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第十七話

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 リューデリアとサイヤがラザンダールに戻ると、ヘルガが二人を出迎える。帰路についた者たちは、彼女から応接室に行くようにと伝えられた。
 荷物を部屋に置いた魔女たちは、急ぎ指定された場所へと赴く。
 「すまぬ、待たせてしまったな」
 「いや、みんな今しがた集まったばかりだよ。気にしないで」
 と話しながら、エスコはヘルガにお茶を用意するように指示。七人分のお茶が出し終わると、屈託のない笑顔で、
 「まずはお疲れ様。おかげで対抗できる足がかりを得られたよ」
 にっこりと微笑むエスコは、安心と同時に感謝を表現する。しかしその表情はすぐに現実へと向けられた。
 「昨日の今日で悪いんだけど、アマンダ。君にはフィランダリアに行って、ゼノス王を説得してほしい」
 「説得、ですか」
 そう、と彼。
 フィランダリアはアンブロー王国がある大陸の隣に位置する、緑豊かな国。農作物と薬草にあふれ、疲れた人間の心を癒す国ともいわれている程だ。
 そのためか、フィランダリアの気候と同じように穏やかな気質の人間が多く、コラレダからも難民が流れているらしい。
 また、かの国を治めるフィラダリア王家ライティア家とは過去に婚姻関係を結んだこともあるため、家柄間でも仲が良いのである。
 ただ、レインバーグ家も同様なのだが。
 「僕はカンダル以降西側にある砦を攻略しなきゃならないからさ。個人的にはノアゼニアに行ってほしいんだけどね」
 はあ、とため息をつく話し手。ちなみに、ノアゼニアとは、アンブロー王国の首都名である。
 「ヘイノからの命令でね。カンダル砦の攻略が終わったら向かうようにって」
 は、はい、と、生返事のアマンダ。言葉の意味は分かるが、疑問が残るのだ。
 「かしこまりました。では、わたしとリューデリアとサイヤで行って参ります」
 「いや、アードルフたちも連れて行くんだ。武術ができる人間も一緒のほうがいい」
 「なぜです。相手はよう兵が大半なのでしょう、アードルフたちがいたほうが、けん制できて攻略も楽になるのでは」
 アードルフは、エスコと話している主君を見る。いつの間にこのような考えが出来るようになったのだろう、と内心驚きを隠せなかった。
 「確かにそうなんだけど、ヘイノの命令だからね。僕も彼の意見に賛成だよ」
 「でも、やっぱりわたしもエスコ様と一緒のほうが」
 「本来ならそのほうが楽だし、時間もかからない。でも、今はそんな悠長なことをいっている場合じゃない。場所も支援も同時進行しなくちゃはならないんだよ」
 どういう事かわかるね、と副官。微妙な表情をしながら首をかしげた年下の幼馴染みに、エスコは全体を見ながら動くのが将の勤めだよ、と、優しく説く。
 アマンダの提案は、全体の一部分しか過ぎず、エスコとヘイノが口にしている指示は、周りを見渡してからの視点なのである。
 彼女は納得したようなしていないような雰囲気だが、わかりました、とだけ伝える。
 「一度ミルディアに戻り、そこから船を出してもらうようにします」
 「あれ、家には戻らないのかい」
 「え、えーっと、お母様に会うのは、まだ、ちょっと」
 年頃の少女らしく、指をもてあそぶ彼女。そっか、と笑いながら返事をしたエスコは、きっと心配しておられるよ、とだけ口にした。
 「じゃあ早速準備してほしい。吉報を待ってるよ。ヘルガ、案内を」
 笑顔で一行を送り出した彼は、ふう、と息を吐き出し、椅子に座る。机にひじをつきながら頭を抱える表情は、先程とは打って変わって悲しみに満ちていた。
 「これで、あの子は大丈夫だな」
 「だな。あんたとヘイノの判断は正しいと思うぜ」
 突然の声に、帯剣を握りながら立ち上がる副官。扉とは逆側に位置する壁から現れたのは、情報屋だった。
 「お前か。驚かさないでくれ」
 「あれ、ヘイノからシンシュツキボツっていう話、聞いてない」
 「聞いてはいた。疑ってたけどな」
