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新皇帝ヘリオースなんて誰も見てないよ

ー/ー



 



 帝都ノストルム、またの名を世界の半分。私、ヘリオース皇帝一行は帝都の目と鼻の先まで付いていた。

 「どういう事です?ヘリオ。その服でノストルムに入城すると?」

 「はい。きっとそれには意味がありますから」

 母の左手が私と右頬に飛んでくる。

 「それは伝統よりも大切な事なのですか」

 「私とユリアンにとっては」

 もう一度飛んでくる平手を私は受け止めた。

 「お願いです、お母様。やらせてください、そうでなければ、私はユリアンに顔向けできないままになってしまいます」

 「それがなんだと言うです?私前にも言いましたよね、伝統、正統性、社会秩序、それらが私たち個人の願望よりも優先される事はあってはならないと」

 理屈でも感覚でもわかってる、私は、ヘリオースはこの世界の人だから。でも今度は転生前の私の心がそれを否定している、私の心はこの世界のもではないから。
 しかし、それ以上に私はユリアンに対して不義理を働きたくない。

 「それでもです、私は役割に生きる人生であってもその中で小さな幸せくらいは、私の私としての我儘くらいはしたいんです」

 「それが許されないと言っているんです!わかりますか?貴方のその小さな我儘で人が死ぬんですよ、皇帝とはそのような存在なのです!」

 「わかってます!でも耐えられないんですよ、わかりますか?自分のせいで自分の大好きな人を損なってしまっている感覚が」

 「わからない訳ないでしょう、だって私の……いえ、いいです」

 母は私を抱き締めた。少し強くて、そして痛かった。

 「でもこれだけは約束して下さい。決して権力を己の欲望の為に濫用しない事を。私は貴方に死んでほしくないんです、貴方はヘラヘラ帝の隠し子ではなく、私の子なのですから、紛れも無く」

 それは私とて同感である。私の私の部分はこの人を第二の母だと思ってるし、私のヘリオースの部分もこの人を唯一の母だと思っている。だから私にも母の気持ちが熱を伝って分かるんだ。
 この人は本心で私を愛してくれていると。そして自分の子供に対する愛が子供である私を損なっていないかと心配している事も。

 「わかってます、私は決して死にません。少なくとも貴方の生きている内は。ですから我儘をお許しください、お母様」

 「ではお行きなさい、我が愛しの太陽とエラガーベラス神の子、ヘリオ」

 その日はよく眠れた。
 そして翌日、遂にこの日が訪れる。

 「政務官様、ノストルムの市民たちは私を認めてくれでしょうか」

 一番高い場所の上に乗り手を振る。私の仕事はそれだけであるが、何万人と言う人に見られると考えると少しばかり緊張してしまう。

 「パンとサーカスで御座います。それさえ供給されていれば誰も貴方に興味なんて持ちませぬ。勿論準備はできておりますが、徹底的にやれと陛下がおっしゃられるのであれば、こちらも相応の対応を致しましょう」

 ここ三ヶ月でラスアジィンニコフの性格は大体分かった。この男は腹黒い商人でありながらある種の高潔さを持っている人間である。そして今私と話しているのは腹黒い常のラスアジィンニコフだ。

 「わかりました、そう致しましょう。代金と致しましては」

 「えぇ、今後ともご贔屓のほど」

 足りないパンとサーカスをこちらの費用で負担してやる、その代わり今後も私との関係を続けるように。それがラスアジィンニコフの要求であった。最初の最初で悪い印象を与える事は私としても望ましくない。だから断れなかった。要するに腹黒い商人に足元を見られたのである。

 「それと、こちらを」

 彼の部下が皿の上にパンを乗せて持ってきた。私はそれを手に取り一口食べる。
 なんと言う甘さだろう。まるでドーナツだ。特に添加物が載せられているわけでもなければチョコが入ってる訳でもない。にも関わらずストロベリーチョコレートのような味がする。

 「私、ラスアジィンニコフはとある魔法が得意でしてね。それがパンをほんの少しだけ甘くする魔法で御座います」

 「良い魔法ですね、どう言うカラクリなんです?」

 「それは秘密です。稼ぎを失っては困るので」

 パンとサーカス、その理論に従うのならこの魔法は強力な武器になる。私の知っている、雷を落とす魔法とか物体を焼き尽くす魔法なんかよりも強力な魔法なのだ。

 「どうやら逃げきれないようですね、貴方からは」

 「えぇ、勿論」

 その後、新皇帝即位という事で大きなパレードが開かれた。
 新皇帝である私は市民に笑顔で手を振って、下ではラスアジィンニコフの部下たちがあの甘いパンを配っていた。そのおかげで最初にあった、なぜ皇帝が白のスカートをして長い髪を三つ編みに束ねているんだという疑惑の目は消えて歓迎ムードに変わった。
 342年春、マレ・ノストルム第30代皇帝ヘリオース・エルガーベラスは即位した。
 そして翌日には皇帝とユリアン・ユーリアスの結婚が執り行われ、ここでもパンとそして皇帝直々のエルの名を持つ治癒魔法が施された。
 もうノストルム市民は新皇帝を完全に認めていた。
 だが結婚の夜、問題は起こった。そう、夜伽である。 


