第十八話
ー/ー
突然来る雷雨の雲模様のようになっている空を見たアマンダは、アードルフに二色の空について聞く。
「シケが起こるとあの雲になるの」
「いえ、あの様にくっきりとはならないと思いますが」
違和感を覚えた従者は、受付の大男に今のことを伝える。すると、怪訝な顔をしながら見上げ、
「あんな雲は初めて見たぜ。何だありゃ」
「関連性はありそうですか」
「調べてみないことには、何とも」
腰に手をあて、盛り上がった上腕二頭筋が再度動こうとしたところ凛とした女の声が響く。名前を呼ばれたアマンダは、ぎょっとし、近寄ってくる女剣士に対して引き気味に。
「ここまで来といて挨拶なしとはいい度胸じゃないか」
苦笑いしながら返答に困っていると、頭半分位の高さから手が伸びる。わしゃわしゃと頭をかき混ぜると、無事で良かったよ、とだけ口にした。
「フィリア、どうしてここに」
「アマンダの気があったからね。様子を見に来たんだよ」
思っても見なかった人物の登場に、アードルフは内心驚きを隠せないでいた。しかし、考えてみれば、ライティア家に仕える魔女のひとりである彼女が足を運ぶのは、不思議ではない。
「そうだ。フィリア、あの雲について何か知らないか」
雲だって、と、剣を持った珍しい魔女は、窓から見える風景を目に入れる。首をかしげると、はあ、とため息をついた。
「あんたたちがミルディアに来た理由によるんじゃないかい」
「どういう事だ」
「あんたが察している通り、あれは誰かの故意で創られてるみたいだからさ」
「わたしたちはフィランダリアに行くのです。それで船が必要になって」
成程ねえ、と勝気な風体をしている魔女。リューデリアとサイヤとはまた違った雰囲気を持っている。
彼女は乗船メンバーを確認すると、アマンダと共に来た魔女たちはフィリアにひざまずき、終わった後は新しい従者たちとの挨拶を交わす。どうやら女剣士は、魔女でも特別な存在らしい。
態度とは裏腹に親しみやすい彼女は、アマンダの頭をなで、
「もうあんたは子供じゃない。自分の頭で考えて行動しな。ライティア家の次期当主として、ね」
アタシに言えるのはそれだけだよ、と、まるで娘を見ているような瞳で伝える。対して顔馴染みの従者には、
「アードルフ、あんたとの決着はついてないんだ。ちゃんと帰って来なよ」
「あれはあなたの勝ちだろう」
「冗談じゃない。あんた手ぇ抜いてただろ、絶対に許さないからねっ」
ビシィッと指され、怒りに似た感情で言うフィリア。そういう意味ではなかったのだが、と思った彼だが、ややこしくなりそうなので、分かった、とため息をつきながら返した。
「じゃあまた。ちゃんとアイリに手紙書くんだよ」
そう言うと、フィリアは建物から出て行った。
「兄貴、さっきの誰だ。イイ女だな」
「フィリアという、ライティア家に仕える魔女だ」
「へえ~、女闘士だと思ったよ」
ヤロは彼女が出た方向に熱い視線を送り、相方は、やれやれ、という風に見ている。
しばらくすると、
「雲はどうやって調べればいいのでしょう」
アマンダが対処に入り始めると、連れ立った者たちもそれぞれの思考を回す。
窓際に移動したサイヤは、雲を見上げると、実物を見たほうがいいのでは、と提案。
外に出た一行は、海の上にある雲だけがはっきりと色が違うことに気づく。あごに手をあてたサイヤは、海の水に触ってくる、と言い出した。
アードルフが止めようとしたが、リューデリアによって阻まれてしまう。
「何か考えがあるのだろう。妙な魔力を感じる」
打ちつける波が高くなっているため本来なら立ち入り禁止なのだが、そんなことを言っている場合でもない。周囲はサイヤを見守りながら、ヒヤヒヤしていた。
戻ってきた魔女は、神妙な顔をしながら皆の前を通り過ぎる。今は何もない停泊場に歩いていくと、その入口付近で止まった。
「出てきてください~。あなたなんですよね~」