 体験できてよかったじゃん、と大人をからかう子供。ため息とともに剣から手を離したエスコは、情報屋と向き合った。
 「ヘイノはお前を信頼しているようだし、今までのこともある」
 「そりゃどーも。あのオジョーサマじゃこれからのことは受けいれられねーだろし」
 顔がきつくなっていく副官。
 子供は知ってか知らずか、
 「いずれはこうなることだったし、仕方がないんじゃねーの。ま、サイキの可能性はまだあるし」
 「そういう風に動いたからな」
 「だろ。ま、オレとしても、アンブローがつぶれたら困るし」
 「情報提供に感謝はするが。何を考えている」
 「さあね~」
 べーっ、と舌を出す悪戯っ子。出された側は胸倉を掴んで問いただしたい気持ちになったが、そこは大人の対応をした。
 「安心しな。アマンダにかんしてはリューデリアたちがきちんと守るって。あいつが死ぬことはねーよ」
 ぶっちゃけあの人がいればどうとでもなるし、と情報屋。同郷だからこそ分かる、実力だからだろう。
 「ゼノスも悪いよーにはしないだろ。イザとなれば秘密通路もあるんだし」
 「ちょっと待て、何故お前がその道のことを知っている」
 「なぜって。オレ情報屋なんだけど」
 思わず身を乗り出したエスコに対し、子供はコラレダには伝えていないことを話す。その言葉に安堵した彼は、椅子に対して再び体重をかける。
 「何が目的なのかは知らないが。アマンダのことを任せたぞ」
 「ま、死なないよーに見はするよ」
 オレを信じる信じないはあんたの勝手さ、と職業と同じように振舞う子供。ニヤニヤしながら話すのは癖なのかもしれないが、質問者からすれば、態度を見る限り今ひとつ信頼性に欠ける気もしなくはなかった。
 だが、事態はそんなことを言っている場合ではない。
 「あの子を頼む。どうか守ってやって欲しい」
 「カホゴだな~。コスティほどじゃないと思うけど」
 「まー、あいつは度が過ぎるシスコンだから」
 僕じゃああはなれない、とエスコ。生い立ちから来ていることだとしても、理解し難いものなのだろう。若干、雰囲気が柔らかくなったところで、
 「んじゃ、オレはこれで。せいぜいガンバりなよ」
 と言うと、情報屋は姿を消した。
 再び独りになった副官は、冷めたお茶を片手に、窓から平和な空を見上げた。
 一方、副官と情報が話している頃、アマンダたちは出立の準備をしていた。
 「アマンダ、どうしたのだ」
 「え、あ、ごめんなさい。急がないとね」
 「移動は魔法で行う分、そう急がなくても良いが」
 リューデリアは、アマンダの様子がおかしいことに気づく。彼女の手がまた止まり、心情が息に出た。
 「エスコ様の様子、何だか変だったような気がして」
 「そうなのか」
 ええ、と貴族令嬢。どこをどう、という説明は出来なかったが、何となくそんな感じがしたらしい。
 「きっとそなたを信頼していると同時に心配なのではないか」
 「心配、ですか」
 「うむ。そなたは親友の、コスティの妹。本当なら手元に置いておきたいだろう」
 ヘイノもそう思っていよう、と魔女。少しぼかしたところがあり、相手が気づいていなさそうなので、触れないでおいた。
 「わたしが子供だから、でしょうか」
 「その年頃では誰でもそう思うものだ。そなたも自分より小さな子を見たら心配になろう」
 と、リューデリア。人によるが、大人はその様に見てしまうものだ、と続ける。
 彼女の微笑みを目に入れたアマンダは、胸の前に小さな両拳をつくり、
 「なら、心配をかけさせないようにしなくてはっ」
 と意気込み、準備を再開。お礼を言いながら、何が必要かも確認していく。
 ひと通りの荷物を片付け終えていたサイヤは、
 「意外に単純なのね~」
 「純粋と言え。可愛いではないか」
 「そうね~。誰かさんとは大違いね~」
 チラリ、と建物の外壁方向へと視線を向ける魔女。もうひとりの魔女は窓際に歩いて行き、勢いよく開け放った。
 音に驚いたアマンダは、どうしたのかと尋ねる。
 「いや、何かがいたような気がしてな。気のせいだったようだ」
 大きな瞳をニ、三回瞬きさせると、何事もなかったかのように荷物整理を始める彼女。窓の縁に両手をつきながら、下に小声で、
