毎日……せめて食費だけでも払わせてくださいまし」
「いーえー、フレデリカ様が来ていただいただけで、うちはこんなに明るくなったんですから」
 ほんとうにきらきらと笑うようになりました。
「今日でちょうど半年です。この子が、父親を亡くして」
 そうか、もうそんなに経ったのですね。
 わたくしが王室を追放されてから。
 ……
 そこで今読んでいる皆様のため説明いたします。わたくし……
 夢喰いの聖女フレデリカとは。
 オレルビア王国のアッシュフィールドの一族に顕れる、睡眠状態にある人間に介入して、「記憶操作」をする能力。
 その能力の及ぼす範囲と効果は絶大です。
 普段は、王家に謁見に来た者の中で、懺悔を希望する者を王宮内にある教会のベッドに寝かせ、罪の意識の記憶を《《わたくし自身に》》移し替え、代わりに《《都合のいい》》記憶を植え付けたりする。
 広く聖女の役割だと、王都を離れ田舎のこんな村にまでわたくしの名は広がっております。
 オレルビア人の、特に王都の人間は、みな金髪碧眼。
 アッシュフィールド家の人間も、例外ではありません。
 《《産まれた時は》》。
 けれどその能力を酷使し続けると、いずれ髪の輝きは失われ、その色は夜空の星々のそれにすら及ばないほどに光を失った漆黒に成り果てるのです。
 光を一ミリも跳ね返さないその髪を見た過去のヒトは、それを魔女の印としました。
 アッシュフィールドの夢喰い達は、その多くが魔女裁判によって命を落としていったのです。
 国のため尽くし、そして使い捨てられるかのように十字架に掛けられていくのがわたくし達の運命でした。
 先王陛下の代になって、ようやくその価値観を否定し、黒髪の夢喰いたちに生存権が保証されるようになりました。
 母様が、それを泣いて喜んだのを覚えています。
 髪が黒くなり始めていたころでした。
 わたくしも、母様の再婚相手の連れ子だったオフィーリアも、はしゃぎ回りました。
 母が、正気を失ってその喉元にナイフを突き立てたのは、その半年後。
 髪はその先端まで、闇に染まっていました。
 先王陛下は、悪魔に魂を売っていたのです。
 彼が行っていたのは、隣国との貿易。
 その商品は《《生きたニンゲン》》。
 オレルビア王国には、少数民族が暮らしています。
 彼らはみな赤毛で、オレルビア人より身体能力に優れていました。
 奴隷として輸出するのには、ちょうど都合が良かったのです。
 彼らは、目隠しをされ、舌を切られ、手脚には鎖を繋がれました。
 そして先王陛下は母様に、奴隷密売に関わった全員の夢喰いを命じました。
 すぐに母様は反対したけれど。
 今度は、《《母と再婚した男》》に、母様の感情を取り去るように命じました。
 アッシュフィールドの分家出身のその男は陛下のいいなり。
 自身にその能力は無かったけれど、娘のオフィーリアに代行させたのです。
 こうして母様は気が狂うまで夢を喰いつづけ、そして命を絶ちました。
 オフィーリアの能力は、母様やわたくしより優れていました。
 けれど、それもすぐに限界を迎えるようになりました。
 天使のように可愛い妹は、あっという間に光を失いかけた。
 わたくしはいやでした。
 大好きな、大好きなわたくしの妹。
 わたくしは見たくなかったのです。
 黒く染まった妹など。
 だから。
 妹の全てを吸い取りました。
 悪夢に繋がる記憶全てを。
 一晩で髪は真っ黒になりました。
 わたくしは、黒髪の呪われたフレデリカとして、悪夢を喰い続けました。
 そしてある時、先王陛下は亡くなったのです。
 けれど跡を継いだアレックス新国王陛下も大臣も、先王陛下が既に記憶を全て抜き去った後。
 奴隷のことも、わたくしの黒髪の理由も、何もかも忘れておいででした。
 奴隷の貿易が破綻したことにより、周辺国から武力侵攻を受けるようにもなりました。
 もともとが民を奴隷にして売るほどに国力のない、弱小国家。
 あっという間に国土の殆どを失いました。
 撤退、戦線放棄の知らせばかり寄越されるそんなある日、新国王陛下の前に呼び出されたのが、このお話のはじまりだったというわけなのです。
 ……
「どうですか」
「うわあ!」
 わたくしが紙にしたためるのは、夢の一部。
