第十九話
ー/ー
「アマンダ殿。此度の件、詳細は聞かされたかの」
「率直に申し上げますと、今回の戦いでわれわれに勝機がみえてきたのでご尽力を、と」
「成程。それではそなたは動かざるを得まい」
「ど、どういうことです」
アルタリアはゼノス王の持つ手紙を渡され目を通す。すると、悲しげな表情をした。
「ゼノス、どうする」
「うむ」
フィランダリア王国人同士が話した後、側近が棚から何かを取り出す。どうやらお茶の葉が入った容器らしく、人数分のカップを用意し始めた。
カチャカチャとなる小さな演奏の中、
「さて、どこから話そうかの。勝機が見えた、と申しておったな」
「はい。わが国とコラレダ王国との国境にある砦を取り戻したのです。今はヤンダル以降西を攻略しております」
「成程の。片翼を失っても、か。あの青年の手腕は本物という事だな」
顎ひげに手を置くゼノス王。しかし、彼女が申し出た願いは聞けぬと伝える。
「そなたはその気だったのだろうが、この手紙にはそのようなことは書かれておらなんだ」
「そ、そんな」
アマンダの前にあるテーブルに、落ち着くような香りのする紅茶が出される。
「だが、この手紙の願いは聞き届けよう。そなたたちはしばらくここにいると良い」
「お、お待ちください。それはいったい」
「アンブローはもう終わりってことさ」
どこからともなく、聞き覚えのある子供の声。入口付近に姿を見せたのは、情報屋だった。
驚く一行に対して、客人を迎え入れた側は真逆の反応をする。むしろ、来るのが分かっていたのか、アルタリアは紅茶を傍に持っていくではないか。
「坊主、お前どうしてここに」
「どうもこうも、終わったらゼノスに伝える約束だったし」
「終わったらって、どういうことなのっ」
アマンダは勢いよく立ち上がる。紅茶はかろうじてこぼれなかったが、彼女の感情は止まりそうにない。
「落ち着かれよ、アマンダ殿」
「で、ですが」
「これを読まれると良い」
ゼノス王は自らアマンダの元に歩み寄り、その手の上に手紙をのせる。そして椅子に戻り、様子を伺った。
手紙に視線を落としながら座った貴族令嬢は、言われた通りに目を通す。
内容は、こうだった。
親愛なるゼノス王
この手紙が届けられた頃、おそらくノアゼニアは陥落しているか、もしくは寸前でしょう。同じく、国境に位置した砦も、すべてコラレダによって奪われていると思われます。
そこであなた様には、どうかコスティ・ライティアの妹、アマンダ嬢を保護して頂きたいのです。
彼女はライティア公爵家の最後の跡取りであり、貴方様の縁戚であらせられます。さすがのタトゥ王も、ライティア家までには侵攻しないでしょう。
アンブロー王家は私が命に代えてもお守り致します。ですが、彼女までは手が回りそうにない為、貴方様にお願いしたく、彼女にこの手紙を届けさた次第です。
無粋な願いだとは存じ上げております。ですが、彼女には生きていてもらいたいのです。どうかお聞き入れ願いたく存じます。
どうか御国に、風のご加護がありますように。
敬具
アンブロー王国方面 指揮官ヘイノ・フウリラ
もう一枚の手紙に、アマンダは震えながら目を通す。
敬愛なるゼノス王
内容に関してましてはおそらく、同封されている手紙と同じ事を書かれていると思われますが、ご了承ください。
おそらくゼノス王の元にも、情報屋の子供がいらっしゃることと存じます。幼いながらも聡明で、理由はともかく事の成り行きを見守っているように伺える、あの子のことです。
彼から聞いた内容では、ほぼ間違いなく我が国は瀕死に追いやられましょう。少なくとも、相手国に全軍で来られたらひとたまりもないことは、火を見るより明らかです。
そこで、私の従兄妹であるアマンダを、戦火が落ち着くまで御国にて保護して差し上げて頂きたく存じます。
さすがのタトゥ王も、魔法師たちに守られたライティア家を攻撃するようなことはしないでしょう。
どうかお聞き届け願いたく存じます。
個人的にも公的にも、この手紙が最期になるやもしれません。ゼノス王には幼少の頃から可愛がって頂きました故、せめて直接ご挨拶をしたかったのですが。
