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前編

ー/ー



 長い長い兵の列。
 リズムを保つ太鼓の()
 カチャリガチャリの金属音。
 まとわり滴り止まらぬ汗に、ヒリヒリカラカラ痛む喉。
 荒野の行軍はどこまでも。
 視界を足元に固定して、ただただ左、右、左、右。
 落ちる雫を靴先が蹴る。

「おぃ……だいじょぶかぁ」

 苦しげな呼吸の合間に掠れた声を吐き出すのは、同郷の『ナグ』だった。
 声だけではもう判別できなくて、首をまわしてようやくソイツと分かった。
 首が動いたことで汗に濡れた布の接触が増え、そのぬたっとした感触にウンザリする。

「見ればわかんだろ……まだ着かないのかよ」

 照りつける太陽。
 太鼓に合わせて誘導される慣れない呼吸。
 全身を包む、汗に濡れた衣類の生ぬるい感触。
 渡されたときは"相棒"で、行軍の最中(さなか)に"荷物"となり、それも過ぎ去った今や"杖"となった槍を持ち替える。
 一定を保つ太鼓の音と、この延々と続く単調にして苦痛に満ちた行軍から逃れる術を、オレはいい加減に理解していた。
 
「————————」

 うっすらと当事者としての感覚が薄らいでいく。
 身体を惰性に任せて、頭の思考を肉体から切り離す。
 肉体的苦痛から、意識が解放されるのが分かる。踵やマメの痛みや、装備の荷重のかかる部分の圧迫感とか痺れとか、全身の重さや息苦しさが、徐々に他人事になっていく。

 太鼓の音。

 こうして自由を許された意識は、内から聞こえる呼吸音と、外から聞こえる太鼓の音に導かれ、記憶の海へ沈み込んでいく。

 太鼓の音。

 戦争とか徴兵なんて、縁のないものだと思っていた。
 土をいじり、そうでないときは狩りをする。それもないとき、お袋や祖母の編み物を手伝って、あるいは親父や祖父に罠だとか獲物の生態だとかを教わって、それすらなければ仲間たちと馬鹿騒ぎ。それがあの村の全てだった。それがオレの全てだった。

 太鼓の音。

 オレは特別に優秀なわけでもなかったし、体格に優れてもいなかった。
 なんでもある程度こなせたが、突出するものもなく"便利な奴"にとどまっていた。
 何かあれば、五番目くらいに声をかけられて、しかし集まりで活躍した人間として名前があがることは稀。そんな人生を送ってきた。
 そのことに、特に不満も不安もなかった。

 太鼓の音。

 それに初めて不満を抱いたのは、幼馴染の『セア』に女を感じ、それが他の女より特別になったときだった。
 それに初めて不安を抱いたのは、村一番の力持ちである『グガ』が、あいつに惚れていると知ったときだった。

 太鼓の音。

 思考が嫌なものを思い出させる。
 『グガ』にぶちのめされた日。倒れ伏したオレに吐きかけられた奴の唾の臭いすら思い出せる。
 あれはいつだったか。酒が入っていた。男が集まって酒が入れば、大体は同じ話題だった。
 ああ、キッカケは、そんな下卑た笑い声の中に『セア』の名前が出たことだった。
 『グガ』が、赤ら顔で『あいつは俺に惚れている』だとか、『もう俺のものだから手を出すな』だとか言った後、『セア』をどう"可愛がる"かをにやけた顔で肴にし始めた。
 オレは、止せばいいのに、かないっこない奴に殴りかかっていた。

 ぶっとい腕一本で押さえつけられ、振り上げられた岩みたいな拳を覚えている。
 怖かった。すっかりオレの生殺与奪を握った拳をひけらかす、あの見開かれた眼も怖かった。
 誰も止めないのも怖かった。奴のデカさが怖かった。屈服したくなる心が怖かった。