サイヤの問いかけに答えるかのように、一部分だけ景色が歪む。元に戻った場所には、華奢な男が立っていた。
端正な顔で顔が白く、線が細い。貴族のような青いいでたちは、病弱にも見えなくはない。
男の姿を見たもうひとりの魔女も、慌てて友人の隣に駆け寄る。
「まさか、あなたが海を荒れさせているのですか」
男は無表情のまま黙っている。
「どうしてこのようなことを。ライティア家の方もいるのに」
「ゼノスに、会わせる訳には、いかない」
二人の魔女は、答えの意味が分からない。
「ここで、足止め」
男が左手を海のほうへとゆっくり動かすと、瞬く間に海がより荒れてしまう。
「おいおい、何なんだてめえは。オレたちの邪魔をするってんだったら」
「止めぬかヤロ。あのお方は王の側近の魔法師、無闇に剣を振るってはならぬ」
「何それ。フィランダリア王も魔法師と関係があるっていうこと」
「各大陸の王には、付き人として魔法師が必ずいるのだ。魔法を使いこなす為にな」
フィランダリアをはじめ、アンブローやコラレダ、ランバルコーヤの四大王国の主は、四大精霊との契約の元、それぞれの属性の魔法を使うことが出来る。魔法師以外で操れるのは彼らのみなのである。
その側近の一人が今、目の前にいる華奢な男なのだ。
しかし、彼らが各王の傍にいるようになったのは、過去にライティア家が魔女を助けたときとほぼ同時期である。
「確かに、恩はある。でも、フィランダリアのほうが、今は大事」
片言で会話する男は、腕を天に向ける。海が腕の動きに同調したのか、何本もの渦となって天地を繋いでしまった。
「なぜなのですか。なぜ、わたしたちの足を止めるのですかっ」
アマンダが思わず叫ぶと、男は困った顔になる。
「国、守らないといけない、から」
「困ったね、会話が苦手なのかな」
「うーん。確か、苦手って伺ってたわね~」
「うーん、じゃねえだろ。知り合いなんだろ、何とかしてくれよ」
「お前、リューデリアの話聞いてた」
イスモが呆れながら短剣を抜き構える。若年層の傭兵たちはやる気満々のよう。リューデリアが止めるも、耳を貸そうとしない。
「お前達、武器を抑えろ。王の側近に刃を向けるな」
「んなコト言ってもよ、どうすりゃいいんだって」
アードルフの言葉は功を功をせいし、二人の闘争心を引かせる。
事が収まると、アマンダは息を吐き、
「無礼をお許しください。わたくしたちが御国に行ってはならない理由をお教えください」
男は眉間のしわを深くさせる。その表情には苦みがあり、迷いも感じ取れなくもなかった。だが、ここで引き下がるわけにもいかない。アンブローが戦に勝つには、どうしても他国の支援が必要だからだ。
アマンダは、何故あのような顔をしながら行く手を遮るのかを考える。本音はどこにあるのか、と。
フィランダリアは、今やコラレダの支配下にあるも同然。敵国の使者を招き入れたくない、ということなのだろうか。
とはいえ、あまりにもタイミングが良すぎる。
「表」
「え」
男はアマンダにしか聞こえないように調節すると、
「表側はだめ。都合が、悪い」
都合、という言葉に、やはり何かがあると悟る令嬢。
「裏側なら、大丈夫。そこに来て」
言い終わると、男は海をさらに荒れさせる。強風を伴わせると、男は姿を消した。
「ちい、野郎逃げやがった」
「どうするわけ。これじゃあコラレダからの陸路しか」
「いいえ、もうひとつあります」
全員の視線がアマンダに集まる。
「いざというときのための隠し通路があります。そこからフィランダリアに行きましょう」
「しかしアマンダ、そこはライティア家の方々しか」
リューデリアの言葉に回答者は首を振り、
「本来ならそうなのですが、アルタリア様がそこで待っている、と」
「さっきの野郎が。信用出来んのか」
「大丈夫ですよ。そうご自身がおっしゃられたんですから」
