表示設定
表示設定
目次 目次




何でもない霊

ー/ー



 怪異とは私にとって食べ物だ。
 もちろん恐ろしいものでもあるし、何でもかんでも口に放り込めば食中毒のように体を害する。
 だが、分別を持って食べさえすれば恐れるに足らない。そう思って、つい最近まで生きてきた。

「今月に入って3件目。夏休みを満喫する暇もないな」
「これ本当に私たちの仕事なんですか?ちょっと人より怪異に強いだけで、私たち大学生ですよ?」
「仕方ないさ。霊能力者も今どき人手不足なんだよ」

 大学生になって入ったオカルト同好会。私と同じように、人より怪異に強い『何か』を持つ先輩が3人いるだけの小規模な同好会だ。それなのに、お祓いやら怪異退治の依頼が何件も飛んでくる。おかげで単位を落としかけた。

 そして迎えた念願の夏休み。8月1日から始まった夏休みは……お盆が近いこともあって私の出勤だけで3回。同好会全体では25回と、とにかく忙しい。しかも大半が大したことない幽霊モドキの対処だから尚更だ。

 今日もそうだと思いながら、依頼を受けた家にやってくる。ずいぶん古臭く、雨風が当たる場所は色がくすんでいて、築年数がかなりあることが一目でうかがえる、2階建ての一軒家。チャイムを鳴らすと、すぐに人が出てきた。

 40代くらいの男性で、体型は平均的。しかし、ずいぶん顔がやつれていて、目のクマが酷い。余程困っていると見えるね。

「はい?」
「こんにちは。嵯峨商業大学オカルト同好会の2年の■■です」
「1年の□□です」

 家主と思われる男性に自己紹介をする。すると、目を見開いてすごく嬉しそうに先輩の右手に両手で握手してきた。

「お待ちしておりました!さあ、上がってください!」

 心底嬉しそうな純粋な笑顔でそう言った男性は、引きずり込むように先輩を家の中へ連れて行く。私もそれに続いて家の中へ入ると…その時点で猛烈に嫌な気がした。
 ハズレを引いた。すぐにそう気づいたが、とりあえず見てみないことには対処が何もできない。家主はまだ何もされていないようだし…直ちに命に関わるタイプではないだろう
 そう言い聞かせて心を落ち着け、原因となるとモノを見せてもらった。


 それは、人の形をしたモノを綿棒で伸ばしたかのような、身の丈2メートルは優に超え、妙に厚みが無く、全身が真っ白で明らかに人間ではないナニカ。典型的な怪異だった。

「学生さん達にはどう見えてらっしゃいますか?俺には何か漠然とモヤが見えるだけで……」
「…霊感はある方ですか?」
「いえ。もう40年生きてますが、こういった事は初めてです」
「そうですか」

 霊感がほぼ無いにも関わらずモヤが見える。面倒なこと限りないね。それってめちゃくちゃ強力で、いつでも人を呪い殺せるタイプの怪異だ。私たちみたいなのじゃないと手に負えないやつ。

「コレはいつから?」
「1ヶ月前ですね…夜中にいつもと違う道で帰ってた時に、気が付いたら後をつけられていて…」

 気づいたら、ね。まあモヤとして見える程度だし、見ることで憑いてくるタイプではなさそう。

「何か通り道に変なものとかは?」
「特に何も無かったと思いますけど……あ、でも見るからに怪しい格好の男が何人か居て、トラックから木の箱か何かを降ろしていたのを見た気がします」
「見るからに怪しい、とは?」

 絶対にそれだろう。じゃなかったら普通に警察に通報したほうがいい。多分泥棒か何かだから。
 先輩がその怪しい人物について質問してくれたから、それで分かると良いんだけど。

「作業着の男性が何人かで木の箱を運んでました。それとは別に、占い師みたいな格好の人が、お札か何かを持ってブツブツ言ってましたね」
「それだな」
「それでしょうねぇ」

 彼らが何をしたかったか知らないが…結果面倒なことになっているのは確かだ。人の仕事を増やすような事をしないでほしい。

 まあ、愚痴を言いたいのは確かだけど、言ったところで状況は改善しないので行動あるのみだ。見たところ、私が何とかできる程度の怪異。ハズレよりだけど…まあ大丈夫だろう。