 赦しを乞えと言う奴に『くたばれ』と返して、岩が振り下ろされ————

「——ブッ?! っ痛ぅぅ……悪い」

 いつの間にか止まれの合図が出ていたらしい。
 前のヤツの鎧に鼻を打つ。
 陽光に熱された金属板は、オレの痕跡をすぐに蒸発させた。皮脂だけが残される。

 ソイツは振り返ることすら億劫だと、一瞬身体を揺すって抗議とした。それに感情を動かす体力も気力もない。もう謝ったんだ。ソイツが許すかなんて、興味がなかった。

 そう、あのときの『セア』も、こんな気持ちでいたんだろう。
 騒ぎを聞きつけたあいつが、オレを足蹴にする奴にやめろと縋った。
 奴はそんなあいつを強引に抱き寄せて、見せつけるように————

「ぉい、カイ——!」

 デカい声に鼓膜が痛む。
 鼓膜の震えにすら疲れを感じた。

 もう首はまわさない。煩わしい。
 奴があいつの唇を貪る様を思い出さずに済んだことには感謝しているが、それと疲れとは別の問題だった。

「おい! 立ったまま寝てんのか! おいって!」

 返事を返さないのに、ナグはしつこい。
 ついには肩まで揺すりだした。
 ぶん殴ってやろうと、重い頭を持ち上げて視線を上げる。

「あ——」

 それで、ナグのヤツが何を報せたかったか理解した。

「つい、た……やっとかよ——へへ、たすかった……」

 ため息と共に吐き出す。
 斜面から見下ろす行軍縦隊の先には、オレたちの目的地である野営地が展開していた。

 だが、全員を収容などできない。
 オレたち下っ端は、壁も屋根もない野晒し状態で地べたへ潰れる。
 だがそれでもいい。とにかく装備を外せれば十分だ。

 ナグと二人、足を投げ出す。鎧も外し、ようやく圧迫感から解放された。
 首に巻いていた布をひっぺがして絞ると、濁った汗が音を立てて水たまりを作る。

「水はまだ順番待ちだってよ。俺たちゃ馬以下だね。ま、そりゃそうなんだがよ」

 見れば、ナグは布切れを絞って汗を捨てることなく、そのまま音を立ててしゃぶりつき、に余念がなかった。オレもそうすればよかったのか。うまそうだなぁ……くそ。

 そうして順番を待ち、水分を補給し、味気ないが空腹も満たした頃、空にはすっかり星が瞬いていた。二人して横になり、なんとなく無言でいる。冷えた地面が気持ちいい。

 明日についての話題が、視界外の喧騒から聞こえてくる。
 現実感のない話だった。こうして星だけ眺めていると、村からの光景と変わらない。まるでまだあそこにいるような錯覚に襲われる。

 結局、奴とあいつはくっついた。
 傷も良くなって、久しぶりに見たあいつは奴と歩いていた。
 女が所有されたい男に見せる"特有の愛嬌"の発露。そんな、見たかった、しかし決して見たくなかったものを見て、オレは何か村への愛着みたいなものが折れるのを聞いた。
 男に対しても頑として持っていた対等性みたいなものを、あっさりと捨て去って、喜んで『グガの(もの)』となったあいつへの憎しみだけを覚えている。裏切られたと思った。

 だから、徴兵の話が来て、まずガタイのいい連中が連れて行かれたとき、オレはこれ以上なく自身の醜さを自覚させられた。
 連れて行かれる奴と、それを不安そうに見送るあいつ。
 死を、願った。
 奴が殺し殺されている間、安全な場所で、奴のものになったあいつといる。そのことに、何をするつもりもないのに感謝していた。

 それがなんだってオレまでこんな遠くまで歩かされてるんだか、こんな人数でぞろぞろと。
 知りもしない王様と、実感もない“国”とやらのために、これまたよく分からない“外の国”の連中と戦わされる。改めて考えると、意味が分からない。

「明日が本番だってよ。周りの連中が言うには」
「ナグの噂好きはこんなとこでも健在だな。さっきいなかったのはそれか」

 ナグと親しくなったのも、実は『グガ』たちが徴兵されてからのことだった。
 コイツは誰とでも話せるやつだった。そのくせ、誰の派閥にも与しない。常に安全圏からものを見ているようなやつだった。
 そんなやつが、今じゃ一番の味方なんだから、人生というのは分からない。
 初めこそ、コイツ以外の連中が離れたから、結果的に中立なコイツが一番味方に近かっただけのことだった。
 だが、二度目の徴兵が始まる噂が流れ始めて、オレたちはすっかり仲間になっていた。