 ありとあらゆる夢を見てきたわたくしは、世界を股にかけて歩き回る冒険者よりも、たくさんの色彩を知っています。
「これ、この『金のにわとり』って! あたしがさっきみた夢だー!」
「ふふ、見えていましたよ。とてもきれいでしたね」
「ほんとにすごい! フリッカって、ほんとのほんとに夢の中が覗けるのね!」
 熱心に読んでいます。
 王都から離れるほど識字率も落ちるものと思っていましたが、どうやらそうでもないようです。
 今日書いた原稿は、十二枚。
 短編です。
 それでも、十一歳のこの子には少し長いでしょう。
 けれど、食い入るように読んでくれています。
 作家冥利に尽きるといえばそうですが。
 ……ああ、なんて綺麗に笑うんだろう。
 なんて美しく輝くな髪なんだろう。
 なんてやわらかそうな唇なんだろう。
「ジューン、ジューン。学校に遅れますよ」
「ほら、ジューンちゃん。お母さんが探してます」
「まってー! あと二ページだからー!」
「ふふふ、物語は逃げませんよ」
 こんこん。
 はーい、と返事をするとクレアが呆れた顔で入ってきました。
「ジューン。もうお隣のティムが来ましたよ」
「ああ、もう、ティムのチビ助め、あと少しなのにー!」
「フレデリカ様、いつもジューンがお邪魔して申し訳ございません」
 いえいえ、そんなことはありませんわ。
 わたくしは笑ってジューンの髪をなでます。
「ほら、ティムくんも待っていますよ。……そうだ、物語、続きを書いておきますから、ティムくんと当てっ子して遊ぶのはどうでしょう」
「それ、いい! わかった、じゃあお母さん、フリッカ、行ってきます!」
「はーい、行ってらっしゃい」
「……」
「……」
 あの。
 クレアがわたくしを見ます。
「まだ、あの時の夢を……?」
「……ええ。なるべく楽しい記憶をそそいであげてはいるのですけれど……」
 力強く握りしめた掌に、自分の爪痕が残るのを感じます。
「力及ばず。ごめんなさい」
「いえいえ、そんなフレデリカ様。そんな滅相もありません。さっきだって、とても楽しそうに金のにわとりの話をしていたじゃありませんか。フレデリカ様がお与えくださった夢が見えている証拠です!」
「……れど」
「はい?」
「ううん、なんでもありません」
 だといいんですけれど。
 聞こえなくて、良かった。
 そう思いました。
 ……
 すうすう。
 すうすう。
 深夜二時。
 わたくしは毎日、ジューンの寝室を訪ねます。
 お母さんのクレアから、許可はもらっています。
 あとは、わたくしのつとめを果たすだけ。
「ジューンちゃん……」
 髪をなでます。
 王室の最高級のベルベットの絨毯より綺麗で鮮やかな、赤。
 ひと目見た時から、わたくしは虜でした。
「ん……んん……」
 うなされています。
 どんな夢かって?
 そんなのはわたくしにはすぐにわかります。
 《《あの時の》》夢以外有り得ません。
「大丈夫ですよ。……大丈夫」
 額に手を当てます。
 少し熱い。
 今日は朝から冷えましたから、体調が良くないのかも知れません。
 こんな日、ジューンちゃんは決まって夢を見ます。
 あの日の、あの時の夢を。
「大好きです。初めて会った時から」
 わたくしたち夢喰いは《《くちづけ》》をすることで、相手から記憶を抜き去って、都合のいい記憶を植え込みます。
 ちゅ……
 静かな静かな寝室に、わたくしだけが秘めた接吻の音が小さく響きます。
『ジューン! ジューン!』
『お父さん!』
『隠れていなさい、出てくるんじゃないよ』
 聞こえます。
 この子の見た地獄が。
 どんどん。
 見えます。
 この子が味わった炎が。
『開けろ! ドアを開けろ』
『今参ります、お待ちを』
『早く開けないかっ!』
『あなた、逃げましょう、殺されるわ』
 どんどんどん。
『開けろ! 開けないと反逆罪で発砲するっ』
『いま、今行きますからっ!』
 がちゃ。
『アルフレッド・ブラウンだな。そこのクレア・ブラウンと共に出頭義務違反で連行する』
『わ、私だけと聞いております』
『いや、お前の妻もだ』
『こ、困ります、召喚状には私の名前だけだったはず』
『あなた!』
『さがっていなさい。お願いです、私だけということに』
 だーん。
『クレア! クレアーッ! なんで、なんでそんなっ! この悪魔めっ! 悪魔めーっ!』