「コレに何かされましたか?」
「いえ特に。ですけど、ずっと家に住み着かれてて気味が悪くて…どうにかしてもらいたいんです」
「なるほど。わかりました。“処理”をしますので、家の外で待っていてください」

 特に害はないが、居着かれるのは困る。だからどうにかしてほしいという依頼。依頼を引き受け、家主には家の外で待ってもらうことにした。
 家主が出ていったのを確認すると、先輩は私を見て親指を立て、その指先を後ろの怪異に向けた。私にコレの対処をしろって事だ。

「んじゃ、よろしく」
「はいはい。このくらいなら、食べちゃったほうが早いですからね。その分報酬は私が多く貰いますからね?」
「1人で食い切れたなら」
「もちろんですよ」

 この怪異は確かに強力な部類だ。強力だけど、害はあまりないタイプ。とはいえ邪魔なことに変わりはないため、何とかするために私が食べるんだ。
 向かっていって手を当てるとひんやり冷たい。そして実体がなく、掴むことができずすり抜けた。まるで冷蔵庫に手を入れたみたいな感じ。吸収はしやすいだろう。

「“いただきます”」

 一言そう呟く。その瞬間、怪異の体がぐにゃりと歪み、一点に吸い込まれるようにして捻れながらビー玉サイズに圧縮された。そして、圧縮された怪異の玉は、私の手のひらに現れた『第二の口』に飲まれた。

「便利だよな。その口」
「ゴミ箱か何かだと思ってません?」
「魂喰の力をゴミ箱扱いする馬鹿が何処にいるよ。まあ、掃除機みたいに思ってるけどな」
「さほど変わりませんね。先輩ってやっぱり馬鹿なんですね」
「やっぱりって何だよ」

 咀嚼して飲み込むまでの間、先輩と雑談しながら待つ。
 私は生まれながら怪異や幽霊なんかを食べることができる、“魂喰”と俗に呼ばれる力があった。名前から分かる通り、この力は魂を喰らう。頑張れば生きた人間の魂も喰えるけど、それをすると私は殺人で捕まるので絶対やらない。
 まあ、そんな訳で怪異を食べて人の役に立つ道を選んでいる。持って生まれたからにはなんとやら。自分の持ち味を活かせる働き方ってやつだね。

「“ごちそうさまでした”」
「終わったな。帰るか」
「ええ。案外楽な仕事でしたね」

 咀嚼し終わると、すぐに飲み込んで消化する。これで仕事は完了。はじめに猛烈に嫌な予感がした割には楽な仕事だった。
 他に怪異がいる可能性を疑ったが、どこにもそんな気配はない。なので依頼完了と判断し、家主に報告してさっさと引き上げた。
 翌日、ちゃんと謝金が支払われたのと、もう悩まされていないという電話があったので大丈夫だろう。



 数日後、別の仕事の帰りに近くを歩いたので家の様子を見に行ってみると……空き家になっていた。

「…他に何も居なかったよな?」
「その筈ですけどね。何か見落としてましたか?」
「そんな筈はないんだがな…」

 微かに残る怪異の気配。家主は怪異にやられたと見ていいだろう。怪異は退治したはずだが、まだ残っていたかもしくは……

「そんないいモノじゃ無かったが、実質守護霊みたいな感じだったのかもな」
「多分そうだと思います。どこで何を拾ったか知りませんけど」

 あれ自体に害がない。そこそこ強い。その2つから、あの人はあの怪異が守護霊的な役割を果たしていたのかもしれない。そして、それを排除してしまったたから、別の怪異にやられた。結果論ではあるが、可哀想な話だ。

「まあ、気にしても仕方ない。切り替えてくぞ」
「別に元からなんとも思ってませんよ」
「ひどいな。もう少し心配してやれよ」
「死んだ人間をですか?」
「ははっ、確かにその通りだな!」

