現在
ー/ー「結局、俺たちが見た女の人影が何者だったのか、分からずじまいだったんだ」
二杯目の水割りを空けた私が言うと、
「なるほどね。それが君の経験した『奇妙な出来事』というわけだ」
田母神はあごの無精髭を弄りながら答える。案の定、彼はこの手の怪談話には、今ひとつ気乗りしないようだ。
「その後、俺たちは何か悪い夢でも見たんじゃないか――そう思い込もうとした。それで、俺はいつしかあの日のことをすっかり忘れてしまっていたんだ」
それでも私は続けた。すると――
「なかなか興味深い話だね」
彼は満足そうに頷く。
意外だった。霊だのお化けだの、田母神はこういったオカルト話を否定しているはず。
この男を怖がらせようなどとはつゆほども考えていなかったし、むしろ鼻で笑われることも半ば覚悟していたくらいなので、ここまで彼が食い付いてくるのはまるで予想外だった。
「――ふむ」
田母神は腕を組み、天井を見上げる。何やら考えを巡らせている様子だ。
「何を考えることがあるんだい? よくある学校の怪談じゃないか」
私が疑問に思い尋ねると、
「だが、君と友人たちは確かに見たのだろう? 女の影を。なら、それは紛れもない事実だ。事実なら論理的な解答は必ずあるはずさ」
彼は当然のことだと言わんばかりに答える。
すでにかなりのアルコール量を摂取しているはずだが、彼の目は普段にも増して鋭さに満ちていた。
この田母神洋輔という男は、過去にいくつかの犯罪捜査で警察に協力し、そのずば抜けた洞察力で難事件を解決に導いてきた、ちょっとした探偵でもある。
――この男ならあるいは、私のこのもやもやした記憶に答えを出してくれるかも知れない。
「ひとつ、考えはある」
三杯目の水割りを私に差し出しながら、彼は切り出した。
「え? もうかい?」
いくら頭脳明晰な田母神でも、さすがに今回はかなり手こずるだろうと踏んでいた私は、彼に驚きの顔を向けた。
「ああ。ただし、これには何の裏付けもない。現場も見てないのだからね。単純に君が今日僕に提供した全ての情報をもとに、論理的に組み立てた仮説に過ぎない。それだけはあらかじめ断っておくよ」
「もちろんだ。ただ記憶を頼りに、昔話を聞かせただけだからね」私は逸る気持ちを抑えながら答えた。「どんな仮説なんだい?」
「これはオカルト話でも、君の見た白昼夢でもなんでもない。現実世界の殺人事件だよ」
水割りのグラスを傾けると、彼はそう云った。
「殺人事件だって?」一瞬、私は自分の耳を疑った。「今の話の中で、いったい誰が誰を殺したって言うんだ?」
「まあ落ち着けよ。順を追って話すから。その前に確認だ。君が通っていた小学校は、C県S市M町にある。間違いはないね?」
「ああ。間違いない」
「それから、君の話では学校の裏手には雑木林があると言ってたね。今現在、その雑木林は工事しているんじゃないのか?」
「――あっ、まさか」
「そう。これだ」
田母神は私が持参した新聞記事の切り抜きを指し示した。
「昨日発見された白骨死体は死後十五年ほど経過。年齢二十代から三十代の女性」
彼は要点を読み上げる。
確かに、新聞記事の事件が殺人なのだとしたら、被害者女性が殺されたのは、私が先ほど語った過去の話と時期的に符合する。
「あの夏休みの日、菊池先生は、かつて同級生だったひとりの女性を学校へ呼び出した」
田母神が仮説を語り始めた。
「そして先生は彼女を殺害する。計画的な殺人だったと僕は考える。先生は女の死体をあらかじめ用意していたポリバケツに入れ、台車で運び出そうとしていた。ところが、誰もいないはずの校舎内に闖入者が現れた」
「俺たちのことだね?」
「そうだ。そもそも君たちが校舎に入れたのは、体育館への渡り廊下の扉が不用心に開いていたからだろう? 先生が午前中に校舎内を見廻りしているにも拘らずだ。つまり、扉を開けたのは先生自身と言うことになる。なぜそこの扉を開けっ放しにしていたのか――まさにその時、先生は死体を裏の雑木林に運び出そうとしていたんだ」
