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第十二話

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 作戦が決まると、各々は早速準備に取り掛かった。
 それから三十分後、イスモは地図を携え出発する。暗殺者は文字通りの仕事もするが、地形が入り組んでいる戦場では、様々なワナを張り巡らせる工作員としても動くことがある。
 ヤロいわく、彼は器用に両方を使いこなすそうだ。その分、直接攻撃は苦手だが、スピードがあるため、急所を突くことは出来るという。
 「白兵戦は基本ダメだがな。すばしっこいから出来なくはねえし」
 「そこまで動けるようになったのだな」
 「兄貴と親父が教えてくれたからよ」
 「目上として当然のことをしただけだ。お前も随分、逞しくなった」
 「へへ、そうかい」
 彼らの後ろにいるアマンダは、話を聞いて不思議な気持ちになった。彼らも初めから大きな背中だったわけではなく、誰かに教えてもらっていたのだと知ったからだ。
 「このあたりだな」
 「では我らはこっちに行く」
 「ああ。あとでなー」
 「私たちはもっと奥ね」
 「合図みててくれよなー」
 そっけない返事だが、アマンダたちと話すときより人間味があるように、周囲には思えた。
 「情報屋。指揮官は他にもいるのか」
 「補佐官ってメイモクでいるよ。実際はそいつが指揮をとってる」
 「おいおい。それじゃあオレたちの突入は意味なかっったってことかよ」
 「そうとも言えん。時間稼ぎにはなっただろう」
 「さっすがおっさん。トシノコウってやつか」
 「歳じゃなくって、兄貴は特別なんだっつうの」
 何てったって傭兵たちの憧れの的だからな、とヤロ。彼が言うには、アードルフは強さはもちろん、戦略や薬草、教養と多岐にわたるまで網羅しているためか、恐れられ、また、それ以上に尊敬されていたのだとか。
 「そんなにすごかったのね」
 「だから嬢ちゃんに仕えてるって聞いたときにゃ驚いたぜ」
 「まっ、どういう意味ですかっ」
 「あ、いやいや、その、なあ」
 主だから、というより、少女だからだろうか。ヤロはどうかわして良いのかわからず、あたふたしてしまう。
 「あんたらな、遊んでる場合か。そろそろ時間なんだけど」
 「月が傾きました。アマンダ様、ご準備を」
 ええ、と、彼女は剣の柄を握る。先程の気持ち悪い感触が蘇るが、頭から必死に追い出した。いつもライティア領を見守ってくれている魔法師たちの為に、戦いたかったからだ。
 遠くで、ひゅー、という音が夜空に響く。
 ある一定の高さまでいった何かは、月を前にした途端、恥ずかしくなったのだろうか一気にモノの周りからはじけ飛ぶ。
 前方がざわざわし始めると、アマンダたちから見て左手がより騒がしくなる。魔法師たちが奇襲を仕掛けたのだ。
 続いて上空から氷や炎の刃が降り注ぎ、敵陣は横に上にと対処しなければならなくなる。火を浴びた者は水に飛び込み、氷から逃れた者は、彼女たちから見て右手に逃避。
 しかし、そこには既にワナが張り巡らされている。何も知らぬ偽魔法師たちは、訳もわからず体が引き裂かれる現象に、ただただ恐怖した。
 敵がはまったことを確認した一行は、罠の近くである敵陣の右手付近に飛び出し残りの一掃を図る。中央から分断された敵は、もはや力の差は歴然だった。
 アマンダは、顔にかかった返り血をぬぐうこともせず敵を切っていく。時に飛んでくる魔法を避けながら、また、情報屋の盾に守られながら。
 「兄貴、オレはイスモと合流するぜ」
 「ああ。こちらは任せておけ。あちら側を頼む」
 「おうよっ」
 おらおらおらぁっ、と雄たけびを上げながら突進していくヤロに情報屋は呆れていたが、彼女にはそんな余裕はない。むしろ、気づいていないようだった。
 アードルフがアマンダの存在と動きに気を配りつつ状況を確認。敵の動きが妙なことに気づく。