 怪異に関わる以上、誰かが死んだという話は毎日のように聞く。今さら思うことなど何もない。特に気に病むこともなく、今日の仕事をさっさと終わらせて帰ろうと、もぬけの殻になった家を後にした。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 怪異とは私にとって食べ物だ。
 もちろん恐ろしいものでもあるし、何でもかんでも口に放り込めば食中毒のように体を害する。
 だが、分別を持って食べさえすれば恐れるに足らない。そう思って、つい最近まで生きてきた。
「今月に入って3件目。夏休みを満喫する暇もないな」
「これ本当に私たちの仕事なんですか?ちょっと人より怪異に強いだけで、私たち大学生ですよ?」
「仕方ないさ。霊能力者も今どき人手不足なんだよ」
 大学生になって入ったオカルト同好会。私と同じように、人より怪異に強い『何か』を持つ先輩が3人いるだけの小規模な同好会だ。それなのに、お祓いやら怪異退治の依頼が何件も飛んでくる。おかげで単位を落としかけた。
 そして迎えた念願の夏休み。8月1日から始まった夏休みは……お盆が近いこともあって私の出勤だけで3回。同好会全体では25回と、とにかく忙しい。しかも大半が大したことない幽霊モドキの対処だから尚更だ。
 今日もそうだと思いながら、依頼を受けた家にやってくる。ずいぶん古臭く、雨風が当たる場所は色がくすんでいて、築年数がかなりあることが一目でうかがえる、2階建ての一軒家。チャイムを鳴らすと、すぐに人が出てきた。
 40代くらいの男性で、体型は平均的。しかし、ずいぶん顔がやつれていて、目のクマが酷い。余程困っていると見えるね。
「はい?」
「こんにちは。嵯峨商業大学オカルト同好会の2年の■■です」
「1年の□□です」
 家主と思われる男性に自己紹介をする。すると、目を見開いてすごく嬉しそうに先輩の右手に両手で握手してきた。
「お待ちしておりました!さあ、上がってください!」
 心底嬉しそうな純粋な笑顔でそう言った男性は、引きずり込むように先輩を家の中へ連れて行く。私もそれに続いて家の中へ入ると…その時点で猛烈に嫌な気がした。
 ハズレを引いた。すぐにそう気づいたが、とりあえず見てみないことには対処が何もできない。家主はまだ何もされていないようだし…直ちに命に関わるタイプではないだろう
 そう言い聞かせて心を落ち着け、原因となるとモノを見せてもらった。
 それは、人の形をしたモノを綿棒で伸ばしたかのような、身の丈2メートルは優に超え、妙に厚みが無く、全身が真っ白で明らかに人間ではないナニカ。典型的な怪異だった。
「学生さん達にはどう見えてらっしゃいますか?俺には何か漠然とモヤが見えるだけで……」
「…霊感はある方ですか?」
「いえ。もう40年生きてますが、こういった事は初めてです」
「そうですか」
 霊感がほぼ無いにも関わらずモヤが見える。面倒なこと限りないね。それってめちゃくちゃ強力で、いつでも人を呪い殺せるタイプの怪異だ。私たちみたいなのじゃないと手に負えないやつ。
「コレはいつから?」
「1ヶ月前ですね…夜中にいつもと違う道で帰ってた時に、気が付いたら後をつけられていて…」
 気づいたら、ね。まあモヤとして見える程度だし、見ることで憑いてくるタイプではなさそう。
「何か通り道に変なものとかは?」
「特に何も無かったと思いますけど……あ、でも見るからに怪しい格好の男が何人か居て、トラックから木の箱か何かを降ろしていたのを見た気がします」
「見るからに怪しい、とは?」
 絶対にそれだろう。じゃなかったら普通に警察に通報したほうがいい。多分泥棒か何かだから。
 先輩がその怪しい人物について質問してくれたから、それで分かると良いんだけど。
「作業着の男性が何人かで木の箱を運んでました。それとは別に、占い師みたいな格好の人が、お札か何かを持ってブツブツ言ってましたね」
「それだな」
「それでしょうねぇ」
 彼らが何をしたかったか知らないが…結果面倒なことになっているのは確かだ。人の仕事を増やすような事をしないでほしい。
