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第4章 情けは人の為ならず-2

ー/ー



 館山駅を出発してから40分強で内房線と外房線の合流駅、安房鴨川駅に到着した。六番目の謎解き駅である。この時点で既に午後4時過ぎ。次の外房線上り列車は早くても一時間後となる。
 この時私は駅の時計を見ながら駆に確認する。
「明日予定入ってないよね?」
「うん、大丈夫」
 私はここで準備していたサプライズを明かした。
「じゃーん、実はここの近くにあるコンドミニアムに予約入れてまーす! 温泉大浴場もあるよ!」
駆が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして言葉を失っている。
 私は事前に時刻表を見ながら計画を立てていたのだが、埼玉から出発して丸一日で謎解きを完了するのは不可能ではないにせよ、かなり厳しいスケジュールになることが判明したため、だったら途中で宿泊を入れようと決めたのだった。だが事前にその事を明かしてしまうと駆が遠慮する可能性もあり黙っていたのである。旅館と違ってマンションタイプのコンドミニアムだから、我が家と何ら変わりがないため宿泊を断る理由にはならないはずだ。
「宿泊まで準備してくれていたんだ……」
駆の整った顔がくしゃくしゃになった。また泣き始めるのではなかろうかと心配になったが、今回は大丈夫だった。
「この近くにスイーツの美味しいイートインのお店もあるみたい。謎を解いたら立ち寄ろう! せっかくだから自分達用に美味しいお土産も買わなくちゃね」
 私は駆の手を軽く取ると、館山で既に解いていたビーチボールの在り処、海岸近くの公園まで元気よく歩き始めた。
 子ども達が数人遊んでいる公園にある時計台の足元に、ビーチボールの入っているパステルピンクのギフトボックスが隠されていた。蓋を開けてQRコードを手早く読み取ってから、近くの海岸の防波堤まで行って腰掛ける。頭上では白いカモメ達が空を舞っていた。
 みにぶたにビーチボールを手渡してあげると、仲間達と一緒に砂浜で仲良くビーチバレーで遊び始めたのだった。
 その時駆が恥ずかしそうに俯きながら呟く。
「日帰りだと思っていたから着替え全然持ってきてないんだけど……」
 その件は完全に失念していた。私はちゃっかり自分の分だけ着替えを持って来ていたのだ。
「ごめん!!!」
我慢しろとも言えず、私達は駆の着替えを買うためにその足で近場のスーパーマーケットに向かったのだった。

 夕食として豪華海鮮料理を外の飲食店で食べてから、コンドミニアムにチェックインし、温泉に入る前に謎解きの続きをしてしまう。
 「……『はりねずみはいいました。わたしはすなはまで、すなのおしろをつくりたいの。だからバケツとスコップを探してくれるかしら?』」
駆が部屋に備えつけられたソファに座り、小冊子のテキストを音読している。
「うんうん、オレに任せて!」
勝手に一人芝居をしているが、とても楽しそうである。
 今度の謎は図形と単語がセットになっていて、Aの図形ならこの単語、Bの図形ならこの単語といった感じで組み合わせのパターンがあり、そのAやBなどの図形が複雑に組み合わされた単語は何を指すかという問いだった。
 そんな問題を三つ解いて出てきたヒントの在り処は、外房線・御宿駅の近くにある砂浜だ。明日の行き先が判明したので、私達は安心して温泉に入る事が出来たのだった。



 翌日朝食を摂ると、瀟洒なコンドミニアムを即チェックアウトし安房鴨川駅へと向かった。もちろん二人とも引き続きひっそりぐらしのポシェットを下げている。いい年した大人が――特に駆の場合モデルのような長身イケメンが可愛らしいポシェットを下げているため、主に子ども達から指を差されるのは仕方ない。そんな扱いを受けても駆は常にご機嫌だった。時々満足そうにはりねずみを指で撫でている。

 「千葉はいいよね、海があって」
私は頬杖をつき車窓から見える眩しい海を眺めながらぼやいた。
「観光地もたくさんあるし本当に羨ましい」
「埼玉だって観光地くらいあるよね?」
埼玉県人になってまだ数か月の駆は適当なことを言う。私は憂鬱そうに首を振った。
「甘い! 埼玉なんて秩父の長瀞か小江戸・川越くらいしかないんだよ」
「なが…とろ……???」
駆は長瀞の事を知らないらしい。長瀞とは荒川中流にある峡谷で景勝地なのだが、残念ながら県外の人間はほとんど知らないのだ。私はため息をつく。
「埼玉県人になったんだから長瀞くらい覚えておきなさい!」
「……はい……ごめんなさい」
訳も分からずシュンとする駆。その表情が可愛くてからかってしまう。
「埼玉県の鳥は知ってる?」
「知らない……」
「シラコバト。埼玉県民初級試験に出るから覚えておくように」
駆は眉を下げ恐る恐る尋ねてくる。
「普通、県の鳥なんて覚えているものなの?」
「常識だって。コバトンも知らないの?」
「コバトン……」
