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いきなり皇帝になれって言われてなれる訳ないじゃん

ー/ー







 行きつけのカレー屋でナンを食ってたらこの世界の転生していた。意味がわからないだろうが、そう言う事だ。
 それが14年前の事である。というわけで私は今日も今日とて家の裏手にある草原で寝転んでいた。

 「ヘリオ、おはよう」

 紫の大きな瞳と煌びやかな金髪が私の視界を覆った。

 「ユリアンね」

 ユリアン・ユーリアス、大貴族の娘で私の幼馴染である。お転婆でたまに男勝りな部分がある一癖も二癖もある女性だ。何より賢い。私の数倍は、多分。また身体を動かすことが何よりも好きでありよく転んで膝とか肘に擦り傷をつけてしまう。そしてそれは今日も例外ではなく、彼女の顔に僅かな擦り傷があった。

 「また擦ったんだね」

 彼女の顔に左手を添えながらこう唱えた。

 「癒し(サルース)」

 緑色の光が擦り傷を包み込んで擦り傷はみるみるうちに癒えていった。
 そう、この世界には魔法というものがある。でもゲームみたいに魔力量とか魔力才能とかそういうのは無い。この世界の魔法は現象に対する理解度で効力が左右される。つまり水を出す、みたいな魔法だとしたら水がどのような物質なのか理解していればいるほど沢山の純粋な水が出せるって感じだ。

 「いつもありがとうね」

 いつもならば彼女はこう言ってくる、私の遠征団に治癒魔法使いとして雇ってあげると。

 「また怒られたの?」

 「うん、怒られちゃった。お母様に」

 当然である。大貴族の娘が教会の領分である遠征団なんてできる訳がない、女ならば尚更。
 というのがこの世界の常識だ。それもそのはず、この世界の暦である星暦は342年であり、転生前の世界ではローマ帝国がとかやっていた時代だ。それはこの世界もそうであり、マレ・ノストルムという名前以外の国は人生で3回くらいしか聞いた事がない。だから貴族の女が遠征団になりたいなんて個人主義的な事はまだまだ先の話なのである。

 「私もヘリオみたいに男だったなぁ」

 そう、私は男だ。この肉体は濁った瞳と雪のような銀髪を持つ彫刻のような美少女であるが、男なのだ。でも転生前の私は女なので、非常にややこしい事になっている。

 「ま、この身体に生まれてきちゃった以上仕方ないけどね、だからヘリオ、魔法教えてよ」

 魔法が使えればどんなスラムの産まれでも遠征団とかの仕事に就く事ができる。でも魔法って法律的に教えて良いものなんだろうか。

 「いいけれど、うん、まぁ法律の意図的にはいいか。いいよ、教えるよ」

 政務院の認める正式な魔法学校以外で魔法を教えてはならない。破れば最悪死罪だけれども、この法律の意図は魔法を使える貴族や聖職者と魔法を使えない平民とかを徹底的に分断する為の法律だ。だから貴族である私が貴族である彼女に魔法を教える事は法律の意図に反しておらず、バレなければ特に問題はない筈だ。実際私も簡単な魔法は母親から教わったしね。

 「んじゃ図書室行こっか」

 魔法を教える、となるとどこから教えるべきだろうか火を魔法から教えるのなら燃焼の理屈から話すべきなんだろうけれど、いきなりそれを説明して理解できるんだろうか。
 ともかく、やってみなければわからないので二人で私の家に向かった。
 私も私で彼女と同じく大貴族なので凄く家が大きい。それはもう、門から図書室まで五分くらい掛かるほどに。だから途中で母親であるマリア・メリッサに捕まってしまった。

 「ヘリオ、お話があります」

 「すいません、お母様今からユリアンに魔法を教えるんです。後ではダメですか?」

 「魔法を?ヘリオ、ついてらっしゃい」

 母に連れられて当主の部屋に入った。山積みの書類と豪勢な絵画の飾られた部屋である。

 「魔法を教える事を悪いとは言いません。しかしですねあの子は貴方と同じく貴族の娘です。あの子にはあの子の産まれ持った役割というものがあって、それを阻害する事は許されません」