私の命がある限り、コラレダに屈することはありません。妻も子供たちもそれを承知しております。
どうかアマンダをお願い申し上げます。
そして、ゼノス王とフィランダリア王国が、幸多からん事をお祈りしております。
敬具
アンブロー王国 レインバーグ公爵家長子 エスコ・レインバーグ
紙を濡らしながら、最後の一枚を見るが、そこには何も書かれていなかった。
「おお、すまぬ。三枚目はそなたでは読むことが出来ぬであろう」
ゼノス王は再び、アマンダに歩み寄り、手紙を手に取る。顔を覆いながらひざを抱え込むような背中は、痛々しくて見るに耐えない。
魔女たちが左右からアマンダの肩を抱えるのを見たアードルフは、
「情報屋、少し外で話を聞きたい」
「時間がねーからここで話す」
「時間がないって、どういうこった」
情報屋は、顔を隠したマントをヤロに向け、
「言葉どおりだぜ。アマンダ、泣きながらでいーから耳だけかせ」
顔を曇らせるリューデリアだが、本当に急いでいるのだろうと察した彼女は、代わりに聞くことにすると、視線で合図を送った。
はあ、とため息をついた子供だが、仕方がないことも分かっているようで、話を続ける。
「コラレダは陸路と海路を使って、とりでとノアゼニアを同時に攻略したんだ。ヘイノとエスコが別々にうごいていたことを逆手にとってな」
背後にはランバルコーヤの積極的な支援があった、と情報屋。つまり、ランバルコーヤは属国というよりは実質同盟国に近い存在なのだという。
工業技術が進んでいるランバルコーヤは世界一の武器生産国でもあり、傭兵を中心とした遊撃部隊が多いことも知られており、その力も応用して巨大国家になったのがコラレダ帝国である。
また、地理的にもアンブロー王国とコラレダ帝国とは離れており、両国とも船での交流が主なところから、中間地点として使われたのだ。
首都ノアゼニアとランバルコーヤの間にはいくつものアンブロー領地があるが、忠誠や誇りよりも、領民の命や我が身可愛さを選んだのだろう。
情報屋はゼノス王のほうを向き、数秒後に首を戻す。
「ゼノスの前でいうのもなんだけど、コラレダはフィランダリアを攻撃する可能性はゼロに近い。だから、敵はアンブローだけになった。これが今までの流れ」
「それがどうしたい」
「確認してほしかったのさ、ジョウセイってヤツを」
両手を広げ、相手を馬鹿にする様な態度の子供。思わず体を前に傾けたヤロだが、アードルフのけん制もあったころから、拳を振るわせる程度で済ませる。
「で、大事なのはこっからだ。本来なら終わってたけど、オレがちょっかいを出してさ」
「お主、いったい何をしたのだ」
「国王の救出と将軍ふたりのエンゴ」
情報屋の言葉に、顔を上げるアマンダ。もしかしたら目が合ったのだろうか、子供は口元を緩ませる。
「ヘイノもエスコも生きてはいるぜ。大ケガしてるけどな」
「ほ、ほんとうなの」
「ウソついてどーする」
「待った、将軍殿たちはどういう状態なわけ」
「どうっていわれてもなあ、説明しづらい」
うーん、と唸った後、情報屋は、体は動かせないけど生きてるってカンジ、と口にした。
「ならばライドン王はご無事なのだな」
「ああ。オレが側近の人とこのえ兵たちと一緒に逃げてある場所にかくまってるよ。だからノアゼニアの結界もいきてる」
そうか、とゼノス王。乾いた口の中を、紅茶で潤した。
「で、ヘイノもバカじゃねーから、少ない戦力を実はブンサンさせたんだ。これ、意味わかるよな」
「反撃をねらってる、ということ、ですか」
「そのとーり。あとはお前次第」
そう言い放った情報屋は、アマンダに体を向けると、どうする、と聞く。
「もしお前がアンブローとウンメイをともにするなら、力を貸してやってもいい」
「ほ、ほんとうに。それは、どういう」
「お前次第だっていったじゃん。どうしたいんだ、このまますべてが終わるのをここで待ってるか、それとも戦うのか。どっちなんだよ」
「わ、わたしは」
答えなど決まっている。だが、あごが震えて言葉にならない。
あごと同様な手で、お茶をこぼさないように口へと持っていく。ゆっくりとカップを下ろし、