慌ててスマホで検索し、ああと頷いた。コバトンとはシラコバトをモチーフにした埼玉県のマスコットキャラクターである。埼玉県人は決してシラコバトを踏んではいけないのだ。……嘘である。
「埼玉県の銘菓と言えば十万石まんじゅうに草加せんべい、五家宝、彩果の宝石」
私の口から繰り出される単語はほとんど駆の馴染みのない物らしく、改めて埼玉県の知名度の低さを思い知らされる。私の方が凹みそうだ。
 「君の出身県は観光地も多くていいね」
「そうですね」
駆の顔がとたんに誇らしげに輝いた。以前述べた通り駆の出身地は岩手県である。
「海も山も美しいですし、アルファさんをいつか連れて行きたいです」
 駆はそう言って、世界文化遺産に登録されている平泉、美しい鍾乳洞・龍泉洞、数々の温泉の名など次々に挙げていった。
「……ぐぬぬ……」
完敗である。埼玉県にはお隣の群馬県と違って有名な温泉地すらないのだ。
 しかし悔し紛れにこう言ってしまう。
「今度の10月16日が私の誕生日なんだけど、埼玉県の一大レジャースポットへ行こうじゃないの」
「一大レジャースポットとは?」
駆はぴんとこないらしくきょとんとする。
「東武動物公園だよ。動物公園と言いつつ、実は遊園地も兼ね備えた広大なアミューズメントパークなの」
と私は説明する。駆が頷いた。
「あ、そこ名前は知ってる。よく地下鉄の行き先で見かけるよね」
「そう、そこ。まだ早いけど、その時は予定空けておいてね」
「じゃ、今度はオレがアテンドするよ。任せて!」
駆が胸をどんと叩いたのだった。

 安房鴨川駅から御宿駅までは列車で約三十分ほどかかった。はりねずみが欲しがっていたバケツとスコップのヒントは、御宿駅から十分ほど離れたところにある公園のベンチの背もたれの裏にさりげなく貼ってあった。この公園全体が砂浜となっており、ラクダに乗る姫と王子の像が設置されている。童謡『月の沙漠』の歌詞がモチーフとなっているらしい。
 私達は一旦御宿駅まで戻ると、駅のそばにある喫茶店で二人ともアイスコーヒーを頼んで小冊子の最後の謎に取り掛かった。最後の謎は小冊子の隅から隅まで使った壮大な問題になっている。ページの片隅に印刷されているちょっとした記号やイラストまで全部使う仕組みなのだ。私達は小冊子を横にしたりひっくり返したり折ったりしながら、しばらくがっつりと謎に取り組んだ。
 文字通り汗をだらだらかきながらやっと謎を解き、『かずさいちのみや・たまさきじんじゃ・ちょうず』という文字が導き出され、最後に行くべき場所が判明した。上総一ノ宮駅の近くにある玉前神社である。いつになく脳みそを使った私はふらふらになってしまった。
「やった~解けた~」
声もへろへろである。
「さすがアルファさん、オレ一人じゃ絶対に無理だった」
駆が労ってくれるが、私の様子がおかしいことに気が付いたようだった。
「アルファさん、大丈夫?」
「……こんなに頭を酷使したの物凄く久しぶりだから、脳みそが糖分を欲している……」
私のちっぽけな灰色の脳細胞が完全にオーバーヒートしている。
「要するに甘いものが欲しいと」
「そーいう事!」
 「じゃ、今回はオレがご馳走するから好きなもの選んで」
駆が卓上に合ったメニューを渡してくれた。私はクリームあんみつを選ぶ。ケーキよりは多少カロリーが少ないのではというちゃちな理由からである。昨日は駆の誕生日を祝うために、ケーキをがっつり食べていたのだ。
 外房線上りはどういう訳か十時台の普通列車がない。青春18きっぷでは特急に乗れないので、次の普通列車が来るまでその喫茶店で待機することにする。私がクリームあんみつをつついている間、駆は持参していたクリーム色の書店のカバーの付いた愛蔵版サイズの少女漫画を読んでいる。
「何を読んでいるの?」
駆に尋ねた。駆は顔を上げると答える。
「三十年くらい前に連載されていたSF。童顔の傭兵が主人公で核戦争後の世界を舞台にしている。今の方がこの作品よりも未来になってるんだよね……」
「本当に君は少女漫画のSFが好きなんだね」
「うん、大好き。意識して収集している。絶版になっている作品は古本買ったりしてるよ」
 駆は留年して以来、FQⅢへのログイン時間はめっきり減り空き時間は意識して勉強しているようだったが、少女漫画だけは手放せないようだった。時々ネット通販で購入したものが郵便受けに投函されているので、私もその事は把握している。だが咎めるような事ではない。息抜きは絶対に必要だ。
 「アルファさんちに来てから、漫画を安心して読める」
とにこやかに語ってくれる。私はそれを聞いて嬉しくなった。
「一人暮らしして念願の大人買いもやってみたのに、ずっと罪悪感があった……。オレ、こんなことしてていいんだろうかって……」
長年こっそり漫画を読んできたのだ。その後ろめたい気持ちは分からなくはない。
「でも最近になって悟ったんだ。たとえ笑われたり否定されたとしても、オレは少女漫画のことが絶対に大好きなんだって。それに一度気が付いたら気持ちが滅茶苦茶楽になったし、胸を張って堂々と読めるようになった」
「うん、それは本当に良かった!」
