第1話 終わりは始まり
ー/ー雪がまるで世界の終わりを告げるように降りしきっていた。
ウラジオストクを出発してすでに10日が経過した。大日本帝国陸軍の大尉である藤堂圭一はシベリア鉄道の特別装甲列車「極東号」の司令室で凍えた指を息で温めながら無線機の前に座っている。列車はハバロフスクを過ぎてイルクーツクを目前に控えていた。外は氷点下のマイナスを突き抜ける。窓ガラスは霜で真っ白に覆われた。機関車の汽笛が凍てついた空気を切り裂く。
「暗号電です。モスクワ陥落確認。赤軍主力は西方へ総崩れ」
彼の傍らに立つドイツ国防軍中佐のハンス・フォン・シュタイナーが興奮を抑えきれない声で読み上げた。鉄十字一級が胸で揺れる。彼は二ヶ月前にベルリンからこの「大陸横断軸」の初便に乗って来た男だった。
藤堂はゆっくりと立ち上がると地図台に両手を置く。赤いピンで刺されたモスクワの位置とシベリア傀儡国家の境界線が記されていた。現実の歴史とは違うこの世界線である。大日本帝国はすでにシベリアの石油・鉄・石炭を手中に収めた。陸海空のバランス軍拡を成し遂げている。表向きは「日ソ中立条約」を遵守する「中立国」の顔を保っていた。
「これで背後は固まりました。シュタイナー中佐。スターリンは死んだか、逃げたか、いずれにせよです。第三帝国の生存圏は完成しました。心よりお祝い申し上げます」
藤堂の声は低い。しかし、確かに熱を帯びていた。彼の本当の任務はただの「連絡将校」ではない。大本営直属の極秘任務『影の参戦』だ。日本は未だワシントンやロンドンに対して「中立」を装っている。実際はすでに動き出していた。
帝国海軍の第三艦隊は習熟航海と称して南方へ出撃している。インド洋で英国籍の船団を密かに攻撃した。ドイツUボートの補給拠点としてセイロン島近海を確保しつつある。陸軍の機械化師団二個(シベリアで鍛えた極寒仕様の九九式重戦車部隊)は満州から極秘に移動中だ。フィリピン攻略の「予備戦力」として待機している。そして、この列車自体が日独技術交換の動脈を務めた。藤堂の鞄の中には主力機の図面とシベリア石油から精製した高オクタン燃料のサンプルが入っている。この代わりに、ドイツからレーダーや潜水艦、暗号など先端技術を頂戴した。いわゆる、バーター取引というもの。
「藤堂大尉、マインヒューラーは貴国に感謝している。モスクワが落ちた今こそ貴国の艦隊が太平洋で英米を牽制してくれればだ。我々は大西洋に全力を注げる。貴国はいつ『本格参戦』を宣言する?」
藤堂は薄く笑った。息が白く凍る。暖房を強化してほしいが今は興奮が勝った。
「宣言ですか。我々はすでに戦争をしています。ただ、世界がそれに気づいていないだけのこと」
列車が大きく揺れた。イルクーツク駅に近づいている。そこでは、親日シベリア自治国の白系ロシア人兵士が敬礼で出迎えるはずだった。さらに西へ進んでベルリンへ向かう予定を組んでいる。ソ連を回避するように第二シベリア鉄道が敷かれていた。モスクワは陥落して総崩れとなった以上は最短経路で向かえるかもしれない。
藤堂圭一特務大尉は心の中で誓った。この「見た目だけの中立」はもう長くは続かない。モスクワが落ちた。大日本帝国は太平洋の覇権を握るために真正面から英米に食らいつく。シベリア鉄道はただの鉄路ではなかった。それは日独の運命を結ぶ「勝利の動脈」らしい。世界は日章旗とハーケンクロイツに包まれることが決まっていた。
「我々は勝利する。それ以上でもそれ以下でもない」
今ばかりは凍てつきを心地よく感じられる。
=トラック泊地=
「モスクワが落ちたか…」