 「お主は何をしているのだ」
 「い、いや~、ようすみ、ようすみ」
 「もう少し魔力を抑える練習をするのだな」
 「え、だいぶおさえてんだけど」
 「それにしても、いい天気ね~」
 げっ、と情報屋。満面の笑みでサイヤは、先の魔女と同じ音量で、
 「リューデリアはしょうがないとして、少なくとも私からは隠れられるようにしなさいよね~」
 「うう、は、はい」
 本人は完璧なつもりだったのだろう、情報屋は肩を落として姿を消す。くすくすと笑うサイヤは、
 「からかいがいはあるのよね~」
 「まったく、世話の焼ける」
 情報屋も、アマンダのように素直になってくれればと思った彼女たちであった。
 準備が整った一行は、ヘルガからヘイノ直筆の手紙を預かり、人気のない場所に移動。移動を魔法で行うため、見られないようにするためだ。
 「それにしてもサイヤ、荷物多くない」
 「薬関係だからしょうがないのよ~」
 「フィランダリアならひと通りは採れるんだよ」
 「へぇ~、詳しいのね~」
 「これぐらいはみんな知ってるよ」
 「お前なら場所も知ってんじゃねえのか」
 「まあね、一応出身だから」
 といっても物心つくぐらいに離れたけど、とイスモ。
 雑談をしているうちにリューデリアの転送準備が終わり、一行はミルディアへと出発した。
 ある建物内に、白い円が現れ床と垂直に光の柱が無数に立つ。柱が薄れ消えたとき、六人の人間が姿を現した。
 「あら、ここはどこかしら」
 「魔法師専用の移動施設だ。私たちはここから町に出るようになっている」
 そう話したリューデリアは、扉に近づき、手から光を発する。すると、扉の鍵がひとりでに開き、扉もカチャリと動いた。
 外に出た一行は、太陽の光を手で遮り、彼女の案内の元、町へと歩いて行く。
 「あの白い建物が魔法師の方々が使う施設だったのですね」
 「うむ。そなたは入ったことはなかったのか」
 「ええ。大切な場所だから近づいてはダメと教えられました」
 「港、どっちだったっけか」
 「こっちだ、ここからだと裏道を通ったほうが早い」
 ヤロとアードルフの会話で、現実味を戻した一行は、足を手に入れるために港へと急ぐ。平和そのものな港は、随分とざわついていた。
 「妙だな。いつもより騒がしい」
 「港なんてこんなもんだろ」
 「いや、ミルディアは他の港町と違ってかなり統率が取れているし、警備も厳しい。普段なら祭り以外、ここまで騒いでいない」
 アードルフを先頭に、彼らは港の受付へとやってくる。顔馴染みの筋肉質で大柄の男に挨拶した後事情を聞くと、
 「それがね、急にシケてきてよお。ついさっきまで穏やかだったのに」
 「ついさっきだって。はあ、ツイてないね」
 イスモは大げさに両手を広げる。続けて、今時期ならそう海は荒れなかったと思うけど、と言った。
 「そこのキレーな兄ちゃんの言う通りさ。困ってんだよ。ほとんどの船が出ちまってるから」
 「ということは、船がだせないのですか」
 「こ、これはお嬢様っ。はい、おっしゃるとおりで」
 慌てて姿勢を正す男。アマンダは目をぱちくりさせたが、そこまで表情は変わらなかった。
 「姉ちゃんたちがオレたちを飛ばすってのは出来ねえのか」
 「マーキングしたところじゃないと無理なのよ~。空を飛ぶにしても長時間飛べない~」
 「魔法で船を守るってのは」
 「私たちは風魔法が得意ではないからな。途中で効果が切れるかも知れぬ」
 傭兵と魔女たちの会話が交わされる中、アードルフは小声でアマンダに、
 「アマンダ様、こうなっては仕方がありません。例の通路を使うしかないようです」
 「でも、わたしの一存ではかなわないわ。あなたとわたしならともかく」
 置いていくわけにもいかないし、と貴族令嬢。アードルフは、長年仕えていることから、万が一のための脱出用通路のことを知っているのだ。
 しかし、方法としてはそれしかないのは確かで、急がなければならないこともアマンダには分かっている。
 彼女は、ふと窓際に歩いていくと、奇妙な光景を目にした。空が、二色に割れているのである。


