新たに紡がれる時間を (2023年年末限定公開作品)
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「……あ、あの……ごめん、月並みな言葉しか出ないけど……」 御堂龍樹は顔を真赤にしたまま、どもり気味に言葉を紡ぐ。 そして目の前にいる女性と、周りを落ち着く見ながら言葉を続ける。 「えと……その、綺麗すぎて他に言葉が思いつかなくて」 「ふふ……龍樹ったら。でも嬉しい。もういい加減見飽きたと思われてたら寂しいもの」 龍樹の狼狽ぶりが面白いのだろうか、御堂董花は鈴を転がすかのようなきれいな声で、少しいたずらを仕掛けた子供のように笑う。 「2年参り……かぁ、初めてだよね。いつも3が日ギリギリに初詣にでかけてたし」 そう言って嬉しそうに笑顔を向ける董花は、槿花色の小紋の着物を着ていた。 まだ冷えるからか今風の生成り色をした羽織コートを羽織っている。 黒く豊かな髪を艶やかに結い上げて、いつもとは違う和風の美女の趣を放っており、見慣れぬ董花の美貌に龍樹は戸惑いを隠せずに落ち着きなく董花と周囲に視線を彷徨わせている。 「あ!董花さん!おまたせしました」 二人に向かって声をかけてくる女性がいた。 翠色の小紋に鴇色の道行コート。 短めの髪を軽く結い上げて、かんざしで留めている、こちらは董花とは違い穏やかで優しそうな雰囲気の女性。 目立つ美人という顔立ちではないけれど、奥ゆかしさと控えめな雰囲気を醸し出す整った顔立ちの女性だ。 この女性の名前は橘朋美 その過去に幼馴染との確執があり、深い傷をおったもののそこから恋人同士が支え合って、その思いを結実させたという話を少し聞いたことが有る董花は、ずっと二人を応援していた。 「いやぁ……噂には聞いていたんだけど、随分と混んでるんですね」 朋美から遅れてやってきた男は、和装ではなくてポロシャツにカーキ色のチノパン。黒のダウンコートといった出で立ちだった。 意志が強そうな顔立ちをしているが、取り立てて美男子というわけでもない。 だが無防備に見せる笑顔は何処か子供のようでもあり、人に好かれるタイプなのだとわかる。 朋美の夫の橘慶介である。 「少し前まで、あまり注目されていなかったんですけどね。今の宮司と巫女さんの代になってからものすごくご利益があるという噂が出て、今では毎年こんな様子ですよ」 人込みから愛する妻を守るように、そっと董花に寄り添い、その肩を軽く抱き寄せながら龍樹が言う。 自分たちとはまた違う、様々な思いや確執、すれ違いを乗り越えて結ばれたこの二人を、慶介と朋美は素敵な関係だなと思い見つめる。 さりげない行動の一つ一つが、お互いを思い合っていると伝わる。 こんな夫婦になりたいと、慶介と朋美はいつも思っている。 「ええっと……夜見津神社……でしたっけ?ここ4~5年で有名になった神社ですよね、たしか」 数年前にとある遊園地にでかけたときに出会い、親近感を抱き合ってから交流を続けていた両家は、近頃話題でご利益がある神社の噂を聞きつけて、一緒に初詣に出かける計画を立てたのだ。 そして本日、予定通りこうして合流していた。 「僕はそういうのに詳しくないんですが……語感的にはとてもご利益があるように思いませんよね」 少し苦笑を浮かべて龍樹。 「ヨミって音がどうもね……なんというか死者の国に引きずり込まれそうな」 龍樹の軽口に慶介が乗っかる。 軽く首をすくめて覚えたような顔をし、そして冗談だといいたげに笑って見せる。 「もう、男の人っていつまで立っても子供なんだから。そう思いません? 董花さん」 「でも……そういうところが可愛いなって思ってしまうんですよね。ちがいます?」 馬鹿な話で盛り上がる男性陣を眺め、女性陣は女性陣で惚気なのか呆れなのか判断の付かない会話を続ける。 そんな時、ドン!ドン!と力強い音を響かせる和太鼓の音がなり始める。 「お……いよいよですよ。この神社の目玉の」 「一陽来復の舞……とかいうやつですか」 「すごくきれいな巫女さんが舞を披露するらしいですね」 それぞれが音とともに高鳴る期待を、それぞれの言葉で口にする。 今の代の巫女と宮司になってから始まったと言われる儀式。 1年の終りと始まりのその僅かに交差する時間に、太鼓が鳴り始めそして境内に設置された櫓の上で、この世のものとは思えぬ美しい巫女が舞を舞うといわれている。 それを見たものには幸運が舞い降りると言う噂がまことしやかに語られ、いつしかそれは『一陽来復の舞』と呼ばれるようになったといわれている。 ドン……ドン……ドン…… 太鼓のなるペースが少しずつ遅くなり、やがて最後のドン……の音が虚空に消えていく。 詰めかけた参拝客たちが固唾をのむ中、突然いっせいに篝火が灯り、その炎が暗闇から一つの櫓を浮かび上がらせる。 トン……トン…… 静寂のなか、木の床を踏む小気味良い音が鳴り響き、少し遅れて神楽鈴の透き通った音がなり始める。 篝火の炎が勢いを増し、闇を駆逐していく。 