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鬼の子(本文)

ー/ー



 賽の河原では、今年もコンテストが開かれている。
 この日のためにコンディションを整えてきた魂たちが、転生した後の人生に思いを馳せながら、自分の名前が呼ばれるのを今か今かと待ち構えている。
 集まっているのは、親よりも早く亡くなった子どもの魂だ。

「順番に審査されるから、ゼッケンは見える場所につけるように!」

 鬼たちが、子どもたちでごった返す会場に向かって声を張り上げた。
 このコンテストの結果によって、転生する際に持っていけるものが増える。
 入賞すれば一つ。優勝すれば三つ。金や宝石といった形ある物は持っていけないが、美しい容姿や、愛嬌、トップアスリート並みの体力だって望めば持っていける。
 持っていけたとしても、転生前に記憶を消されるから何も覚えてないんだけどな。
 賑わっている会場を背にして、一人ぼんやりしていると、背後から野太い声で呼び留められた。

「お前は参加しないのか」

 振り返った先にいたのは、いつも賽の河原で見回りをしている鬼だ。
 獄卒として厳しく子どもらを監視する一方で、たまに声をかけてくることがある。

「俺は……なんかもう、いいかなって。何度も転生して、そのたびにひどい目に遭って死んでるっぽいし」

 実のところ、亡くなる前の記憶はあまりない。転生のたびに記憶を消されているから、思い出せたとしても断片的な感情だけだ。
 ひどいことをされた。辛かった。苦しかった。そのくらいは覚えているが、細かい出来事には思い当たらない。どの人生でも、俺は物心がつく前に亡くなったのだと思う。
 運が悪いにも程がある。
 一度や二度の失敗ならまだしも、俺は何度も転生をして、そのたびに虐待か何かで命を落として賽の河原にとんぼ返りしている……らしい。

「出るだけ出てみたらどうだ。もしかしたら、うっかり優勝できるかもしれないぞ」

 何度も出場を勧めてくるものだから、さっさと転生して出て行ってほしいのだろうかと勘繰ってしまう。俺みたいなのがずっと賽の河原にいると困るのかもしれない。
 居心地の悪さに話題を変えたくなって、何気ない質問を投げかけた。

「おじさんの家には、子どもはいる?」

 彼は少し言葉に詰まって、それから小さく微笑んだ。

「いたよ。赤ん坊の頃に死んじまったけどな」
「そう、だったんだ」
「体が弱くてさ。流行病にかかってあっさり……カミさんも体が弱いもんだから、子どもが死んだのは自分のせいだって泣いてたよ。丈夫に生んでやれなかった自分の責任だと」

 重苦しい沈黙を越えて、鬼は大きな手で俺の頭を撫でた。

「ここにいる子どもには、良い転生先に行ってほしいんだ。行った先で大事にされてほしい」

 お前もな。
 鬼はそう呟いて俺の方を見る。何と答えたらいいのか分からず、黙って俯いていた。ゴツゴツとした手で頭を撫でられるのは嫌ではなかった。

「でもさ、俺は無理だよ。どう頑張ったって、生まれた瞬間から疎まれるんだから」
「疎まれるって、何で」
「何となく……覚えがあるんだ」

 気持ち悪い。不気味な子だ。生まれたばかりなのに、もうこんなに髪が生えている。たくさん歯が生えている。心ない人々の声と、俺を抱いて泣き咽ぶ母の声が遠くでこだまする。毎回こうだ。
 転生のたび記憶も消されて、見た目も変わって、まっさらな状態で人生を始めているはずなのにいつもこうなってしまう。

「やっぱりコンテストに出て、容姿を何とかするしかないのかなぁ」
「また人として生まれ直したいか?」
「絶対人間になりたいってわけじゃないけど、なんか……」

 転生をすっぱり諦めきれないのは、遠い遠い昔に、優しく抱き締められた記憶が残っているから。
 母の優しいぬくもり。父の力強い抱擁。
 顔も分からない両親に愛情を注がれた記憶が、確かにこの魂に残っている。何度目の人生だったかは分からない。

「なあ、一つ頼みがあるんだ。少しの時間でいいから、会ってほしい奴がいる」

 鬼が真剣な表情になって、口ごもった俺のことを見つめている。その表情にただならぬものを感じて、思わず背筋を伸ばした。


 後日、俺は閻魔庁を訪れていた。

「地獄の住人として生きていくのは構わんが……本当に転生をやめるのかい?」

 閻魔様は何度も念を押して確認をしてくる。
 俺の背後にいる鬼がゆっくりと口を開いた。

「実は……妻が、この子に一目会った瞬間から泣き出して」

 あの日、俺はコンテストに出なかった。代わりに出向いたのがこの鬼の自宅だった。
 客人に気づいた女性は俺を抱き締め、大粒の涙をこぼした。

『おかえり。おかえり、ずっと待ってたよ。これからは一緒だからね』

 気がつくと、俺の瞳からも涙が溢れていた。自然に「ただいま」と声が出ていた。
 ふと懐かしさが体の奥まで満ちていくのが分かった。
 そして確信する。俺がずっと探し求めていたのは、この二人の温もりだったのかと。

