「その冬最初に降った雪を手にした人は、1つだけ願いが叶うよ」
それは、ラビが教えてくれた魔法。
晴れた日が続く冬、僕たちは並んで空を見上げていた。
いつもよりほんの少し寒い秋、森の中に銃声が響いた。
木の実を採りに来ていた僕は、猟師が鹿撃ちに来てるのかな?と思っていたのだけど。
銃声がした方から離れようと歩いていたところ、目の前に何かが落ちてきた。
辺りに白い羽根が舞う。
鳥が落ちてきたのかと思ったら、違った。
「…助け…て………」
やっと聞き取れるくらいの小さく弱々しい声。
落ちてきたのは、白い翼がはえた女の子だった。
髪の色は白に近い金髪、瞳の色はライラックの花のような紫だ。
「大丈夫?!」
慌てて駆け寄って見たら、翼の片方に傷があった。
何かが貫通したみたいな傷、撃たれた痕だ。
助けてと言った後、女の子は気を失ってしまったので、とりあえず抱き上げて運ぶ。
女の子は見た目よりずっと軽くて、運ぶのは楽だった。
「悪いけど、うちでは鳥は診てあげられないよ」
病院へ行ったら断られてしまった。
鳥………
………ってか、翼のはえてる女の子って鳥なの?
しょうがないので家に連れて帰って薬箱にあるもので手当てした。
傷口を消毒して、傷当てパッドを当てて、包帯を巻いただけ。
銃弾は貫通してるから、それで多分大丈夫な筈。
「流星、帰ってるの?」
母さんがドアをノックしたのでドアを開けて、部屋に入ってもらった。
「あら、綺麗な鳥。怪我をしてるの?」
入って来てベッドに寝かせている子を見て、母さんが言う。
………ってか、鳥なの? この子。
「怪我が治るまでうちに置いてあげてもいい?」
「いいけど、治ったら放してあげるのよ」
という事でしばらくうちに置いてあげられる事になったのはいいけど、なんかおかしい。
ベッドに寝かせたのは、背中に白い翼がはえてるけど、それ以外は人間の女の子だ。
病院の受付の人も、母さんも、後から帰宅した父さんも、みんなして「鳥」って言うんだけど。
「大人の目には、私は白い鳥に見えるの」
しばらくして、女の子が目を覚ましたので経緯を話したら教えてくれた。
女の子は名前をラビといって、空の国から来た子だった。
どんなものを食べるの?と聞いたら、木の実と言うので採ってきた木の実をあげた。
それから怪我が治るまで、ラビは僕の部屋に居た。
僕はラビにベッドを貸して、ソファで寝た。
一緒に寝ようって言われたけど、寝ぼけて翼を踏んだら悪いからやめておく。
冬休み、僕とラビはずっと一緒に過ごした。
その時に、教えてもらったのは1つの魔法。
「冬になって、初雪が降りそうな時、空を見上げて待って。最初に降ってきた雪を受け止めた時、1つだけ願いが叶うから」
僕は待った。
初雪が降るのを待った。
「もしも願いが叶うとしたら、どんな事を望むの?」
ラビに聞かれた僕は、空を飛べるようになりたいって答えた。
そうしたらラビが空の国へ帰った後も、会いに行けると思ったから。
けれど空は青く、雪は降りそうになかった。
クリスマスが過ぎても、雪は降らなかった。
ラビの怪我はすっかり治って、嬉しそうに広げた翼にもう傷は無い。
「いつもならそろそろ初雪が降る頃なんだけどなぁ」
僕が悔しそうに空を見上げていると、ラビが抱きついてきた。
「じゃあ、私が抱っこして飛んであげる」
そして、白い翼のはえた女の子は、僕を抱いて青い空へ舞い上がる。
家が、村が、小さく見える。
放牧地を走る馬の群れも米粒みたいに小さく見える。
遠くに海も見えて、ラビがちょっと加速したら一気に近くに見えてきた。
初めて飛んだ時の爽快な感覚は、ずっと忘れないと思う。
しばらく遊んで、そろそろ帰ろうと話して森の上を通り過ぎようとした時…
…銃声が、響いた…
僕を抱いて飛んでいたラビが、ビクンと身体を震わせた。
「ラビ?!」
急に落下が始まり、僕は声を上げた。
ラビは苦しそうにしながら少しだけ微笑むと、その身体と翼で僕を包み込む。
そしてそのまま、ラビと僕は森の中へ落ちていった。
ここは何処だろう…?
ラビに抱かれたまま、僕は気を失っていたらしい。
目を開けて見たら辺りは暗くなっていた。
ラビの腕の中から抜け出して身体を起こしてみて、僕は心臓が跳ね上がりそうなほど驚いた。
白い翼が折れて血まみれになっている。
落ちた時に木の枝に当たったのか、身体も傷だらけだ。
ラビは倒れたままピクリとも動かない。
恐る恐る抱き起してみると、ラビはグッタリして喉を反らせた。
助けなきゃ…
ラビがその身体と翼で守ってくれたから、僕はほとんど無傷だった。
身体はどこも痛くないし、歩ける。
僕はラビを抱き上げて歩き出した。
でも、帰り道が分からない。
深い森の中、夜空は曇って月も星も見えない。
どのくらい歩いたろう?
森の出口は全く分からず、彷徨い続けた。
涙が頬を伝う。
助けられない悔しさと、大切な人を失う絶望感。
腕に抱いたラビの身体から次第に温もりが消えてゆく。
僕は座り込み、ラビを温めようと抱き締めながら空を見上げた。
ラビが帰る筈だった場所、空の国はここから見える事は無かった。
…その時…
ふわりと1つ、落ちてくる白いもの。
僕は咄嗟に片手をのばした。
必死に掴んだそれは、ひとひらの雪。
1つだけ願いが叶う。
なら、今願う事は、ただひとつ。
「ラビを助けて!」
僕は強く願う。
腕の中でグッタリして動かない女の子。
この子が助かる事、今願うのはそれだけだ。
すると、僕の手の中で溶けた雪が光に変わった。
光はラビを覆う。
強い光で、眩しさに僕は目を閉じた。
しばらく目を閉じていると、誰かが頬を撫でる手の感触。
ハッと目を開けると、ラビが微笑む顔が見えた。
その翼も身体も、傷は完全に消えている。
ひとつだけの奇跡は、ラビを復活させてくれた。
「ひとひらの雪の魔法、自分で空を飛べるように残しておいても良かったのに」
抱きついて泣いていたら、ラビがそんな事を言う。
「嫌だよ。飛べてもラビがいなかったら意味ないじゃないか」
抗議すると、ラビはクスッと笑った。
そして、ラビは空の国に帰ってゆく。
僕は地上で何十年か生きて、年老いてその生を終える時を迎えた。
その最期の時に、ラビが降りて来た。
「昔の願いを、叶えに来たよ」
あの頃と変わらない、白い翼と美しい少女の姿。
ラビが手を掴むと、僕は年老いた身体からスルリと抜け出た。
抜け出た僕の背中をラビが撫でると、白い翼がはえてくる。
そして僕らは、雪が舞う空へ飛び立った。
共に過ごした日と同じ、子供の姿に還って………。