 「情報屋、アマンダ様を連れて離脱しろ」
 「なんで」
 「このままだと囲まれる。伏兵がいたようだ」
 「んなモンいねーよ。ちゃんと調べたんだぞ」
 「右手から新手が見えるだろう」
 はあっ、とすっとんきょうな声を出す子供。指し示された場所を見るも、映るのは茶色い布地が横たわっている姿のみ。上空に飛ばした相棒の鳥たちは、開戦と同じように回っていた。
 「おっさん、あんたがアマンダと一緒にいきな。オレがなんとかしてやるよ」
 「どういう事だ」
 「まぼろしを見せる魔法さ。あいつら、きっとかかっちまってるから、解除してくる」
 「わかった、頼む」
 そう言うと情報屋はアードルフたちの後ろに下がり、何かを唱え始める。左手を二人にかざすと、小さな竜巻状の結界が張られた。
 「これでヨハはしのげるけど、直撃はさけてくれよな」
 「ああ」
 アードルフに余波の意味はわからなかったが、今まで通り魔法を避けていれば問題ないことは理解した。
 走り出した情報屋の方向を確認した後、主に避難を呼び掛ける。
 しかし、アマンダは少し離れたところで魔法師たちと交戦中だったためか、聞こえていない。アードルフは近くまで駆け寄り、複数人を同時に片付ける。
 「アマンダ様、敵の動きがおかしいようです。一時撤退しましょう」
 「撤退って、どこに」
 「森の中に逃げましょう。情報屋が離脱した今、御身が危険です」
 「わかったわ。って、あら」
 ヤロはイスモの元に向かったと聞くと、彼女は、年配者の意見に従った。
 息を切らしながらも、アードルフの助けを借りて飛び出した位置に戻ったアマンダ。控えていた援護隊に水を貰いながら、今の状況を確認する。
 「情報屋が幻を見せる魔法が使われていると言っていたが」
 「ええ。あなた方をこちらに引き戻すためにサイヤが」
 「引き戻すって、どうしてですか」
 「はらわたが煮えくり返って仕方がないようでして」
 思わず顔を見合わせる剣士たち。意味が分からず、どういうことかを聞くが、口止めされているらしく答えられないらしい。
 「悪いようにはなりませんよ。確実に勝ちますから」
 「まあ。どういうことなのかしら」
 空が急に明るくなる。しかし、夜明けはまだで、赤い光の発生源は頭上から発せられていた。
 何事かと見上げた二人の耳に、どわぁぁぁっ、という男の悲鳴が。そちらに目を向けてみると、大慌てで飛び込んできた三人の姿があった。
 「ななな、何考えてんだ、あの姉ちゃんははよっ」
 「火傷どころじゃすまないって。死ぬかと思った」
 「しょーがねぇって。怒らせたあいつらが悪いんだ」
 座り込みながら呼吸を整えようとするヤロとイスモ。手に取った水はすぐに飲み干してしまい、もう一杯注がれている途中だ。
 「何があった」
 「リューデリア、だよ。俺たちの様子を見てたら、しいんだけど」
 「よくわからねえが、連中、何か姑息なマネを、しようとしたらしいぜ」
 「細かいことはともかく、リューディアが怒っちまったらしくてさ。サイヤが魔法をとおして教えてくれたんだ」
 お前、何でそんなに元気なんだ、とヤロ。情報屋は風を使って飛んでいたらしく走っていないと話す。
 「あんたらの足においつけるかっての」
 「それより、もう終わったんじゃないかしら」
 ほら、と救護隊の魔女。話している間に、夜が静けさを取り戻していたらしい。
 「リューデリア、無事なのかしら」
 「問題ないない。あんなザコどもに負けるはずがねぇって」
 と、犬を払うように左手を振る情報屋。
 主の視線を読み取ったのか、アードルフは、義弟たちに立てるかどうかを聞く。
 「何とかな。様子、見に行くんだろ」
 と、ヤロ、イスモの順で立ち上がる。
 アマンダは全員の様子を確認し終わると、戦場へと戻っていった。
 音だけは夜の森本来の姿になったが、戦場となった場所は、こげ茶色の大地と死体と人骨が転がっている異様な光景になっていた。