 私は万感の思いを込めてこくりと頷いた。誇りを持って少女漫画が読めるようになったことは進歩だ。駆が私と出会って一つでも良い事があったのなら、それだけで私は満足だ。今はとても私の秘めた恋心を口にすることはできないけど、駆の心底幸せそうな笑顔を見ているだけで、私も同じような幸福感に浸ることができる。
 その時駆が自分の腕時計をちらりと覗いた。黒い文字盤にギリシャ文字の最後の文字が刻印されているその時計は、大学入学祝としておばあさんに買ってもらったものだそうだ。
「そろそろ上り列車が到着する頃だね」
駆は読んでいた本に栞を挟んでぱたりと閉じると、伝票と自分のリュックを掴んで立ち上がった。私も後に続く。実は今回初めて駆に奢ってもらうのだ。それもなんだか嬉しかった。
「ご馳走さまです!」
私がぺこりと頭を下げ礼を伝えると、駆は照れくさそうに笑ったのだった。
「オレもやっとアルファさんに奢れるようになったよ」
普段やっているキッズシッターと、おばあさんが時々紹介してくる有閑マダム相手の謎のアルバイト?で学費稼ぎが軌道に乗り、ようやく経済的に余裕が出てきたらしかった。


 御宿駅から列車に約三十分弱乗って上総一ノ宮駅に到着する。そこから十分ほど歩いて近くの玉前神社に辿り着いた。これが最後の謎であり、時間が早いせいか謎解き仲間は誰もいなかった。
 必死に謎を解いただけあって、手水舎の近くに巧妙に隠されているパステルイエローのギフトボックスをすぐに見つけ出すことができた。私達は嬉しさのあまり二人でハイタッチをする。
「やったー!」
「やりましたね!」
 参拝客の邪魔にならないところに移動し、はりねずみのスコップとバケツを渡してあげるといつもは困り顔をしているはりねずみが大喜びで受け取り、それは芸術的な砂のお城を作り上げた。それを見た私達まで笑顔となり、達成感を噛みしめたのだった。
 ここまでが小冊子に掲載されている謎解きで、限定グッズに応募するためにはさらにウェブで提示された謎を解かなければならないのだが、駆はともかく私の貧弱な脳みそは既に限界を迎えていた。最終の謎解きは自宅でもできるため一旦保留にして、通りすがりに見かけてチェックしていたお洒落な洋食屋でランチを頂くことにした。

 二人ともチキンソテー定食を選び、食後のアイスティーを飲んでいると駆が満面の笑みを浮かべて礼を述べてきた。
「アルファさん、誘ってくれてありがとう! 本当に楽しい二日間だったよ」
「どういたしまして」
 私も駆に笑いかけた。行くと決めてから時刻表を片手に懸命にスケジュールを立てたのだ。夏休み中ということもあり、鴨川のコンドミニアムもたまたまキャンセルが出たから予約が取れたようなものであり、本当に運が良かった。
「親子連れを沢山見かけたけど、アルファさんも子どもの頃は夏休みご両親と一緒に出かけたりしたの?」
と尋ねられた。私は首を傾げ頬に手を当てる。
「うーん、我が家の場合母親が公務員でなかなか自由に夏休み取れなかったから、出かける時は大抵父親とだったな。あちこちの博物館や動物園に出かけたり……カードゲーム大会行ったり……あるいは百駅近く巡る修行のようなスタンプラリーに参加したりとか……」
「カードゲーム大会!?」
「うん。携帯ゲームの人気キャラをカードゲーム化したの知らない? やたら価格が高騰して今ニュースになってるよね。小学生の頃、親子でデッキ組んで対戦したり、大会に参加したりけっこう本格的にやってたんだよ。もしかしたら我が家にお宝カードが眠っているかもしれないね」
「そうなんだ!」
駆は心底驚いているようで、目をまん丸にした。
「お父さんとカードゲームしてたんだ!」
「うちの父親はちょっと変わってたから……」
つい言い訳がましくなってしまう。それは父親とゲームで遊べなかったであろう駆に対して後ろめたさを感じてしまったからだった。
「全力で子どもと一緒に遊んじゃう、マジで子どもっぽい親だったよ……」
「いいな……」
駆はそうぽろっと言ってから、慌てて手で口を押えた。
「あ、ごめんなさい……」
「全然気にしなくていいよ。私も父親の事話せて嬉しいから」
私は笑い、さらに父親の子どもっぽいエピソードを次々に披露する。その間、駆はにこにこしながら私の話を聞いていた。
 「……ってな訳で、私をダシに自分のしたいことしてただけだったんじゃないかって疑惑があるんだけど……毎年有給休暇もフルに使い切ってたらしいし……」
と私が呆れたように言うと、
「可愛い娘さんと一緒だったから、お父さんは楽しんでたんじゃないのかな」
と駆が感想を述べる。
「……うん……そうはあるかもね……」
それを聞いた私はぎこちなく微笑みを浮かべた。私だって、父が一人娘の私の事をとても大事に思ってくれていたことは十分知っている。ただそれを駆の前で無邪気にお披露目することは気が咎めてしまうのだ。これはただの気を回しすぎなのかもしれない。だけど、私は駆に家族の話をする時、どう接するのが正解なのか未だに分からなかったのだ。
 「……アルファさん、あのね、オレに気使わなくていいから」