体育館のすぐ裏が雑木林だ。確かにそこから運び出すのは理にかなっている。
「予想外のハプニングに、先生は作業を中断するほかなかった。何とか君たちを学校の外へ追い出さなくてはならない。そこで――」
「先生は謎の女の人影として俺たちの前に現れた……」
「その通り。だが君たちはそれでもなかなか出て行こうとしない。さらには思いがけないアクシデントも重なる。君の友人のマコトくんが転んで怪我をした。おそらく物陰から一部始終を見ていた先生は、タイミングを見計らい、先生としてあらためて君たちの前に現れる。死体の入ったポリバケツの中を、君たちに見られないようにするためにね」
田母神の推理どおりなら、あの時、私たちのすぐ側には女の死体があったということだ。私は背筋に冷たいものを感じた。
「そして先生は君たちを死体から遠ざけるため保健室へ連れて行き、学校を出ていくよう誘導した。噂が事実だったという話で、君たちの恐怖心を煽るおまけ付きでね」
「――そうか。偶然とは言え、ちょうどタエ子さんの噂話が広まっていたから、先生はそれをうまい具合いに利用したというわけだ」
「偶然なんかじゃないさ。言っただろう? 先生は計画的に元同級生を殺したんだ。夏休み中、学校に誰も入り込まないように、先生自身が噂を広めたのさ。君たちのようにかえって好奇心を刺激されて、校舎に忍び込む生徒がいたのは誤算だっただろうがね。その後君たちが学校を去ってから、先生は作業の続きに戻り、死体を雑木林まで運んで埋めたんだ」
次々と繰り出される田母神の推理に、私は唖然とするばかりだった。だが、肝心な点がまだ明らかになっていない。私はそれを尋ねた。
「先生がタエ子さんなのか? タエ子さんが、イジメられた過去の復讐で元同級生を殺した、と」
「いや、それはないと思う。先生は君の小学校の『卒業生』なんだろう? 君の話では、タエ子さんは自殺騒ぎの後、転校している。君は小学校の時の卒業アルバムは残しているかい?」
「ああ、実家にあるはずだ。そうか、菊池先生のフルネームが分かるかも知れない」
先生の下の名前までは把握していなかった。まあ普通は学校の先生のフルネームなど覚えていないものだが。
「近いうちに実家へ帰って確認する」
「頼むよ。で、先生がタエ子さんではないとすると、死体の方がタエ子さんだと考えられる」
「ん? おかしくないか? なんで先生がタエ子さんを殺すんだ? 先生の話では、先生はタエ子さんとは別のクラスで、イジメに関わっていなかった。タエ子さんとは何の接点もないだろう」
「それがあったのさ。先生はタエ子さんの自殺未遂について、君たちにずいぶんと詳しく語って聞かせただろう? 噂話も同様に内容がやけに細かい」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「学校で自殺騒ぎがあったとして、小学生の子供相手に教職員がそこまで詳細を伝えるとは、とても思えない。タエ子さんと同じクラスの生徒であってもね」
「それなら、先生はどうして知っていたというんだい?」
「実際には先生はタエ子さんと同じクラスだった。そしてタエ子さんが自殺を図った直後、最初に発見して教職員に知らせた生徒だったとしたら?」
「なるほど。それなら確かに筋が通る……いや、待ってくれ。それだと先生はタエ子さんを助けたことになる。ますます先生にはタエ子さんを殺す動機がないことになるぞ?」
私の頭の中では、絡まっていた糸がようやく解けてきたところで、再び絡まり始めていた。
「ここから先は、仮説とも呼べないような完全な僕の想像だ。妄想と言ってもいいレベルのね。なにぶん手がかりがなさすぎる」
「うん。分かった」
「先生はタエ子さんから恫喝されていたんじゃないかな。小学校時代のイジメの件を理由に」
