第七話
ー/ー
太陽が挨拶をしに部屋へと侵入し始めると、アマンダは不思議と目が覚めた。楽に起こせた上半身は、昨晩程のだるさは感じない。
だが、思考はまだ、ぼんやりとしていた。
「お兄様と小さなわたしが遊んでる夢を見るなんて」
おそらく十年近く前の場面だろう。父が戦死し、しばらくしてからの日常のように、アマンダは思った。
まだ夢心地な少女は、そろそろとベッドから足を出し、窓へと向かう。朝特有の澄んだ空気で肺を満たした彼女は、一気に覚醒し、出かける準備をする。
ノック音が響いたときには、すでに着替えをすませ、いつでも出発出来る状態だった。
「失礼致します。朝食のご用意ができましたので、お呼びに参りました」
「ヘルガ、ありがとう。食事が終わったら、責任者の方のところへ案内してください」
はっ、と迎えに来た者は一礼をして、部屋の主が退出するのを待ち、扉を閉める。
普段とは違う雰囲気の中終わった朝食の後は、出かける準備が整っているかを確認した後、館を出発。向かった先は、ラザンダールの中でも高台に位置する場所だった。
高台にある、ということは、つまり、相応の身分の誰かが使っている、という意味でもある。
案内された建物に入ると、案の定、中は立派な装飾がなされていた。
「あの、ここは」
「今は誰も所有しておりません。普段は傭兵を統括している者が使用しております」
「ホントかよ。どう見たって貴族サマが使ってるようなとこじゃねえか」
「確かにそうだね」
うわっ、と体中で驚いたヤロの後ろに、いつの間にか仕立ての良い服を着た男が立っていた。彼は笑いながら謝り、
「それにしても思ったより早かったな」
「あんた、いつからそこに」
隣にいたイスモも、気配に気づかなかったらしい。
「今さっきだよ。そこの曲がり角から合流してね」
「エ、エスコ様ではありませんかっ」
自己紹介をしようと思った矢先に、自分の名が呼ばれ、男は発生場所に視線を送る。
「やあ、アマンダ。二週間ぶりかな」
「はい。でも、どうしてエスコ様がここに」
「今は僕がこの国の傭兵を統べているからだよ」
「今? では、以前はどなたがまとめておられたのですか」
一部の単語か気になったアードルフが、つい口にしてしまったよう。そのこと自体よりも、彼の顔を見て態度が一変する。左に下げている剣を抜こうとしたのだ。
「貴公、何故ここにいる」
「私はアマンダ様に付いて参りました。従者ですので」
「アードルフか」
「左様にございます」
「そうか。失礼した」
構えをとき、アードルフが見知っている顔にあまりにも似ていたが為の行動だったことを伝える。
「ついでにイスモ君も手を離したらどうかな。話が進まないんだけど」
眉を変形させるイスモだが、背面の腰につけている短剣に目をやると、指摘された通りになっていた。
すぐに手を自由にさせ、わざとらしく肩の前に持ってくる。
「無意識でして」
「だろうね。ヘルガ、ご苦労だった。お茶の準備をしてくれ」
はっ、と敬礼したヘルガは、小走りで少し前にある扉を開け、中に入っていく。確認したエスコは、
「立ち話もなんだしね。聞きたいことがあるだろう。部屋に案内しよう」
そう言うと、一行の先頭に立って、部屋へと先導した。
ある一室に招かれたアマンダたちは、既にセッティングされていた席へとついた。とはいっても和やかなお茶会のような雰囲気ではなく豪華な花や装飾品があるわけでもない。どちらかというと会議室に近いような感じである。
「お代わりが欲しかったらヘルガに言ってくれ。さてっと」
ヘルガが個別に飲み物の種類を聞きながらついでいる間、エスコは、先に質問から答えておこう、と言った。
「前任はコスティ・ライティア。彼は持ち前の気質でまとめていたんだ」
「お兄様が」
初耳、とばかりな表情の妹に、エスコは笑いかける。家では仕事の話をしないらしいから、とフォローした。
「で、肝心な人物がまだきていなくてね~。進めようにも進められないんだよなぁ」
「どちら様ですか。肝心な人物って」
「君に会ったことがあるらしいよ。再会を楽しみにしてたのに」
まったく、と軽く息を吐くと、