アマンダは優しい笑顔をヤロに向け、行きましょう、と歩き出す。頭をかいた彼は、マジで大丈夫なのか、と思いながら後ろをついていく。
「兄貴はどう思う。その通路」
「私も話にしか聞いていないから良く分からん。だが、アマンダ様とアイリ様、遣いの魔女二人しか知らないことだから間違いないだろう」
「あら~、何であなたが知ってるの~」
「コスティ様から教えて頂いたのだ。万が一のときはお二人を連れて逃げるように、と」
「で、二人が知ってるのは魔女だから、かな」
「うむ。あの方も存じ上げているはずだ」
なるほど、とイスモ。話しながら先の二人の後を追うと、移動したときに使った建物が現れる。
「嬢ちゃん、ここはさっきのとこじゃねえか」
「ここからその通路にいけるって聞いたことがあります。リューデリア、お願いできますか」
うむ、と返事をした彼女は、ミルディアを訪れたときと同じ動作で魔法を唱える。すると、光の柱が無数に立ち上り、一行の姿を隠す。
視界が戻ったとき、辺りには少し湿気のある風が吹いており、草原の香りが漂っていた。
「よく来た。さあ、こちらへ」
聞き覚えのある声に顔を向けると、先ほどの男が立っていた。後ろにはぽっかりと口をあけた洞窟がある。
「通路って、この洞窟のことなわけ」
「わたしも初めて見ましたから、詳しくは」
町にいたときと違い、穏やかに笑う青い服の青年。全員を洞窟内に入れると、入口に向けて腕を伸ばした。
すると、一瞬で出入り口がなくなってしまったではないか。
暗闇に包まれると、進行方向に大きな炎が現れる。突如として姿を見せた炎は左右に別れ、一番背の高いアードルフが見上げる高さまで移動。
次の瞬間、奥に向かって光が走り出し、人間の目に力を与えた。夜の建物の中より明るく、歩きやすい。
「まあ。まるで昼間のようできれいすね」
「危険な気配もないようです」
感嘆しているアマンダに、従者は身の安全を提示。やはり年頃の少女なのだと、彼は感じる。
「こちらへ。見えにくかったら、そこの炎の子に言うといい」
「炎の子?」
「私の事だ」
イスモの問いに、リューデリアが答える。炎を得意とする者が多い一族なため、そう呼ばれるという。
「じゃあサイヤは何て呼ばれてんだ」
「えー、水の子、かしらね~。確か」
「本人が忘れてるし」
「医者の家系だからそっちで呼ばれることが多いのよ~」
歳の近さから来る突っ込みも、のほほんとした雰囲気には敵わないようだ。
しばらく歩くと、二股が合流する地点へとやってくる。通ってきた道から見て左側にあるのは、アンブロー王国方面へと繋がっているらしい。また、簡単には行き来は出来ないという。
青年に導かれてやって来た扉の先は、赤い絨毯で敷き詰められた豪華な家具がある一室だった。ヘイノの執務室より広く、まるで王族が使いそうな部屋である。
中央に設置された椅子とテーブルには、初老の男性が座っている。
「ゼノス、来ていたのか」
「おお、アルタリアか。ご苦労じゃたな」
名を呼ばれた紳士は、アマンダにゆっくりと近づく。
「ほっほっほっ。久しいなアマンダ殿、美しくなられた」
「え、わたくしとお会いしたことがあるのですか」
慌てるアマンダだが、ゼノスとアルタリアと呼ばれた青い青年が軟らかく笑う。
「とても小さかった。父君に抱えられて、私の髪を引っ張った」
貴族令嬢の顔が恥ずかしさと緊張と、さらには無礼を働いてしまったことへの焦りから、何ともいえない表情に。
表情をそのままにアルタリアは、
「気にしないで。子供は皆、私の髪を引っ張る。父君や兄君が小さいときも、そうだった」
「まあ、そんな髪型してり」
ヤロの鳩尾に最年少の傭兵のひじが入ると、近くのソファーと椅子へと案内される一行。女性陣はソファーに、男性陣は椅子に座った。
「すまぬな、本来なら客室に招くところじゃが」
「こちらこそ、配慮が足りず申し訳ございません。コラレダに知られればどうなるかを考えるべきでした」