「恫喝……脅されていた?」
「そう。現役の学校教師が、昔の子供の頃の話とはいえクラスメイトのイジメに加担していた、なんて周囲に言いふらされたらどうだろう?」
「……まあ、印象はだいぶ悪くなるだろうな」
「毎日顔を合わせる生徒たちには大して影響はないだろうけど、彼らの親たちからしたら大問題だ。そのまま大事に発展して、場合によっては職を追われる可能性だって考えられる」
田母神は水割りのグラスにひと口付けてから続ける。
「小学生当時の先生はタエ子さんに対して、直接的には何もしなかったかも知れない。でもタエ子さんはクラスの全員を憎んでいたんだ。先生が見て見ぬふりをしていただけだったとしても、イジメを受けていた側からすれば同罪だよ」
「ああ……それで先生は、タエ子さんの口を封じるために……」
「そう言うことさ。殺害動機として十分だとは思わないか?」
晴天の霹靂だった。田母神の推理には一ミリの隙もないように思えた。
「――とは言うものの、さっきも言ったようにこれはあくまでも僕の立てた仮説に過ぎない。何の根拠も証拠もない、ね」
そう云いながら、彼は薄笑みを浮かべる。
「まあ、死体遺棄事件の捜査が進展すれば、はっきりするんだろうけど。あるいは今語った僕の仮説も、全くの見当違いだったりするかもね。実際には校舎内で殺人事件など起きなかったし、タエ子さんだっていまだ健在なのかも知れない」
私の土産話に満足した田母神は、水割りのグラスを一気に空ける。そして再び『死に至る病』を手に取ると、栞を挟んだページを開いた。
それはいいのだが――おい田母神、ちょっと待て。
さっきの仮説が見当違いで、あの夏休みの日、君が語ったような殺人が行われなかったのだとしたら……菊池先生はあのとき言っていたとおり、職員室にずっといたのなら――
私たちが学校内で目撃した、あの白い服を着た髪の長い女はいったい……。
〈了〉
二杯目の水割りを空けた私が言うと、
「なるほどね。それが君の経験した『奇妙な出来事』というわけだ」
田母神はあごの無精髭を弄りながら答える。案の定、彼はこの手の怪談話には、今ひとつ気乗りしないようだ。
「その後、俺たちは何か悪い夢でも見たんじゃないか――そう思い込もうとした。それで、俺はいつしかあの日のことをすっかり忘れてしまっていたんだ」
それでも私は続けた。すると――
「なかなか興味深い話だね」
彼は満足そうに頷く。
意外だった。霊だのお化けだの、田母神はこういったオカルト話を否定しているはず。
この男を怖がらせようなどとはつゆほども考えていなかったし、むしろ鼻で笑われることも半ば覚悟していたくらいなので、ここまで彼が食い付いてくるのはまるで予想外だった。
「――ふむ」
田母神は腕を組み、天井を見上げる。何やら考えを巡らせている様子だ。
「何を考えることがあるんだい? よくある学校の怪談じゃないか」
私が疑問に思い尋ねると、
「だが、君と友人たちは確かに見たのだろう? 女の影を。なら、それは紛れもない事実だ。事実なら論理的な解答は必ずあるはずさ」
彼は当然のことだと言わんばかりに答える。
すでにかなりのアルコール量を摂取しているはずだが、彼の目は普段にも増して鋭さに満ちていた。
この田母神洋輔という男は、過去にいくつかの犯罪捜査で警察に協力し、そのずば抜けた洞察力で難事件を解決に導いてきた、ちょっとした探偵でもある。
――この男ならあるいは、私のこのもやもやした記憶に答えを出してくれるかも知れない。
「ひとつ、考えはある」
三杯目の水割りを私に差し出しながら、彼は切り出した。
「え? もうかい?」
いくら頭脳明晰な田母神でも、さすがに今回はかなり手こずるだろうと踏んでいた私は、彼に驚きの顔を向けた。
「ああ。ただし、これには何の裏付けもない。現場も見てないのだからね。単純に君が今日僕に提供した全ての情報をもとに、論理的に組み立てた仮説に過ぎない。それだけはあらかじめ断っておくよ」