「悪いね。女性を待たせるのは失礼なんけど、急遽予定が変更してしまったからさ」
「わたしはかまいませんわ」
「助かるよ。ところで、君はどうしてこの町に。ここは最前線拠点のひとつだよ」
「よ、よう兵になるためです」
「何故だい。君なら騎士という選択肢もあったはず」
「そ、それは」
確かに、貴族であるアマンダには、むしろその選択肢のほうが自然。兄の後を継ぎ、前線へ赴くことなど、武勲さえ上げれば公爵家の立場が何とかしてくれる。
だが、母親の気質を考えると、それも難しいのである。今やライティア家の跡取りは、彼女ただ一人だからだ。
返答に困っている様子を見て、エスコは苦笑いをし、
「やっぱり黙って出てきた」
「は、はい」
「あっちゃぁ。また無茶なことを」
童顔を右手で隠すと同時に、扉を叩く音が響く。ヘルガが受け答えをすると、深緑の髪を持つ男性が現れる。少し息を切らしながら、まとめ役に、すまない、と伝える。
「全員揃ってるから、始めようか」
「そうだな。ああ、ありがとう」
口を飲み物で潤した男性は、呼吸を調えながら、席に座る。
「遅くなってすまなかった。私はヘイノ・フウリラ。アンブロー軍を統括する者だ」
「改めて。僕はエスコ・レインバーグ。彼の片腕だよ」
約二名は頭の上に、げっ、という感情がわき起こり、アマンダはヘイノという青年の正体に驚いて見開く。
アードルフはいうと、ほとんど表情が変わらなかった。
「そうだな。まず身の安全を確保しよう」
言葉の意味が分からないアマンダは、既に話に付いていけてないよう。エスコが言葉を選びながら、
「アマンダ。ヘルガからの報告だと、そこにいるコラレダ軍所属の傭兵を従者にしたとか。間違いないね」
「え。は、はい」
「その意味、君はわかってるかい。自分の身を危険にさらしてるんだよ」
「どうしてですか。サインももらってます」
「そういう問題じゃないんだよ。確かに従者は大事にしなきゃいけない」
だが相手は昨日まで敵だった傭兵。傭兵というのは報酬で動く、と彼女に教える。
つまり、今まで所属していた以上の利益を与えなければ簡単に裏切る可能性がある、と。
「サインをもらったといっても、アイリ様の許可を得てないでしょ」
「は、はい」
「まあまあ、エスコ。サイン自体は仕方がないとして、だ」
目を鋭くし、ヤロとイスモを見るヘイノ。上級貴族の視線に慣れていない二人は、無意識に身体を引かせてしまう。
「理由はどうあれ、我が軍で危険視されている人物二人も君の傍に置くことは出来ない」
「では、条件付きならいい、ということですか」
視線がアマンダに集中する。
「う~ん、内容による、かなぁ。ヘイノ、どうする」
「そうだな」
席を立ち机に向かうと、引き出しから一枚の羊紙を取りだした。ゆっくりと目を動かし、再び彼らに視線を向ける。
羊紙を置くと、
「君達はアードルフと知り合いらしいな」
「あ、ああ」
「なら彼に監視させよう。もし裏切るならその手で処断してもらう、というのなら考えてもいい」
「なっ、それはあまりにも」
「アマンダ様、落ち着いて下さい」
静止した男の名を呼ぶが、彼自身は平常通りだった。
「お前達、どう思う」
「どうって。拒否権なくない」
「んまぁ、仕方ねえだろうよ。本来なら死んでもおかしくない状況だしよ」
「だそうだ。アマンダ、あとは君が決めると良い」
すっかりしょぼくれてしまったアマンダだが、エスコもヘイノも自分を思ってのことだ、というのは彼女にも理解出来ていた。ただ、感情が追いつかないのである。
しばらく沈黙が続き、
「嬢ちゃん、オレが言うのも何だけどよ。もうちっと警戒心ってのを持ったほうがいいぜ」
「そう、ですか」
ふう、と息を出すと、彼女は条件をのむことに。
「という事だ。くれぐれも気をつけるように」
「はいはい」
投げやりに答えたイスモを満足げに見たヘイノは、次の話題に移る。彼いわく、本題はここかららしい。
「単刀直入に言おう。アマンダ、コスティの代わりに傭兵達をまとめてほしい」
今度はヘイノに目が集まる。
「彼は表面は穏やかだったが、いざ戦になると誰も敵わない程だった。もちろん、統率も取れていた」