まるで私の心を読んだかのような駆の発言だった。どういう事? ととぼけたが、駆ははりねずみのような困り顔を浮かべてこう返してきた。
「オレ、氷室家の昔話聞くの楽しいから。もちろんすっごく羨ましいよ。オレもそんな家に生まれたかった。それが本音。でもそれ以上に色々な話が聞きたいんだ」
「……そっか……うん、分かった……なんか両親の話を聞いてもらえるのは嬉しい……これからは遠慮なく話すね……」
 天涯孤独になってしまった私は両親の話をする機会はほとんどなくなり、せいぜい親友の渚に思い出話をするくらいだった。だから駆から聞きたいと言われたのは意外だったけど、嬉しくもあった。
 駆はこくりと頷きアイスティーを一口飲んでから、少し躊躇するようにこう言った。
「……昔から夏休みに楽しそうな家族連れを見ると羨ましくてたまらなかった……。実を言えば昨日も最初はそうだったんだ……我ながらそんな自分が情けなかったけど……」
思い返してみれば駆は確かにそんなことを口にしていたっけ。私のしょぼんとした顔を見て、駆が慌てて手を振った。
「ううん、違う違う。今はもう平気だって事をアルファさんに伝えたくて」
「そうなの?」
うん、と駆が笑顔になった。
「アルファさんにもらったはりねずみのポシェット下げて謎解きに夢中になってみたら、オレの心の中の羨ましいっていう感情がすっかり成仏してたみたい」
「成仏!?」
駆の突拍子もない発言にびっくりして、素っ頓狂な声を上げてしまった。駆が屈託なく笑う。
「そう、成仏。なんか心がすっきりしちゃった!」
「……お役に立てたのなら良かったよ」
私もつられて笑顔になり、実のところを打ち明ける。
「実はうちのお父さんサプライズ好きで……私の喜ぶ顔が見たいって毎年私の誕生日には手を変え品を変え企画してたんだ……無意識にそれを真似してたみたいだね……」
 父は私が十代後半になっても誕生日のサプライズ企画を続けるから、私はついうざいと言ってしまった事があった。ごめんねとしょんぼり謝った父だったけど翌年も懲りもせず続けていたから、それ以来好きにさせていたが、知らぬ間に私は父にどっぷり影響を受けていたようだ。
「そっか……なら、納得だ!」
駆が合点したように頷いた。

 その時店員さんがランチタイムのオーダーストップを告げてきた。私達はそのタイミングで店を出ることにする。
 房総半島の高い夏空は青く澄んでいたが、海の方角には白い入道雲がもくもくと発生していた。セミ達がジージーと鳴き競い、私達に向かって容赦なく日差しが照りつけてくる。私は日傘を広げながら宣言したのだった。
「さて、まだまだ名残惜しいけど埼玉の我が家に帰るとするか!」
さっきスマホで調べたら、これから上総一ノ宮駅を発つ京葉線経由東京行きの電車に乗って南船橋で乗り換えれば、我が家の最寄り駅まで一回乗り換えで済んでしまうらしい。武蔵野線様様(さまさま)だ。
「うん、うちへ帰ろう!」
そう言った駆の顔はとても晴れ晴れとしていた。



 翌週の土曜朝食を食べた後、四つのアイテムを入手した事でアンロックされた最終章に取り掛かった。ひっそりぐらしの四キャラは夜海辺で全員が楽しめる花火を手に入れてくれと頼んできたのである。ウェブだけを使った謎解きで、小冊子に書いてある内容やこれまで入手してきたヒントを使いながら花火を見つけていくのだが、これが信じられないくらい難しくて、ダイニングテーブルに座り頭をつき合わせ、二人がかりで解くのに午前一杯かかってしまった。うんうん言いながらもクリアした時の達成感と爽快感は半端ない。
 「謎解き、滅茶苦茶難しいけど楽しい!」
駆は成し遂げたという表情をしている。私はにやにやしながら
「ドーパミンどばどば出るでしょ。これが実に癖になるんだな」
とジャンキーもどきのような事を口にしてしまう。まあ、ゲーマーなんてある意味ドーパミンジャンキーなのかもしれないけど。
 私達はLIMEにキーワードを入れ、てでぃべあ、かめ、みにぶた、はりねずみが夜仲良く花火を楽しんでいる限定画像をゲットした後、アンケートと抽選でもらえる希望の品を入力した。その後駆はお宝画像を早速待ち受け画面に設定して、すっかりご満悦だった。
 私達が初めて一緒に解いた謎解きはこうして無事終了した。二日間はりねずみのポシェットをお供に歩いた駆は完全に吹っ切れたのか、通学にも使っている黒く大きなバックパックにはりねずみのぬいぐるみストラップを付けるようになり、はりねずみ推しを周囲に公言するようになったそうだ。好きなものを好きと表現する、ただそれだけの事なのだけど、駆が行動に移せるようになった事を私はひそかに嬉しく思ったのだった。


 それから三か月後抽選に応募した事すら忘れた頃、駆宛に謎解き事務局から小さな箱が送られてきた。なんと謎解き限定グッズが当選したらしい。箱を開けてみると、ひっそりぐらしのキャラクター四体が駅員さんに扮した手のひらサイズのぬいぐるみが収められていた。駆はそのぬいぐるみ達を取り出すと胸におし抱いたのだが、それはもう幸せそうな笑顔を浮かべたのだった。