 湖のある方向へ視線を投げると、水辺に逃れた魔法師数人とリューデリアの背中が映し出される。
 「貴様ら、誰に手を上げたのか分かっておるのだろうな」
 「ゆゆ、許してくれ。命令されただけなんだ、仕方がなかったんだっ」
 さく、と土の音に、遅れて、ジャバジャバと水をかきわける音。
 「私を洗脳しようとしたことはまだ良しとしよう。だが」
 すらりとした右腕が、上空を指し示す。
 「事もあろうにライティア家の方を手に掛けようとするなど、言語道断」
 開かれた手のひらは、暗雲を呼び寄せ、徐々に、徐々に増えていく。
 「死を持って贖(あがな)うがいい」
 「ひ、ひぃぃっ」
 「待って、リューデリアッ」
 稲光と共に魔法師たちは肩を寄せ合い目を閉じる。だが、雷は落ちてこなかった。見上げると、黒い雲がまだ稲妻を含んでいたのだ。
 呼び出した本人を、おそるおそる見た彼らは、金髪の少女に片腕を引っ張られた魔女の姿を見る。
 「勝敗は決まりました。もういいでしょう」
 「しかし、こやつ等ははそなたを」
 「私は生きています。だから、もう、やめてください」
 震える両手は、リューデリアにも伝わったよう。彼女は全身の力を抜き、わかった、と話す。
 ぱっ、と笑顔になった少女に、魔女は優しいまなざしを向ける。しかし、上げた右腕は下ろされない。
 微笑みながら目を瞑ったリューデリアは、右手首を直角に曲げる。途端、稲妻が幾重もの束となって湖に落ちたではないか。
 「仕置きぐらいはせねばな」
 「あ、あの」
 「伸びてはいるが、死んではいない」
 「そ、そうですか」
 救護隊といつの間にか来ていたサイヤが、彼らの元に行き、水辺から引き上げ魔法を掛けている。見事に黒焦げになった彼らのことを、アマンダは本当に大丈夫なのかと思う。
 「おお、おっかねえ」
 「一番怒らせたくないタイプ」
 ドン引きしている彼らだが、アードルフは無言。しかし、その顔には、ほとんど血が通っていない。
 はあ、とため息で返事をする情報屋は、アマンダたちのところに行く。
 「で。ここから先、どーすんの」
 「そっ、そうですね。報告しないと。あ、でもその前に」
 「その前に、なに」
 頭の上にたくさんの汗を各アマンダ。初陣であるがゆえか、どう対応して良いのかわからずにいた。
 「少し休んではどうか。色々あって疲れたであろう」
 「ま、考えをまとめたほーがいいよな。その様子じゃあ」
 「これ、意地の悪いこと言うでない」
 「へいへい」
 じゃ、そっちはたのむ、と背を向ける情報屋。どこに行くのかと貴族の少女に聞かれると、ひと足先にホーコクしてくる、と言い、口笛を吹く。
 すると、空から大きな鳥が一羽だけやってきて、子供の肩を掴んだではないか。
 「またくる。リューデリア、その間こいつらをたのむぜ」
 「うむ」
 方角にして南のほうに、小さな身体は舞っていく。見届けたリューデリアは、全員で彼女の天幕に移動しようと提案。男性陣たちのところに歩いていき、同じことを話す。
 同意が得られると、魔女は右の手のひらを上に向け、何かをつぶやく。言葉が途切れた瞬間、光の円が五人を包み、柱を発生させる。
 視界が色を取り戻すと、見覚えのある場所に立っていた。
 「とりあえず、休んだほうが良かろう」
 「お言葉に甘えるぜ」
 ねっみ~、と背伸びをしながら中に入るヤロ。イスモもあくびをかみ締めて後に続く。
 「アマンダ様」
 「先に休んでいて。わたしはまだ外にいます」
 目を合わせるアードルフとリューデリアだが、うなずき、中に入る。
 早朝の風は冷たく、先程まで見ていた現実そのもののように、彼女の体に突き刺さる。
 寒さゆえなのか、それとも他の何かなのか。自分の体を抱きしめ、近くに木に座り込む。
 何も出来なかった自分に歯がゆさを感じながら、また、命の重さ感じなら、何度も手に力を込めるアマンダ。
 何のためにここにいるのだろう、と、誰にも聞かれないように、何度も何度も声に出していたのであった。