「ちから、貸して、ください」
「アマンダ殿」
呼ばれた本人は、涙を拭きながら、
「ゼノス王。このまま、では我がライティアにも、被害がおよびます」
お兄様は、こんな恐怖と戦いながら戦地に赴き戦ってきたんだわ。男と女の違いはあれど、次期当主であることには、変わりないもの。
守らなければならない。あの優しい人々を。大切な人たちが住まう、あの土地を。
アマンダは左手の甲に爪を立てる。
「何をすれば、いいんですか」
「んー、とりあえずこの通路をたどってエスコと合流、かな」
あとはあいつらのケガが治んねーと、と情報屋。耳にしたゼノス王は、ゆっくりと目を閉じる。そしてゆっくりと立ち上がり、アマンダの左手にハンカチを添える。
「アマンダ殿、考え直されよ。そなたが歩もうとしている道は険しく血塗られておるのだぞ」
彼女は、首を横に振る。
「お兄様はそれでもわたくしたちを守ってくださいました。その遺志を継ぎたいんです」
「アマンダ殿、心意気は立派だが、彼はそれが仕事なのだ。男として当然の責務を果たしたまで」
そなたとは違うのだ、とゼノス王。彼は考えを改めさせようと言葉を選ぶ。
何度か似たようなやり取りをするも、
「ゼノス、しょーがないんじゃない。なんたってあのアイリの娘なんだから」
「アイリ殿とアマンダ殿は違うだろう」
「いや同じ。まったく同じ」
直接は見てねーけどさ、と両手を広げ呆れながら口にする子供。何故か頭を抱えるゼノス王だが、苦笑いしているアルタリア以外はよく分からなかった。
「それにフィランダリアにも悪くはないだろ。このままでいるよりは、さ」
青い側近は、ゼノス、と主の名を呼ぶ。王として、一人の人間としての判断に迷った彼だが、
「あいわかった。そなたの覚悟、支援しよう」
「ゼノス王」
「ほっほっほっ、ようやく笑われたな」
温かみのある笑い声は、こわばった少女の心を解きほぐす。だが、すぐに表情が変わり、
「情報屋の言う通りでもある。このままではいずれ、我が国が我が国でなくなろう」
だが、表立った支援も出来ん、とフィランダリア王。この事については何とかする、と約束した。
「エスコとヘイノが、怪我をしている、と言っていたな」
「まあ。生きちゃいるけど」
エスコはとくにひどいよ、と子供。アルタリアは、食器棚のほうに歩いていき、ひとつの古びたワイングラスを取り出す。
「私がゼノスに代わって、少し同行する。そうすれば、変わる」
「おお、済まぬなアルタリア。頼もうと思っておったところだ」
「ね、ねえ。それって聖杯」
先程の威勢はどこへやら、恐る恐る聞く情報屋。聞かれた者はにっこりと笑い、そう、と言う。
「早くしたほうが、いいのだろう」
「そりゃそーなんだけど」
と、頭をかく質問者。聖杯の言葉に引っかかったのか、同じ出身者の者たちは、驚きを隠せない。
彼女たちの思いに気がついたのか、アルタリアは穏やかに、
「大恩あるライティア家に、力を貸すのは、当たり前だ」
「し、しかしあなた様が直接関わるのは」
「魔女殿。彼は様子を見に行くだけだ。四大魔法師殿の行動に文句を言える者などおらなんだ」
わしは腰が痛くてのぉ、ほっほっほっ、とヒゲをもてあそびながら話すゼノス王。王である以上、彼も魔法が使えるのである。
ウソくせー、という幼い突っ込みがあったが、年配者は聞こえなかったフリをし、アマンダに対して、
「後悔だけはせぬようにな」
「はい、ありがとうございます」
「少し気分を、落ち着かせたほうが、いい」
と、アルタリアは全員に新しいお茶を用意する。飲みやすい温度に調整されていて、一行はそれぞれの性格に合わせて、飲み干した。
「んじゃ、行くとすっか」
「武運を。そなたたちに水の加護があるように」
「私の分身を、置いてきた。問題はないだろう」
「うむ」
「ゼノス王、ありがとうございました。わたしたちは戻ります」
「うむ、後日ヘイノ殿とエスコ殿に手紙を送ろう。宜しく伝えて欲しい」
「かしこまりました」
アマンダは深いお辞儀をし、別れを告げる。
この先何が待っているのかなど、一人を除き誰も分かっていなかった。