「普段はホントにバカなんだけどね。奴は自分の理想を実現させるために動いてたんだ」
「その理想は私も共感したよ。私の望む世界でもあった」
「雰囲気からわかるかもしれないけど、大雑把にいうとヘイノは現実主義、コスティは理想主義なんだ。僕は二人の繋ぎ役だったんだよ」
彼らの話から、ヘイノとコスティ、そしてエスコの三人はとてもバランスが良い組み合わせだったらしい。ただ、前者の二人は、思考の違いから食い違うこともあり、殴り合いに発展するほどの衝突もあったとか。
「真剣でもあったね。さすがにヒヤヒヤしたけど」
「どうせ勝負はつかないんだ。問題ないさ」
「そーゆー問題じゃないんだってば。そうそう、君に継いで欲しい理由なんだけど」
エスコはそれかけた話の修正にかかる。
彼女が実の妹であることはもちろんだが、影響力の強い人材が揃っているのも上げられるという。
まずはアードルフ・シスカ。十年前に現役を引退したとはいえ、彼はコスティの師のひとりでもある。今でも彼の名は傭兵たちに影響を及ぼしており、冷血傭兵など名高い彼を従えているだけでも効果があるという。
次にイスモとヤロの二人も名が知られている。前者は狙った首は必ず落とすし、後者は前線での猛々しい戦いかたと所属する隊の生存率の高さが有名なのだ。
「思わず顔を見たくなる気持ちもわかるよ。そうは感じないだろうし」
「こんな猛者たちを従えている女性。敵から見たら考えただけで恐ろしいだろうな」
「それに、君を男たちの中に放り込みたくないな。羊を狼の中に入れるようなもんだし」
羊、狼、という単語が少女の頭の中で鳴り響いている中、エスコは自らの発言に咳払いで飛ばした。
「とにかく、いち傭兵になるよりも騎士になったほうがいい。そのほうが僕たちもフォローできるし権力も使えるよ」
ひと区切りがついたところで、食器がこすれる音が複数回する。
アマンダは、これから進もうとしている道と指し示された道を天秤にかけてみた。年上の幼馴染みが言うように、傭兵になったとしたら、自らの力で這い上がらなければならない。対して騎士になれば後ろ盾もつくし、貴族としての力も発揮出来る。
むしろ、今までにより近いのは後者のほうではないのか、と。
「君は前線で戦う戦士というよりも、集団を束ねる指揮官のほうがむいてると思うよ。性格上ね」
「私もそう思いますし、良い条件です。あなた様の負担も減るでしょう」
推してくれるのはありがたい、が、思わずアードルフの顔を見てしまうアマンダ。彼は、自分のことは気にせず考えたまま行動するように、と話す。
「わかりました。よう兵ではなく騎士になります」
「さすがはコスティの妹姫、良い判断だ」
「まずは実戦に慣れてほしい。傭兵たちをまとめるのは後でで大丈夫だからね」
まるでいたずら少年のような笑顔をしたヘイノは、待っていましたとばかりに、次の指示を出す。いかにアマンダが高貴な血筋とはいえ、何の手柄もない、しかも女性を重役につけるわけにはいかないのだという。
「何をすればいいのでしょうか」
「ある人物に会って、協力を取り付けて貰いたい。詳しくはここに書いてある」
話しながら立ち上がったヘイノは、アマンダの隣に移動し、手にした紙を渡す。早読みした彼女は、目を大きくし、相手の顔を見た。
彼は微笑み、
「無理はしないように、私の姫君」
アマンダのそばに、巨大なクエスチョンマークが浮かぶ。
「そこ、祟られるよ」
「助けてくれないのか。薄情だな」
「僕はシリマセーン」
「あ、あの」
「ああ、気にしないでいいよ。君たちだけで行ってもらうけど、助っ人も頼んであるから、後で合流させるね」
「わかりました」
「じゃあ解散だ。ヘルガ、皆を応接室に案内してくれ」
「はっ」
立ち上がった面々は、そろそろとヘルガについて退出する。残ったエスコは、ヘイノが持った紙を持ち上げ、
「タヌキ君、助っ人さんはもうすぐ来るんだっけ」
「失敬な。どういう意味で言っているのかな」
いろんな意味、と返すエスコに、ヘイノは、直に来る、と言った。
「上手くいくといいな」
「少なくとも、抑える手段が分かればいいさ」