 だーん。
『憲兵様。なるべく数は減らすなとの命令でしたが』
『思わぬ抵抗に遭い、やむ無く射殺した。そう記載だ。つぎ、行くぞ……ん?』
 がちゃり。
『ほう、これはこれは金のにわとりがまだ残っていた。おい、お前。こっちへこい。おい──』
 ……
「うわぁー!」
 ジューンが悲鳴をあげました。
「うわぁぁ! ああぁぁぁあ!」
「ジューンちゃんっ? 大丈夫、大丈夫よ」
 おかしい。
 いつもの悪夢は今しがた吸ったはず。
 今日いっぱいはもう悪い記憶は蘇らないはず──
 うっ……
「げぇぇえっ」
 突然、吐き気に襲われたわたくしは、ジューンちゃんのベッドの脇に吐いてしまいました。
「うわぁぁああ! あああああっ!」
 可哀想に。
 じたばたと華奢な手脚を振って、引き付けを起こしています。
「げほっ、げほげほっ」
 それでも、わたしは吐き気が止まりません。
 立て続けに三回吐きました。
「……ジューン……ちゃん……! だいじょうぶ……」
 そう言いかけてハッとします。
 吐いたと思ったそれは真っ黒で、まるで煙のようにもくもくと泡立ち始め膨らみ始めました。
 そしてあっという間にヒトのカタチを取り、こう言いました。
「ほう、これはこれは金のにわとりがまだ残っていた」
 だーんっ!
 つんざくような破裂音がして、びくんとジューンちゃんは身体をそらし、そして。
 動かなくなりました。
 ……
「あら、フレデリカ様、おはようございます」
 レーズンを練り込んで焼いたパン。
 豆が沢山入ったスープ。
 焼いた目玉焼き──わたくしの大好きな半熟です。
 スープからは湯気が出ています。
 いいにおい。
 六時を知らせる鐘は、さっき手を繋いでいる時に鳴っていたはず。
 まだそんな時間なのに、もうテーブルには美味しそうな朝ごはんが並んでいます。
「いま、準備しますからね」
 まだ三十歳のクレアが、いそいそとテーブルに食器を並べています。
「おかーさん、フレデリカ様じゃなくてフリッカだよう」
 わたくしの愛しいジューンが笑いました。
 とてもきらきらと。
 とてもきらきらと。
 きらきらと。
 きらきら。
 わたくしは、そんなジューンを抱きしめます。
「大好きです。大好きなんです」
「あたしもだよ、フリッカ! あたしフリッカが大好き!」
「お願いです。お願いです。わたくしを。わたくしを──」
 ひとりにしないで。
『こんにちはー!』
 やけに明るい声がうしろからします。
 振り返ると、緑の髪が眩しい、女神さまみたいな格好をした異国の女の子が立っています。
「うん、時間ですねえ」
「時間……って」
「あなたの、追放スローライフの、おしまいの時間です」
「追放スローライフ……?」
「はい。あなたはひとりでとっても頑張ってきました! もう、頑張らなくていいんですよ!」
「わたくし……がんばっておりませんでしたけれど」
「頑張ってましたよう。でなきゃ一万五千八百五十日も国を守ったり出来ませんよー。ヒスイはそう思います!」
 は?
 いまなんて?
「いちまん……なんですって?」
「ああ、ざっと二百九十年ですねえ。あなたが追放されてからこの世に留まり続けた、年月です」
 この子は何を言っているのでしょうか。
 わたくしはまだ半年しか、この村に滞在していない。
 ジューンちゃんの悪夢は、まだ取り去ってない……
「待ってますよー、ジューンちゃん」
「え?」
「瀕死だったあなたが息絶えたこの廃屋で。ずっと、ずっとまってたんですよ」
「……え?」
「ほらほらー、後ろ見て? フレデリカさん!」
「フリッカ! やっと気づいてくれたんだね!」
 振り返ると、太陽みたいな笑顔で、わたくしのジューンちゃんはそこに立っています。
「二百九十年悪夢を吸い続けて、あなたの魂はもう限界に来ています。ここいらで、本当の水蜜桃みたいなあまーいスローライフ、はじめちゃいましょ」
 ヒスイという名の神様(?)は、そう笑いました。
「でも、この国は、この国の未来は……」
 あっはっは。
 ヒスイさまもジューンちゃんも笑ってます。
「『王国の未来? わたくしは存じ上げませんわ』。そういって飛び出したんじゃないですかー」
 とん。
 そう言って、ヒスイさまはわたくしの背中を押しました。
【完】