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Solispia Spring Short-stories応募作品

ー/ー



 引っ越してからもう半年か。穏やかな日々だったな。
 だけど、平穏はもう終わり。これからは以前の日常に戻らなきゃならない。
 「ちーっす。迎えにきまじっ」
 ひたってんのに邪魔すんじゃねーよ、このボケが。
 「ね、姐さん、いきなし何すんすか。ナイフなんて投げないで下さいよっ」
 「誰が姐さんだ。同い年だろうが。それにこんなデカい弟なんざいねえっての」
 「そんなこと言わないで下さいって。オレ、一生ついて行きますから」
 目を輝かせながらいうなよ、恥ずかしい。ったくもう、何でこうなった。
 「そりゃあホレもするでしょ。窮地を助けてもらったんだから」
 「恋する乙女か。お前は」
 「恋する男子といって下さい」
 訂正すんな。
 「あのなあ。私は裏稼業の人間なんだ。今まで一般人のフリをしてたのは、その雰囲気を消すためで」
 「知ってますって。あんたの正体なんて。だから何ですか。あんたはいい女だ、もったいないよ」
 腹の底から呆れる。何度目の前で依頼をこなしたと思ってる。
 「今更表の世界で生きる気なんざない」
 「うん。そう思った。なら、オレが堕ちればいいだけ」
 「は? 何いって」
 ドサ、と、女の、死体か転がる。当然、私じゃない。こいつにそんな技量も度胸もはないはず。
 だが、目の前にいる男の目は、暗殺者のそれだった。
 「お、お前」
 「いくつかこなしてきたよ。今回の依頼は竜の生き残りの始末だ」
 「ああ、そうかい」
 構える私と対峙するエデル。こういった裏切りには慣れてる。私を始末しようと何人も送りこまれてきたからな。
 だが、奴は私に背を向けると、女の服を脱がし、事もあろうにベッドに転がした。そして、逆手にもったダガーで心臓を一突きする。
 「はい、終わり。姐さん、確認してもらえます」
 「何をだ」
 「これこれ。掘ってもらったんだけど。彫り士もうろ覚えだっていうから」
 指した先には、竜の紋章が描かれた胸元がある。ひいじいさん、生きてたんだな。
 私は得物をしまい、男を睨みながら、ランプを手にして近づく。
 「問題ないな。私のと同じだ」
 「そりゃよかった。じゃあ報告してくるから、あんたは隠れてて。疑り深い奴らだから」
 そういって、早々に家をでるエデル。歩きかたが、半年前とまるで違っていた。
 可哀想に。私なんかの身代わりにされちまうなんて。
 名も知らぬ女のそばに、メモ書きが置かれていた。
 どうやらこの娘、男に騙されて家督を乗っ取られた男爵令嬢らしい。本人はどう思ってたかは謎だが、世間知らずのお嬢様だ。もしかしたら、のめりこんだのかもしれない。
 おそらく、エデルに男の抹殺を依頼し、そのまま一緒に自害したっぽいな。口元を見る限り、男を愛するあまり後を追って服毒したんだろう。
 馬鹿な女だ。そんなクズなんざ見捨てて次の恋でもすればいいのに。せっかくいい環境で生まれ育ったってのにね。
 私はメモを握りしめ、必要最低限の荷物をまとめた。
 数時間後、人様の家に遠慮なく上がる集団がきた。足音を聞くに、ズブの素人である。
 「ほ、本当にあの蛇女を消したなんてな。大した奴だ」
 「まあね。最期の想い出に抱かせてもらってさ。悪かったけど生きるには金が必要だし」
 「竜の紋章。間違いありませんね。こいつにも反応します」
 「よし、なら死体を運べ。これで古の宝が手に入るはずだ」
 「宝? 何の話です」
 「ああ、言ってなかったか。良いだろう、お前さんには教えてやる」
 はるか北東部にある場所に、同じ紋章を掲げる崩れかけた遺跡が存在し、血を継ぐ者でなければ入れない、男は話す。