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「成程。それではそなたは動かざるを得まい」
「ど、どういうことです」
アルタリアはゼノス王の持つ手紙を渡され目を通す。すると、悲しげな表情をした。
「ゼノス、どうする」
「うむ」
フィランダリア王国人同士が話した後、側近が棚から何かを取り出す。どうやらお茶の葉が入った容器らしく、人数分のカップを用意し始めた。
カチャカチャとなる小さな演奏の中、
「さて、どこから話そうかの。勝機が見えた、と申しておったな」
「はい。わが国とコラレダ王国との国境にある砦を取り戻したのです。今はヤンダル以降西を攻略しております」
「成程の。片翼を失っても、か。あの青年の手腕は本物という事だな」
顎ひげに手を置くゼノス王。しかし、彼女が申し出た願いは聞けぬと伝える。
「そなたはその気だったのだろうが、この手紙にはそのようなことは書かれておらなんだ」
「そ、そんな」
アマンダの前にあるテーブルに、落ち着くような香りのする紅茶が出される。
「だが、この手紙の願いは聞き届けよう。そなたたちはしばらくここにいると良い」
「お、お待ちください。それはいったい」
「アンブローはもう終わりってことさ」
どこからともなく、聞き覚えのある子供の声。入口付近に姿を見せたのは、情報屋だった。
驚く一行に対して、客人を迎え入れた側は真逆の反応をする。むしろ、来るのが分かっていたのか、アルタリアは紅茶を傍に持っていくではないか。
「坊主、お前どうしてここに」
「どうもこうも、終わったらゼノスに伝える約束だったし」
「終わったらって、どういうことなのっ」
アマンダは勢いよく立ち上がる。紅茶はかろうじてこぼれなかったが、彼女の感情は止まりそうにない。
「落ち着かれよ、アマンダ殿」
「で、ですが」
「これを読まれると良い」
ゼノス王は自らアマンダの元に歩み寄り、その手の上に手紙をのせる。そして椅子に戻り、様子を伺った。
手紙に視線を落としながら座った貴族令嬢は、言われた通りに目を通す。
内容は、こうだった。
親愛なるゼノス王
この手紙が届けられた頃、おそらくノアゼニアは陥落しているか、もしくは寸前でしょう。同じく、国境に位置した砦も、すべてコラレダによって奪われていると思われます。
そこであなた様には、どうかコスティ・ライティアの妹、アマンダ嬢を保護して頂きたいのです。
彼女はライティア公爵家の最後の跡取りであり、貴方様の縁戚であらせられます。さすがのタトゥ王も、ライティア家までには侵攻しないでしょう。
アンブロー王家は私が命に代えてもお守り致します。ですが、彼女までは手が回りそうにない為、貴方様にお願いしたく、彼女にこの手紙を届けさた次第です。
無粋な願いだとは存じ上げております。ですが、彼女には生きていてもらいたいのです。どうかお聞き入れ願いたく存じます。
どうか御国に、風のご加護がありますように。
敬具
アンブロー王国方面 指揮官ヘイノ・フウリラ
もう一枚の手紙に、アマンダは震えながら目を通す。
敬愛なるゼノス王
内容に関してましてはおそらく、同封されている手紙と同じ事を書かれていると思われますが、ご了承ください。
おそらくゼノス王の元にも、情報屋の子供がいらっしゃることと存じます。幼いながらも聡明で、理由はともかく事の成り行きを見守っているように伺える、あの子のことです。
彼から聞いた内容では、ほぼ間違いなく我が国は瀕死に追いやられましょう。少なくとも、相手国に全軍で来られたらひとたまりもないことは、火を見るより明らかです。
そこで、私の従兄妹であるアマンダを、戦火が落ち着くまで御国にて保護して差し上げて頂きたく存じます。
さすがのタトゥ王も、魔法師たちに守られたライティア家を攻撃するようなことはしないでしょう。
どうかお聞き届け願いたく存じます。
個人的にも公的にも、この手紙が最期になるやもしれません。ゼノス王には幼少の頃から可愛がって頂きました故、せめて直接ご挨拶をしたかったのですが。
