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ダミアン:順化する(2/5)

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 配達員が食事を持ってきた。シドーは慣れた様子で受け取り、代金とチップを握らせ礼を言って労った。シェアハウスにはシドーの他にもヒバルの部下たちが過ごしているが、ダミアンとは特別仲がいいわけではない。軽く挨拶をしながらダミアンはシドーの後ろに着いていく。シドーは両手を届いた料理でいっぱいにして、ダミアンを三階の一室に通した。  そこはダミアンがかつて寝起きしていた部屋である。  寝起きの主が退室した後はまた物置になるところだったが、客室兼休憩室として今でもデスクやベッド、テーブルも椅子も残されている。  その申し訳程度のテーブルに暖かな料理が並ぶ。  バーガーはビーフとフィッシュの二種類が三つずつ。サーモンフライがあり、ナゲットがあり、フライドポテトがある。トマトベースの野菜スープに、スティックサラダのボトル。香味野菜とイカのマリネが使い捨てトレイの中でツヤツヤしていた。  多すぎる。ダミアンにはこの半分であっても多すぎる量である。 「全部食べるんですか?」 「足りないよりはいいでしょう。余ったら下にいる連中にやればいいので」  そうは言うがシドーは見た目の印象よりもよく食べることで知られている。果たして同僚たちにフライドポテトの一つも振る舞われることはあるのだろうか。テーブルに水入りのボトルが置かれ、安っぽいグラスが並べられたところで席に着く。  シドーがグラスに水を注ぎながら話を切り出した。 「ベルティナの識字率が高くないのは知ってると思うんですが」  それはダミアンが初めてベルティナに到着した時から感じていたことである。電子化が遅れているだけでなく、値札すら書けない、読めないという町民が多いのだ。金銭のやり取りに困るほどではないが、それができるのも最低限の学業を履修した者に限られている。また、仕事や売買に関係する文字は読めるがそれ以外は読めない、もしくはそれらすら意味をよく理解していないという町民も少なくない。  ベルティナは二十年ほど前に中型怪獣の襲撃と襲撃者レイダーによる強奪作戦とを連続して受けたことがあり、学問を履修するよりも瓦礫除去や食糧確保のために時間を費やす必要があったそうだ。当時の有力者の手腕によって現在では生活が成り立つ程度に復興したものの、現在も修繕が進まない路面が数多く残っているほか、新たな設備や乗り物などの導入は進んでいない。  シドーはバーガーを頬張りつつ、言葉を選んでいるような目つきで少しだけ俯いた。飲み込んでから少々の間、そして言葉を続ける。 「識字率を上げるってのは一朝一夕にできることじゃあない。学校だって再開したのは数年前ですよ。あんまり言いたかないですが、町としての金もそんなにない」  ヒバルがサンダースの話を引き受けた理由はそこにあるのだろう。どういう流れでこの二人が繋がったのかは分からないし、サンダースがいくらの金を積んだのかも分からない。だがサンダースにとっての端金はしたがねがベルティナにとっての生き金だったことは想像に難くない。 「ラムラスさんに払える報酬も、一般的な教師や講師に比べたらとても低くなります。もっと言うとそれらに比べて面倒くさい話かもしれません」 「シドーさんにしては、とても前置きが長いようですが……」 「あんたに出来る仕事は回す、と言ったのに格安で使うことになりそうなのが気に入らないんです」  言ってシドーはスティックサラダのボトルからニンジンをつまむ。よく食べはするが、口が大きいわけではないのが不思議だ。ダミアンもサーモンフライを取り皿に乗せる。 「別に構いませんよ、お金なんて……。正規の資格も失効してますし、教育の場から離れてずいぶん経っていますし。学びたいという方がいて、私がお力になれるならそれで」  その言葉にじろり、シドーの睨むような目線が返事のようにダミアンに向けられる。何か気に障ることがある時に向ける目線だ。咀嚼し、飲み込んでからシドーは口を開いた。 「労働には適切な対価が必要です。読み書きができるように教えるといのは誰にでもできるわけではないし、拘束時間が発生します。無料や格安という言葉に群がる奴にマトモな奴はいない」 「ですが……」 「ラムラスさん。社会人の時間を使うとそれに応じた対価が発生するんです。訪問だけでも費用はかかる。都会でもこれは常識のはずでは?」  例えば機械トラブルに見舞われたとき、技術者を呼びつければ出張費が発生する。それが例え、水で流し洗浄すれば解決するような単純なものであったとしてもだ。そしてその最適解を導き出した技術者にも、それを手配した者にも、それを迅速に繋いだシステムにも費用というものは発生するのだ。 「慈善事業も事業です。これは個人的な話ではなく組織的にやろうとしています。……もしかして取引の場に出席したことがないんですか?」  む、と言葉を詰まらせてしまった。誤魔化すようにポテトをつまみ、水を口にする。  シドーの質問に対し、ダミアンの答えは「概ね、はい」だ。そういう、ビジネス的なやり取りは全てサンダースがやっていた。もちろん世話になった編集はサンダース以外にもいたことがあるが、誰が担当についても金銭の話はどうも苦手であった。  ダミアンの様子を見てシドーも察したようだ。 「あんたの世話役になるつもりはないですけど、そういうことなら俺の好きにさせてもらいます。横槍を入れたいときは言ってください。その時に話し合いましょう」  応じて良いものだろうか、と思わないでもなかったが、ダミアンは断る言葉を探すこともできなかった。