櫓の上にいた巫女の姿が誰の目にも明らかになり、それと同時に大きなどよめきの声が上がる。 「なんと……」 「見たことも聞いたこともないぞ……あんな姿」 龍樹と慶介が思わず声を漏らして、董花と朋美は言葉もなく目だけ見開いて櫓を見上げる。 純白に紅の裳裾の巫女装束を着た女性の顔には、真っ黒な狐をかたどった面がついていた。 それはあるしゅ異様な、しかし不思議と嫌悪を抱くことはない感覚を一様に人々に与えていた。 どよめきが闇に溶けるように消えていき、再び静寂が訪れる。 すると少し高めの、ガラスを思わせる透明でいて何処か硬質な声で言葉が紡がれ始める。 「時告風に遍く星の絶えなれど」 神楽鈴が、規則正しく音を刻む。 「三柱の神なる内に委ねれば我が身我が世の健やかぞなれ」 ●〇●〇●〇●〇● 巫女の舞は、時間にすれば10分あまりで終わりを告げた。 しかし舞が終わっても、参拝客は時が止まったかのように身動き一つ取らず、呼吸をすることすら忘れた様に呆然と櫓を見たままだった。 「新年を皆様と迎えられたこと、お慶び申し上げます……新しい年が皆様にとって掛け替えのないものになりますよう、不肖私、高野宮咲耶が舞とともに祈らせていただきました」 櫓の上に立っていた巫女が、顔から狐の面を外して頭を下げる。 夜の闇のように真っ黒な髪。 そのなかに流れ星のように幾房か混ざっている真っ赤なメッシュのような髪色が印象的な女性だなと朋美は思った。 「いや……なんというか……時間を忘れるような舞だった」 ポツリと慶介が漏らす。 「今いる場所が何処なのか忘れてしまいそうでしたね」 龍樹もそれに賛同するかのように言う。 しかし女性陣二人はそれと違った印象をあの舞からうけていた。 今はもう二度と会えぬ誰かに向けた、届くはずのない思いをあの舞の中から感じていた。 だから董花と朋美は、自分たちでも気が付かぬうちに、そっと涙を流していた。 舞に込められた深い悲しみと、追憶の情がその心に届いたから。 「え……どうしたの、董花」 声もなく涙を流す董花をみて慌てる龍樹。 「なにかあったのか……朋美」 慶介も同じく、ただただ涙を流す朋美の姿に不安を覚えて声をかける。 「ううん……何でもない。ね……龍樹。私達はこの先絶対に悔いのないように精一杯生きようね。たくさん気持ちを言葉にしようね。私はあなたを愛しているわ……すれ違ってしまったあの時から、ずっとずっと……あなただけを愛している」 流れる涙を拭いもせず、董花は全力で龍樹の胸に飛び込み、そして彼の身体を力いっぱい抱きしめた。 あの舞に込められた思いに心を衝かれ、今は目の前の愛おしい人を絶対に離したくないという気持ちだけが彼女の心を支配していた。 「慶介……私はあなたに大切なものを捧げることはできなかったけれど、これから先の私の全てをあなたに捧げるから……だからずっと側にいて。離さないで……あなたを愛している。ずっとあなただけを見ていたから」 朋美もやはり、気持ちの高ぶりをこらえることができず、慶介の胸の中に飛び込んでいた。 胸をよぎる幼少からの思い出、今はもう合うこともないもう一人の幼馴染のこと。 そしてようやく結ばれて、二度と離れがたい最愛の男への尽きることのない思い、その全てが彼女を突き動かしていた。 ●〇●〇●〇●〇● 「やりすぎじゃないのか」 境内の端のほうで禰宜の装いをした若い男が、ため息混じりにそういう。 彼の目には何故か自然に、董花と朋美達夫婦の姿が見えていた。この群衆の中で、何故かあの2組の夫婦だけが光り輝いているかのように、自然と目を引きつけられていた。 その状況すらも、彼女たちの思惑に沿ったものであるかのような錯覚さえ抱く。 「さて……ね。私はただあの二人に気持ちを込めた舞を舞っただけ。それをどう受け止めるかはその人次第よ」 アレほど激しく舞った後にも関わらず、息一つ乱さないまま巫女姿の女が言い返す。 その表情には口調とは裏腹に、何処か物寂しい影が差していた。 彼らは明確に言葉にせずとも、恐らくふたりとも同じことを思っていた。 信じられないような出来事の果で、結ばれた縁。 その縁の潰えとともに彼女たちと二度と交わることがないという事実。 その切っ掛けとなったであろう姉妹のことを考えていたのだと。 「あ……そうだ、いい忘れていた」 気まずい沈黙を破るように、男が少し軽めの口調で話し始める。 「え、何よいったい」 突然の言葉に、巫女の女は少しキョトンとした顔で、じっと男を見つめて答える。 「新年あけましておめでとう。できればこれからもずっと一緒にいて欲しい……咲耶……」 飾り気のない、素直な男の言葉に巫女は柔らかく笑って、その胸に飛び込んでいく。 紡がれた時が導き出した道をしっかりと自覚しながら。 だから巫女は言葉を用いることをやめた。 より強くその想いが彼に伝わるようにと、彼の首に腕を回して唇を重ねた。 新年を迎えたばかりの空には、満月が浮かび優しく地上を照らし出していた。
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