 まあ、愚痴を言いたいのは確かだけど、言ったところで状況は改善しないので行動あるのみだ。見たところ、私が何とかできる程度の怪異。ハズレよりだけど…まあ大丈夫だろう。
「コレに何かされましたか?」
「いえ特に。ですけど、ずっと家に住み着かれてて気味が悪くて…どうにかしてもらいたいんです」
「なるほど。わかりました。“処理”をしますので、家の外で待っていてください」
 特に害はないが、居着かれるのは困る。だからどうにかしてほしいという依頼。依頼を引き受け、家主には家の外で待ってもらうことにした。
 家主が出ていったのを確認すると、先輩は私を見て親指を立て、その指先を後ろの怪異に向けた。私にコレの対処をしろって事だ。
「んじゃ、よろしく」
「はいはい。このくらいなら、食べちゃったほうが早いですからね。その分報酬は私が多く貰いますからね?」
「1人で食い切れたなら」
「もちろんですよ」
 この怪異は確かに強力な部類だ。強力だけど、害はあまりないタイプ。とはいえ邪魔なことに変わりはないため、何とかするために私が食べるんだ。
 向かっていって手を当てるとひんやり冷たい。そして実体がなく、掴むことができずすり抜けた。まるで冷蔵庫に手を入れたみたいな感じ。吸収はしやすいだろう。
「“いただきます”」
 一言そう呟く。その瞬間、怪異の体がぐにゃりと歪み、一点に吸い込まれるようにして捻れながらビー玉サイズに圧縮された。そして、圧縮された怪異の玉は、私の手のひらに現れた『第二の口』に飲まれた。
「便利だよな。その口」
「ゴミ箱か何かだと思ってません?」
「魂喰の力をゴミ箱扱いする馬鹿が何処にいるよ。まあ、掃除機みたいに思ってるけどな」
「さほど変わりませんね。先輩ってやっぱり馬鹿なんですね」
「やっぱりって何だよ」
 咀嚼して飲み込むまでの間、先輩と雑談しながら待つ。
 私は生まれながら怪異や幽霊なんかを食べることができる、“魂喰”と俗に呼ばれる力があった。名前から分かる通り、この力は魂を喰らう。頑張れば生きた人間の魂も喰えるけど、それをすると私は殺人で捕まるので絶対やらない。
 まあ、そんな訳で怪異を食べて人の役に立つ道を選んでいる。持って生まれたからにはなんとやら。自分の持ち味を活かせる働き方ってやつだね。
「“ごちそうさまでした”」
「終わったな。帰るか」
「ええ。案外楽な仕事でしたね」
 咀嚼し終わると、すぐに飲み込んで消化する。これで仕事は完了。はじめに猛烈に嫌な予感がした割には楽な仕事だった。
 他に怪異がいる可能性を疑ったが、どこにもそんな気配はない。なので依頼完了と判断し、家主に報告してさっさと引き上げた。
 翌日、ちゃんと謝金が支払われたのと、もう悩まされていないという電話があったので大丈夫だろう。
 数日後、別の仕事の帰りに近くを歩いたので家の様子を見に行ってみると……空き家になっていた。
「…他に何も居なかったよな?」
「その筈ですけどね。何か見落としてましたか?」
「そんな筈はないんだがな…」
 微かに残る怪異の気配。家主は怪異にやられたと見ていいだろう。怪異は退治したはずだが、まだ残っていたかもしくは……
「そんないいモノじゃ無かったが、実質守護霊みたいな感じだったのかもな」
「多分そうだと思います。どこで何を拾ったか知りませんけど」
 あれ自体に害がない。そこそこ強い。その2つから、あの人はあの怪異が守護霊的な役割を果たしていたのかもしれない。そして、それを排除してしまったたから、別の怪異にやられた。結果論ではあるが、可哀想な話だ。
「まあ、気にしても仕方ない。切り替えてくぞ」
「別に元からなんとも思ってませんよ」
「ひどいな。もう少し心配してやれよ」
「死んだ人間をですか?」
「ははっ、確かにその通りだな!」
 怪異に関わる以上、誰かが死んだという話は毎日のように聞く。今さら思うことなど何もない。特に気に病むこともなく、今日の仕事をさっさと終わらせて帰ろうと、もぬけの殻になった家を後にした。