 転生前の時間とヘリオースとして過ごした時間を足せばもう三十路近いのに、私は目の前にいる24の母親を恐れている。多分これは、この肉体の本能のせいなんだろう。

 「で、でも彼女自身が望んだ事です」

 母は机を叩いて鋭く私を睨んだ。本心では全くと言って何とも思ってないのに、身体の方は血の気が引いていくような感覚に襲われる。

 「そうかもしれません。でもそれが何だと言うのです?彼女自身が望んだ、それが伝統を貶める理由にはならないでしょう」

 「……そんなに伝統が大事ですか」

 「当たり前です。伝統、正統性、社会秩序。それらが私たち個人の願望よりも優先される事はあってはならないのです」

 「かくあるべきと言う生き方しか許されないのはおかしいではありませんか」

 母の左手が宙に上がり、そして私の頬に飛んできた。右頬がジンジンと痛んで思考が吹き飛んで行く。

 「この際だから言っておきますけどね、貴方は勘違いしているの。私たちは最初から、産まれた時から貴族として生命の安全と免税特権と魔法の独占権を持っている。にも関わらずかくあるべきと言う生き方をしないのは卑怯というものです。貴方も、あの娘も」

 「だからもしかくあるべきという生き方をしたくないと、それでも言うのなら今すぐ全てを捨てなさい。その服もその名前も、全てを捨てて野垂れ死ぬ覚悟がないのならかくあるべきという生き方を受け入れるしかないの」

 この世界の人々が感じている伝統の重さというのは転生前の世界で私が感じていたものよりも重い。何故なら航海技術が十分に発達していないせいで、このマレ・ノストルム帝国という国だけが世界であり、マレ・ノストルム帝国の社会を、伝統を損なうという事は世界を損なうという事なのだ。

 「はぁ、まぁ良いです。それでですね。せっかくですから今話しておきます」

 「はい……」

 「貴方はマレ・ノストルムの皇帝にならなくてはなりません」

 「はい……はぁ!?」

 あまりのことで力が抜けて、床に尻餅をついてしまった。







 