「感づいておられるなら話は早い。して、わしに何用かな」
アマンダは謝罪し、ヘイノから預かった手紙をアルタリアに渡す。封を開け主に渡すと、受け取り手はすぐさま目を通した。
三枚の手紙を読み終えると、大きく息を吐く。そして、アマンダにある質問をした。
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「ここまで来といて挨拶なしとはいい度胸じゃないか」
苦笑いしながら返答に困っていると、頭半分位の高さから手が伸びる。わしゃわしゃと頭をかき混ぜると、無事で良かったよ、とだけ口にした。
「フィリア、どうしてここに」
「アマンダの気があったからね。様子を見に来たんだよ」
思っても見なかった人物の登場に、アードルフは内心驚きを隠せないでいた。しかし、考えてみれば、ライティア家に仕える魔女のひとりである彼女が足を運ぶのは、不思議ではない。
「そうだ。フィリア、あの雲について何か知らないか」
雲だって、と、剣を持った珍しい魔女は、窓から見える風景を目に入れる。首をかしげると、はあ、とため息をついた。
「あんたたちがミルディアに来た理由によるんじゃないかい」
「どういう事だ」
「あんたが察している通り、あれは誰かの故意で創られてるみたいだからさ」
「わたしたちはフィランダリアに行くのです。それで船が必要になって」
成程ねえ、と勝気な風体をしている魔女。リューデリアとサイヤとはまた違った雰囲気を持っている。
彼女は乗船メンバーを確認すると、アマンダと共に来た魔女たちはフィリアにひざまずき、終わった後は新しい従者たちとの挨拶を交わす。どうやら女剣士は、魔女でも特別な存在らしい。
態度とは裏腹に親しみやすい彼女は、アマンダの頭をなで、
「もうあんたは子供じゃない。自分の頭で考えて行動しな。ライティア家の次期当主として、ね」
アタシに言えるのはそれだけだよ、と、まるで娘を見ているような瞳で伝える。対して顔馴染みの従者には、
「アードルフ、あんたとの決着はついてないんだ。ちゃんと帰って来なよ」
「あれはあなたの勝ちだろう」
「冗談じゃない。あんた手ぇ抜いてただろ、絶対に許さないからねっ」
ビシィッと指され、怒りに似た感情で言うフィリア。そういう意味ではなかったのだが、と思った彼だが、ややこしくなりそうなので、分かった、とため息をつきながら返した。
「じゃあまた。ちゃんとアイリに手紙書くんだよ」
そう言うと、フィリアは建物から出て行った。
「兄貴、さっきの誰だ。イイ女だな」
「フィリアという、ライティア家に仕える魔女だ」
「へえ~、女闘士だと思ったよ」
ヤロは彼女が出た方向に熱い視線を送り、相方は、やれやれ、という風に見ている。
しばらくすると、
「雲はどうやって調べればいいのでしょう」
アマンダが対処に入り始めると、連れ立った者たちもそれぞれの思考を回す。
窓際に移動したサイヤは、雲を見上げると、実物を見たほうがいいのでは、と提案。
外に出た一行は、海の上にある雲だけがはっきりと色が違うことに気づく。あごに手をあてたサイヤは、海の水に触ってくる、と言い出した。
アードルフが止めようとしたが、リューデリアによって阻まれてしまう。
「何か考えがあるのだろう。妙な魔力を感じる」
打ちつける波が高くなっているため本来なら立ち入り禁止なのだが、そんなことを言っている場合でもない。周囲はサイヤを見守りながら、ヒヤヒヤしていた。
戻ってきた魔女は、神妙な顔をしながら皆の前を通り過ぎる。今は何もない停泊場に歩いていくと、その入口付近で止まった。
「出てきてください~。あなたなんですよね~」
サイヤの問いかけに答えるかのように、一部分だけ景色が歪む。元に戻った場所には、華奢な男が立っていた。
端正な顔で顔が白く、線が細い。貴族のような青いいでたちは、病弱にも見えなくはない。
男の姿を見たもうひとりの魔女も、慌てて友人の隣に駆け寄る。