何も書かれていない紙を渡したエスコは、タイミング良くノックされた場所へと近づき、新しい出会いを経験した。
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おそらく十年近く前の場面だろう。父が戦死し、しばらくしてからの日常のように、アマンダは思った。
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ノック音が響いたときには、すでに着替えをすませ、いつでも出発出来る状態だった。
「失礼致します。朝食のご用意ができましたので、お呼びに参りました」
「ヘルガ、ありがとう。食事が終わったら、責任者の方のところへ案内してください」
はっ、と迎えに来た者は一礼をして、部屋の主が退出するのを待ち、扉を閉める。
普段とは違う雰囲気の中終わった朝食の後は、出かける準備が整っているかを確認した後、館を出発。向かった先は、ラザンダールの中でも高台に位置する場所だった。
高台にある、ということは、つまり、相応の身分の誰かが使っている、という意味でもある。
案内された建物に入ると、案の定、中は立派な装飾がなされていた。
「あの、ここは」
「今は誰も所有しておりません。普段は傭兵を統括している者が使用しております」
「ホントかよ。どう見たって貴族サマが使ってるようなとこじゃねえか」
「確かにそうだね」
うわっ、と体中で驚いたヤロの後ろに、いつの間にか仕立ての良い服を着た男が立っていた。彼は笑いながら謝り、
「それにしても思ったより早かったな」
「あんた、いつからそこに」
隣にいたイスモも、気配に気づかなかったらしい。
「今さっきだよ。そこの曲がり角から合流してね」
「エ、エスコ様ではありませんかっ」
自己紹介をしようと思った矢先に、自分の名が呼ばれ、男は発生場所に視線を送る。
「やあ、アマンダ。二週間ぶりかな」
「はい。でも、どうしてエスコ様がここに」
「今は僕がこの国の傭兵を統べているからだよ」
「今? では、以前はどなたがまとめておられたのですか」
一部の単語か気になったアードルフが、つい口にしてしまったよう。そのこと自体よりも、彼の顔を見て態度が一変する。左に下げている剣を抜こうとしたのだ。
「貴公、何故ここにいる」
「私はアマンダ様に付いて参りました。従者ですので」
「アードルフか」
「左様にございます」
「そうか。失礼した」
構えをとき、アードルフが見知っている顔にあまりにも似ていたが為の行動だったことを伝える。
「ついでにイスモ君も手を離したらどうかな。話が進まないんだけど」
眉を変形させるイスモだが、背面の腰につけている短剣に目をやると、指摘された通りになっていた。
すぐに手を自由にさせ、わざとらしく肩の前に持ってくる。
「無意識でして」
「だろうね。ヘルガ、ご苦労だった。お茶の準備をしてくれ」
はっ、と敬礼したヘルガは、小走りで少し前にある扉を開け、中に入っていく。確認したエスコは、
「立ち話もなんだしね。聞きたいことがあるだろう。部屋に案内しよう」
そう言うと、一行の先頭に立って、部屋へと先導した。
ある一室に招かれたアマンダたちは、既にセッティングされていた席へとついた。とはいっても和やかなお茶会のような雰囲気ではなく豪華な花や装飾品があるわけでもない。どちらかというと会議室に近いような感じである。
「お代わりが欲しかったらヘルガに言ってくれ。さてっと」
ヘルガが個別に飲み物の種類を聞きながらついでいる間、エスコは、先に質問から答えておこう、と言った。
「前任はコスティ・ライティア。彼は持ち前の気質でまとめていたんだ」
「お兄様が」
初耳、とばかりな表情の妹に、エスコは笑いかける。家では仕事の話をしないらしいから、とフォローした。
「で、肝心な人物がまだきていなくてね~。進めようにも進められないんだよなぁ」
「どちら様ですか。肝心な人物って」
「君に会ったことがあるらしいよ。再会を楽しみにしてたのに」
まったく、と軽く息を吐くと、
「悪いね。女性を待たせるのは失礼なんけど、急遽予定が変更してしまったからさ」