シベリアの極寒と真反対に太平洋のトラック泊地は温暖だ。南洋諸島はドイツ帝国時代の植民地だったが大日本帝国に移譲されている。ヒトラーが公式に追認する旨の書類に署名した。日本の領有を認めることの条件に自国の軍隊が事前の調整を挟んで利用できることを確認している。
「時代が動きます。今度の戦いは大陸から海洋です」
「すでに始まっていますが本当の海戦を始めるとしましょう。ソビエト連邦消滅が合図でした」
「ビスマルクとティルピッツ、長門と陸奥の連合艦隊がハワイを脅かす」
「まぁ、ハワイを落としても仕方ない。まずはウェーク島とミッドウェー島を落とす。ハワイを半包囲して圧迫を加え、かつ潜水艦が連絡を遮断し、1年か2年もあれば自然と弱体化する」
「米国を太平洋に釘付けにできればインド洋からマダガスカル島を経て地中海の連絡線を構築できます。シベリア鉄道だけじゃ不安ですからね」
風がふけば旭日旗とハーケンクロイツがはためいた。バタバタと音を立てる。西方から東方へ吹き抜けていく。第二次世界大戦の主要な戦地はヨーロッパから太平洋に変わることを示唆していた。ドイツ第三帝国がポーランドに侵攻したことに始まる。一旦は「まやかし戦争」の空白期間を設けたがフランスやオランダ、ベルギーを電撃的に制圧した。連合国軍をイギリス本土と北アフリカに追いやると再び停止する。
彼らは突如としてソビエト連邦に侵攻を開始した。北アフリカの戦いが満足に進んでいないにもかかわらず、ソビエト連邦に攻め込むことは自殺行為と思われようが、バルバロッサ作戦は大成功に終わる。ソビエト連邦は大国でなかった。大日本帝国によるシベリア出兵の完遂から大幅に弱体化を強いられる。領土はもちろん、鉱物資源や人的資源も限られ、政治闘争は絶え間なく行われた。大日本帝国はシベリア共和国共々に中立を宣言したが、第二シベリア鉄道を建設して日独同盟を強化しており、傭兵と称した正規軍が赤軍を食い散らかしている。
「セイロン島はすぐにでも落とせる。インドの全土制圧は不可能ですから、マダガスカル島まで一気に攻め入り、スエズ運河を奪取することができれば勝利は確実たる」
「負けるはずがない。しかし、油断はいけない」
「おっしゃる通りです。あのアメリカです。二正面作戦を堂々と見せつけてくる」
連合国は指を咥えて見ていることしかできなかった。日独同盟は世界を揺るがす。ソ連崩壊は日独同盟が太平洋と大西洋に進出する合図なのだ。すでに両国の海軍は艦隊を交換し合っている。日本海軍の第二艦隊が地中海に進出すべくヴィシーフランス南部に待機した。ドイツ海軍の主力組も大西洋で暴れ回るところ、ビスマルク級2隻とシャルンホルスト級2隻は太平洋におり、ヨーロッパの海に主力組はいない。
東部戦線が終了した次は北アフリカ戦線だが、そこに主力組の大型艦の出番はなさそうであり、日本海軍に貸し出す方が利益を出せると判断した。大西洋と地中海は巡洋艦と駆逐艦などの補助艦艇や大型魚雷艇、潜水艦に加えてルフトヴァッフェで制圧できる。さらに、日本海軍が更なる増援の派遣を約束してくれた。これは戦力の適切な配置に過ぎない。
「なんだ?」
「フォッケウルフの輸送機ですね。曲芸飛行の練習でしょうか」
「挨拶回りのようですよ。帽子でも振ってやりますか」
「えぇ、礼節には礼節を以て迎えます」
「あのクラスの大型機を運用できれば島嶼部の輸送も楽になります。すでに重爆撃機もおりますが超重爆撃機をば…」
最後の平穏をかみしめる様に四発の大型輸送機が曲芸飛行の訓練中だった。これも大事な士気高揚のプロパガンダである。大型機が曲芸飛行する様子は訓練ばかりの将兵にとって貴重な娯楽だった。やはり実物を見ることが望ましい。銀幕の中では目が腐るほどに見てきた。
「暗号電を待ちます。いつ出るか」
「その時まで研鑽を」
続く