「もちろんだ。ただ記憶を頼りに、昔話を聞かせただけだからね」私は逸る気持ちを抑えながら答えた。「どんな仮説なんだい?」
「これはオカルト話でも、君の見た白昼夢でもなんでもない。現実世界の殺人事件だよ」
水割りのグラスを傾けると、彼はそう云った。
「殺人事件だって?」一瞬、私は自分の耳を疑った。「今の話の中で、いったい誰が誰を殺したって言うんだ?」
「まあ落ち着けよ。順を追って話すから。その前に確認だ。君が通っていた小学校は、C県S市M町にある。間違いはないね?」
「ああ。間違いない」
「それから、君の話では学校の裏手には雑木林があると言ってたね。今現在、その雑木林は工事しているんじゃないのか?」
「――あっ、まさか」
「そう。これだ」
田母神は私が持参した新聞記事の切り抜きを指し示した。
「昨日発見された白骨死体は死後十五年ほど経過。年齢二十代から三十代の女性」
彼は要点を読み上げる。
確かに、新聞記事の事件が殺人なのだとしたら、被害者女性が殺されたのは、私が先ほど語った過去の話と時期的に符合する。
「あの夏休みの日、菊池先生は、かつて同級生だったひとりの女性を学校へ呼び出した」
田母神が仮説を語り始めた。
「そして先生は彼女を殺害する。計画的な殺人だったと僕は考える。先生は女の死体をあらかじめ用意していたポリバケツに入れ、台車で運び出そうとしていた。ところが、誰もいないはずの校舎内に闖入者が現れた」
「俺たちのことだね?」
「そうだ。そもそも君たちが校舎に入れたのは、体育館への渡り廊下の扉が不用心に開いていたからだろう? 先生が午前中に校舎内を見廻りしているにも拘らずだ。つまり、扉を開けたのは先生自身と言うことになる。なぜそこの扉を開けっ放しにしていたのか――まさにその時、先生は死体を裏の雑木林に運び出そうとしていたんだ」
体育館のすぐ裏が雑木林だ。確かにそこから運び出すのは理にかなっている。
「予想外のハプニングに、先生は作業を中断するほかなかった。何とか君たちを学校の外へ追い出さなくてはならない。そこで――」
「先生は謎の女の人影として俺たちの前に現れた……」
「その通り。だが君たちはそれでもなかなか出て行こうとしない。さらには思いがけないアクシデントも重なる。君の友人のマコトくんが転んで怪我をした。おそらく物陰から一部始終を見ていた先生は、タイミングを見計らい、先生としてあらためて君たちの前に現れる。死体の入ったポリバケツの中を、君たちに見られないようにするためにね」
田母神の推理どおりなら、あの時、私たちのすぐ側には女の死体があったということだ。私は背筋に冷たいものを感じた。
「そして先生は君たちを死体から遠ざけるため保健室へ連れて行き、学校を出ていくよう誘導した。噂が事実だったという話で、君たちの恐怖心を煽るおまけ付きでね」
「――そうか。偶然とは言え、ちょうどタエ子さんの噂話が広まっていたから、先生はそれをうまい具合いに利用したというわけだ」
「偶然なんかじゃないさ。言っただろう? 先生は計画的に元同級生を殺したんだ。夏休み中、学校に誰も入り込まないように、先生自身が噂を広めたのさ。君たちのようにかえって好奇心を刺激されて、校舎に忍び込む生徒がいたのは誤算だっただろうがね。その後君たちが学校を去ってから、先生は作業の続きに戻り、死体を雑木林まで運んで埋めたんだ」
次々と繰り出される田母神の推理に、私は唖然とするばかりだった。だが、肝心な点がまだ明らかになっていない。私はそれを尋ねた。
「先生がタエ子さんなのか? タエ子さんが、イジメられた過去の復讐で元同級生を殺した、と」
「いや、それはないと思う。先生は君の小学校の『卒業生』なんだろう? 君の話では、タエ子さんは自殺騒ぎの後、転校している。君は小学校の時の卒業アルバムは残しているかい?」