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 作戦が決まると、各々は早速準備に取り掛かった。
 それから三十分後、イスモは地図を携え出発する。暗殺者は文字通りの仕事もするが、地形が入り組んでいる戦場では、様々なワナを張り巡らせる工作員としても動くことがある。
 ヤロいわく、彼は器用に両方を使いこなすそうだ。その分、直接攻撃は苦手だが、スピードがあるため、急所を突くことは出来るという。
 「白兵戦は基本ダメだがな。すばしっこいから出来なくはねえし」
 「そこまで動けるようになったのだな」
 「兄貴と親父が教えてくれたからよ」
 「目上として当然のことをしただけだ。お前も随分、逞しくなった」
 「へへ、そうかい」
 彼らの後ろにいるアマンダは、話を聞いて不思議な気持ちになった。彼らも初めから大きな背中だったわけではなく、誰かに教えてもらっていたのだと知ったからだ。
 「このあたりだな」
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 「ああ。あとでなー」
 「私たちはもっと奥ね」
 「合図みててくれよなー」
 そっけない返事だが、アマンダたちと話すときより人間味があるように、周囲には思えた。
 「情報屋。指揮官は他にもいるのか」
 「補佐官ってメイモクでいるよ。実際はそいつが指揮をとってる」
 「おいおい。それじゃあオレたちの突入は意味なかっったってことかよ」
 「そうとも言えん。時間稼ぎにはなっただろう」
 「さっすがおっさん。トシノコウってやつか」
 「歳じゃなくって、兄貴は特別なんだっつうの」
 何てったって傭兵たちの憧れの的だからな、とヤロ。彼が言うには、アードルフは強さはもちろん、戦略や薬草、教養と多岐にわたるまで網羅しているためか、恐れられ、また、それ以上に尊敬されていたのだとか。
 「そんなにすごかったのね」
 「だから嬢ちゃんに仕えてるって聞いたときにゃ驚いたぜ」
 「まっ、どういう意味ですかっ」
 「あ、いやいや、その、なあ」
 主だから、というより、少女だからだろうか。ヤロはどうかわして良いのかわからず、あたふたしてしまう。
 「あんたらな、遊んでる場合か。そろそろ時間なんだけど」
 「月が傾きました。アマンダ様、ご準備を」
 ええ、と、彼女は剣の柄を握る。先程の気持ち悪い感触が蘇るが、頭から必死に追い出した。いつもライティア領を見守ってくれている魔法師たちの為に、戦いたかったからだ。
 遠くで、ひゅー、という音が夜空に響く。
 ある一定の高さまでいった何かは、月を前にした途端、恥ずかしくなったのだろうか一気にモノの周りからはじけ飛ぶ。
 前方がざわざわし始めると、アマンダたちから見て左手がより騒がしくなる。魔法師たちが奇襲を仕掛けたのだ。
 続いて上空から氷や炎の刃が降り注ぎ、敵陣は横に上にと対処しなければならなくなる。火を浴びた者は水に飛び込み、氷から逃れた者は、彼女たちから見て右手に逃避。
 しかし、そこには既にワナが張り巡らされている。何も知らぬ偽魔法師たちは、訳もわからず体が引き裂かれる現象に、ただただ恐怖した。
 敵がはまったことを確認した一行は、罠の近くである敵陣の右手付近に飛び出し残りの一掃を図る。中央から分断された敵は、もはや力の差は歴然だった。
 アマンダは、顔にかかった返り血をぬぐうこともせず敵を切っていく。時に飛んでくる魔法を避けながら、また、情報屋の盾に守られながら。
 「兄貴、オレはイスモと合流するぜ」
 「ああ。こちらは任せておけ。あちら側を頼む」
 「おうよっ」
 おらおらおらぁっ、と雄たけびを上げながら突進していくヤロに情報屋は呆れていたが、彼女にはそんな余裕はない。むしろ、気づいていないようだった。
 アードルフがアマンダの存在と動きに気を配りつつ状況を確認。敵の動きが妙なことに気づく。