「散々『鬼っ子』と呼ばれて酷い目に遭ってきたけど、これからは……正真正銘、鬼の子どもとして生きていきます!」
「分かった。そなたの選択を尊重しよう」

 閻魔様の言葉を後押しするように、父が優しく笑ってみせる。
 俺は生まれて初めて、彼らと共に心から笑えたような気がした。


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 賽の河原では、今年もコンテストが開かれている。 この日のためにコンディションを整えてきた魂たちが、転生した後の人生に思いを馳せながら、自分の名前が呼ばれるのを今か今かと待ち構えている。
 集まっているのは、親よりも早く亡くなった子どもの魂だ。
「順番に審査されるから、ゼッケンは見える場所につけるように!」
 鬼たちが、子どもたちでごった返す会場に向かって声を張り上げた。
 このコンテストの結果によって、転生する際に持っていけるものが増える。
 入賞すれば一つ。優勝すれば三つ。金や宝石といった形ある物は持っていけないが、美しい容姿や、愛嬌、トップアスリート並みの体力だって望めば持っていける。
 持っていけたとしても、転生前に記憶を消されるから何も覚えてないんだけどな。
 賑わっている会場を背にして、一人ぼんやりしていると、背後から野太い声で呼び留められた。
「お前は参加しないのか」
 振り返った先にいたのは、いつも賽の河原で見回りをしている鬼だ。
 獄卒として厳しく子どもらを監視する一方で、たまに声をかけてくることがある。
「俺は……なんかもう、いいかなって。何度も転生して、そのたびにひどい目に遭って死んでるっぽいし」
 実のところ、亡くなる前の記憶はあまりない。転生のたびに記憶を消されているから、思い出せたとしても断片的な感情だけだ。
 ひどいことをされた。辛かった。苦しかった。そのくらいは覚えているが、細かい出来事には思い当たらない。どの人生でも、俺は物心がつく前に亡くなったのだと思う。
 運が悪いにも程がある。
 一度や二度の失敗ならまだしも、俺は何度も転生をして、そのたびに虐待か何かで命を落として賽の河原にとんぼ返りしている……らしい。
「出るだけ出てみたらどうだ。もしかしたら、うっかり優勝できるかもしれないぞ」
 何度も出場を勧めてくるものだから、さっさと転生して出て行ってほしいのだろうかと勘繰ってしまう。俺みたいなのがずっと賽の河原にいると困るのかもしれない。
 居心地の悪さに話題を変えたくなって、何気ない質問を投げかけた。
「おじさんの家には、子どもはいる?」
 彼は少し言葉に詰まって、それから小さく微笑んだ。
「いたよ。赤ん坊の頃に死んじまったけどな」
「そう、だったんだ」
「体が弱くてさ。流行病にかかってあっさり……カミさんも体が弱いもんだから、子どもが死んだのは自分のせいだって泣いてたよ。丈夫に生んでやれなかった自分の責任だと」
 重苦しい沈黙を越えて、鬼は大きな手で俺の頭を撫でた。
「ここにいる子どもには、良い転生先に行ってほしいんだ。行った先で大事にされてほしい」
 お前もな。
 鬼はそう呟いて俺の方を見る。何と答えたらいいのか分からず、黙って俯いていた。ゴツゴツとした手で頭を撫でられるのは嫌ではなかった。
「でもさ、俺は無理だよ。どう頑張ったって、生まれた瞬間から疎まれるんだから」
「疎まれるって、何で」
「何となく……覚えがあるんだ」
 気持ち悪い。不気味な子だ。生まれたばかりなのに、もうこんなに髪が生えている。たくさん歯が生えている。心ない人々の声と、俺を抱いて泣き咽ぶ母の声が遠くでこだまする。毎回こうだ。
 転生のたび記憶も消されて、見た目も変わって、まっさらな状態で人生を始めているはずなのにいつもこうなってしまう。
「やっぱりコンテストに出て、容姿を何とかするしかないのかなぁ」
「また人として生まれ直したいか?」
「絶対人間になりたいってわけじゃないけど、なんか……」
 転生をすっぱり諦めきれないのは、遠い遠い昔に、優しく抱き締められた記憶が残っているから。
 母の優しいぬくもり。父の力強い抱擁。
 顔も分からない両親に愛情を注がれた記憶が、確かにこの魂に残っている。何度目の人生だったかは分からない。
「なあ、一つ頼みがあるんだ。少しの時間でいいから、会ってほしい奴がいる」
 鬼が真剣な表情になって、口ごもった俺のことを見つめている。その表情にただならぬものを感じて、思わず背筋を伸ばした。
 後日、俺は閻魔庁を訪れていた。
「地獄の住人として生きていくのは構わんが……本当に転生をやめるのかい?」
 閻魔様は何度も念を押して確認をしてくる。
 俺の背後にいる鬼がゆっくりと口を開いた。
「実は……妻が、この子に一目会った瞬間から泣き出して」
 あの日、俺はコンテストに出なかった。代わりに出向いたのがこの鬼の自宅だった。
 客人に気づいた女性は俺を抱き締め、大粒の涙をこぼした。
『おかえり。おかえり、ずっと待ってたよ。これからは一緒だからね』
 気がつくと、俺の瞳からも涙が溢れていた。自然に「ただいま」と声が出ていた。
 ふと懐かしさが体の奥まで満ちていくのが分かった。
 そして確信する。俺がずっと探し求めていたのは、この二人の温もりだったのかと。
「散々『鬼っ子』と呼ばれて酷い目に遭ってきたけど、これからは……正真正銘、鬼の子どもとして生きていきます!」
「分かった。そなたの選択を尊重しよう」
 閻魔様の言葉を後押しするように、父が優しく笑ってみせる。
 俺は生まれて初めて、彼らと共に心から笑えたような気がした。