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 帝都ノストルム、またの名を世界の半分。私、ヘリオース皇帝一行は帝都の目と鼻の先まで付いていた。
 「どういう事です?ヘリオ。その服でノストルムに入城すると?」
 「はい。きっとそれには意味がありますから」
 母の左手が私と右頬に飛んでくる。
 「それは伝統よりも大切な事なのですか」
 「私とユリアンにとっては」
 もう一度飛んでくる平手を私は受け止めた。
 「お願いです、お母様。やらせてください、そうでなければ、私はユリアンに顔向けできないままになってしまいます」
 「それがなんだと言うです?私前にも言いましたよね、伝統、正統性、社会秩序、それらが私たち個人の願望よりも優先される事はあってはならないと」
 理屈でも感覚でもわかってる、私は、ヘリオースはこの世界の人だから。でも今度は転生前の私の心がそれを否定している、私の心はこの世界のもではないから。
 しかし、それ以上に私はユリアンに対して不義理を働きたくない。
 「それでもです、私は役割に生きる人生であってもその中で小さな幸せくらいは、私の私としての我儘くらいはしたいんです」
 「それが許されないと言っているんです!わかりますか?貴方のその小さな我儘で人が死ぬんですよ、皇帝とはそのような存在なのです!」
 「わかってます!でも耐えられないんですよ、わかりますか?自分のせいで自分の大好きな人を損なってしまっている感覚が」
 「わからない訳ないでしょう、だって私の……いえ、いいです」
 母は私を抱き締めた。少し強くて、そして痛かった。
 「でもこれだけは約束して下さい。決して権力を己の欲望の為に濫用しない事を。私は貴方に死んでほしくないんです、貴方はヘラヘラ帝の隠し子ではなく、私の子なのですから、紛れも無く」
 それは私とて同感である。私の私の部分はこの人を第二の母だと思ってるし、私のヘリオースの部分もこの人を唯一の母だと思っている。だから私にも母の気持ちが熱を伝って分かるんだ。
 この人は本心で私を愛してくれていると。そして自分の子供に対する愛が子供である私を損なっていないかと心配している事も。
 「わかってます、私は決して死にません。少なくとも貴方の生きている内は。ですから我儘をお許しください、お母様」
 「ではお行きなさい、我が愛しの太陽とエラガーベラス神の子、ヘリオ」
 その日はよく眠れた。
 そして翌日、遂にこの日が訪れる。
 「政務官様、ノストルムの市民たちは私を認めてくれでしょうか」
 一番高い場所の上に乗り手を振る。私の仕事はそれだけであるが、何万人と言う人に見られると考えると少しばかり緊張してしまう。
 「パンとサーカスで御座います。それさえ供給されていれば誰も貴方に興味なんて持ちませぬ。勿論準備はできておりますが、徹底的にやれと陛下がおっしゃられるのであれば、こちらも相応の対応を致しましょう」
 ここ三ヶ月でラスアジィンニコフの性格は大体分かった。この男は腹黒い商人でありながらある種の高潔さを持っている人間である。そして今私と話しているのは腹黒い常のラスアジィンニコフだ。
 「わかりました、そう致しましょう。代金と致しましては」
 「えぇ、今後ともご贔屓のほど」
 足りないパンとサーカスをこちらの費用で負担してやる、その代わり今後も私との関係を続けるように。それがラスアジィンニコフの要求であった。最初の最初で悪い印象を与える事は私としても望ましくない。だから断れなかった。要するに腹黒い商人に足元を見られたのである。
 「それと、こちらを」
 彼の部下が皿の上にパンを乗せて持ってきた。私はそれを手に取り一口食べる。
 なんと言う甘さだろう。まるでドーナツだ。特に添加物が載せられているわけでもなければチョコが入ってる訳でもない。にも関わらずストロベリーチョコレートのような味がする。
 「私、ラスアジィンニコフはとある魔法が得意でしてね。それがパンをほんの少しだけ甘くする魔法で御座います」
 「良い魔法ですね、どう言うカラクリなんです?」
 「それは秘密です。稼ぎを失っては困るので」
 パンとサーカス、その理論に従うのならこの魔法は強力な武器になる。私の知っている、雷を落とす魔法とか物体を焼き尽くす魔法なんかよりも強力な魔法なのだ。
 「どうやら逃げきれないようですね、貴方からは」
 「えぇ、勿論」
 その後、新皇帝即位という事で大きなパレードが開かれた。
 新皇帝である私は市民に笑顔で手を振って、下ではラスアジィンニコフの部下たちがあの甘いパンを配っていた。そのおかげで最初にあった、なぜ皇帝が白のスカートをして長い髪を三つ編みに束ねているんだという疑惑の目は消えて歓迎ムードに変わった。
 342年春、マレ・ノストルム第30代皇帝ヘリオース・エルガーベラスは即位した。
 そして翌日には皇帝とユリアン・ユーリアスの結婚が執り行われ、ここでもパンとそして皇帝直々のエルの名を持つ治癒魔法が施された。
 もうノストルム市民は新皇帝を完全に認めていた。
 だが結婚の夜、問題は起こった。そう、夜伽である。