「こりゃあ情報収集ってヤツだろ」
「そうかよ。収穫は?」

 『明日が本番』——その言葉に、胃から冷気がジワリと広がる。
 不安をなんとか抑え込む。態度には出ていないはずだ。コイツまでこの不安に巻き込みたくない。

 実際に二度目の徴兵の話が来たのは、突然だった。
 村に行商人とは明らかに異なる、見覚えのある一団がやってきて、村長らが対応し、険しい顔で戻って来た。
 いつだったか、冬に向けて食糧の備蓄が足りていないことが大きな問題になったことがある。そのときと、まるで同じ顔だった。

「明日目的地に到着だぜ。クソッタレどもと、先に陣取ってる俺らの軍が睨み合ってるらしい。そんでその後ろに俺たちが第二陣として登場ってな」
「先に行った方ってことは、『グガ』達がいる?」

 あれだけ憎んだ男の名前を、今は希望を込めて口にしている。情けないにも限度がある。

 奴との一件を聞いた親父は、無口だった。いや、親父は元から無口だった。大抵声を発するときは、その拳で何より語るような人間だった。この頃には寝たきりになっていた祖父も、その性質はよく似ていたのが妙におかしかった。

「ああ。村の怪力自慢が集まってるはずだ。まず問題ないね。クソッタレどもには同情するぜ」
「そうだな……そうだよな。オレたちの出番はないかもな」

 死を望んだくせに、今は奴の活躍を本気で願っている。今なら、なんでも許せるような気がして、それがただの気の迷いだと分かっているのに、抗うこともできない。
 今目の前に奴がいたなら、オレは喜んでほめそやし、心から握手でもして送り出すのだろう。
 気持ちが……………………悪い。

「ああ! こっちの方が数も多いって話になってた。こりゃあマジで出番なさそうだわ」

 その言葉に安心して、そのまま眠りたかった。
 だが——

「————」

 一瞬視界に入れたナグの表情を見て、オレは後悔した。
 その一瞬、仮面の外れた本当の表情。見てはいけないものを見てしまった。
 結局オレたちはその後無言のまま、いつの間にか眠りにつく。夢見は当然、悪かった。