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 リューデリアとサイヤがラザンダールに戻ると、ヘルガが二人を出迎える。帰路についた者たちは、彼女から応接室に行くようにと伝えられた。
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 「すまぬ、待たせてしまったな」
 「いや、みんな今しがた集まったばかりだよ。気にしないで」
 と話しながら、エスコはヘルガにお茶を用意するように指示。七人分のお茶が出し終わると、屈託のない笑顔で、
 「まずはお疲れ様。おかげで対抗できる足がかりを得られたよ」
 にっこりと微笑むエスコは、安心と同時に感謝を表現する。しかしその表情はすぐに現実へと向けられた。
 「昨日の今日で悪いんだけど、アマンダ。君にはフィランダリアに行って、ゼノス王を説得してほしい」
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 そう、と彼。
 フィランダリアはアンブロー王国がある大陸の隣に位置する、緑豊かな国。農作物と薬草にあふれ、疲れた人間の心を癒す国ともいわれている程だ。
 そのためか、フィランダリアの気候と同じように穏やかな気質の人間が多く、コラレダからも難民が流れているらしい。
 また、かの国を治めるフィラダリア王家ライティア家とは過去に婚姻関係を結んだこともあるため、家柄間でも仲が良いのである。
 ただ、レインバーグ家も同様なのだが。
 「僕はカンダル以降西側にある砦を攻略しなきゃならないからさ。個人的にはノアゼニアに行ってほしいんだけどね」
 はあ、とため息をつく話し手。ちなみに、ノアゼニアとは、アンブロー王国の首都名である。
 「ヘイノからの命令でね。カンダル砦の攻略が終わったら向かうようにって」
 は、はい、と、生返事のアマンダ。言葉の意味は分かるが、疑問が残るのだ。
 「かしこまりました。では、わたしとリューデリアとサイヤで行って参ります」
 「いや、アードルフたちも連れて行くんだ。武術ができる人間も一緒のほうがいい」
 「なぜです。相手はよう兵が大半なのでしょう、アードルフたちがいたほうが、けん制できて攻略も楽になるのでは」
 アードルフは、エスコと話している主君を見る。いつの間にこのような考えが出来るようになったのだろう、と内心驚きを隠せなかった。
 「確かにそうなんだけど、ヘイノの命令だからね。僕も彼の意見に賛成だよ」
 「でも、やっぱりわたしもエスコ様と一緒のほうが」
 「本来ならそのほうが楽だし、時間もかからない。でも、今はそんな悠長なことをいっている場合じゃない。場所も支援も同時進行しなくちゃはならないんだよ」
 どういう事かわかるね、と副官。微妙な表情をしながら首をかしげた年下の幼馴染みに、エスコは全体を見ながら動くのが将の勤めだよ、と、優しく説く。
 アマンダの提案は、全体の一部分しか過ぎず、エスコとヘイノが口にしている指示は、周りを見渡してからの視点なのである。
 彼女は納得したようなしていないような雰囲気だが、わかりました、とだけ伝える。
 「一度ミルディアに戻り、そこから船を出してもらうようにします」
 「あれ、家には戻らないのかい」
 「え、えーっと、お母様に会うのは、まだ、ちょっと」
 年頃の少女らしく、指をもてあそぶ彼女。そっか、と笑いながら返事をしたエスコは、きっと心配しておられるよ、とだけ口にした。
 「じゃあ早速準備してほしい。吉報を待ってるよ。ヘルガ、案内を」
 笑顔で一行を送り出した彼は、ふう、と息を吐き出し、椅子に座る。机にひじをつきながら頭を抱える表情は、先程とは打って変わって悲しみに満ちていた。
 「これで、あの子は大丈夫だな」
 「だな。あんたとヘイノの判断は正しいと思うぜ」
 突然の声に、帯剣を握りながら立ち上がる副官。扉とは逆側に位置する壁から現れたのは、情報屋だった。
 「お前か。驚かさないでくれ」
 「あれ、ヘイノからシンシュツキボツっていう話、聞いてない」
 「聞いてはいた。疑ってたけどな」