私の命がある限り、コラレダに屈することはありません。妻も子供たちもそれを承知しております。
どうかアマンダをお願い申し上げます。
そして、ゼノス王とフィランダリア王国が、幸多からん事をお祈りしております。
敬具
アンブロー王国 レインバーグ公爵家長子 エスコ・レインバーグ
紙を濡らしながら、最後の一枚を見るが、そこには何も書かれていなかった。
「おお、すまぬ。三枚目はそなたでは読むことが出来ぬであろう」
ゼノス王は再び、アマンダに歩み寄り、手紙を手に取る。顔を覆いながらひざを抱え込むような背中は、痛々しくて見るに耐えない。
魔女たちが左右からアマンダの肩を抱えるのを見たアードルフは、
「情報屋、少し外で話を聞きたい」
「時間がねーからここで話す」
「時間がないって、どういうこった」
情報屋は、顔を隠したマントをヤロに向け、
「言葉どおりだぜ。アマンダ、泣きながらでいーから耳だけかせ」
顔を曇らせるリューデリアだが、本当に急いでいるのだろうと察した彼女は、代わりに聞くことにすると、視線で合図を送った。
はあ、とため息をついた子供だが、仕方がないことも分かっているようで、話を続ける。
「コラレダは陸路と海路を使って、とりでとノアゼニアを同時に攻略したんだ。ヘイノとエスコが別々にうごいていたことを逆手にとってな」
背後にはランバルコーヤの積極的な支援があった、と情報屋。つまり、ランバルコーヤは属国というよりは実質同盟国に近い存在なのだという。
工業技術が進んでいるランバルコーヤは世界一の武器生産国でもあり、傭兵を中心とした遊撃部隊が多いことも知られており、その力も応用して巨大国家になったのがコラレダ帝国である。
また、地理的にもアンブロー王国とコラレダ帝国とは離れており、両国とも船での交流が主なところから、中間地点として使われたのだ。
首都ノアゼニアとランバルコーヤの間にはいくつものアンブロー領地があるが、忠誠や誇りよりも、領民の命や我が身可愛さを選んだのだろう。
情報屋はゼノス王のほうを向き、数秒後に首を戻す。
「ゼノスの前でいうのもなんだけど、コラレダはフィランダリアを攻撃する可能性はゼロに近い。だから、敵はアンブローだけになった。これが今までの流れ」
「それがどうしたい」
「確認してほしかったのさ、ジョウセイってヤツを」
両手を広げ、相手を馬鹿にする様な態度の子供。思わず体を前に傾けたヤロだが、アードルフのけん制もあったころから、拳を振るわせる程度で済ませる。
「で、大事なのはこっからだ。本来なら終わってたけど、オレがちょっかいを出してさ」
「お主、いったい何をしたのだ」
「国王の救出と将軍ふたりのエンゴ」
情報屋の言葉に、顔を上げるアマンダ。もしかしたら目が合ったのだろうか、子供は口元を緩ませる。
「ヘイノもエスコも生きてはいるぜ。大ケガしてるけどな」
「ほ、ほんとうなの」
「ウソついてどーする」
「待った、将軍殿たちはどういう状態なわけ」
「どうっていわれてもなあ、説明しづらい」
うーん、と唸った後、情報屋は、体は動かせないけど生きてるってカンジ、と口にした。
「ならばライドン王はご無事なのだな」
「ああ。オレが側近の人とこのえ兵たちと一緒に逃げてある場所にかくまってるよ。だからノアゼニアの結界もいきてる」
そうか、とゼノス王。乾いた口の中を、紅茶で潤した。
「で、ヘイノもバカじゃねーから、少ない戦力を実はブンサンさせたんだ。これ、意味わかるよな」
「反撃をねらってる、ということ、ですか」
「そのとーり。あとはお前次第」
そう言い放った情報屋は、アマンダに体を向けると、どうする、と聞く。
「もしお前がアンブローとウンメイをともにするなら、力を貸してやってもいい」
「ほ、ほんとうに。それは、どういう」
「お前次第だっていったじゃん。どうしたいんだ、このまますべてが終わるのをここで待ってるか、それとも戦うのか。どっちなんだよ」
「わ、わたしは」
答えなど決まっている。だが、あごが震えて言葉にならない。
あごと同様な手で、お茶をこぼさないように口へと持っていく。ゆっくりとカップを下ろし、