 「それって、生きてなきゃ意味なくない」
 「そうでもない。他の死体の一部で認証したからな。問題は紋章自体が削られていてな、中に入れなかったんだよ」
 「なるほどね。だから傷つけるなって事だったのか」
 「ああ。エデル、お前は新米だが中々腕が立つ。どうだ、このまま俺の専属にならないか。金は弾むぞ」
 「ありがたい話だけど、遠慮します。オレには好きな女がいるんで」
 「ほお。そいつの元に戻るのか」
 「ええ。何か問題っすかね」
 息をのむ音が聞こえる。おそらく、エデルが男に殺気を放ったんだ。
 「そうか、残念だ。達者で暮らせよ」
 「どうも。そちらもね」
 再び床が騒がしくなる。数十分後には静まり返ったが。
 私は鞘に納めたままのダガーを後ろに突き刺した。
 「あ、あぶなっ。って、なんだ。収まってるのか」
 「まだまだだな。気配を消しきれてねえ」
 「いやいやいや、必要ないじゃん。せっかく後ろから愛の抱擁をしようどっ」
 軽くアッパーをかまして外にでる。周囲には人気はない。
 「早く行きましょうよ」
 「どこに行く気だ。指紋や虹彩認証もあるんだぞ、あそこには。絶対にバレる」
 「何それ」
 「手の模様や黒まなこを魔法で調べて一族かどうか確認するんだと。仕組みは知らん」
 んま、中には一族に伝わる秘伝書や武器があるんだが。一族以外は読めないし触れもしない。
 なお、竜はこの国の象徴でもある。つまり、私たちは昔、王族だったんだ。相当古い話で、今では見る影もない。現在の王政を陰から守る役目になってる。
 ただ、今の乱世では、国を手にするのに力が必要だ。だから、王族以外の連中が目をつけた可能性はある。
 歴史の表舞台から姿を消した私たちの先祖は、宝を守るために闇へ身をうずめた。本来なら一族自体が消えていれば、こんな問題も起きなかっただろう。
 それでも存在してるのは、もはや呪いという他にないと、私は思う。遠い過去の命令を、何だって私たちが受け継がなきゃならんのか。
 「怖い顔してるよ、ナーガ。せっかくの美人が台なし」
 顔に影がかかると同時に口が塞がれていたことに気づく。
 ゆっくり、と離れた頭には、笑顔が張りついていた。
 「どうでもいいじゃん、生まれた理由なんて。探せばいいんだから」
 「な、な、な」
 「あーっ、可愛いっ。もしかしてファーストギッ」
 くたばれぇっ。
 「ら、乱暴はいけませんよ。姐さん」
 「次やったら殺す」
 「ごめんなさいごめんなさい。これ以上は鼻血がひどいのでやめて下さい」
 ったくもう。何でこんな奴に付きまとわれなきゃいけねーんだよ。
 「ちょちょ、待ってくれよ、ナーガ」
 「ついてくんな」
 「そりゃないだろ。全てを失ってたオレに光を照らしてくれたのに」
 「はあ? 何いってんだ、お前」
 「あれ、覚えてないの。寂しいなあ」
 そういったエデルは、追い越して振り返り、
 「十年前、あんたは鍵を開けてくれただろ。それでオレは逃げだせた。だから必死で追いかけてたんだけど」
 「鍵? そんなの沢山開けてきたんでな」
 「貧民街にあった奴隷小屋」
 スゥ、と瞳から光が消える。
 「他の大人たちと一緒に駆け抜けようとしたとき、止まってさ。いとも簡単にあけちまったよな」
 もしかして、あの時か? 転覆を企んでた貴族の始末した時の。
 「奇跡的に追いついたあとさ、親父さんとお袋さんにも可愛がってもらったし。もう親公認の仲じゃん、ね」
 「ね、じゃねーよ。阿保が」
 「未来の旦那にひどいよ?」
 「だぁから、何で私がお前とっ」
 「ウンメイってヤツです。さあ、とっとと逃げようか」
 私の手をとり、走りだす。想像より、大きな手だった。
 向かう先は闇だ。でも、今だけは日の出が眩しく見える。