次のエピソードへ進む 第5章 嘘から出たまこと-1


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 館山駅を出発してから40分強で内房線と外房線の合流駅、安房鴨川駅に到着した。六番目の謎解き駅である。この時点で既に午後4時過ぎ。次の外房線上り列車は早くても一時間後となる。
 この時私は駅の時計を見ながら駆に確認する。
「明日予定入ってないよね?」
「うん、大丈夫」
 私はここで準備していたサプライズを明かした。
「じゃーん、実はここの近くにあるコンドミニアムに予約入れてまーす! 温泉大浴場もあるよ!」
駆が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして言葉を失っている。
 私は事前に時刻表を見ながら計画を立てていたのだが、埼玉から出発して丸一日で謎解きを完了するのは不可能ではないにせよ、かなり厳しいスケジュールになることが判明したため、だったら途中で宿泊を入れようと決めたのだった。だが事前にその事を明かしてしまうと駆が遠慮する可能性もあり黙っていたのである。旅館と違ってマンションタイプのコンドミニアムだから、我が家と何ら変わりがないため宿泊を断る理由にはならないはずだ。
「宿泊まで準備してくれていたんだ……」
駆の整った顔がくしゃくしゃになった。また泣き始めるのではなかろうかと心配になったが、今回は大丈夫だった。
「この近くにスイーツの美味しいイートインのお店もあるみたい。謎を解いたら立ち寄ろう! せっかくだから自分達用に美味しいお土産も買わなくちゃね」
 私は駆の手を軽く取ると、館山で既に解いていたビーチボールの在り処、海岸近くの公園まで元気よく歩き始めた。
 子ども達が数人遊んでいる公園にある時計台の足元に、ビーチボールの入っているパステルピンクのギフトボックスが隠されていた。蓋を開けてQRコードを手早く読み取ってから、近くの海岸の防波堤まで行って腰掛ける。頭上では白いカモメ達が空を舞っていた。
 みにぶたにビーチボールを手渡してあげると、仲間達と一緒に砂浜で仲良くビーチバレーで遊び始めたのだった。
 その時駆が恥ずかしそうに俯きながら呟く。
「日帰りだと思っていたから着替え全然持ってきてないんだけど……」
 その件は完全に失念していた。私はちゃっかり自分の分だけ着替えを持って来ていたのだ。
「ごめん!!!」
我慢しろとも言えず、私達は駆の着替えを買うためにその足で近場のスーパーマーケットに向かったのだった。
 夕食として豪華海鮮料理を外の飲食店で食べてから、コンドミニアムにチェックインし、温泉に入る前に謎解きの続きをしてしまう。
 「……『はりねずみはいいました。わたしはすなはまで、すなのおしろをつくりたいの。だからバケツとスコップを探してくれるかしら?』」
駆が部屋に備えつけられたソファに座り、小冊子のテキストを音読している。
「うんうん、オレに任せて!」
勝手に一人芝居をしているが、とても楽しそうである。
 今度の謎は図形と単語がセットになっていて、Aの図形ならこの単語、Bの図形ならこの単語といった感じで組み合わせのパターンがあり、そのAやBなどの図形が複雑に組み合わされた単語は何を指すかという問いだった。
 そんな問題を三つ解いて出てきたヒントの在り処は、外房線・御宿駅の近くにある砂浜だ。明日の行き先が判明したので、私達は安心して温泉に入る事が出来たのだった。
 翌日朝食を摂ると、瀟洒なコンドミニアムを即チェックアウトし安房鴨川駅へと向かった。もちろん二人とも引き続きひっそりぐらしのポシェットを下げている。いい年した大人が――特に駆の場合モデルのような長身イケメンが可愛らしいポシェットを下げているため、主に子ども達から指を差されるのは仕方ない。そんな扱いを受けても駆は常にご機嫌だった。時々満足そうにはりねずみを指で撫でている。
 「千葉はいいよね、海があって」
私は頬杖をつき車窓から見える眩しい海を眺めながらぼやいた。
「観光地もたくさんあるし本当に羨ましい」
「埼玉だって観光地くらいあるよね?」
埼玉県人になってまだ数か月の駆は適当なことを言う。私は憂鬱そうに首を振った。
「甘い! 埼玉なんて秩父の長瀞か小江戸・川越くらいしかないんだよ」
「なが…とろ……???」
駆は長瀞の事を知らないらしい。長瀞とは荒川中流にある峡谷で景勝地なのだが、残念ながら県外の人間はほとんど知らないのだ。私はため息をつく。
「埼玉県人になったんだから長瀞くらい覚えておきなさい!」
「……はい……ごめんなさい」
訳も分からずシュンとする駆。その表情が可愛くてからかってしまう。
「埼玉県の鳥は知ってる?」
「知らない……」
「シラコバト。埼玉県民初級試験に出るから覚えておくように」
駆は眉を下げ恐る恐る尋ねてくる。
「普通、県の鳥なんて覚えているものなの?」
「常識だって。コバトンも知らないの?」
「コバトン……」