ウラジオストクを出発してすでに10日が経過した。大日本帝国陸軍の大尉である藤堂圭一はシベリア鉄道の特別装甲列車「極東号」の司令室で凍えた指を息で温めながら無線機の前に座っている。列車はハバロフスクを過ぎてイルクーツクを目前に控えていた。外は氷点下のマイナスを突き抜ける。窓ガラスは霜で真っ白に覆われた。機関車の汽笛が凍てついた空気を切り裂く。
「暗号電です。モスクワ陥落確認。赤軍主力は西方へ総崩れ」
彼の傍らに立つドイツ国防軍中佐のハンス・フォン・シュタイナーが興奮を抑えきれない声で読み上げた。鉄十字一級が胸で揺れる。彼は二ヶ月前にベルリンからこの「大陸横断軸」の初便に乗って来た男だった。
藤堂はゆっくりと立ち上がると地図台に両手を置く。赤いピンで刺されたモスクワの位置とシベリア傀儡国家の境界線が記されていた。現実の歴史とは違うこの世界線である。大日本帝国はすでにシベリアの石油・鉄・石炭を手中に収めた。陸海空のバランス軍拡を成し遂げている。表向きは「日ソ中立条約」を遵守する「中立国」の顔を保っていた。
「これで背後は固まりました。シュタイナー中佐。スターリンは死んだか、逃げたか、いずれにせよです。第三帝国の生存圏は完成しました。心よりお祝い申し上げます」
藤堂の声は低い。しかし、確かに熱を帯びていた。彼の本当の任務はただの「連絡将校」ではない。大本営直属の極秘任務『影の参戦』だ。日本は未だワシントンやロンドンに対して「中立」を装っている。実際はすでに動き出していた。
帝国海軍の第三艦隊は習熟航海と称して南方へ出撃している。インド洋で英国籍の船団を密かに攻撃した。ドイツUボートの補給拠点としてセイロン島近海を確保しつつある。陸軍の機械化師団二個(シベリアで鍛えた極寒仕様の九九式重戦車部隊)は満州から極秘に移動中だ。フィリピン攻略の「予備戦力」として待機している。そして、この列車自体が日独技術交換の動脈を務めた。藤堂の鞄の中には主力機の図面とシベリア石油から精製した高オクタン燃料のサンプルが入っている。この代わりに、ドイツからレーダーや潜水艦、暗号など先端技術を頂戴した。いわゆる、バーター取引というもの。
「藤堂大尉、マインヒューラーは貴国に感謝している。モスクワが落ちた今こそ貴国の艦隊が太平洋で英米を牽制してくれればだ。我々は大西洋に全力を注げる。貴国はいつ『本格参戦』を宣言する?」
藤堂は薄く笑った。息が白く凍る。暖房を強化してほしいが今は興奮が勝った。
「宣言ですか。我々はすでに戦争をしています。ただ、世界がそれに気づいていないだけのこと」
列車が大きく揺れた。イルクーツク駅に近づいている。そこでは、親日シベリア自治国の白系ロシア人兵士が敬礼で出迎えるはずだった。さらに西へ進んでベルリンへ向かう予定を組んでいる。ソ連を回避するように第二シベリア鉄道が敷かれていた。モスクワは陥落して総崩れとなった以上は最短経路で向かえるかもしれない。
藤堂圭一特務大尉は心の中で誓った。この「見た目だけの中立」はもう長くは続かない。モスクワが落ちた。大日本帝国は太平洋の覇権を握るために真正面から英米に食らいつく。シベリア鉄道はただの鉄路ではなかった。それは日独の運命を結ぶ「勝利の動脈」らしい。世界は日章旗とハーケンクロイツに包まれることが決まっていた。
「我々は勝利する。それ以上でもそれ以下でもない」
今ばかりは凍てつきを心地よく感じられる。
=トラック泊地=
「モスクワが落ちたか…」
シベリアの極寒と真反対に太平洋のトラック泊地は温暖だ。南洋諸島はドイツ帝国時代の植民地だったが大日本帝国に移譲されている。ヒトラーが公式に追認する旨の書類に署名した。日本の領有を認めることの条件に自国の軍隊が事前の調整を挟んで利用できることを確認している。