「ちから、貸して、ください」
「アマンダ殿」
呼ばれた本人は、涙を拭きながら、
「ゼノス王。このまま、では我がライティアにも、被害がおよびます」
お兄様は、こんな恐怖と戦いながら戦地に赴き戦ってきたんだわ。男と女の違いはあれど、次期当主であることには、変わりないもの。
守らなければならない。あの優しい人々を。大切な人たちが住まう、あの土地を。
アマンダは左手の甲に爪を立てる。
「何をすれば、いいんですか」
「んー、とりあえずこの通路をたどってエスコと合流、かな」
あとはあいつらのケガが治んねーと、と情報屋。耳にしたゼノス王は、ゆっくりと目を閉じる。そしてゆっくりと立ち上がり、アマンダの左手にハンカチを添える。
「アマンダ殿、考え直されよ。そなたが歩もうとしている道は険しく血塗られておるのだぞ」
彼女は、首を横に振る。
「お兄様はそれでもわたくしたちを守ってくださいました。その遺志を継ぎたいんです」
「アマンダ殿、心意気は立派だが、彼はそれが仕事なのだ。男として当然の責務を果たしたまで」
そなたとは違うのだ、とゼノス王。彼は考えを改めさせようと言葉を選ぶ。
何度か似たようなやり取りをするも、
「ゼノス、しょーがないんじゃない。なんたってあのアイリの娘なんだから」
「アイリ殿とアマンダ殿は違うだろう」
「いや同じ。まったく同じ」
直接は見てねーけどさ、と両手を広げ呆れながら口にする子供。何故か頭を抱えるゼノス王だが、苦笑いしているアルタリア以外はよく分からなかった。
「それにフィランダリアにも悪くはないだろ。このままでいるよりは、さ」
青い側近は、ゼノス、と主の名を呼ぶ。王として、一人の人間としての判断に迷った彼だが、
「あいわかった。そなたの覚悟、支援しよう」
「ゼノス王」
「ほっほっほっ、ようやく笑われたな」
温かみのある笑い声は、こわばった少女の心を解きほぐす。だが、すぐに表情が変わり、
「情報屋の言う通りでもある。このままではいずれ、我が国が我が国でなくなろう」
だが、表立った支援も出来ん、とフィランダリア王。この事については何とかする、と約束した。
「エスコとヘイノが、怪我をしている、と言っていたな」
「まあ。生きちゃいるけど」
エスコはとくにひどいよ、と子供。アルタリアは、食器棚のほうに歩いていき、ひとつの古びたワイングラスを取り出す。
「私がゼノスに代わって、少し同行する。そうすれば、変わる」
「おお、済まぬなアルタリア。頼もうと思っておったところだ」
「ね、ねえ。それって聖杯」
先程の威勢はどこへやら、恐る恐る聞く情報屋。聞かれた者はにっこりと笑い、そう、と言う。
「早くしたほうが、いいのだろう」
「そりゃそーなんだけど」
と、頭をかく質問者。聖杯の言葉に引っかかったのか、同じ出身者の者たちは、驚きを隠せない。
彼女たちの思いに気がついたのか、アルタリアは穏やかに、
「大恩あるライティア家に、力を貸すのは、当たり前だ」
「し、しかしあなた様が直接関わるのは」
「魔女殿。彼は様子を見に行くだけだ。四大魔法師殿の行動に文句を言える者などおらなんだ」
わしは腰が痛くてのぉ、ほっほっほっ、とヒゲをもてあそびながら話すゼノス王。王である以上、彼も魔法が使えるのである。
ウソくせー、という幼い突っ込みがあったが、年配者は聞こえなかったフリをし、アマンダに対して、
「後悔だけはせぬようにな」
「はい、ありがとうございます」
「少し気分を、落ち着かせたほうが、いい」
と、アルタリアは全員に新しいお茶を用意する。飲みやすい温度に調整されていて、一行はそれぞれの性格に合わせて、飲み干した。
「んじゃ、行くとすっか」
「武運を。そなたたちに水の加護があるように」
「私の分身を、置いてきた。問題はないだろう」
「うむ」
「ゼノス王、ありがとうございました。わたしたちは戻ります」
「うむ、後日ヘイノ殿とエスコ殿に手紙を送ろう。宜しく伝えて欲しい」
「かしこまりました」
アマンダは深いお辞儀をし、別れを告げる。
この先何が待っているのかなど、一人を除き誰も分かっていなかった。