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 配達員が食事を持ってきた。シドーは慣れた様子で受け取り、代金とチップを握らせ礼を言って労った。シェアハウスにはシドーの他にもヒバルの部下たちが過ごしているが、ダミアンとは特別仲がいいわけではない。軽く挨拶をしながらダミアンはシドーの後ろに着いていく。シドーは両手を届いた料理でいっぱいにして、ダミアンを三階の一室に通した。  そこはダミアンがかつて寝起きしていた部屋である。  寝起きの主が退室した後はまた物置になるところだったが、客室兼休憩室として今でもデスクやベッド、テーブルも椅子も残されている。  その申し訳程度のテーブルに暖かな料理が並ぶ。  バーガーはビーフとフィッシュの二種類が三つずつ。サーモンフライがあり、ナゲットがあり、フライドポテトがある。トマトベースの野菜スープに、スティックサラダのボトル。香味野菜とイカのマリネが使い捨てトレイの中でツヤツヤしていた。  多すぎる。ダミアンにはこの半分であっても多すぎる量である。 「全部食べるんですか?」 「足りないよりはいいでしょう。余ったら下にいる連中にやればいいので」  そうは言うがシドーは見た目の印象よりもよく食べることで知られている。果たして同僚たちにフライドポテトの一つも振る舞われることはあるのだろうか。テーブルに水入りのボトルが置かれ、安っぽいグラスが並べられたところで席に着く。  シドーがグラスに水を注ぎながら話を切り出した。 「ベルティナの識字率が高くないのは知ってると思うんですが」  それはダミアンが初めてベルティナに到着した時から感じていたことである。電子化が遅れているだけでなく、値札すら書けない、読めないという町民が多いのだ。金銭のやり取りに困るほどではないが、それができるのも最低限の学業を履修した者に限られている。また、仕事や売買に関係する文字は読めるがそれ以外は読めない、もしくはそれらすら意味をよく理解していないという町民も少なくない。  ベルティナは二十年ほど前に中型怪獣の襲撃と襲撃者レイダーによる強奪作戦とを連続して受けたことがあり、学問を履修するよりも瓦礫除去や食糧確保のために時間を費やす必要があったそうだ。当時の有力者の手腕によって現在では生活が成り立つ程度に復興したものの、現在も修繕が進まない路面が数多く残っているほか、新たな設備や乗り物などの導入は進んでいない。  シドーはバーガーを頬張りつつ、言葉を選んでいるような目つきで少しだけ俯いた。飲み込んでから少々の間、そして言葉を続ける。 「識字率を上げるってのは一朝一夕にできることじゃあない。学校だって再開したのは数年前ですよ。あんまり言いたかないですが、町としての金もそんなにない」  ヒバルがサンダースの話を引き受けた理由はそこにあるのだろう。どういう流れでこの二人が繋がったのかは分からないし、サンダースがいくらの金を積んだのかも分からない。だがサンダースにとっての端金はしたがねがベルティナにとっての生き金だったことは想像に難くない。 「ラムラスさんに払える報酬も、一般的な教師や講師に比べたらとても低くなります。もっと言うとそれらに比べて面倒くさい話かもしれません」 「シドーさんにしては、とても前置きが長いようですが……」 「あんたに出来る仕事は回す、と言ったのに格安で使うことになりそうなのが気に入らないんです」  言ってシドーはスティックサラダのボトルからニンジンをつまむ。よく食べはするが、口が大きいわけではないのが不思議だ。ダミアンもサーモンフライを取り皿に乗せる。 「別に構いませんよ、お金なんて……。正規の資格も失効してますし、教育の場から離れてずいぶん経っていますし。学びたいという方がいて、私がお力になれるならそれで」  その言葉にじろり、シドーの睨むような目線が返事のようにダミアンに向けられる。何か気に障ることがある時に向ける目線だ。咀嚼し、飲み込んでからシドーは口を開いた。 「労働には適切な対価が必要です。読み書きができるように教えるといのは誰にでもできるわけではないし、拘束時間が発生します。無料や格安という言葉に群がる奴にマトモな奴はいない」 「ですが……」 「ラムラスさん。社会人の時間を使うとそれに応じた対価が発生するんです。訪問だけでも費用はかかる。都会でもこれは常識のはずでは?」  例えば機械トラブルに見舞われたとき、技術者を呼びつければ出張費が発生する。それが例え、水で流し洗浄すれば解決するような単純なものであったとしてもだ。そしてその最適解を導き出した技術者にも、それを手配した者にも、それを迅速に繋いだシステムにも費用というものは発生するのだ。 「慈善事業も事業です。これは個人的な話ではなく組織的にやろうとしています。……もしかして取引の場に出席したことがないんですか?」  む、と言葉を詰まらせてしまった。誤魔化すようにポテトをつまみ、水を口にする。  シドーの質問に対し、ダミアンの答えは「概ね、はい」だ。そういう、ビジネス的なやり取りは全てサンダースがやっていた。もちろん世話になった編集はサンダース以外にもいたことがあるが、誰が担当についても金銭の話はどうも苦手であった。  ダミアンの様子を見てシドーも察したようだ。 「あんたの世話役になるつもりはないですけど、そういうことなら俺の好きにさせてもらいます。横槍を入れたいときは言ってください。その時に話し合いましょう」  応じて良いものだろうか、と思わないでもなかったが、ダミアンは断る言葉を探すこともできなかった。



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