「時代が動きます。今度の戦いは大陸から海洋です」
「すでに始まっていますが本当の海戦を始めるとしましょう。ソビエト連邦消滅が合図でした」
「ビスマルクとティルピッツ、長門と陸奥の連合艦隊がハワイを脅かす」
「まぁ、ハワイを落としても仕方ない。まずはウェーク島とミッドウェー島を落とす。ハワイを半包囲して圧迫を加え、かつ潜水艦が連絡を遮断し、1年か2年もあれば自然と弱体化する」
「米国を太平洋に釘付けにできればインド洋からマダガスカル島を経て地中海の連絡線を構築できます。シベリア鉄道だけじゃ不安ですからね」
風がふけば旭日旗とハーケンクロイツがはためいた。バタバタと音を立てる。西方から東方へ吹き抜けていく。第二次世界大戦の主要な戦地はヨーロッパから太平洋に変わることを示唆していた。ドイツ第三帝国がポーランドに侵攻したことに始まる。一旦は「まやかし戦争」の空白期間を設けたがフランスやオランダ、ベルギーを電撃的に制圧した。連合国軍をイギリス本土と北アフリカに追いやると再び停止する。
彼らは突如としてソビエト連邦に侵攻を開始した。北アフリカの戦いが満足に進んでいないにもかかわらず、ソビエト連邦に攻め込むことは自殺行為と思われようが、バルバロッサ作戦は大成功に終わる。ソビエト連邦は大国でなかった。大日本帝国によるシベリア出兵の完遂から大幅に弱体化を強いられる。領土はもちろん、鉱物資源や人的資源も限られ、政治闘争は絶え間なく行われた。大日本帝国はシベリア共和国共々に中立を宣言したが、第二シベリア鉄道を建設して日独同盟を強化しており、傭兵と称した正規軍が赤軍を食い散らかしている。
「セイロン島はすぐにでも落とせる。インドの全土制圧は不可能ですから、マダガスカル島まで一気に攻め入り、スエズ運河を奪取することができれば勝利は確実たる」
「負けるはずがない。しかし、油断はいけない」
「おっしゃる通りです。あのアメリカです。二正面作戦を堂々と見せつけてくる」
連合国は指を咥えて見ていることしかできなかった。日独同盟は世界を揺るがす。ソ連崩壊は日独同盟が太平洋と大西洋に進出する合図なのだ。すでに両国の海軍は艦隊を交換し合っている。日本海軍の第二艦隊が地中海に進出すべくヴィシーフランス南部に待機した。ドイツ海軍の主力組も大西洋で暴れ回るところ、ビスマルク級2隻とシャルンホルスト級2隻は太平洋におり、ヨーロッパの海に主力組はいない。
東部戦線が終了した次は北アフリカ戦線だが、そこに主力組の大型艦の出番はなさそうであり、日本海軍に貸し出す方が利益を出せると判断した。大西洋と地中海は巡洋艦と駆逐艦などの補助艦艇や大型魚雷艇、潜水艦に加えてルフトヴァッフェで制圧できる。さらに、日本海軍が更なる増援の派遣を約束してくれた。これは戦力の適切な配置に過ぎない。
「なんだ?」
「フォッケウルフの輸送機ですね。曲芸飛行の練習でしょうか」
「挨拶回りのようですよ。帽子でも振ってやりますか」
「えぇ、礼節には礼節を以て迎えます」
「あのクラスの大型機を運用できれば島嶼部の輸送も楽になります。すでに重爆撃機もおりますが超重爆撃機をば…」
最後の平穏をかみしめる様に四発の大型輸送機が曲芸飛行の訓練中だった。これも大事な士気高揚のプロパガンダである。大型機が曲芸飛行する様子は訓練ばかりの将兵にとって貴重な娯楽だった。やはり実物を見ることが望ましい。銀幕の中では目が腐るほどに見てきた。
「暗号電を待ちます。いつ出るか」
「その時まで研鑽を」
続く
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