 体験できてよかったじゃん、と大人をからかう子供。ため息とともに剣から手を離したエスコは、情報屋と向き合った。
 「ヘイノはお前を信頼しているようだし、今までのこともある」
 「そりゃどーも。あのオジョーサマじゃこれからのことは受けいれられねーだろし」
 顔がきつくなっていく副官。
 子供は知ってか知らずか、
 「いずれはこうなることだったし、仕方がないんじゃねーの。ま、サイキの可能性はまだあるし」
 「そういう風に動いたからな」
 「だろ。ま、オレとしても、アンブローがつぶれたら困るし」
 「情報提供に感謝はするが。何を考えている」
 「さあね~」
 べーっ、と舌を出す悪戯っ子。出された側は胸倉を掴んで問いただしたい気持ちになったが、そこは大人の対応をした。
 「安心しな。アマンダにかんしてはリューデリアたちがきちんと守るって。あいつが死ぬことはねーよ」
 ぶっちゃけあの人がいればどうとでもなるし、と情報屋。同郷だからこそ分かる、実力だからだろう。
 「ゼノスも悪いよーにはしないだろ。イザとなれば秘密通路もあるんだし」
 「ちょっと待て、何故お前がその道のことを知っている」
 「なぜって。オレ情報屋なんだけど」
 思わず身を乗り出したエスコに対し、子供はコラレダには伝えていないことを話す。その言葉に安堵した彼は、椅子に対して再び体重をかける。
 「何が目的なのかは知らないが。アマンダのことを任せたぞ」
 「ま、死なないよーに見はするよ」
 オレを信じる信じないはあんたの勝手さ、と職業と同じように振舞う子供。ニヤニヤしながら話すのは癖なのかもしれないが、質問者からすれば、態度を見る限り今ひとつ信頼性に欠ける気もしなくはなかった。
 だが、事態はそんなことを言っている場合ではない。
 「あの子を頼む。どうか守ってやって欲しい」
 「カホゴだな~。コスティほどじゃないと思うけど」
 「まー、あいつは度が過ぎるシスコンだから」
 僕じゃああはなれない、とエスコ。生い立ちから来ていることだとしても、理解し難いものなのだろう。若干、雰囲気が柔らかくなったところで、
 「んじゃ、オレはこれで。せいぜいガンバりなよ」
 と言うと、情報屋は姿を消した。
 再び独りになった副官は、冷めたお茶を片手に、窓から平和な空を見上げた。
 一方、副官と情報が話している頃、アマンダたちは出立の準備をしていた。
 「アマンダ、どうしたのだ」
 「え、あ、ごめんなさい。急がないとね」
 「移動は魔法で行う分、そう急がなくても良いが」
 リューデリアは、アマンダの様子がおかしいことに気づく。彼女の手がまた止まり、心情が息に出た。
 「エスコ様の様子、何だか変だったような気がして」
 「そうなのか」
 ええ、と貴族令嬢。どこをどう、という説明は出来なかったが、何となくそんな感じがしたらしい。
 「きっとそなたを信頼していると同時に心配なのではないか」
 「心配、ですか」
 「うむ。そなたは親友の、コスティの妹。本当なら手元に置いておきたいだろう」
 ヘイノもそう思っていよう、と魔女。少しぼかしたところがあり、相手が気づいていなさそうなので、触れないでおいた。
 「わたしが子供だから、でしょうか」
 「その年頃では誰でもそう思うものだ。そなたも自分より小さな子を見たら心配になろう」
 と、リューデリア。人によるが、大人はその様に見てしまうものだ、と続ける。
 彼女の微笑みを目に入れたアマンダは、胸の前に小さな両拳をつくり、
 「なら、心配をかけさせないようにしなくてはっ」
 と意気込み、準備を再開。お礼を言いながら、何が必要かも確認していく。
 ひと通りの荷物を片付け終えていたサイヤは、
 「意外に単純なのね~」
 「純粋と言え。可愛いではないか」
 「そうね~。誰かさんとは大違いね~」
 チラリ、と建物の外壁方向へと視線を向ける魔女。もうひとりの魔女は窓際に歩いて行き、勢いよく開け放った。
 音に驚いたアマンダは、どうしたのかと尋ねる。
 「いや、何かがいたような気がしてな。気のせいだったようだ」
 大きな瞳をニ、三回瞬きさせると、何事もなかったかのように荷物整理を始める彼女。窓の縁に両手をつきながら、下に小声で、