慌ててスマホで検索し、ああと頷いた。コバトンとはシラコバトをモチーフにした埼玉県のマスコットキャラクターである。埼玉県人は決してシラコバトを踏んではいけないのだ。……嘘である。
「埼玉県の銘菓と言えば十万石まんじゅうに草加せんべい、五家宝、彩果の宝石」
私の口から繰り出される単語はほとんど駆の馴染みのない物らしく、改めて埼玉県の知名度の低さを思い知らされる。私の方が凹みそうだ。
 「君の出身県は観光地も多くていいね」
「そうですね」
駆の顔がとたんに誇らしげに輝いた。以前述べた通り駆の出身地は岩手県である。
「海も山も美しいですし、アルファさんをいつか連れて行きたいです」
 駆はそう言って、世界文化遺産に登録されている平泉、美しい鍾乳洞・龍泉洞、数々の温泉の名など次々に挙げていった。
「……ぐぬぬ……」
完敗である。埼玉県にはお隣の群馬県と違って有名な温泉地すらないのだ。
 しかし悔し紛れにこう言ってしまう。
「今度の10月16日が私の誕生日なんだけど、埼玉県の一大レジャースポットへ行こうじゃないの」
「一大レジャースポットとは?」
駆はぴんとこないらしくきょとんとする。
「東武動物公園だよ。動物公園と言いつつ、実は遊園地も兼ね備えた広大なアミューズメントパークなの」
と私は説明する。駆が頷いた。
「あ、そこ名前は知ってる。よく地下鉄の行き先で見かけるよね」
「そう、そこ。まだ早いけど、その時は予定空けておいてね」
「じゃ、今度はオレがアテンドするよ。任せて!」
駆が胸をどんと叩いたのだった。
 安房鴨川駅から御宿駅までは列車で約三十分ほどかかった。はりねずみが欲しがっていたバケツとスコップのヒントは、御宿駅から十分ほど離れたところにある公園のベンチの背もたれの裏にさりげなく貼ってあった。この公園全体が砂浜となっており、ラクダに乗る姫と王子の像が設置されている。童謡『月の沙漠』の歌詞がモチーフとなっているらしい。
 私達は一旦御宿駅まで戻ると、駅のそばにある喫茶店で二人ともアイスコーヒーを頼んで小冊子の最後の謎に取り掛かった。最後の謎は小冊子の隅から隅まで使った壮大な問題になっている。ページの片隅に印刷されているちょっとした記号やイラストまで全部使う仕組みなのだ。私達は小冊子を横にしたりひっくり返したり折ったりしながら、しばらくがっつりと謎に取り組んだ。
 文字通り汗をだらだらかきながらやっと謎を解き、『かずさいちのみや・たまさきじんじゃ・ちょうず』という文字が導き出され、最後に行くべき場所が判明した。上総一ノ宮駅の近くにある玉前神社である。いつになく脳みそを使った私はふらふらになってしまった。
「やった~解けた~」
声もへろへろである。
「さすがアルファさん、オレ一人じゃ絶対に無理だった」
駆が労ってくれるが、私の様子がおかしいことに気が付いたようだった。
「アルファさん、大丈夫?」
「……こんなに頭を酷使したの物凄く久しぶりだから、脳みそが糖分を欲している……」
私のちっぽけな灰色の脳細胞が完全にオーバーヒートしている。
「要するに甘いものが欲しいと」
「そーいう事!」
 「じゃ、今回はオレがご馳走するから好きなもの選んで」
駆が卓上に合ったメニューを渡してくれた。私はクリームあんみつを選ぶ。ケーキよりは多少カロリーが少ないのではというちゃちな理由からである。昨日は駆の誕生日を祝うために、ケーキをがっつり食べていたのだ。
 外房線上りはどういう訳か十時台の普通列車がない。青春18きっぷでは特急に乗れないので、次の普通列車が来るまでその喫茶店で待機することにする。私がクリームあんみつをつついている間、駆は持参していたクリーム色の書店のカバーの付いた愛蔵版サイズの少女漫画を読んでいる。
「何を読んでいるの?」
駆に尋ねた。駆は顔を上げると答える。
「三十年くらい前に連載されていたSF。童顔の傭兵が主人公で核戦争後の世界を舞台にしている。今の方がこの作品よりも未来になってるんだよね……」
「本当に君は少女漫画のSFが好きなんだね」
「うん、大好き。意識して収集している。絶版になっている作品は古本買ったりしてるよ」
 駆は留年して以来、FQⅢへのログイン時間はめっきり減り空き時間は意識して勉強しているようだったが、少女漫画だけは手放せないようだった。時々ネット通販で購入したものが郵便受けに投函されているので、私もその事は把握している。だが咎めるような事ではない。息抜きは絶対に必要だ。
 「アルファさんちに来てから、漫画を安心して読める」
とにこやかに語ってくれる。私はそれを聞いて嬉しくなった。
「一人暮らしして念願の大人買いもやってみたのに、ずっと罪悪感があった……。オレ、こんなことしてていいんだろうかって……」
長年こっそり漫画を読んできたのだ。その後ろめたい気持ちは分からなくはない。
「でも最近になって悟ったんだ。たとえ笑われたり否定されたとしても、オレは少女漫画のことが絶対に大好きなんだって。それに一度気が付いたら気持ちが滅茶苦茶楽になったし、胸を張って堂々と読めるようになった」
「うん、それは本当に良かった!」