「ああ、実家にあるはずだ。そうか、菊池先生のフルネームが分かるかも知れない」
先生の下の名前までは把握していなかった。まあ普通は学校の先生のフルネームなど覚えていないものだが。
「近いうちに実家へ帰って確認する」
「頼むよ。で、先生がタエ子さんではないとすると、死体の方がタエ子さんだと考えられる」
「ん? おかしくないか? なんで先生がタエ子さんを殺すんだ? 先生の話では、先生はタエ子さんとは別のクラスで、イジメに関わっていなかった。タエ子さんとは何の接点もないだろう」
「それがあったのさ。先生はタエ子さんの自殺未遂について、君たちにずいぶんと詳しく語って聞かせただろう? 噂話も同様に内容がやけに細かい」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「学校で自殺騒ぎがあったとして、小学生の子供相手に教職員がそこまで詳細を伝えるとは、とても思えない。タエ子さんと同じクラスの生徒であってもね」
「それなら、先生はどうして知っていたというんだい?」
「実際には先生はタエ子さんと同じクラスだった。そしてタエ子さんが自殺を図った直後、最初に発見して教職員に知らせた生徒だったとしたら?」
「なるほど。それなら確かに筋が通る……いや、待ってくれ。それだと先生はタエ子さんを助けたことになる。ますます先生にはタエ子さんを殺す動機がないことになるぞ?」
私の頭の中では、絡まっていた糸がようやく解けてきたところで、再び絡まり始めていた。
「ここから先は、仮説とも呼べないような完全な僕の想像だ。妄想と言ってもいいレベルのね。なにぶん手がかりがなさすぎる」
「うん。分かった」
「先生はタエ子さんから恫喝されていたんじゃないかな。小学校時代のイジメの件を理由に」
「恫喝……脅されていた?」
「そう。現役の学校教師が、昔の子供の頃の話とはいえクラスメイトのイジメに加担していた、なんて周囲に言いふらされたらどうだろう?」
「……まあ、印象はだいぶ悪くなるだろうな」
「毎日顔を合わせる生徒たちには大して影響はないだろうけど、彼らの親たちからしたら大問題だ。そのまま大事に発展して、場合によっては職を追われる可能性だって考えられる」
田母神は水割りのグラスにひと口付けてから続ける。
「小学生当時の先生はタエ子さんに対して、直接的には何もしなかったかも知れない。でもタエ子さんはクラスの全員を憎んでいたんだ。先生が見て見ぬふりをしていただけだったとしても、イジメを受けていた側からすれば同罪だよ」
「ああ……それで先生は、タエ子さんの口を封じるために……」
「そう言うことさ。殺害動機として十分だとは思わないか?」
晴天の霹靂だった。田母神の推理には一ミリの隙もないように思えた。
「――とは言うものの、さっきも言ったようにこれはあくまでも僕の立てた仮説に過ぎない。何の根拠も証拠もない、ね」
そう云いながら、彼は薄笑みを浮かべる。
「まあ、死体遺棄事件の捜査が進展すれば、はっきりするんだろうけど。あるいは今語った僕の仮説も、全くの見当違いだったりするかもね。実際には校舎内で殺人事件など起きなかったし、タエ子さんだっていまだ健在なのかも知れない」
私の土産話に満足した田母神は、水割りのグラスを一気に空ける。そして再び『死に至る病』を手に取ると、栞を挟んだページを開いた。
それはいいのだが――おい田母神、ちょっと待て。
さっきの仮説が見当違いで、あの夏休みの日、君が語ったような殺人が行われなかったのだとしたら……菊池先生はあのとき言っていたとおり、職員室にずっといたのなら――
私たちが学校内で目撃した、あの白い服を着た髪の長い女はいったい……。
〈了〉
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