 「お主は何をしているのだ」
 「い、いや~、ようすみ、ようすみ」
 「もう少し魔力を抑える練習をするのだな」
 「え、だいぶおさえてんだけど」
 「それにしても、いい天気ね~」
 げっ、と情報屋。満面の笑みでサイヤは、先の魔女と同じ音量で、
 「リューデリアはしょうがないとして、少なくとも私からは隠れられるようにしなさいよね~」
 「うう、は、はい」
 本人は完璧なつもりだったのだろう、情報屋は肩を落として姿を消す。くすくすと笑うサイヤは、
 「からかいがいはあるのよね~」
 「まったく、世話の焼ける」
 情報屋も、アマンダのように素直になってくれればと思った彼女たちであった。
 準備が整った一行は、ヘルガからヘイノ直筆の手紙を預かり、人気のない場所に移動。移動を魔法で行うため、見られないようにするためだ。
 「それにしてもサイヤ、荷物多くない」
 「薬関係だからしょうがないのよ~」
 「フィランダリアならひと通りは採れるんだよ」
 「へぇ~、詳しいのね~」
 「これぐらいはみんな知ってるよ」
 「お前なら場所も知ってんじゃねえのか」
 「まあね、一応出身だから」
 といっても物心つくぐらいに離れたけど、とイスモ。
 雑談をしているうちにリューデリアの転送準備が終わり、一行はミルディアへと出発した。
 ある建物内に、白い円が現れ床と垂直に光の柱が無数に立つ。柱が薄れ消えたとき、六人の人間が姿を現した。
 「あら、ここはどこかしら」
 「魔法師専用の移動施設だ。私たちはここから町に出るようになっている」
 そう話したリューデリアは、扉に近づき、手から光を発する。すると、扉の鍵がひとりでに開き、扉もカチャリと動いた。
 外に出た一行は、太陽の光を手で遮り、彼女の案内の元、町へと歩いて行く。
 「あの白い建物が魔法師の方々が使う施設だったのですね」
 「うむ。そなたは入ったことはなかったのか」
 「ええ。大切な場所だから近づいてはダメと教えられました」
 「港、どっちだったっけか」
 「こっちだ、ここからだと裏道を通ったほうが早い」
 ヤロとアードルフの会話で、現実味を戻した一行は、足を手に入れるために港へと急ぐ。平和そのものな港は、随分とざわついていた。
 「妙だな。いつもより騒がしい」
 「港なんてこんなもんだろ」
 「いや、ミルディアは他の港町と違ってかなり統率が取れているし、警備も厳しい。普段なら祭り以外、ここまで騒いでいない」
 アードルフを先頭に、彼らは港の受付へとやってくる。顔馴染みの筋肉質で大柄の男に挨拶した後事情を聞くと、
 「それがね、急にシケてきてよお。ついさっきまで穏やかだったのに」
 「ついさっきだって。はあ、ツイてないね」
 イスモは大げさに両手を広げる。続けて、今時期ならそう海は荒れなかったと思うけど、と言った。
 「そこのキレーな兄ちゃんの言う通りさ。困ってんだよ。ほとんどの船が出ちまってるから」
 「ということは、船がだせないのですか」
 「こ、これはお嬢様っ。はい、おっしゃるとおりで」
 慌てて姿勢を正す男。アマンダは目をぱちくりさせたが、そこまで表情は変わらなかった。
 「姉ちゃんたちがオレたちを飛ばすってのは出来ねえのか」
 「マーキングしたところじゃないと無理なのよ~。空を飛ぶにしても長時間飛べない~」
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 傭兵と魔女たちの会話が交わされる中、アードルフは小声でアマンダに、
 「アマンダ様、こうなっては仕方がありません。例の通路を使うしかないようです」
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 置いていくわけにもいかないし、と貴族令嬢。アードルフは、長年仕えていることから、万が一のための脱出用通路のことを知っているのだ。
 しかし、方法としてはそれしかないのは確かで、急がなければならないこともアマンダには分かっている。
 彼女は、ふと窓際に歩いていくと、奇妙な光景を目にした。空が、二色に割れているのである。