 私は万感の思いを込めてこくりと頷いた。誇りを持って少女漫画が読めるようになったことは進歩だ。駆が私と出会って一つでも良い事があったのなら、それだけで私は満足だ。今はとても私の秘めた恋心を口にすることはできないけど、駆の心底幸せそうな笑顔を見ているだけで、私も同じような幸福感に浸ることができる。
 その時駆が自分の腕時計をちらりと覗いた。黒い文字盤にギリシャ文字の最後の文字が刻印されているその時計は、大学入学祝としておばあさんに買ってもらったものだそうだ。
「そろそろ上り列車が到着する頃だね」
駆は読んでいた本に栞を挟んでぱたりと閉じると、伝票と自分のリュックを掴んで立ち上がった。私も後に続く。実は今回初めて駆に奢ってもらうのだ。それもなんだか嬉しかった。
「ご馳走さまです!」
私がぺこりと頭を下げ礼を伝えると、駆は照れくさそうに笑ったのだった。
「オレもやっとアルファさんに奢れるようになったよ」
普段やっているキッズシッターと、おばあさんが時々紹介してくる有閑マダム相手の謎のアルバイト?で学費稼ぎが軌道に乗り、ようやく経済的に余裕が出てきたらしかった。
 御宿駅から列車に約三十分弱乗って上総一ノ宮駅に到着する。そこから十分ほど歩いて近くの玉前神社に辿り着いた。これが最後の謎であり、時間が早いせいか謎解き仲間は誰もいなかった。
 必死に謎を解いただけあって、手水舎の近くに巧妙に隠されているパステルイエローのギフトボックスをすぐに見つけ出すことができた。私達は嬉しさのあまり二人でハイタッチをする。
「やったー!」
「やりましたね!」
 参拝客の邪魔にならないところに移動し、はりねずみのスコップとバケツを渡してあげるといつもは困り顔をしているはりねずみが大喜びで受け取り、それは芸術的な砂のお城を作り上げた。それを見た私達まで笑顔となり、達成感を噛みしめたのだった。
 ここまでが小冊子に掲載されている謎解きで、限定グッズに応募するためにはさらにウェブで提示された謎を解かなければならないのだが、駆はともかく私の貧弱な脳みそは既に限界を迎えていた。最終の謎解きは自宅でもできるため一旦保留にして、通りすがりに見かけてチェックしていたお洒落な洋食屋でランチを頂くことにした。
 二人ともチキンソテー定食を選び、食後のアイスティーを飲んでいると駆が満面の笑みを浮かべて礼を述べてきた。
「アルファさん、誘ってくれてありがとう! 本当に楽しい二日間だったよ」
「どういたしまして」
 私も駆に笑いかけた。行くと決めてから時刻表を片手に懸命にスケジュールを立てたのだ。夏休み中ということもあり、鴨川のコンドミニアムもたまたまキャンセルが出たから予約が取れたようなものであり、本当に運が良かった。
「親子連れを沢山見かけたけど、アルファさんも子どもの頃は夏休みご両親と一緒に出かけたりしたの?」
と尋ねられた。私は首を傾げ頬に手を当てる。
「うーん、我が家の場合母親が公務員でなかなか自由に夏休み取れなかったから、出かける時は大抵父親とだったな。あちこちの博物館や動物園に出かけたり……カードゲーム大会行ったり……あるいは百駅近く巡る修行のようなスタンプラリーに参加したりとか……」
「カードゲーム大会!?」
「うん。携帯ゲームの人気キャラをカードゲーム化したの知らない? やたら価格が高騰して今ニュースになってるよね。小学生の頃、親子でデッキ組んで対戦したり、大会に参加したりけっこう本格的にやってたんだよ。もしかしたら我が家にお宝カードが眠っているかもしれないね」
「そうなんだ!」
駆は心底驚いているようで、目をまん丸にした。
「お父さんとカードゲームしてたんだ!」
「うちの父親はちょっと変わってたから……」
つい言い訳がましくなってしまう。それは父親とゲームで遊べなかったであろう駆に対して後ろめたさを感じてしまったからだった。
「全力で子どもと一緒に遊んじゃう、マジで子どもっぽい親だったよ……」
「いいな……」
駆はそうぽろっと言ってから、慌てて手で口を押えた。
「あ、ごめんなさい……」
「全然気にしなくていいよ。私も父親の事話せて嬉しいから」
私は笑い、さらに父親の子どもっぽいエピソードを次々に披露する。その間、駆はにこにこしながら私の話を聞いていた。
 「……ってな訳で、私をダシに自分のしたいことしてただけだったんじゃないかって疑惑があるんだけど……毎年有給休暇もフルに使い切ってたらしいし……」
と私が呆れたように言うと、
「可愛い娘さんと一緒だったから、お父さんは楽しんでたんじゃないのかな」
と駆が感想を述べる。
「……うん……そうはあるかもね……」
それを聞いた私はぎこちなく微笑みを浮かべた。私だって、父が一人娘の私の事をとても大事に思ってくれていたことは十分知っている。ただそれを駆の前で無邪気にお披露目することは気が咎めてしまうのだ。これはただの気を回しすぎなのかもしれない。だけど、私は駆に家族の話をする時、どう接するのが正解なのか未だに分からなかったのだ。
 「……アルファさん、あのね、オレに気使わなくていいから」