 「情報屋、アマンダ様を連れて離脱しろ」
 「なんで」
 「このままだと囲まれる。伏兵がいたようだ」
 「んなモンいねーよ。ちゃんと調べたんだぞ」
 「右手から新手が見えるだろう」
 はあっ、とすっとんきょうな声を出す子供。指し示された場所を見るも、映るのは茶色い布地が横たわっている姿のみ。上空に飛ばした相棒の鳥たちは、開戦と同じように回っていた。
 「おっさん、あんたがアマンダと一緒にいきな。オレがなんとかしてやるよ」
 「どういう事だ」
 「まぼろしを見せる魔法さ。あいつら、きっとかかっちまってるから、解除してくる」
 「わかった、頼む」
 そう言うと情報屋はアードルフたちの後ろに下がり、何かを唱え始める。左手を二人にかざすと、小さな竜巻状の結界が張られた。
 「これでヨハはしのげるけど、直撃はさけてくれよな」
 「ああ」
 アードルフに余波の意味はわからなかったが、今まで通り魔法を避けていれば問題ないことは理解した。
 走り出した情報屋の方向を確認した後、主に避難を呼び掛ける。
 しかし、アマンダは少し離れたところで魔法師たちと交戦中だったためか、聞こえていない。アードルフは近くまで駆け寄り、複数人を同時に片付ける。
 「アマンダ様、敵の動きがおかしいようです。一時撤退しましょう」
 「撤退って、どこに」
 「森の中に逃げましょう。情報屋が離脱した今、御身が危険です」
 「わかったわ。って、あら」
 ヤロはイスモの元に向かったと聞くと、彼女は、年配者の意見に従った。
 息を切らしながらも、アードルフの助けを借りて飛び出した位置に戻ったアマンダ。控えていた援護隊に水を貰いながら、今の状況を確認する。
 「情報屋が幻を見せる魔法が使われていると言っていたが」
 「ええ。あなた方をこちらに引き戻すためにサイヤが」
 「引き戻すって、どうしてですか」
 「はらわたが煮えくり返って仕方がないようでして」
 思わず顔を見合わせる剣士たち。意味が分からず、どういうことかを聞くが、口止めされているらしく答えられないらしい。
 「悪いようにはなりませんよ。確実に勝ちますから」
 「まあ。どういうことなのかしら」
 空が急に明るくなる。しかし、夜明けはまだで、赤い光の発生源は頭上から発せられていた。
 何事かと見上げた二人の耳に、どわぁぁぁっ、という男の悲鳴が。そちらに目を向けてみると、大慌てで飛び込んできた三人の姿があった。
 「ななな、何考えてんだ、あの姉ちゃんははよっ」
 「火傷どころじゃすまないって。死ぬかと思った」
 「しょーがねぇって。怒らせたあいつらが悪いんだ」
 座り込みながら呼吸を整えようとするヤロとイスモ。手に取った水はすぐに飲み干してしまい、もう一杯注がれている途中だ。
 「何があった」
 「リューデリア、だよ。俺たちの様子を見てたら、しいんだけど」
 「よくわからねえが、連中、何か姑息なマネを、しようとしたらしいぜ」
 「細かいことはともかく、リューディアが怒っちまったらしくてさ。サイヤが魔法をとおして教えてくれたんだ」
 お前、何でそんなに元気なんだ、とヤロ。情報屋は風を使って飛んでいたらしく走っていないと話す。
 「あんたらの足においつけるかっての」
 「それより、もう終わったんじゃないかしら」
 ほら、と救護隊の魔女。話している間に、夜が静けさを取り戻していたらしい。
 「リューデリア、無事なのかしら」
 「問題ないない。あんなザコどもに負けるはずがねぇって」
 と、犬を払うように左手を振る情報屋。
 主の視線を読み取ったのか、アードルフは、義弟たちに立てるかどうかを聞く。
 「何とかな。様子、見に行くんだろ」
 と、ヤロ、イスモの順で立ち上がる。
 アマンダは全員の様子を確認し終わると、戦場へと戻っていった。
 音だけは夜の森本来の姿になったが、戦場となった場所は、こげ茶色の大地と死体と人骨が転がっている異様な光景になっていた。