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 引っ越してからもう半年か。穏やかな日々だったな。
 だけど、平穏はもう終わり。これからは以前の日常に戻らなきゃならない。
 「ちーっす。迎えにきまじっ」
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 「ね、姐さん、いきなし何すんすか。ナイフなんて投げないで下さいよっ」
 「誰が姐さんだ。同い年だろうが。それにこんなデカい弟なんざいねえっての」
 「そんなこと言わないで下さいって。オレ、一生ついて行きますから」
 目を輝かせながらいうなよ、恥ずかしい。ったくもう、何でこうなった。
 「そりゃあホレもするでしょ。窮地を助けてもらったんだから」
 「恋する乙女か。お前は」
 「恋する男子といって下さい」
 訂正すんな。
 「あのなあ。私は裏稼業の人間なんだ。今まで一般人のフリをしてたのは、その雰囲気を消すためで」
 「知ってますって。あんたの正体なんて。だから何ですか。あんたはいい女だ、もったいないよ」
 腹の底から呆れる。何度目の前で依頼をこなしたと思ってる。
 「今更表の世界で生きる気なんざない」
 「うん。そう思った。なら、オレが堕ちればいいだけ」
 「は? 何いって」
 ドサ、と、女の、死体か転がる。当然、私じゃない。こいつにそんな技量も度胸もはないはず。
 だが、目の前にいる男の目は、暗殺者のそれだった。
 「お、お前」
 「いくつかこなしてきたよ。今回の依頼は竜の生き残りの始末だ」
 「ああ、そうかい」
 構える私と対峙するエデル。こういった裏切りには慣れてる。私を始末しようと何人も送りこまれてきたからな。
 だが、奴は私に背を向けると、女の服を脱がし、事もあろうにベッドに転がした。そして、逆手にもったダガーで心臓を一突きする。
 「はい、終わり。姐さん、確認してもらえます」
 「何をだ」
 「これこれ。掘ってもらったんだけど。彫り士もうろ覚えだっていうから」
 指した先には、竜の紋章が描かれた胸元がある。ひいじいさん、生きてたんだな。
 私は得物をしまい、男を睨みながら、ランプを手にして近づく。
 「問題ないな。私のと同じだ」
 「そりゃよかった。じゃあ報告してくるから、あんたは隠れてて。疑り深い奴らだから」
 そういって、早々に家をでるエデル。歩きかたが、半年前とまるで違っていた。
 可哀想に。私なんかの身代わりにされちまうなんて。
 名も知らぬ女のそばに、メモ書きが置かれていた。
 どうやらこの娘、男に騙されて家督を乗っ取られた男爵令嬢らしい。本人はどう思ってたかは謎だが、世間知らずのお嬢様だ。もしかしたら、のめりこんだのかもしれない。
 おそらく、エデルに男の抹殺を依頼し、そのまま一緒に自害したっぽいな。口元を見る限り、男を愛するあまり後を追って服毒したんだろう。
 馬鹿な女だ。そんなクズなんざ見捨てて次の恋でもすればいいのに。せっかくいい環境で生まれ育ったってのにね。
 私はメモを握りしめ、必要最低限の荷物をまとめた。
 数時間後、人様の家に遠慮なく上がる集団がきた。足音を聞くに、ズブの素人である。
 「ほ、本当にあの蛇女を消したなんてな。大した奴だ」
 「まあね。最期の想い出に抱かせてもらってさ。悪かったけど生きるには金が必要だし」
 「竜の紋章。間違いありませんね。こいつにも反応します」
 「よし、なら死体を運べ。これで古の宝が手に入るはずだ」
 「宝? 何の話です」
 「ああ、言ってなかったか。良いだろう、お前さんには教えてやる」
 はるか北東部にある場所に、同じ紋章を掲げる崩れかけた遺跡が存在し、血を継ぐ者でなければ入れない、男は話す。