「まさか、あなたが海を荒れさせているのですか」
男は無表情のまま黙っている。
「どうしてこのようなことを。ライティア家の方もいるのに」
「ゼノスに、会わせる訳には、いかない」
二人の魔女は、答えの意味が分からない。
「ここで、足止め」
男が左手を海のほうへとゆっくり動かすと、瞬く間に海がより荒れてしまう。
「おいおい、何なんだてめえは。オレたちの邪魔をするってんだったら」
「止めぬかヤロ。あのお方は王の側近の魔法師、無闇に剣を振るってはならぬ」
「何それ。フィランダリア王も魔法師と関係があるっていうこと」
「各大陸の王には、付き人として魔法師が必ずいるのだ。魔法を使いこなす為にな」
フィランダリアをはじめ、アンブローやコラレダ、ランバルコーヤの四大王国の主は、四大精霊との契約の元、それぞれの属性の魔法を使うことが出来る。魔法師以外で操れるのは彼らのみなのである。
その側近の一人が今、目の前にいる華奢な男なのだ。
しかし、彼らが各王の傍にいるようになったのは、過去にライティア家が魔女を助けたときとほぼ同時期である。
「確かに、恩はある。でも、フィランダリアのほうが、今は大事」
片言で会話する男は、腕を天に向ける。海が腕の動きに同調したのか、何本もの渦となって天地を繋いでしまった。
「なぜなのですか。なぜ、わたしたちの足を止めるのですかっ」
アマンダが思わず叫ぶと、男は困った顔になる。
「国、守らないといけない、から」
「困ったね、会話が苦手なのかな」
「うーん。確か、苦手って伺ってたわね~」
「うーん、じゃねえだろ。知り合いなんだろ、何とかしてくれよ」
「お前、リューデリアの話聞いてた」
イスモが呆れながら短剣を抜き構える。若年層の傭兵たちはやる気満々のよう。リューデリアが止めるも、耳を貸そうとしない。
「お前達、武器を抑えろ。王の側近に刃を向けるな」
「んなコト言ってもよ、どうすりゃいいんだって」
アードルフの言葉は功を功をせいし、二人の闘争心を引かせる。
事が収まると、アマンダは息を吐き、
「無礼をお許しください。わたくしたちが御国に行ってはならない理由をお教えください」
男は眉間のしわを深くさせる。その表情には苦みがあり、迷いも感じ取れなくもなかった。だが、ここで引き下がるわけにもいかない。アンブローが戦に勝つには、どうしても他国の支援が必要だからだ。
アマンダは、何故あのような顔をしながら行く手を遮るのかを考える。本音はどこにあるのか、と。
フィランダリアは、今やコラレダの支配下にあるも同然。敵国の使者を招き入れたくない、ということなのだろうか。
とはいえ、あまりにもタイミングが良すぎる。
「表」
「え」
男はアマンダにしか聞こえないように調節すると、
「表側はだめ。都合が、悪い」
都合、という言葉に、やはり何かがあると悟る令嬢。
「裏側なら、大丈夫。そこに来て」
言い終わると、男は海をさらに荒れさせる。強風を伴わせると、男は姿を消した。
「ちい、野郎逃げやがった」
「どうするわけ。これじゃあコラレダからの陸路しか」
「いいえ、もうひとつあります」
全員の視線がアマンダに集まる。
「いざというときのための隠し通路があります。そこからフィランダリアに行きましょう」
「しかしアマンダ、そこはライティア家の方々しか」
リューデリアの言葉に回答者は首を振り、
「本来ならそうなのですが、アルタリア様がそこで待っている、と」
「さっきの野郎が。信用出来んのか」
「大丈夫ですよ。そうご自身がおっしゃられたんですから」
アマンダは優しい笑顔をヤロに向け、行きましょう、と歩き出す。頭をかいた彼は、マジで大丈夫なのか、と思いながら後ろをついていく。
「兄貴はどう思う。その通路」
「私も話にしか聞いていないから良く分からん。だが、アマンダ様とアイリ様、遣いの魔女二人しか知らないことだから間違いないだろう」