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 長い長い兵の列。
 リズムを保つ太鼓の|音《ね》。
 カチャリガチャリの金属音。
 まとわり滴り止まらぬ汗に、ヒリヒリカラカラ痛む喉。
 荒野の行軍はどこまでも。
 視界を足元に固定して、ただただ左、右、左、右。
 落ちる雫を靴先が蹴る。
「おぃ……だいじょぶかぁ」
 苦しげな呼吸の合間に掠れた声を吐き出すのは、同郷の『ナグ』だった。
 声だけではもう判別できなくて、首をまわしてようやくソイツと分かった。
 首が動いたことで汗に濡れた布の接触が増え、そのぬたっとした感触にウンザリする。
「見ればわかんだろ……まだ着かないのかよ」
 照りつける太陽。
 太鼓に合わせて誘導される慣れない呼吸。
 全身を包む、汗に濡れた衣類の生ぬるい感触。
 渡されたときは"相棒"で、行軍の|最中《さなか》に"荷物"となり、それも過ぎ去った今や"杖"となった槍を持ち替える。
 一定を保つ太鼓の音と、この延々と続く単調にして苦痛に満ちた行軍から逃れる術を、オレはいい加減に理解していた。
「————————」
 うっすらと当事者としての感覚が薄らいでいく。
 身体を惰性に任せて、頭の思考を肉体から切り離す。
 肉体的苦痛から、意識が解放されるのが分かる。踵やマメの痛みや、装備の荷重のかかる部分の圧迫感とか痺れとか、全身の重さや息苦しさが、徐々に他人事になっていく。
 太鼓の音。
 こうして自由を許された意識は、内から聞こえる呼吸音と、外から聞こえる太鼓の音に導かれ、記憶の海へ沈み込んでいく。
 太鼓の音。
 戦争とか徴兵なんて、縁のないものだと思っていた。
 土をいじり、そうでないときは狩りをする。それもないとき、お袋や祖母の編み物を手伝って、あるいは親父や祖父に罠だとか獲物の生態だとかを教わって、それすらなければ仲間たちと馬鹿騒ぎ。それがあの村の全てだった。それがオレの全てだった。
 太鼓の音。
 オレは特別に優秀なわけでもなかったし、体格に優れてもいなかった。
 なんでもある程度こなせたが、突出するものもなく"便利な奴"にとどまっていた。
 何かあれば、五番目くらいに声をかけられて、しかし集まりで活躍した人間として名前があがることは稀。そんな人生を送ってきた。
 そのことに、特に不満も不安もなかった。
 太鼓の音。
 それに初めて不満を抱いたのは、幼馴染の『セア』に女を感じ、それが他の女より特別になったときだった。
 それに初めて不安を抱いたのは、村一番の力持ちである『グガ』が、あいつに惚れていると知ったときだった。
 太鼓の音。
 思考が嫌なものを思い出させる。
 『グガ』にぶちのめされた日。倒れ伏したオレに吐きかけられた奴の唾の臭いすら思い出せる。
 あれはいつだったか。酒が入っていた。男が集まって酒が入れば、大体は同じ話題だった。
 ああ、キッカケは、そんな下卑た笑い声の中に『セア』の名前が出たことだった。
 『グガ』が、赤ら顔で『あいつは俺に惚れている』だとか、『もう俺のものだから手を出すな』だとか言った後、『セア』をどう"可愛がる"かをにやけた顔で肴にし始めた。
 オレは、止せばいいのに、かないっこない奴に殴りかかっていた。
 ぶっとい腕一本で押さえつけられ、振り上げられた岩みたいな拳を覚えている。
 怖かった。すっかりオレの生殺与奪を握った拳をひけらかす、あの見開かれた眼も怖かった。
 誰も止めないのも怖かった。奴のデカさが怖かった。屈服したくなる心が怖かった。
 赦しを乞えと言う奴に『くたばれ』と返して、岩が振り下ろされ————
「——ブッ?! っ痛ぅぅ……悪い」
 いつの間にか止まれの合図が出ていたらしい。
 前のヤツの鎧に鼻を打つ。
 陽光に熱された金属板は、オレの痕跡をすぐに蒸発させた。皮脂だけが残される。
 ソイツは振り返ることすら億劫だと、一瞬身体を揺すって抗議とした。それに感情を動かす体力も気力もない。もう謝ったんだ。ソイツが許すかなんて、興味がなかった。
 そう、あのときの『セア』も、こんな気持ちでいたんだろう。
 騒ぎを聞きつけたあいつが、オレを足蹴にする奴にやめろと縋った。
 奴はそんなあいつを強引に抱き寄せて、見せつけるように————
「ぉい、カイ——!」
 デカい声に鼓膜が痛む。
 鼓膜の震えにすら疲れを感じた。
 もう首はまわさない。煩わしい。
 奴があいつの唇を貪る様を思い出さずに済んだことには感謝しているが、それと疲れとは別の問題だった。
「おい! 立ったまま寝てんのか! おいって!」
 返事を返さないのに、ナグはしつこい。
 ついには肩まで揺すりだした。
 ぶん殴ってやろうと、重い頭を持ち上げて視線を上げる。
「あ——」
 それで、ナグのヤツが何を報せたかったか理解した。
「つい、た……やっとかよ——へへ、たすかった……」
 ため息と共に吐き出す。
