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第三夜

ー/ー



「お姉ちゃん! お姉ちゃんてば! 起きてよ! ばあばが朝ご飯できたって言ってるよ!」

 私は聞き慣れた声にはっと目を覚ました。

 自分が今までどこで何をしていたのかわからず、混乱しながらうろうろと瞳を動かすと窓辺から差す朝日に照らされて沙夜がふくれっ面をしているのが視界に入った。

 朝……? 沙夜……?

 さっきまでホタルを探しに行っていたはず……。確かホタルがたくさんいる泉を見つけて、そこで誰かに会ったような。それからどうしたんだっけ……?

「あ……え……? ここどこ……?」

 状況を飲み込めない私が情けない声を出すと、沙夜が大きな声で言う。

「いつまで寝ぼけてるの! さっさと起きる!!」

 私を叱りつける様はまるで母親そっくりだ。この子は大きくなったら母親似のしっかり者になるんだろうな。

 ぼんやりした頭でそんなことを考えながら、のそりと布団を這い出し居間へ移動する。

 部屋から居間への廊下がほんのり冷たくて足の裏が心地良い。少しずつ頭が冴えてきた私は沙夜に聞いた。

「ねえ、沙夜。昨日はあの後どうしたんだっけ?」
「え……。お姉ちゃん覚えてないの?」

 沙夜の言うに、私はあの後急に沙夜を抱き上げると一目散に家まで逃げ帰ってしまったらしい。

「あんなお姉ちゃん、初めて見た。顔も真っ赤だったし、具合でも悪かったの? さやはまだホタル見てたかったのになあ」
「ホタル?」

 私は訝しげに沙夜の顔を覗き込んだ。確かにホタルもたくさんいたけれど……けれど。あの場で一番目を奪われたのはホタルなんかじゃない。

 ――そうだ、あの男の子。

 その瞬間、私の脳裏に昨日の記憶が鮮明に浮かんだ。穏やかに光を放つホタルたちの中に凛と立つ、あの真白な男の子。

 確か「光」と名乗っていた。天使と見紛うほどの美しい少年。私はその少年にただただ圧倒されてしまったのだ。

「わ……私、昨日、あの男の子にびっくりしたんだよ。顔とかはあんまりよく覚えてないけどとにかくきれいだったから……。それで逃げてきちゃったんだと思う」

 沙夜がきょとんと目を丸くして答える。

「男の子? 何の話?」
「え……?」

 私は沙夜よりもさらに目を丸くした。目がころんころんとこぼれ落ちてしまいそうなくらいに。

 そんな私を横目に、沙夜は居間のちゃぶ台の前にちょこんと正座する。

「やだ、お姉ちゃん。さやのこと怖がらせようとしてる? さや怖い話嫌いって知ってるでしょ。やめてよね」

 そう言いながらいただきます、と手を合わせて箸を取った。

 私はそんな沙夜のあとに続いて正座し、いただきます、とぽつり呟いてあたたかい味噌汁をすすった。

 ばあばが毎日作ってくれるやわらかい出汁の香りがする味噌汁。口に含むとその香りが鼻腔をくすぐり、するりと喉を通って、胃の中にすとんと落ちる。いつものように。

 ――そう、いつもと同じ1日の始まりだったはず。でもひとつだけ違うのは、光の姿が目に焼き付いて離れないことだった。


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「お姉ちゃん! お姉ちゃんてば! 起きてよ! ばあばが朝ご飯できたって言ってるよ!」
 私は聞き慣れた声にはっと目を覚ました。
 自分が今までどこで何をしていたのかわからず、混乱しながらうろうろと瞳を動かすと窓辺から差す朝日に照らされて沙夜がふくれっ面をしているのが視界に入った。
 朝……? 沙夜……?
 さっきまでホタルを探しに行っていたはず……。確かホタルがたくさんいる泉を見つけて、そこで誰かに会ったような。それからどうしたんだっけ……?
「あ……え……? ここどこ……?」
 状況を飲み込めない私が情けない声を出すと、沙夜が大きな声で言う。
「いつまで寝ぼけてるの! さっさと起きる!!」
 私を叱りつける様はまるで母親そっくりだ。この子は大きくなったら母親似のしっかり者になるんだろうな。
 ぼんやりした頭でそんなことを考えながら、のそりと布団を這い出し居間へ移動する。
 部屋から居間への廊下がほんのり冷たくて足の裏が心地良い。少しずつ頭が冴えてきた私は沙夜に聞いた。
「ねえ、沙夜。昨日はあの後どうしたんだっけ?」
「え……。お姉ちゃん覚えてないの?」
 沙夜の言うに、私はあの後急に沙夜を抱き上げると一目散に家まで逃げ帰ってしまったらしい。
「あんなお姉ちゃん、初めて見た。顔も真っ赤だったし、具合でも悪かったの? さやはまだホタル見てたかったのになあ」
「ホタル?」
 私は訝しげに沙夜の顔を覗き込んだ。確かにホタルもたくさんいたけれど……けれど。あの場で一番目を奪われたのはホタルなんかじゃない。
 ――そうだ、あの男の子。
 その瞬間、私の脳裏に昨日の記憶が鮮明に浮かんだ。穏やかに光を放つホタルたちの中に凛と立つ、あの真白な男の子。
 確か「光」と名乗っていた。天使と見紛うほどの美しい少年。私はその少年にただただ圧倒されてしまったのだ。
「わ……私、昨日、あの男の子にびっくりしたんだよ。顔とかはあんまりよく覚えてないけどとにかくきれいだったから……。それで逃げてきちゃったんだと思う」
 沙夜がきょとんと目を丸くして答える。
「男の子? 何の話?」
「え……?」
 私は沙夜よりもさらに目を丸くした。目がころんころんとこぼれ落ちてしまいそうなくらいに。
 そんな私を横目に、沙夜は居間のちゃぶ台の前にちょこんと正座する。
「やだ、お姉ちゃん。さやのこと怖がらせようとしてる? さや怖い話嫌いって知ってるでしょ。やめてよね」
 そう言いながらいただきます、と手を合わせて箸を取った。
 私はそんな沙夜のあとに続いて正座し、いただきます、とぽつり呟いてあたたかい味噌汁をすすった。
 ばあばが毎日作ってくれるやわらかい出汁の香りがする味噌汁。口に含むとその香りが鼻腔をくすぐり、するりと喉を通って、胃の中にすとんと落ちる。いつものように。
 ――そう、いつもと同じ1日の始まりだったはず。でもひとつだけ違うのは、光の姿が目に焼き付いて離れないことだった。