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 行きつけのカレー屋でナンを食ってたらこの世界の転生していた。意味がわからないだろうが、そう言う事だ。
 それが14年前の事である。というわけで私は今日も今日とて家の裏手にある草原で寝転んでいた。
 「ヘリオ、おはよう」
 紫の大きな瞳と煌びやかな金髪が私の視界を覆った。
 「ユリアンね」
 ユリアン・ユーリアス、大貴族の娘で私の幼馴染である。お転婆でたまに男勝りな部分がある一癖も二癖もある女性だ。何より賢い。私の数倍は、多分。また身体を動かすことが何よりも好きでありよく転んで膝とか肘に擦り傷をつけてしまう。そしてそれは今日も例外ではなく、彼女の顔に僅かな擦り傷があった。
 「また擦ったんだね」
 彼女の顔に左手を添えながらこう唱えた。
 「癒し(サルース)」
 緑色の光が擦り傷を包み込んで擦り傷はみるみるうちに癒えていった。
 そう、この世界には魔法というものがある。でもゲームみたいに魔力量とか魔力才能とかそういうのは無い。この世界の魔法は現象に対する理解度で効力が左右される。つまり水を出す、みたいな魔法だとしたら水がどのような物質なのか理解していればいるほど沢山の純粋な水が出せるって感じだ。
 「いつもありがとうね」
 いつもならば彼女はこう言ってくる、私の遠征団に治癒魔法使いとして雇ってあげると。
 「また怒られたの?」
 「うん、怒られちゃった。お母様に」
 当然である。大貴族の娘が教会の領分である遠征団なんてできる訳がない、女ならば尚更。
 というのがこの世界の常識だ。それもそのはず、この世界の暦である星暦は342年であり、転生前の世界ではローマ帝国がとかやっていた時代だ。それはこの世界もそうであり、マレ・ノストルムという名前以外の国は人生で3回くらいしか聞いた事がない。だから貴族の女が遠征団になりたいなんて個人主義的な事はまだまだ先の話なのである。
 「私もヘリオみたいに男だったなぁ」
 そう、私は男だ。この肉体は濁った瞳と雪のような銀髪を持つ彫刻のような美少女であるが、男なのだ。でも転生前の私は女なので、非常にややこしい事になっている。
 「ま、この身体に生まれてきちゃった以上仕方ないけどね、だからヘリオ、魔法教えてよ」
 魔法が使えればどんなスラムの産まれでも遠征団とかの仕事に就く事ができる。でも魔法って法律的に教えて良いものなんだろうか。
 「いいけれど、うん、まぁ法律の意図的にはいいか。いいよ、教えるよ」
 政務院の認める正式な魔法学校以外で魔法を教えてはならない。破れば最悪死罪だけれども、この法律の意図は魔法を使える貴族や聖職者と魔法を使えない平民とかを徹底的に分断する為の法律だ。だから貴族である私が貴族である彼女に魔法を教える事は法律の意図に反しておらず、バレなければ特に問題はない筈だ。実際私も簡単な魔法は母親から教わったしね。
 「んじゃ図書室行こっか」
 魔法を教える、となるとどこから教えるべきだろうか火を魔法から教えるのなら燃焼の理屈から話すべきなんだろうけれど、いきなりそれを説明して理解できるんだろうか。
 ともかく、やってみなければわからないので二人で私の家に向かった。
 私も私で彼女と同じく大貴族なので凄く家が大きい。それはもう、門から図書室まで五分くらい掛かるほどに。だから途中で母親であるマリア・メリッサに捕まってしまった。
 「ヘリオ、お話があります」
 「すいません、お母様今からユリアンに魔法を教えるんです。後ではダメですか?」
 「魔法を?ヘリオ、ついてらっしゃい」
 母に連れられて当主の部屋に入った。山積みの書類と豪勢な絵画の飾られた部屋である。
 「魔法を教える事を悪いとは言いません。しかしですねあの子は貴方と同じく貴族の娘です。あの子にはあの子の産まれ持った役割というものがあって、それを阻害する事は許されません」
 転生前の時間とヘリオースとして過ごした時間を足せばもう三十路近いのに、私は目の前にいる24の母親を恐れている。多分これは、この肉体の本能のせいなんだろう。
 「で、でも彼女自身が望んだ事です」
 母は机を叩いて鋭く私を睨んだ。本心では全くと言って何とも思ってないのに、身体の方は血の気が引いていくような感覚に襲われる。
 「そうかもしれません。でもそれが何だと言うのです?彼女自身が望んだ、それが伝統を貶める理由にはならないでしょう」
 「……そんなに伝統が大事ですか」
 「当たり前です。伝統、正統性、社会秩序。それらが私たち個人の願望よりも優先される事はあってはならないのです」
 「かくあるべきと言う生き方しか許されないのはおかしいではありませんか」
 母の左手が宙に上がり、そして私の頬に飛んできた。右頬がジンジンと痛んで思考が吹き飛んで行く。
 「この際だから言っておきますけどね、貴方は勘違いしているの。私たちは最初から、産まれた時から貴族として生命の安全と免税特権と魔法の独占権を持っている。にも関わらずかくあるべきと言う生き方をしないのは卑怯というものです。貴方も、あの娘も」
 「だからもしかくあるべきという生き方をしたくないと、それでも言うのなら今すぐ全てを捨てなさい。その服もその名前も、全てを捨てて野垂れ死ぬ覚悟がないのならかくあるべきという生き方を受け入れるしかないの」
 この世界の人々が感じている伝統の重さというのは転生前の世界で私が感じていたものよりも重い。何故なら航海技術が十分に発達していないせいで、このマレ・ノストルム帝国という国だけが世界であり、マレ・ノストルム帝国の社会を、伝統を損なうという事は世界を損なうという事なのだ。
 「はぁ、まぁ良いです。それでですね。せっかくですから今話しておきます」
 「はい……」
 「貴方はマレ・ノストルムの皇帝にならなくてはなりません」
 「はい……はぁ!?」
 あまりのことで力が抜けて、床に尻餅をついてしまった。