 「それって、生きてなきゃ意味なくない」
 「そうでもない。他の死体の一部で認証したからな。問題は紋章自体が削られていてな、中に入れなかったんだよ」
 「なるほどね。だから傷つけるなって事だったのか」
 「ああ。エデル、お前は新米だが中々腕が立つ。どうだ、このまま俺の専属にならないか。金は弾むぞ」
 「ありがたい話だけど、遠慮します。オレには好きな女がいるんで」
 「ほお。そいつの元に戻るのか」
 「ええ。何か問題っすかね」
 息をのむ音が聞こえる。おそらく、エデルが男に殺気を放ったんだ。
 「そうか、残念だ。達者で暮らせよ」
 「どうも。そちらもね」
 再び床が騒がしくなる。数十分後には静まり返ったが。
 私は鞘に納めたままのダガーを後ろに突き刺した。
 「あ、あぶなっ。って、なんだ。収まってるのか」
 「まだまだだな。気配を消しきれてねえ」
 「いやいやいや、必要ないじゃん。せっかく後ろから愛の抱擁をしようどっ」
 軽くアッパーをかまして外にでる。周囲には人気はない。
 「早く行きましょうよ」
 「どこに行く気だ。指紋や虹彩認証もあるんだぞ、あそこには。絶対にバレる」
 「何それ」
 「手の模様や黒まなこを魔法で調べて一族かどうか確認するんだと。仕組みは知らん」
 んま、中には一族に伝わる秘伝書や武器があるんだが。一族以外は読めないし触れもしない。
 なお、竜はこの国の象徴でもある。つまり、私たちは昔、王族だったんだ。相当古い話で、今では見る影もない。現在の王政を陰から守る役目になってる。
 ただ、今の乱世では、国を手にするのに力が必要だ。だから、王族以外の連中が目をつけた可能性はある。
 歴史の表舞台から姿を消した私たちの先祖は、宝を守るために闇へ身をうずめた。本来なら一族自体が消えていれば、こんな問題も起きなかっただろう。
 それでも存在してるのは、もはや呪いという他にないと、私は思う。遠い過去の命令を、何だって私たちが受け継がなきゃならんのか。
 「怖い顔してるよ、ナーガ。せっかくの美人が台なし」
 顔に影がかかると同時に口が塞がれていたことに気づく。
 ゆっくり、と離れた頭には、笑顔が張りついていた。
 「どうでもいいじゃん、生まれた理由なんて。探せばいいんだから」
 「な、な、な」
 「あーっ、可愛いっ。もしかしてファーストギッ」
 くたばれぇっ。
 「ら、乱暴はいけませんよ。姐さん」
 「次やったら殺す」
 「ごめんなさいごめんなさい。これ以上は鼻血がひどいのでやめて下さい」
 ったくもう。何でこんな奴に付きまとわれなきゃいけねーんだよ。
 「ちょちょ、待ってくれよ、ナーガ」
 「ついてくんな」
 「そりゃないだろ。全てを失ってたオレに光を照らしてくれたのに」
 「はあ? 何いってんだ、お前」
 「あれ、覚えてないの。寂しいなあ」
 そういったエデルは、追い越して振り返り、
 「十年前、あんたは鍵を開けてくれただろ。それでオレは逃げだせた。だから必死で追いかけてたんだけど」
 「鍵? そんなの沢山開けてきたんでな」
 「貧民街にあった奴隷小屋」
 スゥ、と瞳から光が消える。
 「他の大人たちと一緒に駆け抜けようとしたとき、止まってさ。いとも簡単にあけちまったよな」
 もしかして、あの時か? 転覆を企んでた貴族の始末した時の。
 「奇跡的に追いついたあとさ、親父さんとお袋さんにも可愛がってもらったし。もう親公認の仲じゃん、ね」
 「ね、じゃねーよ。阿保が」
 「未来の旦那にひどいよ?」
 「だぁから、何で私がお前とっ」
 「ウンメイってヤツです。さあ、とっとと逃げようか」
 私の手をとり、走りだす。想像より、大きな手だった。
 向かう先は闇だ。でも、今だけは日の出が眩しく見える。