 湖のある方向へ視線を投げると、水辺に逃れた魔法師数人とリューデリアの背中が映し出される。
 「貴様ら、誰に手を上げたのか分かっておるのだろうな」
 「ゆゆ、許してくれ。命令されただけなんだ、仕方がなかったんだっ」
 さく、と土の音に、遅れて、ジャバジャバと水をかきわける音。
 「私を洗脳しようとしたことはまだ良しとしよう。だが」
 すらりとした右腕が、上空を指し示す。
 「事もあろうにライティア家の方を手に掛けようとするなど、言語道断」
 開かれた手のひらは、暗雲を呼び寄せ、徐々に、徐々に増えていく。
 「死を持って贖(あがな)うがいい」
 「ひ、ひぃぃっ」
 「待って、リューデリアッ」
 稲光と共に魔法師たちは肩を寄せ合い目を閉じる。だが、雷は落ちてこなかった。見上げると、黒い雲がまだ稲妻を含んでいたのだ。
 呼び出した本人を、おそるおそる見た彼らは、金髪の少女に片腕を引っ張られた魔女の姿を見る。
 「勝敗は決まりました。もういいでしょう」
 「しかし、こやつ等ははそなたを」
 「私は生きています。だから、もう、やめてください」
 震える両手は、リューデリアにも伝わったよう。彼女は全身の力を抜き、わかった、と話す。
 ぱっ、と笑顔になった少女に、魔女は優しいまなざしを向ける。しかし、上げた右腕は下ろされない。
 微笑みながら目を瞑ったリューデリアは、右手首を直角に曲げる。途端、稲妻が幾重もの束となって湖に落ちたではないか。
 「仕置きぐらいはせねばな」
 「あ、あの」
 「伸びてはいるが、死んではいない」
 「そ、そうですか」
 救護隊といつの間にか来ていたサイヤが、彼らの元に行き、水辺から引き上げ魔法を掛けている。見事に黒焦げになった彼らのことを、アマンダは本当に大丈夫なのかと思う。
 「おお、おっかねえ」
 「一番怒らせたくないタイプ」
 ドン引きしている彼らだが、アードルフは無言。しかし、その顔には、ほとんど血が通っていない。
 はあ、とため息で返事をする情報屋は、アマンダたちのところに行く。
 「で。ここから先、どーすんの」
 「そっ、そうですね。報告しないと。あ、でもその前に」
 「その前に、なに」
 頭の上にたくさんの汗を各アマンダ。初陣であるがゆえか、どう対応して良いのかわからずにいた。
 「少し休んではどうか。色々あって疲れたであろう」
 「ま、考えをまとめたほーがいいよな。その様子じゃあ」
 「これ、意地の悪いこと言うでない」
 「へいへい」
 じゃ、そっちはたのむ、と背を向ける情報屋。どこに行くのかと貴族の少女に聞かれると、ひと足先にホーコクしてくる、と言い、口笛を吹く。
 すると、空から大きな鳥が一羽だけやってきて、子供の肩を掴んだではないか。
 「またくる。リューデリア、その間こいつらをたのむぜ」
 「うむ」
 方角にして南のほうに、小さな身体は舞っていく。見届けたリューデリアは、全員で彼女の天幕に移動しようと提案。男性陣たちのところに歩いていき、同じことを話す。
 同意が得られると、魔女は右の手のひらを上に向け、何かをつぶやく。言葉が途切れた瞬間、光の円が五人を包み、柱を発生させる。
 視界が色を取り戻すと、見覚えのある場所に立っていた。
 「とりあえず、休んだほうが良かろう」
 「お言葉に甘えるぜ」
 ねっみ~、と背伸びをしながら中に入るヤロ。イスモもあくびをかみ締めて後に続く。
 「アマンダ様」
 「先に休んでいて。わたしはまだ外にいます」
 目を合わせるアードルフとリューデリアだが、うなずき、中に入る。
 早朝の風は冷たく、先程まで見ていた現実そのもののように、彼女の体に突き刺さる。
 寒さゆえなのか、それとも他の何かなのか。自分の体を抱きしめ、近くに木に座り込む。
 何も出来なかった自分に歯がゆさを感じながら、また、命の重さ感じなら、何度も手に力を込めるアマンダ。
 何のためにここにいるのだろう、と、誰にも聞かれないように、何度も何度も声に出していたのであった。