「あら~、何であなたが知ってるの~」
「コスティ様から教えて頂いたのだ。万が一のときはお二人を連れて逃げるように、と」
「で、二人が知ってるのは魔女だから、かな」
「うむ。あの方も存じ上げているはずだ」
なるほど、とイスモ。話しながら先の二人の後を追うと、移動したときに使った建物が現れる。
「嬢ちゃん、ここはさっきのとこじゃねえか」
「ここからその通路にいけるって聞いたことがあります。リューデリア、お願いできますか」
うむ、と返事をした彼女は、ミルディアを訪れたときと同じ動作で魔法を唱える。すると、光の柱が無数に立ち上り、一行の姿を隠す。
視界が戻ったとき、辺りには少し湿気のある風が吹いており、草原の香りが漂っていた。
「よく来た。さあ、こちらへ」
聞き覚えのある声に顔を向けると、先ほどの男が立っていた。後ろにはぽっかりと口をあけた洞窟がある。
「通路って、この洞窟のことなわけ」
「わたしも初めて見ましたから、詳しくは」
町にいたときと違い、穏やかに笑う青い服の青年。全員を洞窟内に入れると、入口に向けて腕を伸ばした。
すると、一瞬で出入り口がなくなってしまったではないか。
暗闇に包まれると、進行方向に大きな炎が現れる。突如として姿を見せた炎は左右に別れ、一番背の高いアードルフが見上げる高さまで移動。
次の瞬間、奥に向かって光が走り出し、人間の目に力を与えた。夜の建物の中より明るく、歩きやすい。
「まあ。まるで昼間のようできれいすね」
「危険な気配もないようです」
感嘆しているアマンダに、従者は身の安全を提示。やはり年頃の少女なのだと、彼は感じる。
「こちらへ。見えにくかったら、そこの炎の子に言うといい」
「炎の子?」
「私の事だ」
イスモの問いに、リューデリアが答える。炎を得意とする者が多い一族なため、そう呼ばれるという。
「じゃあサイヤは何て呼ばれてんだ」
「えー、水の子、かしらね~。確か」
「本人が忘れてるし」
「医者の家系だからそっちで呼ばれることが多いのよ~」
歳の近さから来る突っ込みも、のほほんとした雰囲気には敵わないようだ。
しばらく歩くと、二股が合流する地点へとやってくる。通ってきた道から見て左側にあるのは、アンブロー王国方面へと繋がっているらしい。また、簡単には行き来は出来ないという。
青年に導かれてやって来た扉の先は、赤い絨毯で敷き詰められた豪華な家具がある一室だった。ヘイノの執務室より広く、まるで王族が使いそうな部屋である。
中央に設置された椅子とテーブルには、初老の男性が座っている。
「ゼノス、来ていたのか」
「おお、アルタリアか。ご苦労じゃたな」
名を呼ばれた紳士は、アマンダにゆっくりと近づく。
「ほっほっほっ。久しいなアマンダ殿、美しくなられた」
「え、わたくしとお会いしたことがあるのですか」
慌てるアマンダだが、ゼノスとアルタリアと呼ばれた青い青年が軟らかく笑う。
「とても小さかった。父君に抱えられて、私の髪を引っ張った」
貴族令嬢の顔が恥ずかしさと緊張と、さらには無礼を働いてしまったことへの焦りから、何ともいえない表情に。
表情をそのままにアルタリアは、
「気にしないで。子供は皆、私の髪を引っ張る。父君や兄君が小さいときも、そうだった」
「まあ、そんな髪型してり」
ヤロの鳩尾に最年少の傭兵のひじが入ると、近くのソファーと椅子へと案内される一行。女性陣はソファーに、男性陣は椅子に座った。
「すまぬな、本来なら客室に招くところじゃが」
「こちらこそ、配慮が足りず申し訳ございません。コラレダに知られればどうなるかを考えるべきでした」
「感づいておられるなら話は早い。して、わしに何用かな」
アマンダは謝罪し、ヘイノから預かった手紙をアルタリアに渡す。封を開け主に渡すと、受け取り手はすぐさま目を通した。
三枚の手紙を読み終えると、大きく息を吐く。そして、アマンダにある質問をした。