「わたしはかまいませんわ」
「助かるよ。ところで、君はどうしてこの町に。ここは最前線拠点のひとつだよ」
「よ、よう兵になるためです」
「何故だい。君なら騎士という選択肢もあったはず」
「そ、それは」
確かに、貴族であるアマンダには、むしろその選択肢のほうが自然。兄の後を継ぎ、前線へ赴くことなど、武勲さえ上げれば公爵家の立場が何とかしてくれる。
だが、母親の気質を考えると、それも難しいのである。今やライティア家の跡取りは、彼女ただ一人だからだ。
返答に困っている様子を見て、エスコは苦笑いをし、
「やっぱり黙って出てきた」
「は、はい」
「あっちゃぁ。また無茶なことを」
童顔を右手で隠すと同時に、扉を叩く音が響く。ヘルガが受け答えをすると、深緑の髪を持つ男性が現れる。少し息を切らしながら、まとめ役に、すまない、と伝える。
「全員揃ってるから、始めようか」
「そうだな。ああ、ありがとう」
口を飲み物で潤した男性は、呼吸を調えながら、席に座る。
「遅くなってすまなかった。私はヘイノ・フウリラ。アンブロー軍を統括する者だ」
「改めて。僕はエスコ・レインバーグ。彼の片腕だよ」
約二名は頭の上に、げっ、という感情がわき起こり、アマンダはヘイノという青年の正体に驚いて見開く。
アードルフはいうと、ほとんど表情が変わらなかった。
「そうだな。まず身の安全を確保しよう」
言葉の意味が分からないアマンダは、既に話に付いていけてないよう。エスコが言葉を選びながら、
「アマンダ。ヘルガからの報告だと、そこにいるコラレダ軍所属の傭兵を従者にしたとか。間違いないね」
「え。は、はい」
「その意味、君はわかってるかい。自分の身を危険にさらしてるんだよ」
「どうしてですか。サインももらってます」
「そういう問題じゃないんだよ。確かに従者は大事にしなきゃいけない」
だが相手は昨日まで敵だった傭兵。傭兵というのは報酬で動く、と彼女に教える。
つまり、今まで所属していた以上の利益を与えなければ簡単に裏切る可能性がある、と。
「サインをもらったといっても、アイリ様の許可を得てないでしょ」
「は、はい」
「まあまあ、エスコ。サイン自体は仕方がないとして、だ」
目を鋭くし、ヤロとイスモを見るヘイノ。上級貴族の視線に慣れていない二人は、無意識に身体を引かせてしまう。
「理由はどうあれ、我が軍で危険視されている人物二人も君の傍に置くことは出来ない」
「では、条件付きならいい、ということですか」
視線がアマンダに集中する。
「う~ん、内容による、かなぁ。ヘイノ、どうする」
「そうだな」
席を立ち机に向かうと、引き出しから一枚の羊紙を取りだした。ゆっくりと目を動かし、再び彼らに視線を向ける。
羊紙を置くと、
「君達はアードルフと知り合いらしいな」
「あ、ああ」
「なら彼に監視させよう。もし裏切るならその手で処断してもらう、というのなら考えてもいい」
「なっ、それはあまりにも」
「アマンダ様、落ち着いて下さい」
静止した男の名を呼ぶが、彼自身は平常通りだった。
「お前達、どう思う」
「どうって。拒否権なくない」
「んまぁ、仕方ねえだろうよ。本来なら死んでもおかしくない状況だしよ」
「だそうだ。アマンダ、あとは君が決めると良い」
すっかりしょぼくれてしまったアマンダだが、エスコもヘイノも自分を思ってのことだ、というのは彼女にも理解出来ていた。ただ、感情が追いつかないのである。
しばらく沈黙が続き、
「嬢ちゃん、オレが言うのも何だけどよ。もうちっと警戒心ってのを持ったほうがいいぜ」
「そう、ですか」
ふう、と息を出すと、彼女は条件をのむことに。
「という事だ。くれぐれも気をつけるように」
「はいはい」
投げやりに答えたイスモを満足げに見たヘイノは、次の話題に移る。彼いわく、本題はここかららしい。
「単刀直入に言おう。アマンダ、コスティの代わりに傭兵達をまとめてほしい」
今度はヘイノに目が集まる。
「彼は表面は穏やかだったが、いざ戦になると誰も敵わない程だった。もちろん、統率も取れていた」
「普段はホントにバカなんだけどね。奴は自分の理想を実現させるために動いてたんだ」