 斜面から見下ろす行軍縦隊の先には、オレたちの目的地である野営地が展開していた。
 だが、全員を収容などできない。
 オレたち下っ端は、壁も屋根もない野晒し状態で地べたへ潰れる。
 だがそれでもいい。とにかく装備を外せれば十分だ。
 ナグと二人、足を投げ出す。鎧も外し、ようやく圧迫感から解放された。
 首に巻いていた布をひっぺがして絞ると、濁った汗が音を立てて水たまりを作る。
「水はまだ順番待ちだってよ。俺たちゃ馬以下だね。ま、そりゃそうなんだがよ」
 見れば、ナグは布切れを絞って汗を捨てることなく、そのまま音を立ててしゃぶりつき、《《再利用》》に余念がなかった。オレもそうすればよかったのか。うまそうだなぁ……くそ。
 そうして順番を待ち、水分を補給し、味気ないが空腹も満たした頃、空にはすっかり星が瞬いていた。二人して横になり、なんとなく無言でいる。冷えた地面が気持ちいい。
 明日についての話題が、視界外の喧騒から聞こえてくる。
 現実感のない話だった。こうして星だけ眺めていると、村からの光景と変わらない。まるでまだあそこにいるような錯覚に襲われる。
 結局、奴とあいつはくっついた。
 傷も良くなって、久しぶりに見たあいつは奴と歩いていた。
 女が所有されたい男に見せる"特有の愛嬌"の発露。そんな、見たかった、しかし決して見たくなかったものを見て、オレは何か村への愛着みたいなものが折れるのを聞いた。
 男に対しても頑として持っていた対等性みたいなものを、あっさりと捨て去って、喜んで『グガの|女《もの》』となったあいつへの憎しみだけを覚えている。裏切られたと思った。
 だから、徴兵の話が来て、まずガタイのいい連中が連れて行かれたとき、オレはこれ以上なく自身の醜さを自覚させられた。
 連れて行かれる奴と、それを不安そうに見送るあいつ。
 死を、願った。
 奴が殺し殺されている間、安全な場所で、奴のものになったあいつといる。そのことに、何をするつもりもないのに感謝していた。
 それがなんだってオレまでこんな遠くまで歩かされてるんだか、こんな人数でぞろぞろと。
 知りもしない王様と、実感もない“国”とやらのために、これまたよく分からない“外の国”の連中と戦わされる。改めて考えると、意味が分からない。
「明日が本番だってよ。周りの連中が言うには」
「ナグの噂好きはこんなとこでも健在だな。さっきいなかったのはそれか」
 ナグと親しくなったのも、実は『グガ』たちが徴兵されてからのことだった。
 コイツは誰とでも話せるやつだった。そのくせ、誰の派閥にも与しない。常に安全圏からものを見ているようなやつだった。
 そんなやつが、今じゃ一番の味方なんだから、人生というのは分からない。
 初めこそ、コイツ以外の連中が離れたから、結果的に中立なコイツが一番味方に近かっただけのことだった。
 だが、二度目の徴兵が始まる噂が流れ始めて、オレたちはすっかり仲間になっていた。
「こりゃあ情報収集ってヤツだろ」
「そうかよ。収穫は?」
 『明日が本番』——その言葉に、胃から冷気がジワリと広がる。
 不安をなんとか抑え込む。態度には出ていないはずだ。コイツまでこの不安に巻き込みたくない。
 実際に二度目の徴兵の話が来たのは、突然だった。
 村に行商人とは明らかに異なる、見覚えのある一団がやってきて、村長らが対応し、険しい顔で戻って来た。
 いつだったか、冬に向けて食糧の備蓄が足りていないことが大きな問題になったことがある。そのときと、まるで同じ顔だった。
「明日目的地に到着だぜ。クソッタレどもと、先に陣取ってる俺らの軍が睨み合ってるらしい。そんでその後ろに俺たちが第二陣として登場ってな」
「先に行った方ってことは、『グガ』達がいる?」
 あれだけ憎んだ男の名前を、今は希望を込めて口にしている。情けないにも限度がある。
 奴との一件を聞いた親父は、無口だった。いや、親父は元から無口だった。大抵声を発するときは、その拳で何より語るような人間だった。この頃には寝たきりになっていた祖父も、その性質はよく似ていたのが妙におかしかった。
「ああ。村の怪力自慢が集まってるはずだ。まず問題ないね。クソッタレどもには同情するぜ」
「そうだな……そうだよな。オレたちの出番はないかもな」
 死を望んだくせに、今は奴の活躍を本気で願っている。今なら、なんでも許せるような気がして、それがただの気の迷いだと分かっているのに、抗うこともできない。
 今目の前に奴がいたなら、オレは喜んでほめそやし、心から握手でもして送り出すのだろう。
 気持ちが……………………悪い。
「ああ! こっちの方が数も多いって話になってた。こりゃあマジで出番なさそうだわ」
 その言葉に安心して、そのまま眠りたかった。
 だが——
「————」
 一瞬視界に入れたナグの表情を見て、オレは後悔した。
 その一瞬、仮面の外れた本当の表情。見てはいけないものを見てしまった。
 結局オレたちはその後無言のまま、いつの間にか眠りにつく。夢見は当然、悪かった。