まるで私の心を読んだかのような駆の発言だった。どういう事? ととぼけたが、駆ははりねずみのような困り顔を浮かべてこう返してきた。
「オレ、氷室家の昔話聞くの楽しいから。もちろんすっごく羨ましいよ。オレもそんな家に生まれたかった。それが本音。でもそれ以上に色々な話が聞きたいんだ」
「……そっか……うん、分かった……なんか両親の話を聞いてもらえるのは嬉しい……これからは遠慮なく話すね……」
 天涯孤独になってしまった私は両親の話をする機会はほとんどなくなり、せいぜい親友の渚に思い出話をするくらいだった。だから駆から聞きたいと言われたのは意外だったけど、嬉しくもあった。
 駆はこくりと頷きアイスティーを一口飲んでから、少し躊躇するようにこう言った。
「……昔から夏休みに楽しそうな家族連れを見ると羨ましくてたまらなかった……。実を言えば昨日も最初はそうだったんだ……我ながらそんな自分が情けなかったけど……」
思い返してみれば駆は確かにそんなことを口にしていたっけ。私のしょぼんとした顔を見て、駆が慌てて手を振った。
「ううん、違う違う。今はもう平気だって事をアルファさんに伝えたくて」
「そうなの?」
うん、と駆が笑顔になった。
「アルファさんにもらったはりねずみのポシェット下げて謎解きに夢中になってみたら、オレの心の中の羨ましいっていう感情がすっかり成仏してたみたい」
「成仏!?」
駆の突拍子もない発言にびっくりして、素っ頓狂な声を上げてしまった。駆が屈託なく笑う。
「そう、成仏。なんか心がすっきりしちゃった!」
「……お役に立てたのなら良かったよ」
私もつられて笑顔になり、実のところを打ち明ける。
「実はうちのお父さんサプライズ好きで……私の喜ぶ顔が見たいって毎年私の誕生日には手を変え品を変え企画してたんだ……無意識にそれを真似してたみたいだね……」
 父は私が十代後半になっても誕生日のサプライズ企画を続けるから、私はついうざいと言ってしまった事があった。ごめんねとしょんぼり謝った父だったけど翌年も懲りもせず続けていたから、それ以来好きにさせていたが、知らぬ間に私は父にどっぷり影響を受けていたようだ。
「そっか……なら、納得だ!」
駆が合点したように頷いた。
 その時店員さんがランチタイムのオーダーストップを告げてきた。私達はそのタイミングで店を出ることにする。
 房総半島の高い夏空は青く澄んでいたが、海の方角には白い入道雲がもくもくと発生していた。セミ達がジージーと鳴き競い、私達に向かって容赦なく日差しが照りつけてくる。私は日傘を広げながら宣言したのだった。
「さて、まだまだ名残惜しいけど埼玉の我が家に帰るとするか!」
さっきスマホで調べたら、これから上総一ノ宮駅を発つ京葉線経由東京行きの電車に乗って南船橋で乗り換えれば、我が家の最寄り駅まで一回乗り換えで済んでしまうらしい。武蔵野線|様様《さまさま》だ。
「うん、うちへ帰ろう!」
そう言った駆の顔はとても晴れ晴れとしていた。
 翌週の土曜朝食を食べた後、四つのアイテムを入手した事でアンロックされた最終章に取り掛かった。ひっそりぐらしの四キャラは夜海辺で全員が楽しめる花火を手に入れてくれと頼んできたのである。ウェブだけを使った謎解きで、小冊子に書いてある内容やこれまで入手してきたヒントを使いながら花火を見つけていくのだが、これが信じられないくらい難しくて、ダイニングテーブルに座り頭をつき合わせ、二人がかりで解くのに午前一杯かかってしまった。うんうん言いながらもクリアした時の達成感と爽快感は半端ない。
 「謎解き、滅茶苦茶難しいけど楽しい!」
駆は成し遂げたという表情をしている。私はにやにやしながら
「ドーパミンどばどば出るでしょ。これが実に癖になるんだな」
とジャンキーもどきのような事を口にしてしまう。まあ、ゲーマーなんてある意味ドーパミンジャンキーなのかもしれないけど。
 私達はLIMEにキーワードを入れ、てでぃべあ、かめ、みにぶた、はりねずみが夜仲良く花火を楽しんでいる限定画像をゲットした後、アンケートと抽選でもらえる希望の品を入力した。その後駆はお宝画像を早速待ち受け画面に設定して、すっかりご満悦だった。
 私達が初めて一緒に解いた謎解きはこうして無事終了した。二日間はりねずみのポシェットをお供に歩いた駆は完全に吹っ切れたのか、通学にも使っている黒く大きなバックパックにはりねずみのぬいぐるみストラップを付けるようになり、はりねずみ推しを周囲に公言するようになったそうだ。好きなものを好きと表現する、ただそれだけの事なのだけど、駆が行動に移せるようになった事を私はひそかに嬉しく思ったのだった。
 それから三か月後抽選に応募した事すら忘れた頃、駆宛に謎解き事務局から小さな箱が送られてきた。なんと謎解き限定グッズが当選したらしい。箱を開けてみると、ひっそりぐらしのキャラクター四体が駅員さんに扮した手のひらサイズのぬいぐるみが収められていた。駆はそのぬいぐるみ達を取り出すと胸におし抱いたのだが、それはもう幸せそうな笑顔を浮かべたのだった。