「その理想は私も共感したよ。私の望む世界でもあった」
「雰囲気からわかるかもしれないけど、大雑把にいうとヘイノは現実主義、コスティは理想主義なんだ。僕は二人の繋ぎ役だったんだよ」
彼らの話から、ヘイノとコスティ、そしてエスコの三人はとてもバランスが良い組み合わせだったらしい。ただ、前者の二人は、思考の違いから食い違うこともあり、殴り合いに発展するほどの衝突もあったとか。
「真剣でもあったね。さすがにヒヤヒヤしたけど」
「どうせ勝負はつかないんだ。問題ないさ」
「そーゆー問題じゃないんだってば。そうそう、君に継いで欲しい理由なんだけど」
エスコはそれかけた話の修正にかかる。
彼女が実の妹であることはもちろんだが、影響力の強い人材が揃っているのも上げられるという。
まずはアードルフ・シスカ。十年前に現役を引退したとはいえ、彼はコスティの師のひとりでもある。今でも彼の名は傭兵たちに影響を及ぼしており、冷血傭兵など名高い彼を従えているだけでも効果があるという。
次にイスモとヤロの二人も名が知られている。前者は狙った首は必ず落とすし、後者は前線での猛々しい戦いかたと所属する隊の生存率の高さが有名なのだ。
「思わず顔を見たくなる気持ちもわかるよ。そうは感じないだろうし」
「こんな猛者たちを従えている女性。敵から見たら考えただけで恐ろしいだろうな」
「それに、君を男たちの中に放り込みたくないな。羊を狼の中に入れるようなもんだし」
羊、狼、という単語が少女の頭の中で鳴り響いている中、エスコは自らの発言に咳払いで飛ばした。
「とにかく、いち傭兵になるよりも騎士になったほうがいい。そのほうが僕たちもフォローできるし権力も使えるよ」
ひと区切りがついたところで、食器がこすれる音が複数回する。
アマンダは、これから進もうとしている道と指し示された道を天秤にかけてみた。年上の幼馴染みが言うように、傭兵になったとしたら、自らの力で這い上がらなければならない。対して騎士になれば後ろ盾もつくし、貴族としての力も発揮出来る。
むしろ、今までにより近いのは後者のほうではないのか、と。
「君は前線で戦う戦士というよりも、集団を束ねる指揮官のほうがむいてると思うよ。性格上ね」
「私もそう思いますし、良い条件です。あなた様の負担も減るでしょう」
推してくれるのはありがたい、が、思わずアードルフの顔を見てしまうアマンダ。彼は、自分のことは気にせず考えたまま行動するように、と話す。
「わかりました。よう兵ではなく騎士になります」
「さすがはコスティの妹姫、良い判断だ」
「まずは実戦に慣れてほしい。傭兵たちをまとめるのは後でで大丈夫だからね」
まるでいたずら少年のような笑顔をしたヘイノは、待っていましたとばかりに、次の指示を出す。いかにアマンダが高貴な血筋とはいえ、何の手柄もない、しかも女性を重役につけるわけにはいかないのだという。
「何をすればいいのでしょうか」
「ある人物に会って、協力を取り付けて貰いたい。詳しくはここに書いてある」
話しながら立ち上がったヘイノは、アマンダの隣に移動し、手にした紙を渡す。早読みした彼女は、目を大きくし、相手の顔を見た。
彼は微笑み、
「無理はしないように、私の姫君」
アマンダのそばに、巨大なクエスチョンマークが浮かぶ。
「そこ、祟られるよ」
「助けてくれないのか。薄情だな」
「僕はシリマセーン」
「あ、あの」
「ああ、気にしないでいいよ。君たちだけで行ってもらうけど、助っ人も頼んであるから、後で合流させるね」
「わかりました」
「じゃあ解散だ。ヘルガ、皆を応接室に案内してくれ」
「はっ」
立ち上がった面々は、そろそろとヘルガについて退出する。残ったエスコは、ヘイノが持った紙を持ち上げ、
「タヌキ君、助っ人さんはもうすぐ来るんだっけ」
「失敬な。どういう意味で言っているのかな」
いろんな意味、と返すエスコに、ヘイノは、直に来る、と言った。
「上手くいくといいな」
「少なくとも、抑える手段が分かればいいさ」
何も書かれていない紙を渡したエスコは、タイミング良くノックされた場所へと近づき、新しい出会いを経験した。